第4話 胸ときめく魔法合戦?
今まさに行われている模擬戦は、三位決定戦。
冒険者ギルドと神殿の協力の下に行われ、より実践に近づけている。新入生だけでなく在校生にも人気の催しだ。
在学生の中でも実力の差は歴然のため、この模擬戦に先駆け、冬に出場選抜が行われる。
私も模擬戦に参加したかったんだけど……選抜の時に、上級生を圧倒的なまでに叩いちゃって、稀代の魔術師みたいな噂が広がってしまったのよね。
言い訳をすれば、実力差が大きすぎる上級生が模擬戦にでないってルールがあるからで、私が極端に強い訳じゃないのよ!
だとしても、上級生にあっさり勝ってしまうのは実力差がありすぎる。そんなこんなで、出場は認められなかった。
悔しいな。実力をつけた二年生が、初めてお披露目できる場なのに。それに、このままだと来年も出られないじゃない。
ため息をつきながら、フェンスの向こうにいる決勝戦の進出が決まった学生たちを眺めた。そこには、学生に協力する剣士や司祭の姿もある。
そこに、あいつ──キースを探した。三位決定戦のチームにいないってことは、決勝戦に出るんだと思ったけど……
「……あれ? いない」
いくら見ても、キースの姿はなかった。
あんなに、楽勝だって言ってたくせに。早々に敗退したのかしら?
「てことは、賭けは私の勝ちね」
にんまりと笑い、思わず喜びを言葉に出してしまった。拳を握ったその時だ。
爆音と悲鳴が上がった。
演習場中央で土埃が上がり、抉られた土壁が弾かれ、瓦礫が勢いよく飛び散る。その勢いは凄まじい。
ここまで、瓦礫は飛んでくる!
咄嗟に杖を構えたが、魔力枯渇を起こしていたことに気付いた。
「先輩、避けて!」
悲鳴が上がったのと、頭上を見上げたのは同時だった。直後、逃げ出そうとした私の体は、意識と反対の方向へと引き寄せられた。
何が起きたのか確認する間もなく、ちょっと前に私が立っていた場所で、大きな瓦礫が砕け飛んだ。
砕けた瓦礫がパラパラと足元に散らばる。
「あっぶねぇな。怪我ないか?」
聞き覚えのある声はの主は、私のウエストをしっかりと抱え、覆いかぶさるようにして顔を覗き込んできた。
綺麗なエメラルドのような瞳が、私を見つめている。
「……キース?」
「おう、元気そうじゃないか。魔力枯渇、もういいのか?」
にっと笑った彼が首を傾げると、さらさらの金髪が揺れて、先の尖った耳が見えた。
周囲からざわめきが上がる。
私をしっかり抱きしめる男──ハーフエルフのキースはざわめきを気にもせず、私の髪に触れてきた。
「ぼーっと突っ立ってちゃダメでしょ」
「な……なんで、ここにいるのよ!?」
「ははっ、元気そうじゃん。せっかく、心配してあげたのに」
「ちょっと、質問に答えてよ。負けたチームは即解散のはずでしょ? なんで、控えチームにいないあんたが、ここにいるのよ!」
「なんでって……」
きょとんっとするキースは、私の髪についていた瓦礫を払うと闘技場を振り返った。釣られて私もそっちを見る。
三位決定戦が幕を下ろしたらしく、控えていた決勝戦進出チームが入れ替わりに登場し始めた。片方のチームは一人足りないようだけど。
「まだ、勝負の途中だからね」
にっと笑ったキースはぽふぽふと私の頭を叩くと「大人しくしてろよ」と言い、軽い身のこなしでフェンスを越えていった。
濃緑のマントがばさりと翻る。
走り去るその姿を目で追い、彼が出場チームの一人であることをやっと理解した。
遅れて現れたキースに、ロン師から小言がいくつか言い渡されたみたい。だけど、お咎めはなかったようだ。
開戦の合図となる鐘が鳴らされ、再び、会場は歓声の渦に飲み込まれていく。
牽制の魔法弾が両チームから放たれ、主力となる剣士たちに強化の魔法をかけあう。
眩い魔法の光が闘技場の上を飛び交った。
この模擬戦で使うことができる魔法には制限があり、新入生が一年かけて磨く初期魔法のみ。
