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第26話 父の優しい眼差しと仲間の優しさと

 ホーンブレッドを齧りながら、クッキーやスコーン、林檎の飴がけ、いくつものお菓子をお父様に薦めた。アーチー通りを抜ける頃には、私の持ってきたバスケットはお菓子でぎっしりになっていた。


 ギルド広場にたどり着くと、丁度、華やかな催し物が行われていた。

 楽団の演奏に合わせた演劇が観衆を集めている。演目は、お姫様と騎士の恋物語のようだ。

 騎士の剣が翻ると魔法の光が降り注ぎ、お姫様のドレスが揺れれば花弁が舞う。音楽に合わせた魔法の演出が見事で、思わず私も足を止めた。


「グレンウェルドでの魔法の発展は、本当に凄いものだな」


 すぐ横で感心しているお父様の言葉に嬉しくなり、私は「そうでしょ!」といいながら、その顔を見上げた。

 お父様は演劇を見ていると思っていたのに、仰ぎ見たさきには、慈愛に満ちた瞳があった。しっかりと視線が合う。微笑むお父様に、私がまだ幼かった頃、お母様と一緒に私を抱き締めてくれた姿が重なった。


「こうして街中を歩くのは久しぶりだが、本当に豊かな国だ」

「……魔法は戦うための力だけじゃないの。この国では、人々を笑顔にするための力なのよ!」

「そうだな……お前を魔術学院に通わせてよかったと思っているよ。だが」


 目を細めたお父様は、その固い指先で私の口元をぐっと拭う。ついで、ワンピースの胸元もパンパンと払った。どうやら、砂糖とパン屑がついていたらしい。


「もう少し、淑女らしい落ち着きも学んでほしいところだな」


 恥ずかしさが込み上げて言葉を失っていると、横にいたキースから堪えきれない笑い声が聞こえてきた。


「キースの口にもついてる!」

「俺はお行儀のいい人生じゃないからいいの」

「そんなのずるい!」

「ずるいって言われてもな」


 笑いながら口元をぐいぐいっと手の甲で拭ったキースは「冒険者なんてそんなもんだ」と、したり顔で笑って歩き出す。それを追っていった私は、お父様がどんな顔で私たちを見ていたかなんて知る由もなかった。


「仲が良いのだな」


 聞こえたお父様の声に振り返る。そうして「仲間だもん当然でしょ」と言えば、キースは苦笑いながら「まぁ、そうかもな」と言って髪をかき乱した。

 その時、広場の中央でわあっと歓声が上がり光と花びらのシャワーが一帯に降り注いだ。

 風にあおられた花弁が落ちてきた。それを摘まんだキースの手の中で、花弁は光の粒となって弾け飛ぶ。


 キラキラと輝く魔法の花に、胸の奥がほわほわと温かくなる。どちらともなくキースと顔を見合って笑っていると、お父様が「仲間か」と呟く声がした。


 歓声は鳴りやまず、演奏される曲が軽快なものへと変わった。

 騎士もお姫様も悪役も、演者が次々に手を取り踊りだす。輪を作り、通りの観客も巻き込んで賑わいは最高潮へと達した。

 すれ違った女の子が、私の手を引っ張った。思わず、私もキースの手を掴む。


「お父様も──!」


 声をかけてもう片方の手を伸ばそうとしたけど、空いている手はない。お父様は、笑って私を見ていた。その横に、見覚えのある姿が近づく。

 あれは、レイさんだわ。何か話を始める様子を見て、胸騒ぎがした。もしかして、お父様はもう帰ってしまうのかもしれない。


 急いで戻らないと。そう思っても、私たちはあれよあれよと言う間に大勢の輪へ飲まれてしまった。


「ね、キース! レイさんがいる!」

「レイ? ああ、本当だ。もう用は済んだのかもな」

「お父様、もう帰っちゃうのかしら……」

「竜騎士隊長様ともなれば、忙しいだろうからな」

「何話してるんだろう。あ、こっちを見てる?」

「お前の話でもしてたりして」

「私の?」

「お転婆すぎて困るなとか。行儀見習いさせた方が良いんじゃないかとか?」

「それは嫌! ちょっと、お父様と話してくる!」

「あ、おい。待てよ!」


 踊りの輪を抜け出そうとしても流れには逆らえず、私はキースの手に引っ張られる。


 楽曲はまだまだ鳴りやまない。

 女も男も、大人も幼子も手を取り笑い合う。その流れに逆らい、引き込まれそうになりながら再び抜け出すのを試みる。そんなことを繰り返していると、お父様が笑ったように見えた。


 何とか躍りの輪を抜け出し、息を弾ませてお父様の元へ戻ると「楽しいか?」と微笑まれた。


「はい! お父様も一緒に踊りましょう」

「すまないが急用を思い出してな。レイに送ってもらおうと思っている」

「……今すぐなの?」

「あぁ。いつも急ですまない」


 ああ、やっぱり。

 降って湧いたような急用は今に始まったことではない。小さい頃からよくあった。我が儘を言って困らせてたとしても、お父様が用事を取りやめることはないと十分に知っている。

 久しぶりに会えたのに。──親を恋しく思う気持ちを押し込めて、私は息を吸い込んだ。


「分かりました」


 ワンピースの端をきゅっと握りしめると、お父様の手が伸びてきた。そっと前髪に触れたかと思うと、動きを止めた指は私の肩に置かれた。頭を撫でてもらえるのかと思ったけど、そうじゃなかったみたい。


