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第27話 部屋に置き忘れたカンテラを取りに戻ったら……

 飲んで食べて大騒ぎをし、店の外に出た頃には陽が傾き始めていた。

 夜の訪れにはまだ遠いが、燦燦と照り付ける日差しが緩んだことで、ギルド広場には白装束姿がだいぶ増えている。


 人々の手には様々な形のカンテラが握られている。そして、楽団の奏でる円舞曲に合わせて男女が手を取り合い踊っていた。女性のスカートがあちらこちらで翻り、まるで白い花が咲きほころぶようだ。

 その様子を横目に見ていると、アニーがあれっと言った。


「そういえば、カンテラは?」

「部屋にあるよ」

「どうして持ってこなかったのよ」

「……なんか、恥ずかしくなった」

「なんでよ。この日のために買ったんでしょ?」


 どうしてと大げさに驚くアニーは、たぶん私の気持ちを分かっているんだろう。少し口角を上げている。

 横を通り過ぎた女の子が持っていたカンテラが揺れた。それは薔薇の蕾を模したカンテラ。


「アニーは?」

「あたしは、そういう柄じゃないから。でも……去年は見られなかったし、久々の星の灯は楽しみなんだよね」

「そういえば、去年も外に出ていたな」


 前を歩いていたラルフは肩越しにこちらを見て「今年の課題は大丈夫か?」と尋ねてきた。

 昨年は、星祭りの十日前、課題のために遺跡調査へいくことになったのよね。お祭りを楽しみにしてたのにって泣きついたら、皆そろって「来年があるだろ」って笑って付き合ってくれた。急いで戻ってきたけど、祭りには間に合わなかったのだ。

 だからこうして一緒に星の灯を見られるのは、本当に嬉しい。マーヴィンがいないのが残念だ。


「今年は大丈夫だよ。というか……去年はご迷惑をおかけました」

「謝ることじゃないだろう」

「そうよ。ついでに見つけたお宝は換金できたし、美味しい依頼だったわ」

「そういや、あれ以来探索は行ってねぇな。久々に行くか?」


 キースがそう言いだし、ふと丁度ほしいサンプルがあったことを思い出す。


「それなら、東のラモナ湖周辺に行きたい!」

「まだ未到箇所も多い遺跡群だったな」

「これからギルドに行くか。マーヴィンにも声をかけたいな。どうする?」

「今日は忙しくて会えないよね」

「ラモナ湖でマーヴィンなしは、ちぃっとばかしきついな」


 私たちの話にアニーも食いついてくると思っていた。でも、会話に入ってくる気配がない。どうしたのかと振り返った時、彼女は私の手を引っ張ると「今からカンテラ取りに行くよ!」と声を上げた。


 突然の言葉に、すっかりギルドに向かうつもりだった私たちは足を止める。


「え、でも、ギルドに行こうって」

「ラモナ湖周辺なら、明日だって依頼はあるわよ! 星の灯は今日なの。それに」


 悪戯を思いついた子どものように笑ったアニーは、私の手を引いて歩きだす。それに釣られて足を踏み出すと、キースとラルフが呆れたように顔を見合わせた。


「四人で星の灯を見たってマーヴィンに話したら、きっと悔しがるわよ!」

「アニー、マーヴィンをあまり揶揄(からか)ってやるな」

「だって面白いじゃない!」

「お前さ、そんなんだから嫁の貰い手が見つかんねぇんだよ」

「嫁にもらって欲しいなんて思ってないわよ!」


 困り顔のラルフと呆れ顔のキースを「お生憎様!」と笑い飛ばしたアニーはロンマロリー邸に向かうべく、わき道に入った。


 陽が落ちるまでにはまだ時間があった。

 明るい小道を縫うように、アニーは私の手を引いて歩いていく。


 王都フランディヴィルに引っ越してきてずいぶん経つけど、私は裏道にはあまり詳しくない。ロンマロリー邸からギルド広場に来るのにも、大きな通りを経てアーチー通りを抜ける一般的な経路を使っている。おかげで祭りがある人通りの多い時は、たどり着くのにもそこそこ時間がかかる。


 道を数本奥に入るだけで、こんなに人が少なくなるのね。日頃通ることのない小道に少しだけ緊張した。


「アニーは、フランディヴィルが長いの?」

「んー、まぁ、十年は経つかな」

「だから道に詳しいんだね」

「結構入り組んでるし、変なのもいるからね。一人で知らない道に入り込むのはよしときなよ」


 王都だからといって安全な場所ばかりではない。それは、入学したばかりの時にロン師からも散々いわれたことだ。

 道を折れるアニーに頷くと、彼女はだけどという。


「あたしがいる時は、大船に乗ったつもりでいてよ」

「うん、頼りにしてる!」

  

 そうこうしていると、ロンマロリー邸の裏手になる道へと出た。


「すぐ取ってくるね」

「はいはーい、ここで待ってるわ」


 アニーの手を放して玄関へ走る。ドアノブを回して中に入ろうと、一歩踏み込んだ直後だった。予期せぬ光景が目に飛び込んできた。

 

 そこにマルヴィナ先生と見覚えのない男の人がいたのだ。いただけならまだ良かった。ロン師の来客だろうと思えたし、挨拶して横を抜ければ問題ない。

 でも、そうじゃなかった。


 背の高い男がマルヴィナ先生に覆いかぶさるよう、しっかりと抱きしめていた。

 腰に腕を回して抱擁する様は絵のように感動的な様子で、二人()()()()()()()だと言うのが伝わってきた。それだけでも、声がかけづらいのに。


 マルヴィナ先生の柔らかな赤い唇は男の唇にしっかりと塞がれている。頬に触れるだけの挨拶のキスでないことは歴然だった。

 チュッと名残惜しそうなリップ音が静かな玄関に響いた。

 

