第34話 やって参りました温泉地ハーディ
伝承では、ヒクイドリが食べこぼした魔力を食べたヒタキドリがヒクイドリになるとされる。地方によって多少の違いはあれど、ヒクイドリが観測されると天変地異の前触れだとか、火山が爆発する予兆だともいわれている。
「どれも迷信でしょ!」
アニー鼻で笑うけど、ラルフはいたって真面目だし、私とキースも表情を崩せずにいた。
「あながち迷信とも言い切れんぞ。十五年前くらいだったと思うが、その時はメレディス南西部で空を埋め尽くす群れが観測された。その年に、ヒクイドリが現れている」
「でも、今回は温泉の採取が目的でしょ? ヒクイドリの討伐って訳じゃないし、気にしすぎじゃない?」
「まぁ、そうなんだが」
概要の書かれた用紙を見て唸るラルフが私をちらりと見て「長居はしない方が良いかもな」と言った。
そうかもしれない。さすがに、回復役がいない状態でヒクイドリを相手にするのは危険な気がする。
私が頷くと、キースが少しだけ声に凄みをもたせてアニーを呼んだ。
「アニー。釘を刺しとくが、ヒクイドリの羽根を手に入れたいとか言い出すなよ」
「えー、どうしてよ。もしもヒクイドリが現れるなら、手に入れたいんだけど。落ちてるかもしれないじゃない?」
アニーは不満そうに唇を尖らせた。まあ、冒険者としては喉から手が出る代物だろうし、気持ちが分からないまでもない。
ヒクイドリとは大地の魔力を食べて成長する巨鳥。その個体数は極めて少なく、羽根一つ手にいれるのも難しい。私たち魔術師にとっては研究材料としての価値が大きいし、羽根一つ換金すれば家一軒建てることも出来るといわれている。
保証が少ない冒険者稼業のアニーからしてみれば、手に入る機会があれば求めたくなるのも致し方ないだろう。
不満そうなアニーに、ラルフはため息をつく。
「ヒクイドリは害獣認定された巨鳥だ。マーヴィンなしでは厳しいだろう。その時は、討つことよりも逃げることを優先する」
「俺も賛成だ」
ラルフの意見に、キースは即座に乗っかった。二人に譲る気がないことは明白だ。
アニーは「ちょっとくらい良いじゃない」とぶつぶつ言い出した。
「アニー、命あっての物種だぞ」
「……分かってるわよ」
「そもそも、ヒクイドリが現れるとも限らないしな」
「もう、分かったわよ! マーヴィンのやつ、どうして仕事抜け出せないのよ。恨んでやる!」
ラルフの厳しい眼差しから視線をそらしたアニーの不満は、ここにいないマーヴィンへと向けられた。
私とキースは顔を見合い、ひとまずなんとかなりそうだと安堵した。
「で、どうしてそれが温泉枯渇の噂に繋がるのよ。ヒクイドリが現れるから危険って噂ならまだしも」
「ヒクイドリは魔力を食べるからだろ?」
「どういうことよ。分かるように説明して」
さらりと言ってのけるキースに、アニーは不満そうな目を向けた。それに、私は「憶測だけどね」と声をかけた。
「温泉は地中深くにある魔力溜まりで地下水が熱せられたものなの。その魔力をヒクイドリが食べているとしたら、温泉に影響が出る可能性もあるでしょ」
「だから、温泉が枯れる? やっぱり根も葉もない噂じゃない。今は温泉もあるし、ヒクイドリも目撃されてないんでしょ?」
それはそうなのだがと唸ったラルフは、一拍置いてため息をついた。
「用心に超したことはない、て話だ。早々に出立しよう」
ひとまず話はまとまり、私たちは翌早朝、ハーディへ向けて出発することになった。
道中、乗り合いの馬車が盗賊に襲われるような多少のトラブルに見舞われたが、出発から三日後、ほぼ予定通りにハーディに辿り着いた。
すでに日が沈んでいたこともあり、すぐさま空いている宿に泊まることとなった。
受付で帳簿にサインをしながら、温泉の源泉について尋ねると、宿屋の女将は笑顔で話してくれた。
「うちの源泉は、比較的低いところのだよ」
「低いところ?」
「あぁ、ヴェルヌ山はいくつもの源泉があるんだけどね」
周辺地図を引っ張り出した女将は、それを広げるとヴェルヌ山を指差した。
「ここいらの宿屋は西側の源泉から引いてるんだけど、東側の中腹から引く宿も多いよ」
女将はむちっとした指で山の中腹より少し下の辺りを示し、次いでそこから東の方角へいくらか離れた山の中腹を叩く。
「源泉はその2ヶ所ですか?」
「いや、もっとあるさ。町で一番デカい温泉施設があるだろ? あそこはこっち、だいぶ上にある源泉から引いているよ」
どうやら、源泉は山のいたる箇所にあるみたい。どこから採取をするのが適切なのか考えていると、アニーがひょっこり顔を出した。
「何か、温泉に違いがあるの?」
「温度が高いんだよ」
「それだけ? どっちも美肌の湯なら、あたしは問題ないかな~」
「そこは安心しておくれ! まあ、山奥の源泉の方が質はいいっていう人もいるけどね。うちの湯も上等だよ」
「あの、遠いところから源泉を引くって大変なんですか?」
女将は驚いた顔をした。まあ、源泉に興味をもつ人なんて珍しいよね。
「変な質問をするお嬢ちゃんだね。学生さんかい?」
「はい。えっと……先生からの課題で、実地調査中なんです」
「そういうことかい。遠くから温泉を引くには特殊な配管と設備が必要なんだ。その維持はお金もかかるんだよ」
