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第8話 ここは異世界じゃないから二度と来ないで勇者様 5


 ブレザー制服で高校二年生のクニエさんは異世界転移からまだ半日ほどしか経ってない。

 困ったようなまゆの形で両手を上げながら、目つきと口元は陰湿にニタついたままだった。


「待って。答える。ドアのかぎは『開いた』し、サナさんは『急に疲れたみたいに休んでいた』けど?」


 ミラさんは慎重にクニエさんを分析して見極める。

 嫌な予感が重い。精神操作の魔法が効かなかっただけでなく、ミラさんの頭に疲労のような感覚も広がっていた。思考に集中しにくい。

 クニエさんに推測される能力はほかに『使い魔の制御を失う』『通信魔法の阻害』もあり、性質は『魔道式キーの開錠』も似ている。

 見たもの、あるいは意識した対象の『魔法の消失』だった。

 ただサナさんによる軟禁を抜けた『無力化』はやや性質がずれてそうでもある。

 そもそも『魔法の実在』を知らない、もしくは疑っている状態では『魔法を対象に消去』とは意識しにくいはずだった。



 そのころ休憩所のシャワールームに隣接した更衣室ではサナさんがベンチで壁にもたれていた。

 服は脱ぎかけで、息はしているし、起きている。でも表情が虚ろで目がよどんでいた。


「ん……? ……んん……?」


 自身に起きた異変の自覚もあるけど、反応は鈍い。

 疑問に思いながら、それを深くは考えられない。

 リンちゃんはその前で困惑して、身ぶり手ぶりで伝えようとしていた。


「サナさん? クニエさん、カミングスーン。外へ出ないように頼んだことは伝わっているはずですから……先に入ってません? シャルウィーオフロー?」


 フランス語はわからないけど、いちおう英語をまじえて。


「ん……」


 手ぶりや話しかけにはサナさんも反応し、かすかにうなずき、のっそりと立つ。

 でも泥酔や頭を打った時のような『ふらつき』みたいな危なさや、寝ぼけているような様子はない。

 極度の疲労状態に似ていた。



 ミラさんはクニエさんが『ウソは言ってない』と感じていたけど、警戒は強める。

 遭難したばかりの十六歳にしては、他人事ひとごとかゲームのように自身の状況を楽しんでいる。


「……それでこっそりミラちゃんたちを探りに出たら、みんな『わたしにもわかる言葉』を話していて『通信魔法』や『転移儀式』や『魔王軍』についても……」


 ミラさんはいちおう、映画パンフレットを見せながら弁解してみる。


「脚本設定の確認をしながら特殊効果のリハーサルをしていたようですね?」


 納得させるには苦しすぎた。

 迷子のツアー客を自称していたミラさんが指揮をとっていたし、音声マイクや照明どころかカメラさえ向けないまま主演女優が上空まで跳んで獅子鷲グリフォンをたたき飛ばしている。

 そして今もミラさんたちの様子に気がつかない百メートルほど先のスタッフが熊獣人ワーベアに変身し、誘引されてきた巨大カブトムシへ組みついてバックドロップで仕留めていた。