武器、防具の強化、基本属性火、水、土、風の魔法弾。あとは妨害要素のある魔法が数種類。上級生ともなれば、それらを組み合わせて術式を組むことも出来るため、単純な魔法合戦とはならないのが模擬戦の面白いところよね。
基本の習得が実際の戦闘では大いに求められる。そのことを新入生に教えるの目的らしい。
戦いの勝敗を決めるのは、戦闘に長ける冒険者ギルドの戦士とも言えるわ。
ぶつかり合う魔法弾の煙幕の中、動いたのはキースだった。
「──先手必勝!」
キースは、足止めに出現した壁をものともせず、魔術師の作り出す風に押し上げられて闘技場を無尽に駆けていく。
叩き込まれる石の礫が白い頬に裂傷を作り、赤い筋が滴りを見せた。
だけどキースは痛みを気にもしていないのか、怯むどころか笑って間合いを詰めていく。
その痛みすら楽しんでいるような笑顔に、悔しくなる。
私はどうしてこんなところから見ているんだろう。
フェンスに手をかけ、眺めていたキースの後方に視線を向けた。そこにいるのは、彼とチームを組んだ魔術師の女の子──私が予選でコテンパンにしちゃった上級生だ。
「あそこに立ってたのは、私だったのに……」
不満に唇が尖り、ちょっとだけ胸の内がもやもやとする。
ガキンッと剣のぶつかり合う音が空気を震わせた。すると、飛び交っていた礫の魔法が止んだ。
膠着状態が、会場をざわつかせる。
「あーあ、こうなると魔術師は何もできないよね」
「そうそう。下手したら相手を強化しちゃうし」
「攻撃したら、仲間に当たっちゃうし」
新入生たちから、ツマラナイ展開だと声が上がり始める。それは、不満の声がざわざわと波を作っていようだった。
そうね。見ているだけじゃ、ツマラナイわ。
私だったら。キースの足を止めない。あの戦闘バカは、ちょっとやそっとじゃ怯まないもの。
そもそも、キースはまだ本気じゃない。
ここからでも見えるけど、相手の口元が歯を食いしばって真一文字なのに対して、キースはあんなに楽しそう。何か言ってるのは、相手を煽ってそうね。
さっさと、動きなさいよ。──まごまごしている上級生をちらりと見た。私だったら、動くわ!
魔法弾を相手の周囲に叩き込み、隙を作る。あるいは一点狙いで相手の足か腕を捉えて引き離すのも良いわね。引き離せなくても、意識を逸らせることが出来る。
杖をぎゅっと握り、埃っぽい空気を胸に吸い込んだ。
私だったら……
「キース! 負けたら、分かってるわよね!!」
辺りの視線が、何事かと私に注がれる。だけど、そんなことはどうでもいい。
「負けたら、ベリー祭りのケーキ食べ放題は、あんたの驕りよーっ!」
負けるなんて許さない。
私がいなくても楽勝って言った言葉、証明してみせなさいよ!
キースの腕が相手を押しやり、バランスを崩したその足を払う。だけど、相手も剣を振って間合いを詰めさせようとはしない。
とんとんっと軽い足取りで後退するキースが、ついっと視線をチームの魔術師に向けた。
そう、さっさと仕掛けなさいな。先手必勝よ!
辛うじて倒れることをこらえた相手の戦士は、一瞬視線を外したことを後悔しただろう。
瞬間、後方の学生から影が伸びていき、それは対戦相手の足にまとわりついた。さらに、もう一人が地面を叩けばいくつもの壁が現れ、影にからめとられた戦士の後ろで詠唱に入った学生の視線を遮る。
いくら呪文を唱えようと、対象者を正確に定めなければ、的確な発動は望めない。
魔術師に求められるのは呪文の記憶ではない。瞬間的な観察眼と判断力だ。
もがく剣士を前にキースは口角を上げる。
剣の切っ先は、相手の胸に取り付けられた紅い魔晶石を真っ二つに割り砕いた。
会場に歓声が上がり、勝敗が決したことを告げる鐘が鳴り響いた。
次回、本日19時頃の更新となります
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