第17話 【祈りのカンテラあります】
ギルド広場を抜けた先、少し奥まったところにカンテラを扱う店はあった。店の扉にかけられた看板には【祈りのカンテラあります】と書かれている。
店内が女の子達で賑わっているのは外から見ても分かった。
キースは少し居心地の悪そうな顔をしながらもついてきてくれた。店内に入ると、そろって驚きの声を発した。
「凄い、綺麗!」
「カンテラってこんな種類あんだな」
壁や天井に吊るされるカンテラの美しさに、感嘆の声が溢れ出る。
大きな室内用のカンテラは細かなガラス細工で飾られ、虹色の光を放っている。大きなものから小さなものまで、天井や壁でキラキラと輝いている。他にも、机やベッドで使うスタンド付きの物に、杖に下げて使う持ち運び用──用途に合わせた多様なカンテラが店内を彩っていた。
しばらく物珍しくみていたキースが、不思議そうに首を傾げる。
「若い子の間で、カンテラが流行ってんの?」
客に男性の姿がほぼいないことに気付いたみたい。それと、十代の女の子が多いことにも。
彼女たちは店の中央に並ぶ、花や星、葉の形を模した小さなカンテラ──お祭りに必要な祈りのカンテラを買い求めていた。
「これが流行ってんのか。小さくねぇか?」
キースが手に取ったのは、薔薇の蕾を模したものだった。会計に並ぶ子たちの多くが手にしているもので、つまり、それが恋の成就を願うカンテラになるんだけど。
説明するなんて出来るわけないじゃない。
私が恋のカンテラを買いに来たなんて知ったら、きっと、ゲラゲラ笑われるに決まってる。そんな柄じゃないだろうって。
わかってる。自分でだってそう思うんだもの。
気恥ずかしさから、それを手にすることを躊躇し、他のものへと手を伸ばした時だった。
「なぁ。これ、お前がこの前付けてた飾りに似てるな」
「飾り?」
「ほら、舞踏会の時のやつ。あっちこちに付けてたろ」
髪とか耳とか。そう言ってキースは私の手に、カンテラを握らせた。
あの日、私のアクセサリーまで見てくれていたことに驚き、素直に嬉しくなる。だって、あの日は何も言ってくれなかったし。
「これ買う子も多いみたいだな」
「……多分、一番人気なんだと思う」
「おっ、これって花の真ん中に魔晶石入れるのか? 面白いな。他のも気になるな」
軽く薦めてくれたキースの言動に他意はない。そうだと分かっていても、胸がざわめいた。
興味津々に他のカンテラを見るキースの横顔を見て、私は手の中のカンテラを握りしめた。
「俺もなんか買うかな。お、これ良くない?」
葉っぱのレリーフが施されたカンテラを指差したキースは、それを持ち上げると動きを止めた。彼の視線が注がれているのは、横に立ててあった小さな立て看板だ。そこには『星祭り用祈りのカンテラ』と書かれている。
「ああ、そう言うことね」
「……キースは、何かお願い事あるの?」
「んー、どうだろうな」
苦笑を浮かべ、キースはカンテラを元の場所に戻した。
「やっぱ、俺はいいや」
「え?」
「神頼みとか、性に合わないっつーかね」
「……変、かな?」
「ん? 何が」
「私がこういうの買うの」
カンテラを握りしめていると、ぽふんっと頭に大きな手が乗せられた。
「別に良いんじゃないの?」
「……そう、かな」
「まぁ、ケーキ以外を買ってるお前って、ちょっと斬新だけどな!」
それって、私が食い意地張ってるように聞こえるんだけど。
文句の一つでも言ってやろうかと思いながら、キースを見上げると、彼はいつものようににやりと笑った。
何だか、ここで口喧嘩するのももったいなく思えて、出かかった文句を飲み込んだ。
それからロンマロリー邸に帰ってくるまでのことは、よく覚えていない。
カンテラを買って、屋敷の前までキースに送られて……なにを話していただろう。祭りのこと? 冒険の話?
