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第38話 仮面の下にあった美しい顔は

 ところどころに低木が生えているが、岩の谷間は荒廃とした様相で茶色い姿を晒している。

 今までも何度か危険といわれる山に入ったこともあるけど、そう簡単に慣れるものでもない。わずかな恐怖心で足が震えそうになった。


 杖をぐっと握りしめて「よし!」と気合いを入れる。その直後、頭がぽふっと叩かれた。


「そう無理することもないだろ。体力残しとけ」


 仰ぎ見た先で、キースが不敵に笑う。何を言っているのか。きょとんとした直後、視界が急に高くなった。


「ひゃいっ!? ちょっ、キース!?」

「お前を担ぐのは慣れてるからな。しっかり、掴まっとけよ!」


 私を、樽か小麦の入った麻袋のように担ぎ上げたキースは、急斜面を蹴った。私は心の準備どころじゃなくて、杖を握りしめながら言葉にならない悲鳴をあげた。

 アニーがげらげら笑いながら追ってくるのが見える。


「バッ、バカキース!」


 悲鳴交じりに叫んだけど、キースは気にする様子もなく急斜面を駆けていく。そうして、荒涼とした谷に土埃を上げて降り立つと「ほい、到着」と言って私を下ろした。


 目の前がくらくらした。上手く立てず、そのままキースにしがみつき、ふらふらしながら足元を見つめた。今にも意識が遠退きそうだ。


 後に続いたアニー、ラルフ、そしてロッドさんも難なく斜面を降りてきた。


「おーい、降り切ったぞ。ミシェル、聞こえてるか?」


 ぺちぺちと優しく頬を叩かれる。だけど、ぐったりしながら「キースのバカ」と呻くのがやっとだった。


「ったく、しょうがねーな」

「そのまんま抱えて登れば良いじゃない」


 ケラケラ笑うアニーが指先には、先ほどの急斜面ほどではないけど、荒廃した岩山があった。


「無茶苦茶言うなって。さすがに登るのはきつい」

「あら、愛の力で何とかなさいな」


 笑って茶化すアニーにげんなりとしたキースは岩山を見上げた。下って来た山肌と同じく荒廃したそこには道らしい道がない。低木がいくらかあるが、ほぼ岩場だ。


「少し休めば歩けるか?」

「うぅっ……たぶん」


 キースに支えられて何とか立てる状態だ。それもこれも、心の準備をする前に走り出したキースのせいなのだけど。


「ほんっと、過保護ね」

「まぁ、気持ちは分からないでもないがな」


 にやにやと笑いが止まらないアニーの横でラルフも表情を緩めていた。そこに、ロッドさんが近づく。


「つかぬことをお聞きしますが、お二人のご関係は……」

「見たまんまよ。初々しいでしょ。やっとくっついたのよ、あの二人」

「……くっついた?」


 仮面の下の緑の瞳が見開かれ、綺麗な形をした唇が固く引き結ばれた。なんだか、不機嫌そうだわ。


「そう。この夏は色々あってね。ま、災いを転じて福となす、ていうやつ? 晴れて恋仲に収まったのよ」

「……まさかっ!」


 突然の声にきょとんとしたアニーは首を傾げる。にやりと口角を上げると、僅かに狼狽(うろた)えた様子を見せたロッドさんに向かい、腰の多節棍に手をかけた。

 金具で繋がれた棍がぶつかり合い、カランと音を立てる。


「まさかって? なぁに、お兄さん。あなた、ミシェルのこと知ってるの?」

「あ、いや……」

「お兄さん、ずっとミシェルを気にしていたみたいだけど……一方通行のクズなら、あたしが相手するわよ!」


 言葉を濁したロッドさんを睨みつけたアニーは多節棍を捌くと、すぐ横の岩を叩き割った。

 細かな石の破片が飛び散り、ロッドさんの衣服に当たってパラパラと音を立てる。


 突然のアニーの行動に驚き、喧嘩はダメだと止めようとした時だった。肩をキースにきつく掴まれた。何事かと彼を仰ぎ見ると、そこに警戒心むき出しの瞳があった。


 こんなところで仲間割れだなんて、とんでもない!

 ラルフにどうにかしてもらおうと振り返ったけど、いつも冷静な彼もまた、剣の柄に手をかけて身構えていた。

 何が起きてるの?

 どうして、皆そろってロッドさんに警戒しているの!?


「あたし、色男には優しい方だけど……顔を見せない奴を信じるほど、お人好しでもないの!」


 再びしなった多節棍はロッドさんの仮面に向けられる。だが──


「ドライアード!」


 ロッドさんが叫ぶと、地中から幾本もの蔦が突き上げた。

 多節棍は彼の仮面に届く前、それらに弾かれて勢いを失った。


 現れた蔦が幾重にも絡まった姿は、まるで太い樹木のようだ。その向こうにいるロッドさんの姿は見えない。

 無数の蔦が一斉に襲い来れば、数分も持たずに私たちは捉えられるだろう。──ロッドさん、何がしたいの!?


