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第25話 星祭りへは誰といく?

 怒りを鎮めたお父様は納得したわけではなかった。それでも、東の空が茜色に染まり始めた頃、ネヴィンへの処分の形を受け入れた。


 ひとまず一件落着したところで、マルヴィナ先生が朝食を運んできた。キースは退席しようとしたけど、せっかくだからと引き留められ、魔術師の人も含めて共に朝食をとることになった。

 魔術師の人はレイと名乗った。ジェラルディン国出身の魔術師で、古くからお父様と交流があるそうだ。


「一時はどうなるかと思いましたよ。ラウエル様、アスティン家へ殴り込みに行く勢いだったんですから」

「そ、そうなの!? それはダメよ、お父様!」

「……レイ、もう分かった。茶化すのはやめてくれ」


 ベーコンにフォークを突き立てたところで手を止めたお父様はため息をつく。その向かいでにこにこと笑うレイさんは口元をナプキンで拭った。


「いえいえ、相変わらず家族思いでいらっしゃること嬉しく思いますよ。これで主人にも安心して報告が出来ます」

「……世話になったな。ラドクリフ卿に、よろしく伝えてくれ」

「国にお帰りの際はお呼びください。私がお送りします」

「それは助かる」


 パンを小さく千切って口に運びながら二人の会話を聴き、幼い頃の記憶を探ってみた。彼を見たことがあっただろうか。それらしい魔術師が幾人か浮かぶけど、決定的な人物は思い当たらない。

 ただ、どうやらレイさんは転移を行う術式を組むことが出来る高等魔術師だということは分かった。


「お父様、レイさんに連れてきてもらったのね」

「さすがに私用で竜を駆るわけにはいかないからな」

「だからって、レイさんを煩わせちゃダメよ」


 私の言葉に、うむとだけ頷くお父様の表情には、誉れ高き竜騎士の威厳がこれっぽっち見えなかった。


「レイさん、父がご迷惑をかけました」

「いいえ。ラウエル様にはいつもお世話になっていますので、お安い御用です」

「……ミシェル、親父さんはお前のことを心配してきたんだろ。そんなに叱ってやるなよ」


 呆れたような顔でキースが口を挟んできた。日ごろから貴族は嫌いだとか言ってるくせに、全く臆する様子がない。むしろ、場の空気に馴染んじゃってるし、本当に不思議な人よね。


「……でも、迷惑をかけるのは良くないわ!」

「そんなの、迷惑の内じゃないだろう。それより星祭りは今夜で最後だろ? 親父さんを案内してやったらどうだ」

「迷惑でしょ、って……お父様と星祭りに?」

「この前買ったカンテラも今夜の為なんだろう?」

「そ、そうだけど……」


 突然の提案は思ってもみないことだった。確かに、カンテラを買ったのは星祭りがきっかけだけど。──キースと一緒に見に行きたかった。とは、言い出しにくい雰囲気よね。

 言い出したらお父様を驚かせてしまうだろうし。驚くだけじゃなくて、あれこれ質問攻めにも合うかもしれないわ。


 どうしていいか分からず、突然の提案をしてきたキースをちらっと上目遣いで見る。

 膝の上のナプキンを掴んでもじもじしていると、マルヴィナ先生が「キース君も一緒に行ってはどうかしら」と提案した。

 突然何を言い出すんだと言わんばかりにキースの顔が引きつる。と同時に、私は瞳を見開いて先生を振り返った。きっと、すごく嬉しそうな顔をしていたに違いない。

 

「それは良い! 娘を助けてもらった礼もしたいと思っていたところだ」

「いや、仲間として当然のことをしたわけで、礼をされるようなことは」

「キース、ラウエル様のせっかくの申し出を断るなんてこと、しませんよね?」


 にこりと口元だけで笑うレイさんの双眸は、有無を言える立場ですかと言うようだった。もしかして、キースとも面識があるのかしら。

 顔を引きつらせたキースは口角を引きつらせて「お供します」と告げたのだった。


 それから賑やかに朝食を終えると、ロン師は所用があると言っては屋敷を出ていった。レイさんもそのタイミングで去っていった。

 お父様とキースを応接室に待たせ、私は急いで自室に戻り、真新しいレース織の白いローブと白いワンピースをクローゼットから引っ張り出して用意を始めた。


 今夜は星祭り最後の夜。

 カンテラの灯を夜空に送り、故人へと思いを馳せる聖なる夜。人々は白装束に身を包むことが習わしとなっている。とは言え、国外からの出入りもあるため、白装束でない者も街中には多くいる。