「待ってミラちゃん。知ったらまずいことは知らないふりもできるお年頃としごろだから」


 まだ苦笑いはしているけど、口調ほどふざけた目つきではない。

 ミラさんはクニエさんが自分から見つかりにきたことも考慮して、慎重に言葉を選ぶ。


「魔法は……もし使える場合、自滅もしやすい危険なものです」


「暴発とか、魔物になっちゃうとか? ……ええまあ実は、乗っていたフェリー船の船員さんとか、同級生が怪物になる様子は見ていたので」


 すでに目撃されていた。

 それでも取り乱さないでいられた精神の安定性に少しだけ安心する。

 でも同級生が怪物になる様子を目撃していながら、今まで隠して平然と楽しそうにしていた異常性のほうがはるかに怖い。


「リンちゃんも?」


「寝ていたところをわたしが引きずって、バケモノたちに見つからないあたりまで運んだから……船が壊れたとしか知らないはず」


 犬くらいに大きな野ウサギらしき群れがあちこち跳んでいて、クニエさんはネコを見つけたように「あら♪」と喜ぶ。

 でも頭の二本角は猛禽類もうきんるいの脚に似た形状と鋭さだった。

 いっせいに飛びかかられた撮影スタッフの蜥蜴人リザードマンは全身をズタズタに裂かれて悲鳴をあげながら逃げまどい、クニエさんは「あら……?」と苦笑をひきつらせる。

 角兎ジャッカロープの群れはクニエさんにも襲いかかってきて、ミラさんが片っぱしからたたき伏せた。

 爪が一瞬で腕ほどに伸び、秒間に数度の速さで振られ、当たると大型ハンマーで打ったようにはじいて気絶させる。


「おたがいのために、なにも知らないまま帰ってもらうのが一番なんです」


「やっぱりそういう……あれ? 殺したほうが楽なのでは?」


「あなたの立場でそれを言いますか? 七割くらいはただ死ぬだけですけど、残り三割は大事故になりやすいので」


「追いつめられて大爆発みたいな、お手軽な覚醒かくせいもありなんだ? そうなると、いざとなったら捨身になるおどしで交渉材料に……でも三割かあ……」


「それよりは『勇者部隊』へ捕まらないように気をつけてください。やつら何も知らない元世界人をガンガン死地へ追いこんで覚醒させようとしますから」


「うわ……失敗しても見殺し?」


「やつらに人の心とか期待すると後悔しますよ? 一部の現場要員はそうでもありませんが、上層ほどいかれた人でなしの巣窟になっているので」


「ちょっと楽しそう♡」


 ミラさんは内心『クニエさんを勇者部隊へ入れたらまずそう。すぐになじんでしまいそう』と思う。

 七割の成功率にけ、災害の芽をんでおく選択肢もあった。

 でも『三割で自分の身を危うくするほど魔王軍へ忠実なわけでもないし』などと思う。

 それに先ほどから周囲の野生魔物が『なんとなく呼ばれただけの密集によるストレス』にしては攻撃的すぎて気になっていた。

 嫌な関係性も感じる。

 命令されたように追いまわしてくるわけではなく、怒り狂い暴れまわっているというほどではない。

 でも自然環境で定住できる動物にしては慎重さに欠けている。

 加えて、なぜか防衛部隊の動きがにぶいことに気がついた。

 ミラさんに知覚できる付近の数十名に、ちらほらと疲弊しきったような動きが増えている。


「とりあえず休憩所にもどってください。護衛しますので」


 クニエさんはつまらなそうにうなずく。


「それにしたって『魔王軍』とかいうわりに、手口が穏健すぎるような?」


「なぜそれを残念そうに言いますか。犯罪組織だって規模が大きくなるほど社会性もないと内部崩壊を起こしますから。……逆に、聖王軍は負けがほぼ確定してから知性も人間性も崩壊したような暴走をはじめてやっかいな泥沼に……」


「うっわ、異世界に来てまでそんな政治くさい生々しさいらんし。スカッと爆破するか自爆させて、思想強めな話題が出る前に決着すればいいのにね~?」


 ミラさんは『この子は所属に関係なく、異世界に居座るだけで厄災やくさいを引っぱり出しそう』とも思う。

 頭はよさそうなのに、現実感……当事者感……倫理観がどこかゆがんで欠けていた。殺したくはないけど、早く追い返したい。

 そこまで考えて、急に気がつく。

『野生魔物の無謀むぼうさ』『サナさんの無力化』『使い魔の制御消失』……やや違う効果のようで、どれも『クニエさんの性格じみている』で共通していた。

 そしてミラさんの意識と動きにもガクリと急な異変が起きてしまう。

 動けないのではなく、動きたい気がしない。

 意識はあるのに、考えたい気がしない。

 深刻な異変で、重大な危機だとわかっているのに、対処する意欲が出てこない。


「そう……か。魔法、ではない……意志、そのものが……」


 ミラさんは特にだけど、サナさんも精神操作の魔法には耐性が高いはずだった。

 でもほとんど抵抗できないで影響を受けてしまっている。

 クニエさんも真顔で驚いていた。


「あれ? ミラちゃん? サナさんもこんな感じで……」


 ミラさんの目つきがどんよりして、表情はどこまでも暗く険悪になる。

 動作も重たい。それでもミラさんはクニエさんのことを突き飛ばせたし、急降下してきた飛竜ワイバーンを斬りはじけた。

 人並みの動きしかできないクニエさんをかばい、自分の左腕、左脚、左頬、左腋を数センチも裂かれながら、その数倍の深さ多さの斬撃をうろこへたたきこんで互いに血まみれになる。


