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第10話 キース、あなたは何者なの?

 いくら考えても答えはでない。わかっていることは、舞踏会に参加しないという選択肢がないことくらい。

 小さなため息をこぼすと、キースが私を呼んだ。


「なぁ、ミシェル。同伴とか必要なのか?」

「出来ればね。親兄弟を連れてくる子もいるし、婚約者がいる子はその人を連れてくるよ。何人か、士官学校に通うお相手を連れてくるって言ってたなぁ……」

「うっわ、なんか、ほんと別世界ね」

「アニーには、一生縁がなさそうですね」

「あら、庶民派な司祭様にも縁はないんじゃなぁい?」


 バチバチと火花を散らしそうな二人が微笑みあう姿は、ちょっと羨ましい。私だって、縁がなくて良いんだけどな。


「せめて、お兄様がいたら……」

「あー、失踪中の兄ちゃんな」


 私のぼやきに、キースが反応した。

 そう、私には兄と弟がいる。お兄様は、5年前にお父様と大喧嘩をして家を飛び出してしまったの。建前として、周囲には世の中を見て学ぶ旅に出ているってことになっているけど、お父様は諦めているかもしれない。だから、私への期待が強まっているんじゃないか……。


 厳格でありながらも優しいお父様の横顔を思いだし、再びため息をこぼしてしまった。


「お父様に連絡すれば、喜んで飛んできそうだけど……」

「マザー家当主、しかも現役の竜騎士隊長が、そう簡単に、国を空けるわけにはいかねぇな」

「そういうこと。あー、もう、一人で参加なんてしたら、絶対、ネヴィンに嫌味いわれるよ」


 私の愚痴に、キースは間を置かずに反応してくる。それに、微妙な違和感を感じた。


 何だか詳しすぎるような気がする。お父様は現役の竜騎士として名を馳せているだろうけど、一介の冒険者まで知っていることかしら。

 もしかして、キースってジェラルディンの出身なのかな。それなら、知っていてもおかしくないけど。


「ねぇ、キース、なんで──」

「俺がついていってやろうか?」

「……え?」


 疑問を口にすることも忘れ、口を開けたまま私は動きを止めた。

 それって、キースが私をエスコートするってこと?


 まるで、ちょっとそこまでケーキを食べに行こうと言うように、キースはのんきな顔をしている。


 彼の軽い提案に驚いたのは私だけじゃなかった。

 睨みあっていたマーヴィンとアニーも毒気を抜かれたような顔をして振り返った。そうして、異口同音に「はい?」と聞き返す。

 キースはいつもの飄々とした表情で「俺がエスコートしてやるって」と言い切った。


「キース、何を言っているのですか?」

「あんたバカじゃないの? あたし達みたいなのが行っても、気後れするだけよ」

「こう見えても、人生長いからな。お前よりは礼儀作法も身についてると思うけど」

「言ってくれるじゃない。せいぜい、ミシェルに恥をかかせるんじゃないわよ」

「完璧なまでにエスコートしてやるぜ」


 相槌を打つように「な?」と言って笑うキースを見て、私は呆気にとられていた。


 ◇


 向かえた舞踏会当日。

 自室で鏡に向きあった私は、自分の姿を見て穴があったら入りたいくらいの気分になった。


 ふんだんにフリルが重ねられた薄桃色のドレスには、細やかなバラの刺繍が施され、ひとたび裾を揺らすとまるで花弁が舞うようだ。

 日頃二つに分けて高く結んでいる髪も、今夜はふんわりと結い上げ、ドレスの刺繍に合わせた薔薇の花があしらわれている。赤くなった耳と胸元でも、愛らしい薔薇の装飾品が嫌味なく輝き、全身が見事に美しい花弁で飾り立てられた。


 こんな華やかなドレスを着るのは、何年ぶりだろう。

 おめかしが嫌いなわけじゃないけど、着なれない豪華なドレス姿を見ていると、気恥ずかしさが込み上げてくる。


「なんか、恥ずかしい」

「可愛いわよ、ミシェルちゃん」

「先生……やっぱり、行くのやめようかな」


 私はすでに意気消沈。

 日頃、こんなにお洒落をすることもないし、凄く身動きがしづらいのも、気分が滅入る原因だろう。

 着替えを手伝ってくれたマルヴィナ先生を振り返った。それだけで、コルセットできゅうきゅうに締め上げられた胃が悲鳴を上げそうだ。

 

