第3話 公開演習の青い空
学院の敷地内にある演習所は、階段状の観覧席が囲むように設けらている。これは、上級生の演習や模擬戦、研究発表などを下級生に披露する催しを、年数回執り行うためだ。
晴天に恵まれたその日、演習場の最前列で緊張を見せる新入生の後ろには、多くの下級生が上級生の披露する魔法に湧き上がっていた。
広い演習場の中央に、地鳴りと共に石の塊が現れる。その大きな標的の前に私は歩み出た。
「深淵の冷たき水、蒼き光。この手に集まりて我が声に応えよ」
高らかに唱え、使い慣れた杖を振りかざせば、頭上に出現した水の矢が眩い輝きを発する。
「立ちふさがりし、敵を貫け!」
無数の矢が轟音を放って空を切る。的は見事に打ち砕かれ、蜂の巣どころか粉砕された。
一拍置いて、ふうっと吐息をつくと、観客席から空気を震わせる歓声が上がった。
「ミシェル先輩、凄いよね。憧れる!」
「すげーっ、やっぱ、実践積んでるだけあるな」
「俺、学院長の愛弟子って聞いたぜ!」
「ミシェルせんぱーい! あ、手、振ってくれた!」
照れながら歓声に応えるように手を振れば、また黄色い声が上がった。
今日の演習は新入生歓迎会を兼ねている。呆気にとられる学生もいれば、どうやら私の噂を知っている子もいるようだ。
お気に入りの真っ赤なローブを翻し、さっさと控えの席に戻ろうとしたその時だった。
「こらーっ! ミシェル! あれほど演習だと言ったではないか。本気でやるでない!」
観覧席の最上部にいた学院長の怒声が、広い演習場でこだました。
「や、やばっ……」
思わず声が零れ落ちる。
恐る恐る振り返った大きな画面には、学院長の怒りの形相が投影魔法によって映し出されていた。
まずい……ますいまずい! ロン師、めっちゃ怒ってる!!
「罰として、壊したものの復元は自身で行うように!」
「えーっ! 簡易魔法がダメって言ったの、ロン師じゃない!」
「それとこれとは話が別だ。そもそも、お前はコントロールが下手すぎる!……追加課題が必要なようだな」
「ひぇっ……そ、それはいりませーん!」
ぶんぶんっと全力で首を振ると、横にいたアリシアが肩を叩いた。
その顔は、諦めなさいと言っている。
演習場のざわめきが波のように押し寄せてくる。
「錬成は苦手なんだよね」
「倒れたら、医務室に連れて行ってあげるから遠慮なくどうぞ」
「ちょ、面白がってるでしょ、アリシア!」
横で笑うアリシアを恨めしそうに見て、深い息を吐く。そうして、ぐっと両手のこぶしを握ると一歩前に出た。
再び大きく息うと、心地よい春風が頬を撫でて通り抜けた。
追加課題なんてまっぴらごめんよ。
「ロン師、ちゃんと修復したら、ちょっとはご褒美くださいね! 錬成は苦手なんだから!」
「修行の身で我がままを言うな。まぁ、出来が良ければ、夕飯のデザートを大盛にぐらいしてやっても良いがな」
ロン師がにやりと笑った。それに釣られて、私も笑う。
ご褒美のデザート、しっかり用意してもらおうじゃないの!
「よっし、やる気出た!」
ぶんっと杖を薙ぎ払い、地面と平行になるように突きだす。
深く吸い込んだ息を吐き出すと、杖に嵌め込まれた緑色の魔晶石が煌々と光を放った。
「我が血潮の雫をもって乾坤の力を呼ぶ。我が声は絶対なり」
全身を魔力が廻る。
碧い陽炎が立ち上がり、その輝きは帯となった。さらにそれは文字を形作りながら地表に一つの円陣を描いていく。
浮かんだ魔法陣の上で、砕けた石造りの的は碧い陽炎をまとい、ガラガラと音を立てながら宙に浮かんだ。
「磊塊より生まれし要石よ」
円陣の中に浮かぶ文字は美しい正方形を描き、ひときわ大きな塊がその中央で碧く輝きを増す。
「礎となりて、我が敵を防ぎたまえ! 展開!」
高らかに唱え、杖の先を地面に突き立てる。
魔力を流し込んだ魔法陣から光が吹き上がり、さらなる円陣が重なると、そこに八芒星が浮かび上がった。その中で、集められた石塊が激しい音を立ててぶつかり合う。
魔力のぶつかり合いが火花を生み、その度に、身体が振り回されそうになる。
ぎぎぎっと奥歯を噛んで耐える。その度に、首筋を汗が滴り落ちた。
「もっと……もっと!」
魔力を流し込み、耐える。
杖の食い込む地面がパキパキと音を立て、赤毛が弄ばれるように揺らいだ。
「いうことを、きいてってば……こんのーっ!」
杖を握りこみ、さらに力を込めて叫ぶと、激しい衝撃音を立てて石塊が眩い光に包まれた。直後だ。ドンッと音を立て、出来上がった新たな的が演習場の中央に出現した。