 小さく舌打ちをしたアニーが、じりじりと後退しながら目の前でうねる蔦を睨み据える。


「待ってくれ。君達と戦う気はない」

「こんなの呼んでおいて何言ってんのよ!」

「……これで信じてもらえるかな?」


 ロッドさんの声に応えるように、絡まった蔦が綻んで中から深緑のドレスを身に纏った乙女が姿を現した。

 うねる蔦は全てそのドレスの下に引いていく。


 美しく長い髪に純白の花が開き、陽射しを浴びた澄んだ瞳が、宝石のようにきらりと煌めいた。その後ろから姿を見せたロッドさんは、仮面に手をかけた。


「お嬢さんは勘違いをなさっている」

「どうかしらね。胡散臭(うさんくさ)いったらありゃしないわ」

「……そうだな。きちんと挨拶をするべきだった」


 ロッドさんの声が、少し高くなる。

 もしかして今まで、声音を変えて話していたの? それに、その声……聞き覚えのある優しい声が、懐かしい人を思い出させた。

 小さく「お兄様?」と呟くと、私の肩を抱いていたキースの手に力が込められた。

 

 少し俯いたロッドさんが、仮面を外す。

 風が吹き抜けると、彼の顔の左半分を隠すように垂れていた前髪が巻き上げられた。その顔の左側、額から目の周りにかけて赤黒い火傷の痕が露になった。


 その顔を見た瞬間、私は衝撃に喉をひきつらせた。

 だって、その顔は──


「顔を晒したくらいで、今更、信用を得ようとか甘ちゃんも良いとこね!」

「改めて名乗らせてもらう。ロデリック・マザーだ」

「ロディお兄様!」


 ロッドさん──お兄様が名乗るのと、私が声を上げるのはほぼ同時だった。


 そこから一拍置いて、アニーが私を振り返り様に「はぁっ!?」と驚愕の叫びを響き渡らせた。

 お兄様が、深々とため息をつく。そうして手を広げて私に近づいてきた。


「久しぶりだね、ミシェル。あぁ、その愛らしさは五年前と何も変わらないな」


 涙ぐみながら私の前に立ったお兄様は、キースの腕をおもむろに掴んだ。そして笑顔のまま彼を一瞥する。その気迫に押されたらしいキースは、一瞬、私を抱き締めていた腕から力を抜いた。


 お兄様は、一瞬の緩みを見逃さなかった。

 腕が引かれ、気付けばその腕に抱き締められ、お兄様の懐かしい温もりに包まれる。


「お兄様、今までどこに行っていたのですか!? お父様も、心配して!」

「あぁ、心配をかけたことは謝ろう。そんなことよりも、今はお前のことだよ」

「……私?」


 見上げると、にこりと笑ったお兄様が私の髪をそっと撫でた。かと思えば、厳しい表情をしてキースを睨みつけた。


「私は、断じてお前を認めはしない!」


 突然の宣言に、私は理解が及ばずきょとんとする。そうして、アニーが素っ頓狂な声を上げた。


「はぁっ!? ちょっと何なのよ。意味分かんないんだけど!」

「言葉の通りだ。あの男をミシェルの伴侶として認めるわけにはいかない」

「お、お兄様、あの、その……キースと私は、まだ、その」

「お前にはもっと相応しい者がいるはずだ」


 お兄様は、当然だと全身全霊で意思表明をする。

 

「ちょっと、あんたの兄貴大丈夫?……伴侶って、気が早いでしょうが」


 すっかり戦意を失ったアニーは、畳んだ多節棍をホルダーに収めると、肩を竦めて大きなため息をついた。


 ど、どういうこと? 何が起きてるの?

 探し続けたお兄様と突然の再会だけでも驚きなのに。お兄様のいってることが、さっぱり分からなかった。


 伴侶って……そ、それって、私とキースが結婚するってこと? 確かに、お付き合いの先にあるのは、そういうことだけど……


 どうしたら良いのか分からず、にキースを振り返った。瞬間、早鐘を打っていた心臓が、いっそう激しく高鳴った。

 黙っていたキースの表情は真剣そのもので、美しいほど引き締まっていた。その形の良い唇が動く。


「どうしたら認めてもらえますか?」

「認めると思っているのか?」

「認めさせますよ。ミシェルがそれを望むなら」


 バチバチと火花が散りそうなほど見合う二人に、私が口を挟める隙は見当たらなかった。

 どうしたら良いんだろう。

 狼狽えながらアニーとラルフを見るも、彼らも盛大なため息をつくだけだった。


 その時、鳴き声が聞こえた。それに反応したアニーとラルフが振り返る。


「おい、ヒタキドリだ!」

「あんたら、そんなことより今はやることがあるでしょうが!」


 視線を巡らすと一羽のヒタキドリが荒涼とした岩山を越えるように飛んでいった。


「やっぱり、読み通りこの先に何かありそうね。ミシェル、行ける!?」

「行けるよ!」


 お兄様の胸を押して腕から抜け出す。すると、ラルフが手を差し出した。


「よし。荷物を貸すんだ。それがなければ少しは楽だろう?」

「そうそう、こんな時はラルフに頼らないとね。はい、私のも」

「体力お化けのお前は自分で何とかしろ」

「ちょっと! 変なところで根に持たないでよね!」


 私の鞄を手にしたラルフは、甲高い声を上げるアニーを気にすることもなく歩き出した。それを追うようにアニーと肩を並べてる。

 ちらりと後ろを振り返ると、キースもお兄様は微妙な空気で足を踏み出した。その後ろから、大樹の乙女(ドライアード)もついてきた。

次回、本日12時頃の更新となります


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