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第2話 魔術学院に通う令嬢は花嫁修行に不満です

 ことの発端は、講義の最後に配られた進路希望票だった。


 魔法にもたくさんの専門がある。古い魔術の研究から新しいものの開発まで様々だし、当然、人気の研究室には学生が殺到する。だから、学生の希望をあらかじめ聞く訳だけど、それが今日配られた進路希望票って訳だ。


 学年の全体、何人が魔術師として国の機関に残れるか。どんなに実力があっても、親の承諾がなければ進めない。貴族令嬢としては、ため息が出る訳よね。


 肩を落とす少女の一人が、先ほどから黙っている私に視線を向けた。


「ねぇ、ミシェルも卒業後は国に帰るんでしょ?」

「婚約者はいるの?」

「マザー家と言ったら、ジェラルディン連合国の中でも指折りの名家よ」


 まるで自分のことの様に「当然でしょ」と言う少女が不思議で、私は思わず首を傾げた。

 彼女って、同郷だったかな。名前、なんだっけ?


 正直言うと、貴族同士の力関係とかお付き合いが、私は苦手なのよね。だから、クラスメイトの出自もそこまで把握できていない。──こんなこと、厳格なお父様が知ったら、何ておっしゃるか。


 お父様の姿を思い出して、内心、顔をひきつらせた。

 ジェラルディン国にしか存在しない竜騎士を多く輩出してきたマザー家。その歴代当主の中でも、お父様の実力は指折りだといわれる。現役の竜騎士でもあり、いつも眉間にしわを寄せているような人だ。

「マザー家の娘たるもの」て耳にタコが出来るほど、いわれ続けてきたわ。

 

 友好国であるグレンウェルド国の魔術学院に在籍するのだって、お父様は反対していた。お祖父様が後押ししてくれなかったら、今、私はここにいないだろう。


 頭の横で結い上げたルビー色のツインテール、その毛先を指でいじりながら故郷を思い出していると、私の話を聞きたくて仕方ない彼女たちは勝手に話を進めた。


「ミシェルは可愛いし、婚約の申し出も山のようでしょ?」

「きっと、引く手あまたよね」

「公爵家からの申し出もあるのかしら?」

「齢が近くて、素敵な方なら子爵家でも良いわよね」

「私は、家柄の良い方が良いわ。苦労するのはごめんよ」


 彼女たちの話は、どんどんそれていく。

 皆も将来に不安なんだろうけど、私はそこに全く興味がないのよね。


 大半の令嬢は卒業後に花嫁修行を始めると、いわれている。実際、国の機関で働く魔術師も八割が男性だ。卒業後、魔法に携われる女性は、ほんの一握りだけ。たとえ、どんなに才能を持っていたとしても、親が許さないとどうしようもない。


 残念だけど、それが貴族令嬢にとっての常識──なんて考えると、腹が立って仕方ない。貴族の常識が何よ!


 私は絶対、魔術師として大成するんだから!

 だから、縁談を受ける気もない。それよりも、春の新入生歓迎会で披露する実技演習をどうするか考えた方が、遥かに有意義だと思うわ。


 キラキラ輝くベリータルト。こんな風に輝いてる魔法を見せたいのよ。宝石みたいな魔法をどう見せようか。考えながら、午後のひとときを過ごしたかったのに!


「引く手あまたとか、羨ましい話よ」

「ほんと。それなら結婚にも望みが持てるわ」


 女の子達のため息が、ティーカップから立ち上がる湯気をゆらした。どうやら、まだ話は続くらしい。


「私なんて、生まれる前から親同士が決めた相手で、まるで兄弟よ。顔も見飽きたわ」

「見た目は悪くないの? そこ重要よ」

「普通かしら。まぁ、頭も悪くないしハズレではないと思うわ」

「それって贅沢よ。私なんて十五も歳が離れた伯爵様に嫁ぐのよ。何をお話したらいいかさっぱり分からないわ」

「さすがに、それは同情するわ」


 それぞれの婚約事情を恥ずかしげもなく披露する彼女たちは、話が一段落したところで再び私を見た。

 さぁ、あなたも話して頂戴といわんばかりの、好機の眼差しが突き刺さる。


「えーっと、私は……」


 そもそも恋だってしたことがない。結婚して誰かを愛するなんてことも想像ができない私に、そんな話を振られても困るのよ。


 私は、ベリータルトが食べたいだけなのに!


