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第18話 恋する気持ちはまるで魔法のよう

 自室で一人になり、買ってきた祈りのカンテラを箱からそっと取り出した。その中央に小さな魔晶石を差し込み、窓辺に吊り下げる。

 部屋の明かりを消すと、カンテラがぽわんっと淡い光を灯した。


 窓を開けると風が吹き込んだ。すぐ側にあるブナの大木がざわざわと葉を揺らせば、カンテラの灯もゆらゆらと揺れる。


 窓辺に椅子を置き、座りながらカンテラの淡い灯火を見ていると胸が苦しくなってきた。


「……恋って、苦しいんだ」


 まるで揺れる灯火が自分の心のように思えた。

 巷で流行るロマンス小説をもっと読んでおくべきだったのかな。そう思いながら魔術書に手を伸ばす。だけど、一向に文面が頭に入ってこない。

 

 元より実践型の私は教本が苦手なんだもの。こんな調子じゃ、頭に入らないのも当然だ。でも、それではこの先困ってしまう。

 ぱたんと本を閉じて、再びカンテラを眺める。


「またネヴィンにバカにされちゃう」


 人を小ばかにするようなネヴィンの顔を思い出す。

 あの目は嫌いだ。暗くて冷たくて、何を考えているかさっぱり分からない。

 

 ベッドに飛び込み、ばふんっと音を立てて積み上げられたクッションに顔をうずめる。


『素性も知れないハーフエルフを連れ歩くとは。それとも、下賤の者を着飾って侍らせるご趣味でもあるのでしょうか?』


 憎らしい物言いと癇に障る笑顔を思い出すと、胸の奥がむかむかとした。


「私が嫌いなら、話しかけなきゃいいのに」


 そもそも爵位だ家柄だというなら、アスティン家は伯爵家であり、侯爵家であるマザー家に対して、とやかく言うのは失礼な振る舞いだ。それが令息、令嬢の間でのことだとしても。


 お父様は位をかさに威張り散らすような男ではない。でも、舞踏会でのことが耳に入ったらどうなるか。

 そのことを想像すると顔が引きつる思いがした。


 もう関わらないで。──しっかり言おう。

 これ以上、大切な人たちを酷く言われるのはたまったものじゃないし、何より、もうキースを酷く言われたくない。


 ネヴィンの言葉に彼は傷ついたのだろうか。尋ねても「どうでもいいや」と笑い飛ばしそうだな。エール片手に、もしかしたら煙草を吹かしながら──目蓋を下ろして浮かべた笑顔に、ほっと安堵した


 不思議だ。キースの顔を思い浮かべたら、どんなにトゲトゲした気持ちも、不安な気持ちも温かくなっていく。


 まるで魔法だわ。これが恋なのか。

 キースは……恋したことあるのかな。今、どうしてるんだろう……また、お酒飲んで……


 ああ、恋って苦しいだけじゃないんだ。

 

 遠くで、先生が私を呼ぶ声がしたけど、物思いに耽りながらクッションを握りしめたまま、私は意識を手放した。


 ◇


 恋に気付いたからといって、いつまでも部屋に引きこもっているわけにはいかない。というか、夏休み前に提出しないといけない課題が山積みで、それどころじゃなかった。

 一晩寝て青空を見たら、現実に向き合った。

 そうして、毎日のように担当教員の研究室へと通いつめること五日。


「やっと、解放された!」


 晴れ晴れとした気分で、声を上げて伸びをした私の後ろにあるのは、ポーティア女史の研究室。提出を言われていたレポートを、やっと受け取ってもらえたばかりだ。


 文法がおかしいから始まり、考察の甘さを指摘され、修正を繰り返すこと五回。

 新作のフルーツタルトも、パフェも、アイスクリームも我慢して、訂正に訂正を重ねてやっと妥協点を貰えた。


 涼しい顔をしたポーティア女史には「休暇中もしっかりなさい」と釘を刺されたけど、これで安心して夏休みを迎えられる。


 廊下の窓から見る中庭には、人影がほとんどない。補修がない学生は、もう里帰りしているのだろう。

 私はといえば、帰省せずにロン師の屋敷ですごすことを選んだ。今年こそは星祭を楽しみたかったからだけど、だらだらすごさないよう特別課題を用意しておこうとか、いわれたんだよね。