 初めて見る大人の抱擁。そのあまりの熱さに、私は思わず逃げたしていた。


 扉を閉ざし、硬直する。

 どうやって玄関を通りすぎろっていうのよ。

 心臓がバクバクといっていた。頭がぐるぐるするし、耳まで熱い。きっと、顔は真っ赤になってるわ。


 バタンッと響いた音に気付いたアニーが声をあげた。


「早すぎ! って、カンテラは?」

「いい……やっぱり、いい!」

「えー、せっかく来たのに何言ってるのよ」


 私に近づきながら、ほらほらと急かすようにアニーはドアノブに手を伸ばしてきた。とっさにその手を掴んで「ダメ!」と叫ぶと、彼女は不思議そうに目をパチパチと瞬いた。

 

「どうしてよ?」

「だ、だって、その、先生が……その、き、キスしてて……」

「キス?」


 何をどう説明したらいいんだろう。とにかく、この場を一刻も早く離れたい。マルヴィナ先生と顔を合わせづらいもの。

 両手でアニーの手首を掴んで引っ張ると、思いの外力が入ってたのか、彼女は驚いた様子で私を呼んだ。


「ちょっと、ミシェル! 何があったのよ」

「なに……何もないけど、ダメ!」

「意味分かんないんだけど」

「おいおい、どうしたんだ?」

 

 少し離れたところで待っていたキースとラルフも、不思議そうに私を見ている。

 説明に困りながら、広場に戻ろうと繰り返しいっていると、ガチャリと音を立てた扉が開いた。


 振り返ると、ひょっこり顔を出したマルヴィナ先生と目があった。その頬が少し紅潮している。これって、私が先生と男の人の抱擁を見ちゃったことに、気付いてるってことだよね。

 ああ、気まずい!


「ミシェルちゃん、あの……」

「先生! 何でもないの。邪魔するとかもないし、その、今すぐお祭りに行くから!」


 捲し立てるように言ってしまい、気まずさが増す。アニーの背を押して玄関から遠ざかろうとすれば、マルヴィナ先生が「何か、忘れ物かしら?」と問いかけてきた。


「大丈夫!」

「何いってんのよ、ミシェル。せっかく来たんだし、ほら、取りにいくよ!」


 私の手を引いたアニーは、お邪魔しますといいながら玄関を開けてしまう。

 まずいってば!──内心叫んだ私は、そこに長身の男性を見た。ああ、やっぱり見間違いじゃなかったんだ。

 その人は、少し頭を下げて「お邪魔してます」という。どう反応していいか分からず頭を下げると、アニーに手を強く引かれた。

 アニーは、したり顔でにやりと笑うと「なるほどね」と呟いた。


「ほら、取りに行くわよ」

「え、ちょ、アニー!?」


 男性の横をさっさと抜けるアニーの背を見ながら、階段を鳴らして駆け上がる。その間、心臓が張り裂けそうなくらいバクバクといっていた。

 部屋に飛び込むと、アニーの手が離れた。彼女は振り返り様に、にやりと笑った。


「あの二人がキスしてたの?」


 その質問に、再び顔が熱くなる。頷く以外の答えが見つからなかった。


「もう、初心(うぶ)なんだから。キスなんて挨拶みたいなもんでしょう?」

「そういう軽い感じじゃなかったんだもん」

「へー、お熱いことね。で、顔を合わせたくなかったと?」


 アニーの質問に唸りながら、窓辺に下げていたカンテラに手を伸ばす。

 

「ねぇ、キースが好きなんでしょ?」


 突然の質問に、カンテラを落としそうになった。慌てて両手で掴み硬直していると、アニーは「ほんと分かりやすい」といって笑う。


「あいつ若作りも良いとこよ。ミシェルの倍は生きてるからね。キスだって、それ以上のことだってやってるわよ。分かってる?」

「……それは、うん……」

「初心なのも良いけどさ。キスだけで真っ赤になってたら、この先、身が持たないわよ」

「でも、ほら、私の片思いだし」


 消えそうな声でいうと、アニーはきょとんとする。首を傾げると眉間にシワを寄せ、理解できないというように「は?」と一言発した。

 

「だから、片思い」

「さっさと告白しなさい」

「無理! そもそも、好きだって気づいたのも最近で」


 ぶんぶんっと頭を振って、告白に勇気を持てないと言い訳がましくいえば、アニーは盛大にため息をついた。


「ほんと、()()()()は……それだったら、なおさらそれが必要じゃない」


 アニーが指さすカンテラに、私は視線を落とした。


「それは……」

「あたしさ、願掛けとか神様とかあんま信じてないんだ。神様は見えないし、お願いしてもお腹は膨れないでしょ?」


 私の前に立つアニーは、でもさといって話を続けた。


「行動したり勇気を出すきっかけには、なると思うの」

「……きっかけ?」

「そっ! 例えばさ、目の前に宝箱があるとするよ。鍵は二本。一本は本物で、もう一本は偽物なの。偽物を使ったら宝箱は爆発しちゃう。さぁ、どうする?」

「……どこかに、本物が分かるヒントがないか探す」

「あははっ! 頭いいとそうなるよね。でも、調べても分かんないときもある。選択肢が、やるか諦めるかの二者択一なら……都合よく神様に祈って開けるのも、ありだと思うんだ」


 調べても分からないとき。──どきっとした。


「ミシェルは、答えが分からないと動かないの? ここにつまった気持ちは、どうするの?」


 アニーの指が私の胸をつんっとつついた。 

次回、本日21時頃の更新となります


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