 テーブルの上にあるは花のような香りを漂わせる紅茶とベリータルトに視線を落とした。

 なかなか返答できずにいると、少女たちは不思議そうな表情を浮かべて顔を見合わせた。その時だった。


「ミシェル! お待たせ」


 わずかに離れたところから、亜麻色の三つ編みを揺らした少女が手を振りながら声をかけてきた。


「あら、アリシア。丁度いいところに来たわね。ミシェルに話を聞いていたのよ」

「話って?」

「進路のことよ。ほら、私たちって卒業後は花嫁修業がまってるでしょ?」


 巻いた金髪の毛先を指先で払った少女が、少し目を細めて笑った。ああ、これは彼女に対する嫌みね。

 アリシアは学年一の秀才で、グレンウェルド国有数の大商会の跡取り娘。卒業後は父親の手伝いをする予定だと、以前、話してくれたことがある。

 商魂たくましい彼女は、商売に求められる人脈を得るため入学したという、変わったところがある。あまり、結婚だ恋だと話したことはないけど。


 金髪の少女は「商会の跡取りだと、ご婚約はどうなるの?」と、意味深に訊ねた。

 

「ごめんなさい。課題の提出がまだなのよ。ミシェル、行きましょう!」

「え、あ、でも……」


 ちらりとタルトを見ると、刺さるような視線を感じた。──今を逃したら、また、婚約云々を聞かれるに違いない。

 立ち上がりながらタルトをザラ紙で包み、彼女たちに微笑んだ。

 

「ごきげんよう」

「ミシェル、急いで!」


 アリシアに手を引かれ、呼び止める声を振り返ることもせず、慌ただしくその場を後にした。だけど、彼女はそのまま正門へと足を向けた。


「ねぇ、課題の提出は?」

「もう出したわよ」

「え、でも、さっき」

「あんな話に付き合うことないわよ。面白半分に聞きたがってるだけなんだから」


 助けてくれたことに気づき、嬉しさに頬が緩んだ。

 さすがは我が親友。色々と察するのが上手だ。そういった器用なところも含め、彼女の凄さをいつも感じる。


「ミシェルは、もう少し器用に受け流すことを覚えないと」

「……えー、それはちょっと難しいかも。ああいうの苦手すぎて」

「まぁ、泣く子も黙る竜騎士長様の娘が、どこのお貴族様と婚約するか、誰もが注目するのも分かるけどね」

「アリシアもなの? 結婚とか興味なさそうなのに」

「なにいってるの。勢力図だって変わるじゃない! で、どうなの?」

「どうって……」

「だから、婚約者はいるの?」

「アリシアまでそんなこと聞くの?」

「私は良いのよ。だって、ミシェルの親友なんだから」

「こんな時ばかり親友とか言って! 酷い!」


 アリシアは、私の夢を分かってくれてると思ったのに。

 胸の奥がつきんと痛み、私は思わず、唇を尖らせて不快感を見せてしまった。すると、アリシアは慌てた様子で私の手を握る。

 

「嘘よ。嘘! ごめん……ちゃんと分かってるから」

「……本当?」

「ミシェルは最高峰の魔術師を目指すんでしょ?」


 そうよ。私がこの学園に来たのは、花嫁修行のためでもなければ、マザー家の人脈づくりのためでもない。魔術師として高みを目指すため。


 立ち止まった私は、自分の小さな手をじっと見つめた。その右手の人差し指に光るのは、母の形見の指輪。

 幼かった私に魔法を見せてくれた優しい母には、叶えられなかった夢があった。

 魔法で人々を笑顔にする。それを母に代わって叶える為、今まで頑張ってきたし、これからも頑張るって決めてる。


 でも、貴族の娘は結婚するのが当たり前って思われてる。

 私を見るクラスメイトの視線はまるで、見えない棘のようだった。


「……私、魔術師になれるのかな?」

「どうしちゃったの?」


 俯く私の顔を、アリシアが覗き込む。

 

