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第7話 ここは異世界じゃないから二度と来ないで勇者様 4


 ミラさんは疲労のあまり、うっかり副隊長さんまで眼光の催眠術で襲う姿勢になっていたけど、ぴたりと静止する。


「これは主演女優様……いいですねえ~♪ まさに思い描いたとおり、理想の姫騎士エルフ勇者様! 精神面でいやされます~♪」


「そう……なのか? こんなうわついた装いが……」


「もう晴海降臨で万バズ殿堂入り!」


 魔法世界では専門用語すぎる。


「なにを言っているのだ貴様は? ……撮影現場への到着が遅れているため様子を見にきた。なにか手伝えることは?」


「血……あの、吸血鬼になる可能性も少しあるけど、吸いかたをいろいろ工夫してね? あまりならないように、少しずつしかならないように、だんだんくせになるぞくぞくした気持ちいい感じにもがんばるから……ね?」


「断る」


 副隊長さんは伸びてきた手を容赦ようしゃなく払いのけた。

 反射的に対応してしまい『こいつの首をねて勇者候補を奪還する絶好の機会だから慎重にならねば』と反省する。


「だいぶ疲れているようだな? 転移者に魔法世界とさとられぬよう、先々に魔物や魔王軍や魔王がいればすべて斬りつくしておけばいいのだな?」


「だいたいそんな感じで……いえ、なるべく殺さないように」


「難しいが努力しよう」


 技量よりも感情的な抑制よくせいが難しかった。


「魔物や死骸しがいの目撃だけでなく、もしかすると血臭けっしゅうや霊体にも反応して変異しかねないお年頃としごろなので」


「魔物化の兆候ちょうこうがあるのか?」


「今回はすでに見つかっているだけでも手遅れが五人」


「多いな? 人間の姿を保てているふたりも不安定なのか?」


「よくわからなくて。クニエちゃんは体質なのか、思考をほとんど読めない。リンちゃんは逆に、いつでもみんなにあいさつしているような精神状態だけど、発想や思考を把握しにくい。だが、ともかくも……」


 ミラさんは霧の中をふらふらと引き返す。

 疲労のせいで女子中学生を擬態ぎたいした口調や表情も崩れがちになっていた。


「……こちらの世界にとどめていい年齢ではない。その判断をさせるに十三や十六は早すぎる。わたしとてできれば手元でなでくりまわしていたいが、こちらの世界へなじむほど意識は固定され、帰還を難しくしてしまう」


 副隊長さんはまだ十一歳で敵地潜入任務に出されている新兵くんを思い出す。

 内心で『街に待機させておいてよかった』と思いながら、表情は苦しげだった。


「しかし確固とした意志によって転移してきた者たちもいるだろう?」


「転移願望の強さだけが転移の原因なら、魔法世界は今の何十倍も転移者であふれている。実際は両世界で天災や大事故が重なる偶然のほうが大きい」


 元世界人は魔法世界の人口比でおよそ一万人に一人。

 つまり数万人から数十万人規模の都市部ごとに数人から数十人は住んでいる。

 月に数人から数十人、一年で数十人から数百人が流入していると推計されていた。

 珍しいけど驚くほど希少でもない。


「その転移者もほとんどは凡人どまり。それなのに『天才』の発生率が高いせいで、勇者崇拝ゆうしゃすうはいを維持したい聖王軍の犠牲ぎせいに……していいわけがない」


 最高エリート集団『勇者部隊』へ入れるくらいに成長できる割合で、元世界人は数十倍から数百倍ほど高確率だった。

 指折りの大都市でも数人ずつしかいない勇者部隊に『人口比で一万分の一しかいない元世界人』がほぼ一名は混じっていると言えば異常性がわかりやすいかもしれない。


「それは……勇者候補を増やしたくない魔王軍にも都合のいい理屈だが」


 まともな反論はできなくて副隊長さんが歯ぎしりする。

 ミラさんはヘラヘラとぼやけた顔でよだれをたらしはじめていた。


「ああでも、お帰りの前に一口だけ……魔法なし世界原産ならではの、魔力にあふれた極上鮮血のお恵みを~! ぴちぴち若々しい血潮のおこぼれををを……できましたら直吸じかすいでダメでしょうか……」


