第41話 ポーティア女史の答え
ポーティア女史の研究室で、私は緊張に肩を強張らせていた。
報告書はすでに提出している。
ただ、満身創痍だったこともあって、ハーディからの帰還に日を要してしまった。王都フランディヴィルに到着したのはつい昨日のことで、今朝、研究室を訪れるようにとロン師から言い渡されたのだけど。
すっかり冷めた紅茶を前に、ポーティア女史の訪れをそわそわして待っていると、扉が静かに開いた。
「待たせてしまいましたね」
「いいえ、大丈夫です!」
慌てて立ち上がり、すぐに勧められて布張りの椅子に腰を下ろす。
にこりとも笑わない表情を前に、緊張は増すばかりだ。
「まずは、お疲れ様。怪我をしたと聞いたけど、もう良いのかしら?」
「はい。問題ありません」
「それは良かった。さて、一足先に届いた報告書を見ましたが──」
淡々とした声に、ごくりと息を飲んだ。
「ヒタキドリの異常繁殖がヒクイドリに関連があると検討をつけての行動と、無事にヒクイドリを解放できたことは称賛に値します」
ほっと大きく息をついたのも束の間「しかし」という言葉に再び身を固くした。
「ヒクイドリを捕らえようとしていた者の特定は無理だったとしても、その場で残留魔力の回収くらいは出来たんじゃないかしら?」
「それは……申し訳ございません」
一瞬、気を失ってしまったことを言いかけた。だけど、何を言っても結果は同じだ。己のミスなのだと痛いほど分かっている。膝の上で拳をぐっと握り込んで言葉を飲み込んだ。
「とは言え、私達もまさかヒクイドリが瀕死の状態であるとまでは推測していませんでした。今回、あなたに出した課題は、ヒタキドリの巣の状況とヒクイドリの観測が最低合格ラインでしたが……無理をさせたこと、お詫びします。危うく、あなたという逸材を失うところでした」
「そ、そんな、頭を上げてください!」
突如頭を下げたポーティア女史に慌てて腰を浮かせると、先生はとても優しい笑みを浮かべて私に顔を向けた。はじめて見る微笑みは、春の日だまりのように優しい。
「よく頑張りましたね」
「……ありがとうございます。でも魔力枯渇を起こしました」
「術式の重なった魔法陣を持ち前の魔力量で破ったことで、枯渇を起こしと言ったところでしょうか。今後は、自身の魔力の管理も怠らないように」
「はい。以後、気を付けます……」
「それから聞きたいのですが、報告書にあった精霊使いの素性などは確かめましたか? エルフではないということですが、人族でこれほどの使い手は珍しいかと思います」
「それは……」
思わず口籠ってしまった。
もしもこの一件、お兄様が裏で何かしらの関わり合いを持っているなら、マザー家にも大きな疑惑が向けられる。そう考えたら、安易に答えるわけにはいかない。
しばしの沈黙の後、ポーティア女史はさほど表情を変えずに話を続けた。
「急いでいたのでしょうが、次からはもう少し素性の探りを入れるように。術者の力量だけでの判断は危険ですよ」
「……はい。以後、気を付けます」
私の口籠る様子を、失態を意識してのことと捉えられたのだろうか。淡々と指摘するに止まったポーティア女史は、それ以上を追及しなかった。
「もう一つ聞きたいのだけど、なぜハーディの町がこの一件を隠そうとしたのか、想像はついているかしら?」
「それについては、色々と考えました。ヒクイドリは害獣指定もされています。だからギルドで捕らえようとしていたのかとも。ですが──」
ヒクイドリの羽根一枚で家一つが建つくらいの値打ちと言われている。地方のギルドによっては資金難を解消すべく、ヒクイドリの羽根を求めて捜索に乗り出したなどという話も珍しくない。
しかし、帰還したハーディでは、山頂に消えたヒクイドリがどちらに向かったか詳しく聴取されることもなければ、羽根を落としたか等と問い詰められたりもしなかった。逆に、今回の一件をどこまで把握していたのか尋ねたところ、うまい具合にはぐらかされた。
捕らえようとしているとは思えなかった。
「ハーディは観光で成り立つ地方都市です。危険を冒してまでヒクイドリを捕らえる必要はなかった。であれば、守るために手を打とうとしていたのかと……」
自分の考えに自信が持てず、言葉を濁らせると、ポーティア女史は「それでは足らないですね」と言った。
「そうであれば、魔術師ギルドへ早急に対処を願い出るでしょう。魔獣は我らの管轄ですからね。しかし、今回はそういった報告は一切ありませんでした。ヒクイドリが瀕死の状態になるまで隠すと言うのは、どうも、しっくりしないと思いませんか?」
「でも、ヒクイドリが山頂に消えていったことをギルドで報告したら、安堵されていました」
ポーティア女史の言いようだと、ギルド側はヒクイドリの死を待っていたことになる。報告したとき、ハーディ冒険者ギルドの人たちが見せた安堵した表情は、嘘だっていうの?