 丁寧に梳かした髪を二つに分け、いつものように耳よりも高い位置でしっかりと結ぶ。真っ白なリボンで飾り、魔術学院推奨の白いローブに袖を通す。いつものローブと違って、レース織だからなんとも華奢な感じがする。

 鏡の前でおかしいな所はないか確認をしてから、応接室に戻った。すると、お茶を注いでいたマルヴィナ先生が少しテンションの高い声で私を呼んだ。


「ミシェルちゃん! 可愛いわよ」

「……ううっ、真っ白な服って着慣れないから、そわそわする」

「ふふっ、夏用のローブって女の子のためにあるようなものよね。本当に可愛いわ!」


 マルヴィナ先生が私に抱き着く勢いで可愛いを連呼するから、ますます恥ずかしくなってきた。耳まで熱くなっている。

 ちらりとソファーに座るキースとお父様に視線を向けると、二人も言葉に困った顔をしていた。やっぱり、似合ってないのかもしれない。


「うむ……男は好んで着んだろうな」

「冒険に着ていくにはどうなんだ。色々と引っ掛かりそうじゃね?」

「お二方、そこは可愛いねって褒めるだけで良いんですよ」


 呆れた声を上げたマルヴィナ先生は、私の髪に触れる。どうやらリボンが曲がっていたらしい。それを結びなおしながら、鼻息荒く言葉を続けた。


「素直にミシェルちゃんの可愛さを称えるべきです!」

「先生、もう、いいから」


 今すぐにでも自室に駆け込み、いつもの赤いローブに着替えたいくらいに恥ずかしさが込み上げた。

 マルヴィナ先生の腕を引っ張ってぷるぷると首を振ると、先生はふんすっと息をついた。まだ言い足りない様子だけど、男二人が居心地悪くしていることにも気付いていたみたい。


 こうしてマルヴィナ先生に送り出された私たちは、ギルド広場に通じるアーチー通りへときた。


 エールや葡萄酒を格安で振舞うお店に、食べ歩きに最適な菓子やパンを売るお店。冒険者や旅行者、大人だけじゃなくて、子ども連れの家族も少なくなかった。若い女の子向けだろうか、アクセサリーやスカーフが並んだ露店もあって、学院の子も見かけた。中には魔法薬の素材を売る店や、古びた何かが積まれている怪しいものまであって、いつもとは違った賑わいがあった。


 固焼きのスティックパンを買って、お父様とキースに一本ずつ渡す。


「お父様も食べて! ここのホーンブレッド、とっても美味しいのよ!」

「砂糖をまぶしているのか。チーズやハムを撒きはするが……珍しいな」

「銀麦のモナだな。ここって菓子パンが美味いんだよな」

「そう! ホーンブレッドに蜜や砂糖をまぶしたのを売り出したの、ここが最初よね」


 南の通りにあるパン屋<銀麦のモナ>は老夫婦が営む小さなパン屋だった。三年前に娘夫婦が手伝うようになってから菓子パンの種類が増え、若い層の口コミで人気に火が付いた繁盛店だ。

 渡したホーンブレッドを一齧りしたお父様は少し目を見開いて、ほうっと感心したような声を溢した。


「美味しいでしょ?」

「甘いホーンブレッドというのは初めてだ」

「お父様でも初めてのことがあるのね」

「護衛や公務でもない限り、グレンウェルドを訪れることはないからな」


 厳格なお父様の意外な一面を見た気がした。高揚する気持ちを抑えきれず、気付けばその大きな手を引っ張っていた。


「それじゃ、最近流行ってるお菓子も知らないわよね! いっぱいあるのよ!」

「バンクロフト傘下の菓子屋も屋台出しているんじゃないか?」

「そうね、お父様にも食べてもらいたいわ!」


 キースの一言に、最近バンクロフトで売り出し始めた紅茶を練り込んだクッキーを思い出した。あれは絶対、お父様も気に入るわ。

 大きな手をぐいぐい引っ張ると、お父様は困ったように笑いながら足を踏み出す。


「先ほど、朝食を食べたばかりではないか」

「甘いものは別腹よ!」


 やれやれと言いながらも、目を細めたお父様は口元に皴を作った。

次回、本日17時頃の更新となります


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