 アニーが言うように、これではまともに食事も出来ないだろう。せっかくの美味しいデザートもお預けになるのかと思うと、さらに気分が落ち込む。


 もう一度鏡を覗き込み、無意識に胸元を見た。

 大きく開いた胸元は薔薇の花を模した飾りとレースで覆われているが、少しでもずれたら小さなふくらみが覗き見れそうだ。

 これも、気分を憂鬱にするわ。


「せめて、もうちょっと大きかったらなぁ……はぁ、お腹も苦しくて、気持ち悪くなりそうだし」


 胸元を押さえ「やっぱりドレスは苦手」と小さくこぼすと、肩にショールがかけられた。


「せっかく着たんだから、頑張って!」


 満面の笑みで、私の手を引いた先生に連れられて部屋を出た。

 いつもより踵の高い靴になれず、堪らず顔をしかめそうになる。そうして応接室に入ると、そこで待ち構えていたキースの姿に驚いた。


 布張りの椅子でくつろぐのは、ロン師とキース。

 彼の装いはいつもと異なり、黒地に銀糸で刺繍が施された礼装だった。


 静かに振り返ったキースは手にしていたカップをソーサーに戻すとふわりと微笑んで立ち上がる。その胸元を飾る白いタイにも銀糸で細かな刺繍が施されていて、飾りピンは私の胸元の薔薇とよく似たものだった。


 何だか、おそろいみたいで……すごく恥ずかしい。


 どこかで選択を間違ったのではないか。アニーの言うとおりに逃げてれば良かったのではないか。どうしよう、どんな顔でいればいいのか分からない。


 混乱の渦中で眩暈を感じてふらつき、思わずマルヴィナ先生の手をぎゅっと握った。


「お待たせしました。おじいさま、どうかしら?」

「うむ、なかなかではないか。ラウエルが見たら泣いて喜ぶぞ」

「ふふふっ、ドレスを送ってくださったラウエル様に、後でお礼のお手紙を差し上げなくてはなりませんね」

「お、お父様には、私から手紙を書きます」

「あら、そう? でもそうね、色々と報告もあるでしょうからね」


 意味深に笑ったマルヴィナ先生はキースを見る。すると、ロン師は深いため息をついた。


「不本意ではあるが、ミシェルを頼むぞ、青年」

「お任せください」


 恭しく首を垂れて一礼をしたキースは、無駄のない動きで私に歩み寄ると手を差し伸べた。


「参りましょう、ミシェル嬢」


 重ねた手は白い手袋に隠れている。その所作は、まるで御伽噺に出てくる王子のようだった。

 何が起きてるの?

 この人は、本当にキースなのかしら?

 

 馬車に乗りこんでから、ちらりと横顔を盗み見ると、横に撫でつけられた金糸の髪がはらりと落ちた。それをそっと耳にかける仕草に、日頃のような粗っぽさは微塵も感じない。

 チラチラ見ていたら、視線に気づいたらしいキースは小首を傾げて「どうしましたか?」尋ねてきた。


 声は同じだけど、口調も違う。

 その違いに不安を感じ、口角を下げて黙っていると、キースはにっと笑った。ちょっと人を小馬鹿にするような、いつものキースの顔だ。


 肩から力が抜け、胸を撫で下ろせば、キースは「なんとかなるもんだろ?」と、砕けた物言いで尋ねてきた。

 白い手袋に包まれた手が私の頭に伸びてきた。いつものように髪をくしゃくしゃにされるのかと思って身構えたら、彼は苦笑い、ぴしっと額を小突かれた。


「キース、だよね?」

「マーヴィンに見えるか?」

「見えないけど……ね、その礼服だってどうしたのよ」

「これか? 自前だけど。あー、ちょっとデザインが古いのは勘弁な」

「自前って……ねぇ、キース、あなたって──」


 何者、と尋ねようとしたとき、馬車が速度を落とした。学院が近づいたのだろう。

 窓の外を見て、息を飲む。


「そう緊張するなよ。デビュタントの練習だと思えばいいんじゃない?」

「……うん」


 デビュタントと言われ、それもそうだと思いつつ、ふと気になる。やっぱり、キースは社交界に詳しいような気がするのよ。

 違和感にもやもやとしながら、窓の外を見た。

 見慣れた学院に続く道の風景を見ていると、ネヴィンの嫌みな顔が脳裏に浮かんだ。


 彼が出てこないわけがない。どうにか、顔を合わせないようにしたいけど、そう上手くいくかな。

 不安に手を握りしめると、キースが呑気な声をかけてきた。


「なぁ。終わったら、タルト食いに行こうな」


 いつもの笑顔にちょっとだけ、ホッとする。


「うん……チーズタルトがいい」

「それなら、バンクロフトだな」


 にっと笑うキースにそうだねと頷き、私は脳裏の嫌みな顔をかき消そうと、大きく息をすった。


 そうよ。終わったらいっぱい美味しいケーキを食べよう。

 己を鼓舞するように「よしっ」と呟き、顔を上げる。

 後戻りは出来ないのだから、どう乗り切るか考えないと。味方は多いに越したことはない。まずは、アリシアを探そう。


「大丈夫そうだな」

  

 声を振り返り、キースに頷く。すると、しばらくして止められた馬車の扉が開いた。

次回、本日17時頃の更新となります


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