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第1話 彼との出逢いは最悪。恋に落ちるなんてあり得ない!

 彼との出会いは最悪だった。


 魔術学院内の特別依頼で受けた伯爵令嬢の護衛任務。その道中で、夜営を余儀なくされた。夜も遅くなり、護衛対象のお嬢様が一人で花摘みに行くと言い出したのだ。

 ついてこないで欲しいと言われても、ハイそうですかって訳にはいかない。だから私は、一人こっそり追いかけた。


 女同士でも用を足す姿は見られたくないだろうし、お嬢様の行動を不思議にも思わなかった。

 ほんの小さな明かりで足元を照らし、程よい距離を保って茂みの陰に隠れると、風にのって嗅ぎなれない香りが漂ってきた。


 火薬ではないわね。松明の匂いとも少し違うような気がする。もしかして、煙草?


 お嬢様は無口で大人しい感じだったし、巻き煙草を吹かすようには見えなかったんだけどな。

 不思議に思っていると、茂みの向こうで「あぁ、うめぇ」と少し高めだけど男の声が響いた。


 どういうこと?

 私は間違いなく、お嬢様が手にしていた松明の明かりを追ってきたはず。もしかして、お嬢様の声がハスキーなだけで、聞き間違いだったのかしら。でも、もしそうじゃなかったらと、脳裏に最悪の光景が浮かび上がる。


 彼女を追いかけ回してる奴らに捕まったとしたら、一大事だわ。任務も失敗になる。そうしたら、課題がこなせないどころか減点じゃない?

 一刻も早く助けないと。けど、私一人でいけるかしら……ううん、ここで弱気になってどうするの!!


 焦りに心拍数を上げながらも、まずは現状を把握するべく、茂みの奥を覗き込んだ。


 松明の火に照らされるのは、長いドレスの裾をまくり上げたお嬢様……え、お嬢様?

 ドレスは間違いなく同じものだわ。その周りには誰もいない。だけど、彼女の姿は、お嬢様と言うにはあまりにも酷かった。


 大きな石に腰を下ろして両足を開き、膝に肘をついた格好で、金髪の青年が巻き煙草をくわえている。


 お嬢様はどこ!?

 まさか、いつの間にか入れ替わったっていうのかしら。だとしたら、目的は何かしら。

 仲間はいない。だとしたら、私の魔法だけでなんとかかなるわ。捕まえて、目的を訊き出さないと。


 焦りと不安に手がじっとりと汗ばんでいた。

 息を深く吸い、杖を握りしめて茂みを掻き分けた。


「あなた、誰!?」

 

 飛び出した先で声を上げ、杖を構えた瞬間、青年の手からぽろりと巻き煙草が落ちた。その見た目は二十三、四歳くらいだろうか。松明に照らされた顔はずいぶんと綺麗だったが、間違いなく男だ。


「お嬢様は、どこ!?」

「ど、どこって……」


 わたわたと慌ててドレスの裾を直した青年は自分を指さすが、そんな訳ないでしょう!

 大きく息を吸った私は、森の木々が揺れるほどの声で「バカにしないで!」と叫んだ。


「あ、あ、あ、待て! 話せば分かる!」

「問答無用!」


 一発、魔法弾を見舞ってやろうと杖を握りしめた時だった。ぞわりと背筋をが震えた。一瞬だが、魔力の動きを感じたのだ。それは、目の前の青年ではない。──後ろだ!


 背後を振り返るのと同時だった。青年がドレスの裾を翻し、まるで私を庇うように身構えた。その両手には、どこに隠していたのか短剣が握られている。

 すっと瞳を細め、静かな呼吸を繰り返して、彼は暗い森を見つめた。


「三人、四人か……おい、嬢ちゃんは魔術師だったな。俺が言う方角に魔法弾を打ち込めるか?」

「バカにしないでよ。貴方の助言なしでもいけるわ」

「精度を上げて、確実に撃ち落とせって言ってるの。分かる?」

「……分かったわよ」

「よし。素直なのはよろしい」


 にっと口角を上げた青年は、二時の方角を指さす。


「ここから距離は三十メートルか……だいぶ近づけちまったな。二時の方角、地上からおよそ三メートル、木の上に二体」


 さらに、十時の方角に一体、十一時の方角に一体と、青年はおおよその位置を告げていく。その間に、私は愛用の杖を地面へと垂直に立て、脳裏に詠唱を浮かべながら指先で宙に文字を書いた。