「ヒクイドリが害獣指定をされるわけは知っているかしら?」
「……申し訳ありません。勉強不足です」
「ヒクイドリは山に巣食う害獣を抑制していることから、山神の化身だという伝承があります。また比較的大人しく、危害を加えなければ襲ってくることもない魔獣です」
過去には町が焼かれた記録もあるが、それは私が生まれる前の話だ。この数十年は、目撃情報があっても被害の報告はない。
「では、どうして害獣指定を?」
「ひとたび怒りを買えば、町一つ焼き払う力を持つからです。ハーディなどひとたまりもないでしょう」
「その価値に目が眩んだ冒険者がヒクイドリを襲い、無駄な争いを起こさないための施策の一つ……?」
「そうです。弱ったヒクイドリを保護する側面もあります」
「じゃあ、あの隷属の魔法は? 保護するなら、他の魔法でも良かったんじゃ……」
「弱りきったところ、害獣として止めをさす準備だった可能性があります」
「そんな!」
弱り切ったヒクイドリの姿を思い出し、胸元が苦しくなった。
あの時、とどめを刺すことは可能だった。冒険者として一獲千金を狙うのであれば、それがある意味正解なのかもしれない。
「ヒクイドリが万が一死んだとしても、麓の町はその羽根の恩恵を受けます。その魔力も大地に還ることとなるので、どちらに転んでも、バーディとしてはうま味があるのです」
もしも、ヒクイドリが生き長らえたとすれば、次の機会まで、山の守り神としてギルドは見守り続けるのだろう。何事もなかった顔をして。
何とも虫のいい話だ。
「ハーディのギルド内部でヒクイドリを巡り対立があるのかもしれませんね。とはいえ、これ以降は学生の貴女が踏み込む領域ではありません」
「……はい」
「組織と言うのは、決して一枚岩ではないということ、覚えておくと良いでしょう」
淡々と告げるポーティア女史は、すっと立ち上がる。そうして、その瞳を細めて笑みを浮かべた。
「まだまだ粗削りではありますが、あなたは充分に、私の研究室でやっていけるでしょう」
その言葉の意味するところを察し、驚きに私は目を見開いた。
「さらに研鑽し、ゆくゆくは『ロックハート・ハントリー研究所』で活躍することを期待しています。まずは来年、私の研究室で頑張りなさい」
私の首に、小さな銀のメダルが下げられる。そこには、Pの飾り文字が刻まれていた。ポーティア女史の研究室の印だ。
メダルを握りしめ、じんわりと伝わる金属の冷たさに胸の奥が震えた。
「ありがとうございます」
「色々と思うことはあるでしょうが、それを糧にこれからも頑張りなさい。それと、筆記試験ももう少ししっかりね。あなたときたら、実践は申し分ないというのに、筆記は相変わらずミスが多くて、学院長も困っていましたよ」
「は、はい……頑張ります」
ぎくりとして笑顔を引きつらせると、ポーティア女史が小さく噴き出して笑った。それは、氷の魔女という通り名には似つかわしくない笑顔だった。
次回、本日12時頃の更新となります
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