「春には一度、屋敷へ戻ってくるであろう? その時にまたゆっくりと話そう。これまで同様しっかりと学び、よりよき魔術師となれるよう努力を怠らぬように」


 突然の言葉に、目をぱちくりと瞬く。驚きに顔を上げれば、穏やかに笑うお父様がいた。それってつまり……


「キース、娘は無茶ばかりしてお前たち仲間に迷惑をかけているだろうが、よろしく頼むぞ」


 私の横に立っていたキースにそういって、お父様は背を向ける。レイさんもまた、小さく頭を下げるとその後を追って歩き出した。


「……お父様! 私、もっと凄い魔術師になるから!」


 声を張り上げると、お父様は一度足を止めた。だけど振り返らず、少しだけ手を上げると再び歩き出し、人混みに紛れるようにしていなくなった。


 賑やかな音楽と幸せそうな人々の笑い声が、心地良く響いている。

 見えなくなったお父様の後ろ姿を探していた私は、ふっと息をついた。


「いっちゃった……」

「よかったな」

「え?」


 振り返ると、キースは大きな手で私の頭をぽふぽふと叩いた。


「お前が魔術師としてやってくの、賛成してたな」

「……うん!」


 嬉しさがこみ上げ、力いっぱい頷くと、ぐんっと手が引かれた。


「ほら、行くぞ。祭りはまだ続くんだから」


 私を見たキースは少し目を見開く。その顔がぼやけ、困った顔をした彼が「泣き虫」といったことで、自分が泣いているのだと気付いた。


「なっ、泣いてない!」

「父親が恋しいとか、まだまだガキだな」

「そんなことないもん!」


 頬を赤らめ、ぐいぐいと乱暴に涙を拭ったその時、遠くから大声で「ミシェル、キース!」と私たちを呼ぶ声が響いた。その方角を見ると仲間たちの姿があった。

 人混みをかき分けて近づくアニーの手には串焼きの肉がしっかりと握られている。


「ハーイ、ミシェル! あらっ」


 私たちの前に立ったアニーは、にやりと笑って「お邪魔だったかしら?」と唐突に尋ねた。

 何を言われているのか分からず、キースと顔を見合わせる。そうして「何が?」と異口同音に尋ね返すと、アニーのにやけ顔はさらに増した。


「だって、ねぇ?」


 にやにやするアニーは、横に立つラルフへと同意を求めた。彼は僅かに口元を緩めて笑うと「無粋な真似はしたくないな」と答える。

 二人の言っている意味がさっぱり分からない。


「しゃあない。今日はラルフと二人で飲むか」

「俺は奢らんぞ」

「ケチね」

「アニー、どういうこと? お祭り、一緒に楽しもうよ!」


 慌ててそう尋ねると、アニーは赤い爪で私を指し示す。その指は、すっと下へとおりた。釣られて視線を落とすと、キースと握り合った手が視界に写った。

 一拍置き、キースと顔を見合う。

 咄嗟に手を離すと、アニーはますます楽しそうに笑い、ラルフも口元を手で覆い隠して肩を震わせはじめた。


「はー、どっかにいい男いないかしら!」

「俺はその勘定に入らないのか?」

「ねぇ、誤解だよ、アニー!」

「五年も一緒に仲間やってると、恋愛感情なんて生まれないわよ」

「そういうものか」

「三年前なら、まだチャンスはあったかもね」

「ちょっと、聞いてってば。アニー、ラルフ!」


 ひと際大きな声で二人を呼ぶと、アニーは大口を開けて笑い出し、ラルフは堪えきれない声を溢しながら背を向けた。

 この時、私は全く気付いていなかったけど、後ろで額を押さえたキースが耳まで真っ赤にしていた。それを、二人は嬉しそうに見て笑っていたのだ。


「ごめんごめん、あまりにも初々しくって……あー、可笑しい!」

「冗談だ、ミシェル。ほら、そう拗ねるな」

「お詫びに驕るから、ご飯食べに行こう。ね!」


 無意識に膨らませていた頬をつついたアニーが、私の手を引っ張る。

 ご機嫌を取るアニーに「スイーツ食べていい?」と聞くと「奢っちゃう!」と気前のいい返事が返ってきた。

 そうして歩いていると、後ろからラルフとキースの会話が少しだけ聞こえてきた。


「マーヴィンがいなくて良かったな。いたらこんなもんじゃすまないぞ」

「……うるせぇ」

「あいつの過保護ぶりは凄まじいからな」

「知ってる」

「しかし、まさかお前がとはな」

「……何の話だよ」

「お前がミシェルに、本気になるとは思ってなかった」

「俺が一番驚いてる」


 雑踏に、二人の会話がかき消される。

 断片的にしか聞こえないけど、多分、私のことを話しているんだな。


「年の差もそうだが、生まれも価値観だって違うだろう?」

「そうだろうな。だけど、あいつは俺の知ってる貴族とは違う」


 振り返ると、二人が足を止めた。


「何の話してるの?」

「大したことじゃねぇよ。ほら、さっさと行くぞ」

「ミシェル、色々面倒な奴だけど、キースを頼むぞ」

「え、ラルフ、なにそれ?」

「こいつは俺の倍、年くってるくせに、ガキみたいなところがあるからな」

「それ、分かる―! 変なとこでお子様よね。案外、泣き虫だったりして」

「うるせー、お前ら!」


 真っ赤な顔をしたキースはさっさと歩き出す。


「待ってよ、キース!」


 追いかけて横を歩くと、大きな手が頭を叩いてきた。そうして、視線があった時、曲芸師の投げたボールがぽふんぽふんっと音を立てて破裂した。


「俺には、もったいねぇよ」


 破裂音の中、キースが何かを言った。

 小鳥たちが青い空を目指して飛んでいき、沿道の観客からは歓喜の声が上がった。


「え? 何? 聞こえなかった」

「今夜は飲むぞ!」

「ねえ、キース!!」


 魔法の花が咲き乱れる中、歓声を背にして私はキースを追いかけた。

次回、本日19時頃の更新となります


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