飛んでこなくなった紙飛行機
小学校低学年の頃、僕は一軒家に住んでいた。二階建てで庭があって、庭には芝生があった。
芝生の上に、ある時紙飛行機が落ちていた。僕が知らない折り方の紙飛行機。試しに投げてみると凄く飛んだ。
翌日も紙飛行機が飛んできた。開いてみても、何か書いてあるわけではなかった。紙飛行機は雨の日は飛んでこなかった。
出かけた先で紙飛行機を見つけたこともあった。当然の事ながら、風向きは毎日同じではない。出かけた先と僕の家の間には病院があった。
母さんは、
「ターミナルケアの病院なの。入院している人が飛ばしているのかもよ」
と言った。
ある日を境に紙飛行機が飛んでこなくなった。母さんは何も言わず、庭に白い花を何本か並べた。
当時は分からなかったけど、そういう意味だったんだ、と芸能人の葬儀の様子をTVで見てやっと分かった。
僕たちは引っ越すことになった。父さんが転勤することになったからだ。気に入っていた家、街、友だち。離れる事が決まって、僕は泣いた。
新しい学校に行く時は凄く緊張した。高学年で転校生になるなんてついてない。もっと小さい頃だったら、あっという間に馴染めたんじゃないかな。
新しい担任と新しい教室に入って、僕は自己紹介をした。挨拶がてら、教室の背面黒板に向けてあの紙飛行機を飛ばした。
その時僕をジッと見ている男の子がいた。なんだろう?ちょっと怖い。休み時間になると僕に話しかけてきた。
「その紙飛行機見せて」
「いいよ」
「やっぱり!なんで折り方知ってるの?」
男の子は驚いていた。
「前に住んでた家の庭に飛んできた紙飛行機なんだ」
「……話したい事があるから、放課後ちょっといい?」
「……う、うん」
「じゃあ、また後で」
なんだろう。
同級生が帰った後の教室で、彼は話し始めた。
「俺の心臓、移植されたものなんだ」
僕は何も言えなかった。
「移植後急に折れるようになった紙飛行機と同じなんだ」
彼は僕の目の前で紙飛行機を折った。
「同じだ……」
「知ってる?前の臓器の持ち主の記憶を受け継ぐ事があるって話」
「あぁ、TVで見た」
「それじゃないかと思ったんだ」
「……その紙飛行機、突然飛んでこなくなったんだ」
「三年前の十月?」
「そのちょっと前くらい」
「じゃあ、きっとそうだ」
彼の目に涙が浮かんでいた。
「その人の分も生きなきゃ」
「きっとこの紙飛行機の折り方広めた方が喜ぶよ」
「そうかもな。これ、凄いもんな」
「それな」
秘密を分け合った僕たちは握手をした。