第37話 過保護な仲間たち
さらに道を進むと、高木が少なくなった。
岩場も増え始め、起伏に富んだ道を突き進んで低木の生い茂る地帯を抜けると、突如として草原が広がった。
上空には気持ちいい青空が広がっている。
「結構な急斜面だったわね。ミシェル、大丈夫?」
アニーの問いに、息を切らしながら頷く。
膝に手をついて大きく息を吸うも、声を出す余裕はなかった。
「一度、休憩にするか」
「賛成! あんたら体力お化けと一緒にされちゃ、たまったもんじゃないわ」
ラルフの提案にアニーは手を叩いて喜んだ。
「でも、日没までの時間、ないし……」
「ここで休憩しても間に合うって。いざって時に倒れたら元も子もないだろ」
まだ大丈夫と言おうとした私の手を、キースが掴んで引き留めた。すると、足元がふらついて体が傾いだ。
とさっと音を立ててキースに寄りかかるようになり、しっかりと抱き止められた。
恥ずかしさが込み上げ、頬だけじゃなくて耳までも熱くなっていく。
「ほら、疲れてるだろ?」
手を引かれたまま、座れそうな岩までつれていかれた。そうして、腰を下ろすように促される。
しぶしふ腰を下ろすと、足がずんっと重くなった。思っていたより、疲れていたみたい。
大きく息を吸って息を整えていると、寄り添うようにしてキースも腰を下ろした。
顔が近い。体温まで感じる距離に、さらに頬が熱くなっていく。
「寄りかかってろ。楽だろ?」
「で、でも」
「いいから、休め。お前が一番体力ないんだから」
「……う、うん」
寄りかかって、嬉しいやら恥ずかしいやらで鼓動が早くなった。せっかく息が落ち着いてきたのに、心拍数は早まるばかりだ。
耳につく心音、キースに聞こえてないよね?
ちらりと横を盗み見ると、綺麗なエメラルドの瞳と視線がぶつかった。
「顔赤いな。大丈夫か?」
「だっ、大丈夫だよ」
ぺたぺたと頬や額に触れられ、声が上擦った。
今、汗もかいてる。触られたくないんだけど。っていうか、私、汗くさくない!?
慌てれば慌てるほど、汗が吹き出す。
だけど、すっかり疲れていた体はいうことを聞いてくれなくて、キースから離れることができなかった。
私がまごまごしていると、アニーかわざとらしい声をあげた。
「ラルフ、あたしも疲れたぁ。ほら、ほら!」
両手を組んで、お願~いという。
鈍感な私だけど、自分がからかいの種になってるのはすぐ分かった。
恥ずかしさに、ますます顔が熱くなる。横では、キースが呆れたようなため息をついた。
こっちをちらっと見たラルフは、何事もなかったようにアニーに視線を戻す。
「ふざけたことを言うな。お前ほどの体力お化けな女、俺は見たことがないぞ」
「それはどうも」
「少し先の様子を見にいく」
「はいはーい。分かりましたよ!」
失礼ねと言いたそうな顔をしながら、ぷいっとそっぽを向いたアニーはさっさと歩き出した。その直後だった。
羽音が聞こえてきた。一羽や二羽じゃない。
「ヒタキドリ!」
アニーの高い声が響いた。
顔を巡らせると、少し先で、彼女は腰のホルダーから抜いた愛用の武器を素早く構えた。手に握られる棍の両端に金具で繋がれる別の棍が、ゆらりと揺れた。
アニーの視線が向いた上空には、青空を埋め尽くすほどの黒い影があった。まるで大きな鳥のようだ。
それが、急降下した。
激しい羽音と共に、ピーピーと警戒するような鳴き声が響き渡る。
「アニー! ラルフ!」
「来るな!」
「あー、もう! なんなの。このちっこいの!」
数多の嘴が二人を襲い、再び空へと旋回した。
アニーの多節棍が風を切る。
不規則な動きをする多節棍に、いくらかのヒタキドリが叩き落された。ラルフの大剣の単純な太刀筋は見破られているのか、群れは分散してそれを交わし再び上空に退避してしまう。
そうして、分散した片方が、私たちの方に急降下した。
ぐんっと腕を引かれ、気づけばキースの腕の中に私はいた。
いくつもの羽音とけたたましい鳴き声に、私たちは覆われた。
キースに抱き締められ、状況が分からない。
うるさいヒタキドリの鳴き声は、きっと警戒を告げるものだ。もしかしたら、巣が近くて仲間を呼んでるのかもしれない。
源泉はもう少し先にあるはずなのに!
「くそっ、数が多すぎる!」
「ちょっと、どうにかならないの!?」
ラルフとアニーの声が聞こえた。
なんとかしないと。
「キース! アニーとラルフを援護しないと」
「けど、どうするんだ?」
「……ヒタキドリを、まとめて捕らえる」
キースが少し腕を緩めた。
身動ぎ、アニーとラルフを目視すると、足元にある杖へと手を伸ばした。そうして──
「私が道を作る!」
握りしめた杖の先を、ヒタキドリの群れに向けた。
「我、地殻に眠りし力を繋ぎ──」
高らかに唱えると、幾本もの細い線が地表から空に向かって突き上げられた。
まるで鉄線のような影を警戒したヒタキドリの群れは警戒し、急旋回して空へと退避した。
「乾坤の力により天蓋を紡ぐ」
黒い線が高速で交差し、ヒタキドリの群れと私たちの間を遮るようにして、網のように広がった。
「行く手を阻むものを捕らえし籠となれ!」
号令と同時に、黒い網は急上昇した。ヒタキドリを包み込もうと、それはさらに大きく広がっていく。
迫る網から逃れようとヒタキドリは二方向に分散する。だけど、網はさらに広がり鳥たちを飲み込もうとする。
「逃がさない!」
キースの腕から飛び出し、私は杖を地面に叩きつけた。
地面から四本の支柱が現れ、黒い網はそれと合わさるようにして、大きな鳥かごへと姿を変えた。
しかし、辛うじて逃れたヒタキドリの小さな集団が未だ上空を旋回している。
「我命じる! 黒き天蓋──」
再び詠唱を始めた瞬間、小さくなったヒタキドリの集団が急降下を始めた。
詠唱が、間に合わない!
