第13話 お節介な親友
舞踏会から十日以上がすぎ、私は注目の的になって、あちこちからキースのことを尋ねられる日々が続いていた。
どんなに、キースは外に出るときの仲間だって言っても、なぜか話がねじ曲がってしまい、いつしか私の専属護衛騎士なんて噂にまでなっている。
正直な話、否定するのもほとほと疲れていた。
そんな時、アリシアがお茶に誘ってきた。ものすごく興味津々に目を輝かせて。きっと、何か誤解しているに違いない。それなら、誤解は解かないと。
そう思って訪ねたアリシアの部屋では、パークスも待ち構えていた。
「パークスもいるとは思わなかった」
「俺も呼び出されたんだよ」
「呼び出したって言い方はないでしょ? パークス、前回の試験結果が散々だったって、随分と、おじ様が嘆いていたわよ」
おじ様というのは、きっとパークスのお父様ね。バンクロフト傘下で化粧品を扱っている商人で、その次男に当たるのがパークスだって、アリシアから聞いたことがある。物心ついた頃から一緒に育ってきたんだって。
「あなたはすぐ、サボるんだもの」
「進級できればいいだろ?」
「もう! 真面目にやればもっと出来るはずよ」
「買い被りすぎだと思うよ」
少し憂鬱そうな視線を向けてくるパークスに同情しながら、私は空いているソファーに腰を下ろした。
「夏休みも、しっかり復習するわよ」
「たまには勉強抜きで呼ばれたいもんだよ。そう思うだろ、ミシェル?」
「あはは……まぁ、私も机に向かうのは苦手かな」
「もう、ミシェルまで! パークスを甘やかさないで。本当はやれば出来るんだから」
お茶の用意をしながら、アリシアは実に楽しそうに笑っている。それに対してパークスはため息をつきながらも、渋々、分かってるよと呟きながら教本を捲った。
アリシアとパークスって、いつも喧嘩腰なんだよね。だけど仲が悪い訳じゃない。
文句を言いながらも、パークスが逃げることはないし、憎からず想い合っているってような気がする。一緒にいるのが当たり前のようにも見えるし、ちょっと羨ましくも思える。
二人を見て、無意識に私は笑顔にはなっていたようで、目があったバークスが居心地悪そうに視線をそらした。少し頬も赤くて、照れてるようにも見える。
「おい、笑うなよ」
「ごめんね。でも、ううん、なんでもない」
「笑われたくなかったら、しっかり学びなさい」
並べたティーカップにお茶を注ぐアリシアは、とても生き生きとしている。その顔を見ていたら、もしかして自分がお邪魔虫なんじゃないかなって気になってきた。
目の前に置かれたティーカップから、ミントと柑橘の香りをまとった紅茶が、甘い湯気を燻らせる。
私の向かいに座ったアリシアは、ところでと尋ねてきた。
「色々と聞かせてもらえるかしら?」
「……キースのことなら、私、何も答えられないよ」
「あら、どうして?」
「前も言ったけど、私とキースは冒険の仲間。それ以下でも以上でもないし……」
そこまで言い、少しだけ寂しさが込み上げる。
そうよ。私はキースのことを知らない。彼がどこで生まれたのかすら聞いたことがない。知ってるのは家族がいないことと、私の倍は生きているハーフエルフってことくらいだ。
カップの中へと視線をそらし、その優しい香りを胸に吸い込む。
どうしてこんなに寂しいのか。今まで一度だって、キースの素性なんて気にもしなかったのに。今は、気になって仕方ない。
私が一番知りたいのよ、て声に出して言いたいくらいだ。
カップに口をつけた時だった。
「ねぇ、クインシー家って特別なの?」
突然の質問に、ドキリとした。
皆と同じようにキースのことを聞かれると思っていた。だけど、まさかそこをピンポイントで聞いてくるなんて。
私が硬直したのを見て、アリシアは小さくため息をついた。
「訳ありみたいね。あなたとネヴィンがクインシーって家名に随分反応してたから、気になったのよ」
「それは……」
「私、それなりに各国の諸侯についても学んできたわ。でも、クインシーという家名は記憶にないの。勿論、うちの顧客名簿にも載っていなかった」
「ごめん、アリシア……私も、何も分からないの。聞き間違いだったかもしれないし」
「そんなことはないでしょう。私、聴覚には自信があるわ」
ソーサーにカップを戻したアリシアは、譲らないと言うように私をじっと見てくる。
困って視線を逸らすと、勘違いしないでと彼女は言った。
「困らせたいわけじゃないのよ。その逆。何か悩んでいるのなら相談に乗りたい。それだけのことなの」
「……アリシア」
真摯な眼差しにどう答えるべきなのか。
クインシー家のことは、私の悩みの本質じゃない気がする。だけど、そこに触れたら……舞踏会の夜から感じている胸の内のしこりが何なのか、話さないといけない気がする。
でも、何をどう相談したらいいのか、よく分からない。どう、言葉にしたらいいのか。
黙り込んで考えていると、パタンと音がした。視線を向けると、パークスが教本を閉じてこちらを見ていた。
「なぁ、ミシェル。クインシー家は、ジェラルディンの秘密とかなのか?」
「……そうじゃないよ。ただ、ちょっと古い話だけど」
パークスの質問に首を振って否定する。