「この絶望感というか……『虚無感』はクニエさんがいつも感じているもの?」


 目つきは暗くよどんだまま、再生しかけの頬でニッタリ笑いかける。


「わたしのせいだったんだ……『この感覚』が送りこまれているの? それはだるそう……でもミラちゃんには効かないんだ?」


 クニエさんは驚いて圧倒されながら、どこかうれしそうで、でもいらついてそうでもある複雑な表情になっていた。


「年が年だからな。こういったヘドロをんでいるような心持ちにも少しは慣れている……クニエさんはまだ、これを嫌いで憎いと叫んだほうがいい。そうやって泣きついていい」


「そういう親切ぶった態度がうっとうしくて発動してそうなんだけど……わたしを魔法で気絶とかさせられないの?」


 クニエさんは投げやりな態度で、でも両手をあげて協力意志は示す。


「無意識でも精神操作を『虚無』で打ち消していたから、効きにくそう……それにもう、薄れてきた。抑えてくれているのか?」


「八つ当たりみたいで恥ずかしくなったのかな? でも人生がもっとめんどくさくなったら、恥とかもどうでもよくなりそうだけど」


「そのあたりは元世界の責任者へぶつけてくださいね? というわけで早く帰国してくださいね?」


「そんな邪険にしないでよ。ミラさん血まみれだし……シャワーで洗いっこしません?」


「な……!? あからさまだけど高度な罠!?」


「すみずみまで♡」


「くっ……負けてしまいたい!? 小娘があっ!? 小娘さん最高!?」


「やっぱり数百歳とかなの? 数千歳?」


「まだひゃ……いやそれより、帰国の準備は本当に急いだほうが。めんどうな邪魔が入らないうちに…………げっ?」


 周囲の防衛部隊も動きがまともになってきて、誘引されていた野良の魔物も凶暴さがゆるみはじめて見えた。

 でも不意の地響きと共に、洞窟内部に巨大なサボテンじみた肉塊にくかいが生えてくる。

 そのあちこちから触手が生えてきたことで、ミラさんも防衛部隊もどんよりだるそうな顔にもどってしまう。


「あ~あ。来ちゃったよ勇者が。それも最悪のやつが……」


 休憩所にはリンちゃんとサナさんが残されていた。しかもサナさんの状態はわからない。

 ミラさんは助けに行きたかったけど、今の状況ではクニエさんを置いていくのも連れて行くのも危険だった。


「すぐに大魔王様もご到着なさる! それまでもたせろ! ……民間人の避難を最優先!」


 ミラさんはスタッフをできる限り洞窟へ向かわせる。

 でも休憩所が押し壊され、地面へ飲まれかけていたので歯ぎしりした。



 そのころ洞窟内では主演女優役の副隊長さんも歯ぎしりをしていた。


「こちらから連絡したおぼえはない……新兵に盗聴の虫でも仕込んでいたのか!? 卑怯者めが、どこから操っている!?」


 巨大怪物の触手を斬り散らし、ひしゃげた休憩所へもぐりこむ。

 倒壊した壁や家具で入り組んだ亀裂の奥深くからリンちゃんが顔を上げ、サナさんの体を少しずつ押し上げてきた。


「サナさんを先に……わたしをかばって、両足がひどいことに……」


あずかる! 貴様には優れた勇者の資質がありそうだ!」


 副隊長さんは亀裂へ身を乗り出し、片腕の筋力だけでサナさんの手首を吊り上げて肩へかつぐ。

 瓦礫がれきは不穏な音を立てて変形を続けていて、外の巨大怪物もどう暴れるかわからない状況だった。


「登れるか!? すぐに登れ!」


 副隊長さんはめいっぱい手をのばしたけど、リンちゃんの指先には届かない。

 サナさんを押し上げながら、ずり下がってしまっていた。

 リンちゃんは青ざめて震えているのに、のんきそうな笑顔でうなずく。


「ボクにはおかまいなく。先にサナさんをお願いします」


「それは勇者にふさわしい発想ではない」


 副隊長さんは静かに宣告し、腕や顔を裂かれながら瓦礫へ無理矢理にもぐりこんでくる。


「えっ!? あの、ボクはだいじょうぶですから……!?」


「貴様はたった今、助けを求めることもできないほどに助けが必要なことを示していた!」


 リンちゃんの腕を強引に捕らえてしかりつける。




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