咄嗟に詠唱を止め、防御壁に切り替えて術を展開しようとしたその瞬間だった。視界が反転し、再びキースの腕の中に引き込まれていた。
暗い視界の中、ヒタキドリの羽音と衝撃が響く。さっきよりも、確実に強い振動と怒りが伝わってくる。
「キース、ちょ、何してるの!?」
「うるせぇ。さっさと、次の一手、考えろ!」
「だ、だって!」
これでは対象が見えない。正確な魔法を展開するのが難しくなる。
どうしたらいいの。
覆いかぶさるキースの胸を叩いてみるも、彼は私を解放してくれない。
焦りから、手のひらにじっとりと汗がにじんだ。その時だった。
周囲が暗闇に覆われた。
辺りが静寂に包まれ、ヒタキドリの羽ばたきも鳴き声も一切が失われた。完全な、光の遮断された空間だ。
どこまでも続くような暗闇の中、キースが耳元で私を呼んだ。
「ミシェル、お前がやったのか?」
「これ、古代魔法じゃないよ。これは……精霊魔法」
ロッドさんが闇の精霊を呼んだのかしら。それにしても、だいぶ広範囲に暗闇を展開している。強力だわ。
薄ら寒いものを感じて、私は背筋を震わせた。
「シェイド、落ちた鳥を集めてくれ」
暗闇の中で響いた声を振り返ると、広がっていた暗闇が収縮するように一点に集まり始めた。まるで広げられた漆黒の布地がより集められるように、暗闇が引いていく。
光が戻り、堪らず眩しさに目を細めた。その先にいたのはロッドと漆黒のドレスを翻す乙女だった。
「あれは?」
「……常闇の精霊よ。凄い。人型を呼べるのは、相当の魔力を持った精霊使いよ」
その凄さに畏怖すら感じる。
キースに支えられながら立ち上がり、私たちはロッドさんの側へと歩み寄った。
「ロッドさん、ありがとうございます」
「すまない。召喚が遅れた」
ロッドの背後に浮かぶ闇の乙女はドレスの裾を翻し、不自然に浮かんでいる大きな闇の球体の上に腰を下ろした。
球体は半透明で、まるで黒い水晶玉のようだ。中をよく見ると、ヒタキドリ達が羽ばたくことなくふわふわと浮いている。
「捉え損ねたヒタキドリをまとめて入れたが、どうする?」
「生きています、よね?」
「心配はいらない。眠らせているだけだ」
「一羽だけ取り出すことは出来ますか?」
そう尋ねれば、ロッドは闇の乙女を振り返った。
白魚のような手が黒い球体の中にずぶずぶと入っていく。しばらくして出てきたその手には、一羽のヒタキドリが握られていた。
「……本当だ。眠ってる」
「数分もすれば目覚めるだろう」
「目を覚ましたら、この鳥は巣へ戻ると思うんです」
ふむと頷いたロッドは闇の乙女の手の中、小さな鳥に視線を落とした。
ヒタキドリは集団となって敵を襲う習性がある。一羽では大した攻撃力を持たないからの戦い方だ。つまり、一羽であれば仲間のいるだろう巣に帰ることが容易に想像つく。
私は、髪飾りのリボンをほどき、ヒタキドリの首に結んだ。
「他の鳥はどうする?」
「夜になったら解放します」
「その鳥籠のもか?」
ロッドが指さした先では、ミシェルの作り出した網に囲われたヒタキドリたちが小さな鳴き声を上げていた。
「はい。ヒタキドリは夜になると攻撃性が弱まりますから」
「それまで、その籠はもつのか?」
「それも問題ないです。大地から魔力を供給するようにしています」
「分かった。その籠が壊れた時、こちらも解放しよう」
「よろしくお願いします」
頷いたロッドさんは僅かに口角を上げて笑った。それを見て、一瞬言葉に詰まる。
あれ? この笑み、どこかで見たような……
思わずロッドさんをじっと見ると、彼はさっと背を向けてしまった。
「あの、ロッドさん──」
どこかで会ったことがありませんか。そう訊ねようとした時、少し離れた方角から「ミシェル!」と名を呼ばれ、ハッとした。
少し先でアニーが大きく手を振っていた。
「こっちにきて!」
キースに手を引かれ、アニーとラルフに合流する。そうして、上った高台の先に広がる景色に私は目を見開いた。
「これは……」
緩やかな高台と思っていたら、その先は谷底になっていた。ごろごろと岩も転がっている。その様子から、この先に目的地があるだろうことが想像できた。
「目指してるのって、この先でしょ?」
「う、うん……」
「ちょっと急だけど、降りるしかなさそうよ」
「俺らは問題ないが、ミシェル、行けるか?」
「精霊使いのお兄さんも、どう? 結構きついわよ」
「問題ない」
「……うぅっ、頑張ってみる」
急勾配の岩肌に目を向け、ごくりと喉を鳴らした。
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