そう、別に禁忌な訳じゃない。なんなら、小さな子でも知っている昔話のようなものだ。
「ジェラルディンは、小国が連合協定のもと纏まった国家なのは知ってるでしょ?」
「商人の子どもでも知ってることね。確か、成り立ちは三百年も前よね」
三百年前、現在のジェラルディン連合国一帯では、数多の小国によって争いが繰り返されていた。それを五つの国が制し、無益な争いを起こさぬことを誓い合い一つにまとまった。
グレンウェルド国外に販路を広げている大商会の子ともなれば、他国の歴史や風習なども学ぶのだろう。だから、アリシアやパークスもその成り立ちをおおよそ把握していたみたい。
「今、ジェラルディンで国として機能しているのは四つだったよな?」
「そう。私の生まれたブルーアイ、アスティン家のあるブラックウィング、それと、西のホワイトスケイル、南のレッドテイル」
「それも知っているわ。中央に位置するゴールドブレスは国ではなく、四つの国が共に国政を行うための機関なのよね」
「うん……でも、昔はゴールドブレスも国だったの。五つの国の中で最も多くの竜を従えていたことで他国に脅威と思われ、連合協定がまとまらなかった……だからブレスの王は竜の解放と国を失うことを条件に各国をまとめ、諸侯も散々になったの」
そこまで話すと、パークスが「まさか、クインシー家ってのはその王族なのか?」と尋ねてきた。
「違うよ。ブレスにあった公爵家の一つだけど……クインシー家は、王族を守っていた一族よ。ただ、ホワイトスケイルによって断絶されてしまったの」
「断絶?」
「ゴールドブレス王の命を狙ったといわれてるわ」
「王族を守ろうとした一族がまるで悪者のように語られているってこと? もしかして、キースはその末裔で、一族の名誉を回復しようとしてる、とか?」
「それはどうかな……今まで、クインシーなんて一度も名乗ったことなかったし。アリシアだって知ってるじゃない。キースが天涯孤独だっていってるの」
初めてキースと出会ったのは、学院を通しての護衛依頼だった。そのとき彼は、剣士のキースとしか名乗らなかった。
それに、一族の復興と考えてるなら、冒険者なんてしてる場合じゃないと思う。
「それに、クインシー家が存続しているとは……クインシー家の惨劇は、国家転覆を謀らないよう教育するための歴史として語り継がれてるくらいよ。だから、私もネヴィンも驚いたのよ」
歴史の真実はどうか分からない。でも多くの貴族は、クインシー家が王族に成り代わろうと企てたとは思っていない。書き換えられた、スケープゴートにされたんだと考えている。
だからこそ、クインシーの惨劇は語り継がれているのだと、私も教わった。
「じゃあ、キースはクインシーを騙ったってことよね?」
「だから、私にもキースのことは分からないし、話せないって言ったの」
キースの生い立ちを知らない私では、彼の立場に立つのも難しい。あのとき、彼は何を思ってその名を口にしたのか。
しばしの沈黙の後、首を捻ったパークスが「だからかもな」と呟いた。それに私たちが声を揃えて「どういうこと?」と尋ねれば、彼は私を指差した。
「クインシー家のことを話すだけで顔が真っ青になるくらいだ。ジェラルディンではよほどの惨劇として語られてるんだろ? 恐怖の象徴だって言うなら、ネヴィンを脅すのに丁度いいと考えたんじゃないかな」
「脅した? キースがネヴィンを?」
全く理解ができずに首を傾げていると、アリシアは納得したように相槌を打った。
「なるほどね。ミシェルがネヴィンに困ってたから、クインシー家を騙ることで牽制したのね」
「たぶん。俺がその立場だったら、同じことしたと思うよ。素性が分からないからこそ使える手だけどな。クインシーは今もいる。長い年月を陰で生きてきたのには訳がある。それを察しろ。敵に回りたいのか、て具合にね」
「あのネヴィン相手なら、そのくらいした方が良いかもしれないわね」
「だろ。しかも、彼のあの容姿だ。ただの剣士には見えないってのは、疑心を招かせるのに丁度いい」
「そこまで彼が計算していたら、なかなかの曲者ね……パークス、そんなに深読みできるのに、どうして試験では点数が悪いのよ」
納得がいったと言った顔で笑ったアリシアは、パークスが再び教本を広げると、私の方を見て意味深な笑みを浮かべた。
「大切に思われてるのね」
「……本当にそうなのかな?」
「え?」
なんだかしっくり来ない。
ハーフエルフの子を持つ貴族の話を、少なくとも私の周りでは聞いたことがない。もしもそうだとしたら、キースの立ち振舞いが庶民とは思えなかったのにも、納得できるけど。
ジェラルディンは、確かにエルフ族との繋がりもある。だけど、血統にうるさい貴族が迎え入れるなんてことがあるのかしら。
……きっと、ネヴィンだって私と同じように疑問を抱くんじゃないかな。牽制になんてなってない気がする。
「ミシェル?」
黙り込んだ私の顔を覗き込むアリシアは、少し心配そうな顔をしていた。
考えても答えは出そうにない。
首を振って「なんでもない」と呟き、冷めた紅茶を口に運んだ。
次回、明日7時頃の更新となります
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