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第19話 胸騒ぎは消えない(アリシア視点)

 アリシアの心は晴れなかった。


 ギルド広場に向けて歩きながら、ミシェルのことを考えていた。具合が悪くなったら、途中で休むから大丈夫と言っていた。


 学院長の自宅まではそう遠くないから大丈夫だといって、力なく笑ったミシェルの顔が脳裏にちらつく。


 日が沈むまで、まだ時間はある。沿道にもまばらだけど人の姿もあるし、何か起きたとしても誰かの目に触れるに決まっている。


「大丈夫よ……」


 ぽつりと溢した言葉に、アリシアは足を止めた。その柔らかな唇はわずかに震えている。

 今、自分は何を考えたのか。ミシェルに何かが起きるだなんて、縁起でもない。頭を振って考えを振り払おうとしたアリシアだったが、胸騒ぎが消えることはなかった。


 ふと、一人の男──ネヴィンを思い出し、不安が一気に膨れ上がった。


「……ミシェル!」


 踵を返したアリシアは、スカートの裾が捲れるのも気にせず力の限り走った。息が切れても、ミシェルの向かった道を駆けて彼女の姿を探すが、見つからない。


 それほど離れているはずがない。走れば追いつくはずだ。走れば、きっと──願いながら、ひたすら道路を蹴った。そうして辿り着いたロンマロリー邸だったが、ミシェルはまだ帰宅していなかった。

 

 どうしてアニーとの待ち合わせ場所を学院前にしなかったのだろう。そう後悔する間もなく、アリシアはギルド広場に向かって再び駆けだした。

 肩にかかる鞄のひもを握る手が汗ばんでいく。喉が干上がり、熱い空気を吸い込んだ肺が悲鳴を上げた。それでも、彼女は必死に駆けようとした。


 早く、早くアニーに会わないと。

 ミシェルを探さないと。焦る思いが足をもつれさせ、爪先が石畳に引っ掛かった。

 ハッとした時には、アリシアの体は石畳に叩きつけられていた。薄い肌が擦り切れ、痛みと熱がじわり足に広がっていく。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

「怪我したんじゃないの?」

「す、すみま、せん……急いで、て」


 通りの人たちの声に曖昧な返事をして、ふらつく足で立ち上がり、再び走り出す。

 焦りと不安で視界がにじんだその時だった。


「アリシア、どうしたの?」


 かすむ視界の中、走り寄るその人が声をかけてきた。

 肩で息をするアリシアは手を伸ばす。助けを求める声が弱々しく、その名を呼んだ。


「……アニー、さん」

「あまり遅いから、心配で学院まで迎えにと思ったんだけど」

「アニーさん……助け……ミシェル、ミシェルが!」


 息が切れる中、必死に訴えて縋りついたアリシアは、堪えていた涙をついに溢れさせた。

 アニーの顔が曇ったのと、彼女の背後にいたもう一人が「どういうことだ?」と尋ねたのはどちらが早かったか。


 仰ぎ見れば、アニーの後ろには厳しい表情をしたキースがいた。

 息も絶え絶えの中、アリシアは話し始めた。帰り際に会ったネヴィンとのやりとりや、ロンマロリー邸にミシェルが戻っていないことを伝える。言葉にすればするほど不安が膨れ上がり、声の震えは止まらなかった。


「ど、どうしよう、ミシェルに何かあったら、私……」

「まず落ち着きなよ」


 アリシアの背を撫でたアニーはキースを振り返る。


「あのガキか……大人しくしてればいいものを」

「ちょっと、キース、あんたも落ち着きな! まだ、そのネヴィンが何かしたとは限らないでしょう」


 今にも殴り込みに行きかねない空気を駄々洩れにしているキースを一喝したアニーは、さてどうしたものかというように首を傾げた。


「何か事情があって、帰宅していないって可能性もあるんじゃない?」

「それは……」


 確かに、その可能性も否めない。

 しかし、アリシアはそう楽観視できなかった。

 ミシェルがネヴィンに恐怖していたのは明らかだし、ネヴィンもまた、何かしでかしそうな危険な空気をまとっていた。

 学院でのことを思い出すと、不安が込み上げてくる。

 

「ネヴィンは……何を考えてるか、分からない男なの……いつも、恨みがましく陰鬱な目をしていて」


 クラスでも浮いていた。何かやらかしそうだと感じていた。でも、彼だって貴族の息子だ。家格が上になるミシェルに何かするなんてあり得ない。そう決めつけていたんじゃないか。

 考えれば考えるほど、アリシアの胸は痛みを増した。


 アリシアの様子を見たアニーは小さく息をつく。


「情報が足らなすぎね」

「ネヴィンを締め上げて吐かせりゃいいだろうが!」

「落ち着け! それで何も出てこなかったらどうするのよ。確か、そのネヴィンって伯爵のボンボンなんでしょ? 私はそんなの敵にしたくないわ」

「だったら、このフランディヴィルを虱潰(しらみつぶ)しに探すのか? どれほど広いと思ってるんだ!」

「だから落ち着け!! まずはその痕跡を探すんでしょうが」


 冷静なアニーに舌打ちをするキースは、石畳を踏み鳴らした。

 アリシアは混乱する意識の中、彼女の言葉に反応してぽつり「痕跡」と呟いた。


「何か思い当たることあるの?」

「……痕跡を、探すなら……出来ます」


 忙しく視線を彷徨わせていたアリシアは、ゴクリと喉を鳴らして頷いた。そして踵を返し、来た道を走り出した。顔を見合ったアニーとキースも、彼女の後をおって走り出した。


 息を切らしながら戻ったのは学院前の通りだった。

 肩を揺らしながら立ち止まったアリシアは、干上がった喉に唾液を落とし込もうとして激しく咳き込んだ。


「ちょっと、大丈夫?」

「……はっ、は、い……ミシェル、見つけ、なきゃ……」


 ゼイゼイと荒い息を繰り返しながら、アリシアは辺りを見渡す。学生の姿は、やはり少ない。


「学院の人に協力を願い出たらどう?」

「それも、考えた……けど、証拠がない、と、たぶん」

「えっ、おじいちゃん先生の秘蔵っ子なのに?」


 無理だと否定するアリシアの言葉を遮るように驚きの声を上げたアニーは、口をへの字に曲げて聳え立つ学院を見上げた。


「ミシェルが、学院長の弟子、なのは……非公式……よく、思わない、人もいるから」

「どの道、見つけ出すことに変わりはない」


 アリシアの言葉を遮ったキースは、幾分息が戻ってきた彼女に「何をすればいい」と尋ねた。

 大きく息を吸ったアリシアは滴り落ちる汗を手の甲で拭う。


「……今、私が出来ることは、一つ」


 ぎゅっと手を握りしめ、アリシアは校舎を見上げて大きく息を吸った。


「まずマルヴィナ先生に、屋敷の鍵を借ります。その後、私が魔力感知で追跡をします。私は戦闘に不慣れなので、もしもの時の護衛と、ミシェルの救出をお二人に任せます」

「荒っぽいことなら、任せて」

「あぁ、それは俺たちの役割だ」


 長い灰褐色の髪を手早く結びなおしたアニーは好戦的な笑みを浮かべる。その横でキースは腰に下げる剣の柄に手をかけた。

次回、本日13時頃の更新となります


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