 

 特別課題は不安しかないけど、まずは星祭を楽しまないと。っていっても、すでに五日も過ぎているんだけどね。


 恋に気付いてしまったあの日以来、キースにも会っていない。今日はギルド広場にいるかな。──気持ちがそわそわとし始めたその時だった。


「ミシェル、レポート受け取ってもらえたの?」

「アリシア! 五回の再提出は前代未聞だって呆れられたけど、バッチリ!」

「それ、バッチリって言って良いの?」


 本当に前代未聞だわと顔を引きつらせるアリシアに少し唇を尖らせる。


「私は実践型なの!」

「そうね。でも、ミシェルは研究所に進路希望出してるんでしょ? だったら、ポーティア女史とは仲良くしておかないとじゃないの?」

「うぅ……そうなんだよね」


 脳裏に厳しい眼差しのポーティア女史を思い浮かべたら、背筋の凍る気がした。


 ポーティア女史は四十を過ぎてるし、お子さんもいる。でも、やたらと肌艶がよく年齢不詳で、一欠けらの笑みも見せないことから、氷の魔女という通り名がついた先生だ。学院の上位機関といえる研究所に所属している教員で、ひそかに片思いをしている男子学生も少なくないって噂もある。


「でも、意外だわ。実践型のミシェルが進路先に研究所を選ぶなんて」

「そうかな?」

「まあ、城塞や魔術師ギルドの内勤って感じじゃないし、開発機関もちょっと違う気はするけど」

「まぁ、開発でも良いんだけど……外に出られるとこなら、どこでもいいんだ」

「外?」


 不思議そうに尋ね返すアリシアに頷く。

 そう。私が今一番したいのは、冒険──外を知ることだ。


「研究所も開発機関も、探索に出るでしょ? 私、まだまだ冒険がしたいの!」

「そういうこと。彼と一緒にいる為ね」


 ははんと悟ったような顔をするアリシアは、私の顔を覗き込んだ。

 

「研究や開発を行う機関は、ギルドや神殿の協力を得て各地の遺跡を探索するものね。場合によっては、協力者を指定することも可能……ふふっ、恋ね!」

「ち、違うってば! 私は、魔術師として生きるために、研究所に行きたいの!」

「あら、国には戻らない覚悟が出来たってこと?」

「それは……」


 覚悟と言われ、言葉が詰まった。

 気持ちは変わっていない。だけど、そのことをお父様に告げる覚悟は、別問題だ。


 ネヴィンの嫌味たらしい顔がふと浮かび、私は思わず眉間に力を入れて俯いた。すると、アリシアは私の手を握りしめて引っ張った。


「私は、応援するわよ!」


 顔を上げると、いつもの自信に満ちた彼女の笑顔があった。


「配属が決まるのは一年後だし、さらに研修期間はその後。本採用は二年先」

「……うん」

「大丈夫。この一年で、貴女のお父様を認めさせるだけの実績を作れば良いのよ!」

「簡単に言わないでよ」

「ふふっ、実践ではあなたの右に出る学生はいないわ。自信をもって!」

 

 私の手を引っ張ったアリシアは軽やかに歩き出した。


「無事にレポートが通ったことだし、夏休みを楽しみましょう」

「私、お祭りに行きたい!」

「それなら、これから一緒にギルド広場へ行きましょう。アニーさんと夕食の約束をしているのよ」

「アニーと?」

「えぇ、先日のお礼も兼ねてね」

「いつの間に仲良くなったの?」

「この間の帰り道で意気投合したのよ」

「アニーとアリシアが?」


 アニーはさっぱりとした女性だし、誰とでも仲良くなれちゃうとは思う。だけど、アリシアと話が合うとしたら何だろう。アニーもお金が大好きだし、もしかしたら、何かお金儲けの話でもしたのかな。