屋敷に入って後ろ手に玄関のドアを閉めると、とたんに足から力が抜けた。
その場にしゃがみこみ、手に持っていた小さな木箱を胸に押し付けるように抱えた。
ついに、買ってしまった。
箱の蓋を開けてそっと覗くと、紅いバラを象ったカンテラがキラキラと輝いた。
カンテラ屋でキースが見せた笑顔と何気ない言葉が、ふと脳裏によみがえる。それだけで、胸の高鳴りが激しくなり、顔はますます火照っていった。
買うつもりないなんて、アリシアに言っていた私はどこに行っちゃったのよ。
箱をそっと閉ざし、大きく息を吸う。
これはお祭りのために買ったのよ。恋のカンテラっていわれても、別に、恋のお願いをしないといけないわけじゃないわ。
私は、亡きお母様の安らぎを願う。そう、それでいいのよ。
だけど、脳裏からキースの笑顔がなくならない。
なんとか冷静になろうとしていると、奥からマルヴィナ先生が出てきた。
「お帰りなさい。もうすぐお夕飯が出来るわよ」
今日は羊肉の塩スープを作ったのよと言いながら近づく先生は、小首を傾げると私を呼んだ。
「ミシェルちゃん、どうしたの?」
ただいま。そう言えばいいだけなのに、どうしてか、私の頭はまだ混乱していて、言葉がうまく出ない。
とりあえず部屋に行こう。そう思ったとき、先生が小さくあらっと声をこぼした。
反射的に顔をあげると、優しく微笑む顔があった。
「ねえ。ミートパイが出来上がるまで、少し時間があるの。お茶でも飲まない?」
「でも……」
「さぁ、キッチンに行きましょう!」
有無を言わせない強引さで、マルヴィナ先生は私の手を握る。その手に引かれて足が前に出た。一歩二歩と歩きだし、私は先生の手を握り返す。
先生だったら、私のごちゃごちゃした気持ちが何なのか、どうしたら良いのか教えてくれるような気がした。
キッチンの作業台に簡素な椅子が並べられた。そこに腰を下ろし、木箱を膝の上に置く。すると、お湯が注がれたポットとカップ、砂時計が並べられた。
「カンテラを買ってきたのね。ふふっ、お願い事は決まった?」
その場の雰囲気と勢いで買ってしまったカンテラだ。当然、お願い事なんて決まってない。
お母様の安らぎを。そういえば良いのに、脳裏にはキースが浮かんで言葉がでない。
心臓が早鐘を打っている。
「……先生は、お願い事するの?」
「毎年しているわよ」
「どんなお願い?」
「大切な人が笑顔でありますように、て」
「……大切な人」
「えぇ、大切な人には、いつだって笑顔でいてほしいもの」
その言葉に、再びキースの屈託ない笑顔を思い出す。
「先生……私、変なの。すごくもやもやして、ドキドキして……でも、それが凄い嫌って訳じゃないの。でも、なんか、凄く恥ずかしくなって」
「どんな時に、そうなっちゃうの?」
「それは……」
思い返すと、やはり脳裏にはキースが現れる。それだけで体温が上昇し、耳まで熱くなったのが自分でも分かった。
「ミシェルちゃん」
「ど、どうしよう、先生……やっぱり私、変かも」
「どうして?」
「だって、キースのことばっかり思い出す」
「素敵じゃない」
「……キースは、私よりもうんと年上だし、お兄様よりも年上で、それに……」
「それに?」
「……仲間、だし……私、侯爵家の娘だし」
ぼそぼそと言葉を並べていくと、ずきんと胸が痛んだ。
何不自由なく暮らしてきた。世間知らずなお子様の私を、キースは仲間として迎え入れてくれた。一人の魔術師として肩を並べることを認めてくれた。
それなのに、今更、私は何を思っているのか。これは裏切りじゃないのか。
『日頃からお前の魔法はすげーって認めてんじゃん』
キースの言葉がふと蘇る。
こんな浮ついた気持ち、知られたら嫌われるんじゃないか。そう考えると不安が広がり、胸が締め付けられたように苦しくなった。
じわりと涙が滲む。
霞む視界の中、ぎゅっと木箱を握ってマルヴィナ先生を見た。
「キース君のことが、好きなのね」
「……好き?」
「そう。仲間とか友達ってことじゃないわ。恋してるのよ」
先生の言葉に目を見開らく。
キースのことが、好き……仲間としてではなく、恋をしている?
ふわりと立ち上がる紅茶の香りの中に、キースの豊かな表情が次々と浮かんだ。笑顔だけじゃない。怒ったり驚いたり、私よりも年上なのに拗ねたり──今まで見てきたどの表情も、全部が愛おしく感じた。
これが恋。
簡単すぎる答えは胸の内にすとんと落ち、あふれでた感情が涙となって頬を濡らした。ぱたり、ぱたりと落ちたそれは、木の箱に小さな染みを作る。
「でも、先生……キースは仲間で……」
「仲間を慕う気持ちが恋になっても、何も変なことはないわよ」
先生は静かに立ち上がり、私の頭を抱き寄せて髪を撫でてくれた。
「大丈夫、何も間違ったことじゃないわ」
「先生……私……」
「うん?」
涙で言葉がうまく出ない。
これから、どうしたら良いんだろう。どんな顔でキースに会えば良いのか分からない。でも、気付いてしまったら隠すことも難しい。
「私……キースが、好き……」
しゃくりあげながら言葉にすると、先生は私の肩を優しく抱きしめてくれた。まるで、幼い頃にお母様がそうしてくれたように、ぎゅっと。
次回、本日21時頃の更新となります
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