「遠ければ、その分、害獣対策も必要になりますね」
「そういうことだから、うちみたいな小規模の宿屋は施設維持を共同でやってるんだけどね。なかなか中腹より上から引くのは難しいんだよ」
「それじゃ、宿屋が手をつけてない源泉もあるんですか?」
「そりゃあるさ! この町のギルドにいけば、詳しい話をしてくれると思うから、明日、行ってみたらどうだい?」
二部屋分の鍵がカウンターに置かれた。
「ありがとうございます。行ってみます!」
「今夜は、ゆっくり温泉を楽しんでおくれよ」
サービスは大きな宿屋に負けないよといって、女将は自信たっぷりの笑顔を見せてくれた。
荷物をあてがわれた部屋に置いた後、ミシェルとアニーは一階にある浴場の脱衣所にいた。
この宿は一階に受付と酒場があり、その奥が浴場の入口となっている。入口は休憩場も兼ねて、湯上りの客達が思い思いにくつろいで談笑していた。
さらに進むと、男女分かれた脱衣所がある。その先は、近隣の宿屋との共同浴場に繋がっているそうだ。
衣服を脱いで水着に着替え終えたアニーが「それ何?」と声をかけてきた。彼女が指差すのは、私の手に握られる皮袋だ。
「貴重品は部屋のチェストに入れて、魔法の鍵もかけたよね?」
「うん。これは、採取用の瓶だよ。ここの温泉水も採取しておこうかと思って」
そう言って革袋を揺らすと、カチャカチャと中で瓶がぶつかり合う音が響いた。
「源泉から引いてきたくらいで変質することはないと思うけど、念のためね」
「ふーん。よく分かんないけど、大変ね。それにしても……」
私の向かいに立ったアニーはじっと視線を向けてきた。
私へ向けられたアニーの視線に、緊張が走った。
頭のてっ辺からつま先まで、なんだか観察されているみたい。それに、水着姿とはいえ身体のラインはしっかり分かるから、裸を見られているような錯覚をしてしまう。
うーんと小さく唸ったアニーが首を傾げた。
「キースの趣味って分からないわね。幼児趣味って訳じゃないでしょうけど」
「へ? 幼児……」
何を唐突に言い出すのか。
困惑してると、アニーの手が私のウエストをきゅっと両側から掴んだ。
水着の上からとはいえ、ふにふにとお腹のお肉を触られる感触に、羞恥心が込み上げた。
「細い腰ね。ちゃんと食べなさいよ。折れそうじゃない」
「あ、あ、アニー!?」
「キースはラルフと比べたら細いし、女顔負けの美人だけど、剣士だからね」
「そ、そうだけど。なに、急に?」
「こんな細い腰で受け止められるの?」
「え?……なっ、何いってるの?」
アニーの言いたいことが分からず困惑していると、赤い唇からため息がこぼれた。
「だって、あんたたち恋仲になったんでしょ?」
はっきりと言われ、いっそう羞恥心が燃え上がる。顔から火が出そうなくらい熱くて俯くと、アニーは私の頭をぽふぽふと軽く叩いた。
「ミシェルも、来年には十八歳でしょ? グレンウェルドでは成人として認められる歳よ」
「う、うん……」
「大人の付き合いが、お手々繋いでほっぺにチューして、なんて子ども騙しじゃないってことくらい、分かっときなさいよ」
びっくりして顔をあげると、アニーの細い指が、ぴしっと額を弾いた。
「で、でも、婚姻までは操を守らないとって」
「そんなの教典の中の話よ。でもまあ、キースは案外ヘタレだから早々に手を出さないだろうけど」
「ヘタレ?」
「そっ、ヘタレ。大切なものを失うのが怖いとか、壊したらどうしようとか、考えちゃうのよ。意外よね」
「キースが、そんなこと言ってたの?」
「言ってたっていうか、モロバレよ。いっつもミシェル見てるし。大切でしゃーないんでしょ」
大切で仕方ない。それが本当だったら、これ以上ないくらい嬉しい。
頬が熱くなり、手のひらで押さえていると「ほんと可愛いわね」と笑ったアニーが笑ったは歩き出した。その瞬間、大きな胸の膨らみがたゆんと揺れた。
水着に覆われているとはいえ、身体のラインはバッチリ分かる。探索者を生業としているだけあって、アニーの身体は引き締まっている。肩に大きな裂傷の痕があるけど、引き締まったお尻も大きな胸も、女なら誰もが憧れる体型だ。
それに比べて私は。
ハッとすると慌てて自身の胸元を手で押さえた。
「ミシェル? ほら、行こう」
私がついてこないことに気付いたのだろう。振り返ったアニーは、また大きな膨らみを揺らした。
「そんなの気にしないの」
「え?」
「胸の大きさだけで良い相手が見つかるなら、今頃あたしは王妃様にでもなってるわよ?」
けらけらと笑うアニーは私の手を掴むと、共同浴場に続く通路を歩き出した。
指にいくつもの傷痕が残るアニーの手をぎゅっと握ると、少し驚いた顔をした彼女は「ほんと可愛いわね」と苦笑する。
「あんたらを応援しといて今更だけど、こんな可愛いミシェルがキースの毒牙にかかるとか考えたら、腹立ってきたわ」
「どっ、毒牙って」
「酷いことされたら、すぐ言うのよ。こってりお説教してあげるからね」
「キースは酷いことなんてしないよ」
即座に返すと、アニーは大きな口で周囲が驚くほどの笑い声をあげた。
次回、明日8時頃の更新となります
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