 不思議そうに首を傾げていると、アリシアは意味深な顔で私を見た。


「友人の恋って応援したくなるのよね」

「……え?」

「何でもないわ!」


 今、恋って言った? まさかと思うけど、私のことを何か言ったりしてないわよね。

 二人が噂をしてるんじゃないかと想像したら、とたんに恥ずかしくなった。アリシアの手を引っ張って問い詰めようとしたその時だった。


 エントランスへ向かう階段に差し掛かり、階下から上がってくる人影が視界に入った。ネヴィンだ。


「おや、奇遇だね」

「……ネヴィン」


 好きになれないすまし顔が向けられる。

 思わず眉間にしわを寄せた私は「ご機嫌よう」と告げ、さっさとネヴィンの横をすり抜けようとした。だけど、彼はわざとらしく私を呼び止めた。


「ミシェル嬢。まだ、あのハーフエルフと関わり合いを持っているんだね。僕が再三、忠告をしたというのに」


 立ち止まり振り返ると、蔑むような冷たいダークブルーの瞳が私を見ていた。

 どうして、そんなことを言われないといけないのよ。

 

「あなたには関係ないことでしょ。人の交友関係に口を挟まないで!」

「……どうして分からないんだ。僕は、君を心配しているだけなのに」


 ふいに肩を掴まれる。

 ネヴィンの声がわずかに低くなる。それが重く響き、私は足をすくませた。その目から感じるのは憎しみだ。どうして、そんな目をされなければいけないのか。


 暗い目に恐怖すら感じ、私はネヴィンの手を振り払った。そうして、アリシアの手を引っ張って階段を駆け下りた。


 階段を降り切りきって、後ろを振り返る。彼が追ってこないことを確認して胸を撫で下ろすと、アリシアが心配そうに話しかけてくれた。


「ミシェル、大丈夫? 顔が、真っ青よ」


 そっと私の背に手を回したアリシアの顔も、不安そうだ。

 大丈夫。そう言ってあげたかったけど、あの冷たい眼差しがまだ貼り付いているようで気持ち悪かった。震えそうになる手を握りしめ、何とか笑顔を作る。


「しつこい男ね。気にすることないわよ」

「うん……そうだね」

「今日は、帰ろうか? 顔色も悪いし休んだ方がいいかもしれないわ」

「……そうする。ごめんね」

「なんで、ミシェルが謝るのよ。祭りはまだ終わらないし、お茶はいつでも出来るでしょ。屋敷まで送るわ」

「大丈夫だよ。ロン師の家は近いし。それに、アニーと約束してるんでしょ?」

「そうだけど……」

「アニーによろしく伝えて」


 堅牢な学院の門を出たところで、アリシアの手を放した。


「でも、ミシェル……」

「大丈夫。もし具合が悪くなったら、途中のカフェで休むから」

 

 大丈夫だと言えたことに、自分でもほっと安堵して笑った。そう、大丈夫。

 渋るアリシアと別れ、私は人通りの少ない道をゆっくりと進んだ。

 

 いつもなら学生の通りが多いのに、その人影はほとんどなかった。


 ふと立ち止まったカフェの前で、臨時休業の札が下がっていることに気付く。具合もそれほど悪くなっていないし、このまま帰ろう。

 夏限定の新作アイスクリームを今度の楽しみにして、再び歩き出した。

 いつもの道を進み、いつもの路地を曲がる。


 その時、どこからか弱々しい声が聞こえてきた。ずいぶんと苦しそうな声だ。

 

「……だれか、いるの?」


 問いかけても返事はない。

 誰かが具合を悪くして倒れたのかもしれない。耳を澄まして声のする方を探って目を閉じた。その時、ふわりと甘い香りが鼻腔をかすめた。


 直後、口と鼻を何かで覆われた。


 息が出来ない。声も出せない。

 咄嗟に身を捻って逃げようとしたけど、大きな体が覆いかぶさるようにして、私を抑え込んだ。


 誰がこんなことを──その顔を振り返って見てやろうとしても、身動きひとつ出来ない。そうして、もがいている内に私の意識は遠くなっていった。

次回、明日8時頃の更新となります


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