 副隊長さんはミラさんが遭難者を助けたがっていることを意外に思って困惑していたけど『機会さえあれば斬ったほうがよさそうな変質者には違いない』とも思う。


「遭難者はどれくらい離れている?」


 副隊長さんは手の平からひそかにガラス繊維せんいのようなツル草の束を伸ばす。

 それらは細く鋭い葉を巻きつけ合ってまとまり、ナイフの形状に固まった。

 持っただけ、そして地面と刃先は膝丈ひざたけほども離れていたはずなのに、カミソリを通したように草花が音もなく断ち切られている。

 会話能力はともかく、気配も魔力も隠した暗殺技能に関しては勇者部隊でもトップの実力者だった。


「数分もない距離です。わたしがこのきりで迷うことはないのでご心配なく」


 直感で『この場で仕掛けてはまずい』と思って刃物はひっこめる。

 遭難者に血臭すら流さないように始末できる相手かは怪しいこともあったけど、ミラさんが敬語にもどった口調で霧に関わる能力について触れたこともひっかかった。


「共通魔法語は禁止と聞いたが、相手に魔力を向けない翻訳ほんやくの補助魔法は?」


「発動を隠せるなら……珍しい魔法を習得していますね?」


 魔法世界は意識しなくても使える共通魔法語が便利すぎて、個別の言語への対応は少ない。


「元世界の文化は芸術面においても影響が大きいからな。まともに話せそうなのは英語と中国語だけだが……『かような日本語でも不覚はとらぬか?』『スペイン語のほうが機密を保ちうるならば合わせてくれよう』」


 副隊長さんは自分の頭へ両手をあて、周囲からは見えないように手のひらを光らせていた。


「ぜひ日本語で。むしろ多少うさんくさいほうが警戒されにくいです。スペイン語はわたしも片言かたことですし……あっ、もしやオタク話も通じます!?」


「なんだそれは? 方言か?」


 転移者には文化圏のかたよりもあった。

 特に宗教観で死後などの『別世界』に強固なイメージができあがっている地域からの転移者は珍しい。

 そしてこの世界でも、日本人は特殊な民族として良くも悪くも知られていた。



 クニエさんは副隊長さんを見ると目をぱちくりさせる。


「え。本物のエルフさん? 数百歳とか数千歳?」


いな、まだ十代のはしくれである。そして我が家系は祖父母の代よりハーフエルフやクオーターばかりで……」


「設定も本格的……よろいは実戦的に見えない脚の出しかただけど」


 副隊長さんは『このデザインはそこのたわけた吸血鬼めの変態性でしかない!』と一喝いっかつしたいくやしさを耐え忍ぶ。

 リンちゃんは口をぱかんと開けて見とれていた。

 ミラさんは『あれ? わたしだって美人なのに、そこまでは反応してくれなかったよね? あのモデル体型とかプラチナブロンドのせい!?』とか問いつめたい悔しさを耐え忍ぶ。