「解明されていない古代魔法の調査や発掘に行きたいんでしょ? 合成魔獣の研究もしたいって言ってたじゃない!」

「そうだけど……」

「ねぇ、相談あるっていってたけど、もしかしなくっても、進路のこと?」

「……家から手紙が届いたの」

「手紙?」

「婚約の申し出があるって」


 鞄の中から封書を出してアリシアに渡すと、彼女は見て良いのか聞いてきた。それに頷くと、封蝋が施された封筒から手紙を出した。


 そこに書かれているのは、いたって簡素な内容だ。

 私の体を気遣う言葉から始まり、婚約の申し出がいくつか来ていると書かれ、名だたる貴族の家名が記されている。中には、王族にかなり近い家まで。

 読み終わって顔を上げたアリシアは、きょろきょろと周囲を見渡すと、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「ミシェル、これは自宅の引き出しにしまっておきなさい。誰かに見られでもしたら大変よ」

「そうかな?」

「そうよ。噂好きな子たちが大騒ぎするに決まってるじゃない」

「……うん」


 返された手紙を鞄に戻し、私は小さくため息をついた。

 どんなに家柄が良い相手だったとしても、結婚してしまったら社交界で生きることが決まってしまう。適齢期があるだろうと言われても、私は、そんな気持ちを微塵も抱けない。

 だって、まだ何も成してないもの。

 

「返答は卒業まで待ってもらうよう伝えてあるって書いてあるし、まずはお父様に、素直な気持ちを返事したらどうかしら?」

「そうだけど……侯爵家の娘としたら、やっぱり、結婚が当然なのかなって」

「私は商人の娘だから、貴族と考えが違うのかもしれないけどね。これからは、才能のある女性も前に出るべきだと思ってるわ」

「アリシア……」

「貿易が盛んな商業国家メレディスでは、活躍している女性も多いのよ。女性ならではの視点で商機を掴んだ貴族だっているの!」


 私の手を両手で掴んだアリシアは自信に満ちた笑顔を見せた。

 大商会の娘である彼女の夢は、父や祖父を越える偉大な商人になること。その為に、様々な人脈を作ろうと学院へ入学したそうだ。ちょっと変わっているけど、素直で優しくて、私の自慢の親友だ。


「あなたの才能は、私が保証するわ。結婚して社交界で微笑んでるだけなんて、もったいない! まずは、自分がしたいことを伝えましょう」

「……うん。そうしてみる」

「それに、ミシェルが社交界で、すまして微笑んでるとか無理だと思うのよね」


 そう言われて、ちょっと社交界を想像してみた。

 窮屈なドレスに身を包み、家のために情報を集めつつ微笑み合う。敵を作らず、距離を保ちながら腹の探り合いをするのは、きっと息が詰まるに違いない。


 アリシアもその様子を想像したのか、お互いの顔を見合うと、同時に噴き出して笑ってしまった。


「絶対無理!」

「でしょー!」

「アリシアなら、上手くやりそうじゃない?」

「まぁ、商機は掴めそうね」

「さすがですわ、アリシア夫人」


 わざとらしくいうと、少し目を丸くしたアリシアが小さく吹き出した。顔を見合わせると、私も可笑しくなってきた。

 二人で恥ずかしげもなく声を上げて笑うと、アリシアが私の手を引いた。

 

「我がバンクロフトの新作スイーツを食べながら、ミシェルのお父様をうならせる作戦を立てましょう!」

「新作スイーツ!?」

「ふふっ、きっとミシェルも喜ぶわよ。学院のスイーツなんて目じゃないんだからね」


 胸を張って微笑んだアリシアは、静かな廊下を蹴った。

 逸る気持ちに、自然と足が前に出る。

 

 笑い合って階段を駆け下りた私たちは、柱の陰から一人の青年がこちらを見ていることに、全く気付いていなかった。

次回、本日15時頃の更新となります


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