風が巻き上がり、一瞬足がふらついた。
堪えきれずに、どたんっと尻もちをつく。そうして、にいっと口角を上げた。
輝かしい日差しが、真新しい石像に降り注ぐ。
「ロン師! デザート大盛、だよ!」
どっと歓声が沸き上がった。大きな画面に映し出された学院長は唖然としている。
そこに出現した石造りの的は、厳格な学院長ロンマロリーの石像。もちろん、意図して作ったに決まってる。
ピッかピカに輝く石像に歓声が降り注ぐ。
、立ち上がって、どうだとばかりにロン師を振り返って笑った瞬間、視界がぐにゃりと曲がった。
真っ青な空が視界を埋め尽くす。
「あっ……枯渇だ……」
震える声が耳の奥で響く。小さな体に衝撃を感じる前に意識は混濁した。
遠くに、私を呼ぶ声がする。
アリシアだけじゃない。この声は……キース?──まさかね。今ごろ、次の模擬戦の用意をしてるはずだもん。こんなとこにいるはず、ないじゃない。
薄れる意識の中、模擬戦に出たかったなと呟きながら、私は誰かの腕の中へと落ちていった。
それからどれくらい時間が経ったのか。目を覚ましたのは、見慣れた医務室だった。
「……やっちゃったなぁ」
ぼんやりとしながら、後悔の文字が脳裏をかすめる。
視界を巡らせると、医務室の担当魔術師マルヴィナ先生と視線が合った。
「気がついたのね。魔力枯渇で気を失ったのよ。もう、無理しちゃ駄目よ」
「枯渇……うー、恥ずかしい」
駆け寄る先生に助けられながら体を起こし、くらくらする頭を片手で支える。下級生を前にして魔力枯渇だなんて、恥ずかしすぎるわ。ブランケットを頭からかぶってしまいたいくらいだ。
魔力枯渇に思い当たる点はふんだんにあった。
ロンマロリー学校長が求めたのは「復元」であったのに、デザート大盛に舞い上がり、大盤振る舞いで復元した巨石を加工までして石像を作った。それも、石像が掲げる杖の先を魔力で磨いて輝かせるおまけつき。その前に攻撃魔法を数種類披露していなければ、あるいは倒れるまでいかなかったかもしれないけど。
自分の魔力管理が出来ないなんて。未熟者が! と、ロン師の叱る姿が思い浮かんだ。
「もう、お祖父様も無理をさせるんだから」
ぷりぷりと怒るマルヴィナ先生はロン師の孫で、教職員の中でも数少ない、学院長に直球でものを言える魔術師だったりする。魔術師の最高峰である”賢者”の称号を持つロン師だけど、孫には弱いらしい。
「大丈夫? お祖父様には反省してもらわないと」
「マル先生、違うの! ロン師は復元って言ったのに、調子に乗って余計な魔力を使ったから」
「ミシェルちゃんの性格を分かっていて、ああ言ったのよ。あんな石、いくらでも山から運んでこれるんだから。ほんっと意地悪だわ」
用意しておいた果実水をグラスに注いだ先生は、それを差し出すと私の首筋に触れてきた。
「体温も、脈も正常ね。回復薬は微量だから、今日はゆっくり休んでね」
「はーい……」
口をつけた果実水から、ベリーとミントの香りに混ざって、ほんのりと魔力が漂ってきた。マルヴィナ先生特性の回復薬だ。魔力の回復を促進する程度の効果しかないから、今日はもう無茶な魔法を使うことは出来ないこと確定だな。
一口、二口と口をつけ、ふと窓の外へと視線を向けた。太陽がわずかに西に傾いている。数時間気を失っていたみたいね。
「マル先生……もう、模擬戦終わっちゃった?」
「午後の模擬戦? そうね、もうすぐ終わるころかしらね」
壁掛けの時計を仰ぎ見た先生がそう返すのを聞き、私は残りの回復薬を一気に喉に流し込んだ。それからベッドを飛び出し、横に掛けられたローブと杖を手にする。
「ミシェルちゃん?」
「行ってくる!」
「休んでって言ったでしょ!」
「模擬戦が終わったら、休む! ありがとう、マル先生!」
医務室のドアを勢い良く開けてお礼を言う。手を大きく振って、もう元気だよと主張する。もう一度呼び止めようとした先生には悪いけど、振り返らずに医務室を飛び出した。
だって、模擬戦を見逃したら、きっと後悔するもの!
重い足を前に出し、やっとの思いで辿り着いた演習場の扉を押し開くと、歓声が沸き起こった。
まだ終わってなかった。
ほっと胸を撫で下ろした私はそのまま演習場を眺めようと、観客席を仕切っているフェンスに走り寄った。
次回、本日17時頃の更新となります
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