「我が血潮に眠る力よ」


 私の声に呼応するように、溢れた魔力の陽炎が揺れ、前髪がふわりと揺れた。

 私を見た男は驚きに目を見開く。そのエメラルドのような瞳が、私の魔力に照らされてキラキラと輝いた。


「南の空に輝く赤き星となりて、我が敵を貫け!」


 号令を発すると、闇夜に浮かんだ赤い魔法陣からいくつもの赤い魔法弾が放たれた。それは赤い流星の如く尾を引き、暗い木々を貫く。

 ガサガサと音を立て、隠れていた影が動いた。


「どんどん、いくよ!」


 反撃なんてさせないんだから。

 動く音に反応するように、魔法弾は次々に発射された。それを見ていた横に立つ青年から、呆れるような声がこぼれる。


「おいおい……そりゃぁ、ないだろう。数うちゃ当たるって?」


 降りしきる赤い流星の中、四つの影は反撃を諦めたのだろう。森の奥へと消えていった。


 撤退したと分かり、ふうっと息を吐いた杖を下ろすと、青年が「嬢ちゃん、とんでもないな」と破顔した。

 さらさらの金髪が風に揺れる。その間からひょっこり出ている尖った耳は、彼が人族でないことを物語っていた。


「……あなたは、誰?」

「俺はキース。護衛対象の身代わり、ってとこだ」


 キースと名乗った綺麗な顔のハーフエルフは、懐から巻き煙草をひっぱり出すと、地面に突き立てていた松明の火に近づけた。


 松明の火に照らされたエメラルドのようかな輝いた瞳が私をとらえ、彼は「よろしくな」と笑った。

 訳が分からなくて「ちゃんと説明して!」と私の叫びが再び森の木々を震わせた。



 そんな出会いから一年がすぎた。

 気ままな冒険者稼業で暮らしている天涯孤独なキースと、私の関係が大きく変わるなんて、誰が想像しただろうか。


 ◇


 堅牢な壁で守られた広大な学園敷地に建つ校舎や塔には、技巧をこらしたレリーフが施され、美しい花で彩られている。その姿は、まるで小さな王城のようだ。


 ここはグレンウェルド国立魔術学院──国内外にある魔法学園の本校であり、各学園から選ばれた成績優秀者しか入学が認められないエリート魔術師の育成機関。

 難関試験を乗り越えた若き魔術師たちの大半は、未来を担う貴族令息、令嬢でもあった。


 

 学院内にある食堂からは、美しい庭園を眺めることが出来る。春を彩る花々には蝶が舞い降り、そよぐ風が甘い香りを運ぶ。


 そんな気持ちのいい場所で、私はキラキラと輝くデザートを前にお預け状態だった。目の前にいるのは、同級の貴族令嬢たち。

 フォークを手に取るタイミングを失い、ため息を飲み込んで愛想笑いを浮かべる。


「ねぇ、進路希望出した?」

「希望も何も、私は卒業したら結婚だもの……」

「どんなにいい成績を残しても、結局は花嫁修業の一環なのよね」

「私、もっと魔法物質化の勉強したいなぁ」

「私だって、魔法言語学をもっと学びたいし、調査にだって行きたいわ」

「でも、国の機関に進みたいなんて言ったら……」


 彼女たちは顔を見合わせて、異口同音に「親が怒るわよね」と、ため息混じりに言った。

 皆、思っていることは一緒みたい。


 入学してから一年がたった。来年には専門分野へと道が分かれるのだけど、思い通りにならないことの方が多い。

 なにせ、貴族の娘は家のために結婚をする。それが貴族社会の常識だから、諦める子の方が多いのよね。


 悔しさとか、ままならない思いはよくわかるわ。でも……今、私はデザートを食べたいの!


 素敵な花姿を眺めながら美味しいデザートを食べようと思っていたのに、どうして、こうなったのかな。

次回、本日13時頃の更新となります


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