 そのすぐ背後のサナさんはぼそりと『ミラちゃん、内面な?』とフランス語でつぶやいてミラさんを涙ぐませた。


『それより早く撮影現場へ移動しろ? ここは手が足りない』


 サナさんの聴力はミラさんなみで、道端で待つ間にも包囲をせばめつつある魔物群を感知していた。

 手指の軍隊式サインでは『数体』『全方位』と伝える。



 小山の中腹にぽっかり開いた洞窟どうくつは学校ひとつが入るくらいに大きく、奥行きはその何倍もあった。

 近づくと大勢の撮影現場スタッフに全力疾走で歓迎される。

 英語をそれなりに話せるスタッフはひとりだけ。


『ダイジョブですかミラチャンさん!? バスいない聞いて、とても残念でした!』


 通信魔法の不具合が続いていた。使い魔とのつながりを断ってしまうクニエさんの能力という推測の他は原因がよくわかっていない。


『火山活動で地震や蒸気じょうきが大変ですね?』


『そうそれ! 蒸気は心配! 遭難者も蒸気は心配!? ハゲワシやクマも心配! 猟師りょうしも蒸気は大変!』


 ほかのスタッフは片言の英語や中国語で『火山!』『ハゲワシ!』『狙撃!』『イライラクマ!』『遭難者ダイジョブ!』などと口々に言い立てる。

 ミラさんは言葉をつなぎ合わせて状況を把握した。

 広範囲から魔物が誘引されていて、互いに密集によるストレスで暴れやすくなっている。

 撮影所スタッフは迎撃しているが、濃霧でそれもままならない。

 さらに『濃霧による不安で、リンちゃんの発信魔法が強まっている危険性』も指摘されているようだった。

 ミラさんは落ち着いた笑顔でうなずきながら、手早くいいわけを組み立てる。


「蒸気は無毒で心配ないそうです。ただ付近の動物が興奮していて危ないので、しばらく休憩所にいたほうが安全みたいですね? そこにシャワーもありますから」


 元世界風のプレハブ建築があり、体育館みたいな大きさで百人以上が利用できそうだった。

 わざわざアンテナや空調室外機の模造品までつけられている。


「わたしも汗をかいたので……」


 ミラさんはシャワー室まで同行する勢いだったけど、ひとりだけ英語を話せる蜘蛛女くもおんな役の蜘蛛女アルケニーさんに肩を押さえられた。


『待てミラチャンさん。話あります。とても重要。帰国のために』


「あの……はい。ではサナさんがリンちゃんたちの案内を……シャワーはゆっくりどうぞ……」


 サナさんと転移者のふたりが休憩所へ入ると、蜘蛛女はすぐにドアへ魔道式のカードキーを通して施錠する。

 ミラさんは未練たらしくドアへすがりついた。


「わたしには転移者を詳細に監視する任務が……」


「アーシだって秘書なのに、元世界のロック歌詞を趣味で調べていただけで前線に……そりゃどうでもいいから指揮とりやがってください指揮官」


 蜘蛛女はツンと見下した目で、事務的に共通魔法語で伝える。


「そちらの増援部隊でカバーできる範囲は?」


「みくびらないでください新人ババア。この山のふもとは固めました。あとは目撃されない範囲まで追いやっている最中ですが、そちらはリンちゃん次第です」


 蜘蛛女は糸を長く吐き出し、爪の長い両手を光らせながらんでかたどり、周辺の立体地図と誘引されている魔物の配置を示す。


「範囲が広すぎますからね……助かります。わたしはこの山の空中と地中にしぼれるわけですか」


「えっ、地中? あの通信魔法の野郎、地下まで範囲が広いのですか? やっべ、監視はもっと狭める配置にしなければなりませんね……」


 通信魔法も地中では中継する術者や機材がないと、それほど深くはもぐれないはずだった。

 蜘蛛女はせかせかと洞窟外の麓へ向かいながら、不穏なひとりごとも置いていく。


「あんな小声を遠くまで届けられるのも、アーシがばらまくような『中継機の設置』を糸なしでもやらかす能力とか? アーシと同じように魔方陣の構成にまで応用できる可能性とか考えたくないですね……」


 ミラさんも洞窟外へ出て撮影スタッフへ防衛の配置を指示する。

 まぎれこんでいた勇者部隊の副隊長さんは『勇者候補でも稀有けうな素質だ。うまく育てば私も超えうる。しかし不安定な魔力が暴走すれば、最悪では魔物化の危険もありうる』などと悩んでいた。


「私もあの休憩所にはりつきで監視に協力しよう」


「えっ、シャワー室はわたしが……いえ、民間のかたにそこまでは」


「俳優として観衆を制圧できる程度の護身術は身につけている」


「そういうものですか? ではお願いします」


「心得た」


 主演女優の姫騎士エルフ勇者は手近な枝をひろいあげると駆け出す。

 獣人や暴鬼などのスタッフも追い抜かし、木々を跳躍ちょうやくして上空へ飛び出した。

 洞窟付近を旋回飛行していた獅子鷲グリフォンは十数メートル前方の同じ高さへ急に飛び出した人影に驚く。


「撮影中につき、関係者以外の立ち入りは禁止である! 飛び入りもだ!」


 副隊長さんの手先から魔力の光が伝わり、つえほどの長さだった枝は物干ものほ竿ざおくらいに急成長した。

 それがぎつけられると電柱じみた長さ太さの光の棍棒こんぼうが飛び出し、野球ボールのようにグリフォンを打ち飛ばす。


「次は斬る! そして血臭を残せぬ都合から焼きつくす! 撮影に協力をお願いしたい!」


 相手になにかを頼む態度としてどうかと思うけど、魔王軍スタッフたちの感覚だと「なんて仕事に真剣でプロ意識の高い女優だ!?」と拍手を贈りたくなるらしい。

 ミラさんは洞窟外で駆け広がりながら困惑していたけど、防衛部隊にはより大きめに広がる指示を出していた。


「ずいぶん頼もしい最終防衛ラインができた……あとは転移儀式の間だけ、騒ぎを休憩所から遠ざけておけたら……」


 背後にひとり、息を乱し、やけに遅い駆け足で追ってくる音が聞こえたのでふりかえって待つ。


「あー、ミラちゃん、わたしは見学でいい? ツアーチケットはないけど」


 クニエさんが制服の上に顔を隠せるフードつきマントを羽織ってニタニタしていた。


「ドアのキーロックをどうやって……サナはどうした?」


「ああそれ、え……べぺぷりぇっ? ……あ……?」


 ミラさんは驚いていたけど、動作はごく自然にクニエさんの頭を両手でわしづかみにして催眠魔法をたたきこむ。


「質問に答え、指示に従え」


「……あ……えっ? 今のミラちゃんがやったの? 目が光っているけど♪」


 効かなかった。クニエさんは頭をおさえてふらふらしながら、まだニタニタと目を合わせていた。


「やっぱりここが異世界でないとか、無理があると思うの♡」


 どんよりとにごった口調と目つきだった。




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