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第5話 ここは異世界じゃないから二度と来ないで勇者様 2


 ミラさんが緊急対処の指揮をとりはじめた同時刻。

 街の近くに停めてあった幌馬車ほろばしゃの中では長身金髪の女性剣士と男の子が着替えていた。


「新兵、におい消しはもっと厚めにっておけ。潜入任務の間は変装の手直しもすきとなる」


「はい! ……副隊長、このメイクに違和感はありませんか?」


 角つきのヘッドバンドを髪に固定した上で、角部分を空けた鉄帽子もかぶり、角の根元と髪の生え際を染料でなじませる。


「魔王国住民の角に一貫した特徴などない。鼻が生えているのと同様に、自然なふるまいを工夫せよ」


 副隊長さんはそう言いながら自分の長くとがった耳へ膏薬こうやくを塗りつけ、指先を光らせると獣人のような耳に化けさせる。

 首筋や手の甲にも獣毛を偽装し、爪も長くとがらせた。


「はい! この任務は、聖王軍のため絶対に……」


「気負いすぎるな。十歳で元世界より来て、勇者候補としての訓練もまだ一年目……この偵察ていさつは慣れさせる程度の意味しかない」


 副隊長さんは淡々と冷徹な表情と動作で『獣人族に合った貴族風のドレス』を整える。

 無骨な機能重視の軽量鎧と軍服を脱ぎ、活動的な肉体美を強調したシルエットと露出で着飾った。


「はい……でも仕事であるからには、なにか成果を……」


「指示に従え。足を引っぱるな。新兵でそれを守りきれるなら、少なくない成果だ」


 表情と口調は厳粛なままで、見た目の華麗さとちぐはぐになっている。

 その目つきが不意にいっそう鋭くなり、御者台ぎょしゃだいへ飛び出した。


「足音が多数……!?」


 新兵くんはあせって短剣に手をかけるけど、副隊長さんに手ぶりで制止される。

 街から住民がたくさん出てきて駆け回っていた。


「警備隊もいるが、民間人のほうが多い……なにごとだ?」


「あの、副隊長、もし潜入がばれたなら、オレも戦いますから……!」


「戦うな。貴様は捕まることを覚悟してでも、絶対に戦うな。それが勇者にふさわしい胆力たんりょくというものだ。やいばの抜きどころを見誤みあやまる臆病者になるな」


 小鬼や獣人などの警備兵たちが副隊長の馬車を指して駆けよっていた。


「そこの行商人! 荷台になにを積んでいる!?」


「毛皮だ。検分してもかまわんが? なんの騒ぎだ?」


「ぜんぶ売ってくれ! 相場の倍は払う! 原料のほうが必要なのに、店の在庫では間に合わない!」


「なにを言っているのだ貴様? 急な仮装舞踏会でもはじまるのか?」


「そんなようなものだが、加工の職人も足りないから手伝ってくれ。運送だけの業者か? 少しはわかるだろ?」


「報酬と内容によるな」


 警備隊の数人は話しているうちに副隊長の顔をじっと見つめるようになる。


「アンタ……いい顔してんな? 表情は硬いが……へへっ、こりゃいいや……なあ?」


 幌荷台の中で新兵くんがふたたび短剣へ手をかけて抜きかけてしまい、副隊長さんはちらっとふりむく。

 警備隊の誰も気づかないようなさりげない一瞬で、背後へ手刀を振っていた。

 素手の指先から半歩は離れているはずの短剣が小さく鳴り、刀身が根元で折られている。


「おい毛皮商人! 今すぐボスに会ってもらおうか!? どうせ今はサタンダン様じきじきの緊急命令で、街は商売どころじゃねえ!」


「ほう? 安売りする気はないが、おもしろそうだ」


 警備隊が先行して街へ駆け、副隊長さんも馬車で追う。



 御者台に出てきた新兵くんは青ざめて落ちこんでいた。


「すみません。副隊長の実力を疑っていたわけではなくて、オレも勇者部隊をめざすひとりとして……」


 副隊長さんはここではじめて、眉間にしわをよせる『表情』を見せた。


「あせりすぎだ。なにを隊長にふきこまれた?」


「いえ、ただ、あの……聖王軍の勇者部隊を目指す一員としての心がまえとか……だけです」


 実際は言葉と思考を縛られていた。


『元世界に帰りたいなら、まず結果を出さないとねえ? その前にどうすれば帰れるかなんて聞かれてもさあ? 聖王軍のお金で暮らせているのに不満があるなら、さっさと国から出ていけばいいと思うよ? もちろん借りたぶんのお金は内臓かなにか売り払って返済してから。まして職業訓練まで受けさせてもらっているくせに、逃げることばかり考えているなんてもう、甘えどころか裏切りでしょ? ほぼ魔王側? 生かしておくほうが危険だと思われるでしょ? ふひゃひゃっ!』


 忠誠心を疑われたら、帰れなくなりそうな恐怖感を植えつけられている。


『だから軽はずみな質問とか、しないほうが身のためだよね?「魔王軍が元世界への帰還を手伝っている」なんてデマに興味あるの? 実際は魔物に改造している証拠なんて、調べればいくらでも出てくるでしょ? ねえ……興味あるの? そう思われていいの? 特に副隊長さんはオレっちより頭が固くてはるかに厳しいから、いろいろ気をつけたほうがいいかもね? 知らんけど」


 四十代の中年男がねちねちと時間をかけて、小学生をおどして黙らせていた。


「あの男の言説は虚偽きょぎ詭弁きべんが多い。思考は道理に沿わねば行動も適切にしようがない。軍規には従え。しかしそれは上官にただ従うのみならず、必要とあらば上官の告発も含まれる」


 新兵くんは涙ぐんで震えはじめてしまい、副隊長さんは気まずそうな表情を少しだけ見せる。


「今なお貴様には成果を挙げるための好機が続いている。この騒ぎはおそらく、転移がらみの事故によるものだろう」


「新しい勇者候補ですか?」


「我々にも想定外だが、魔王軍のほうから招き入れる段取りまでつけてくれた」


「オレはなにをすれば……?」


「なにもするな。私の身になにが起きようと、決してだ。貴様は生きのびて帰還し、報告できれば成果と言える」


 表情も口調も厳格だけど、手は新兵くんの肩をはげまして包む。



 街の入口では数十の警備兵を率いた黒づくめの女の子……ミラさんがツカツカと真正面から迫ってきた。

 ドレス姿の獣人に変装している副隊長さんをじっと見すえ、妖しい微笑から牙を見せ、しまいにはよだれまで流しはじめる。


「まさに理想の素材! あなたなら『エルフの中のエルフ』になれます! どうかお助けくださいませ姫騎士エルフ勇者様~♡」


「貴様はなにを言っているのだ!?」


 副隊長さんがはじめて驚いてあせる表情を見せた。



 商店街にある衣料品店アパレルショップの奥まで副隊長さんは引きずりこまれ、そのままミラさんにドレスを脱がされそうになる。


「待て……『ジッシャトクサツ』とはつまり、舞台演出を凝った演劇のようなものだな? しかしなぜ私ばかり支度を優先される?」


 副隊長さんはつい裁縫鋏さいほうばさみをつかんでミラさんの首へつきつけていたけど、ミラさんも趣味まじりの勢いだったので抗議できない。


「元世界人に演劇だと思わせるには、彼らの見たがっているファンタジー要素が大事なのです。心を操るには、思いたい方向へ思いこませることです」 


 ミラさんが顔だけ美少女の老獪ろうかいな笑みをねっちゃり浮かべ、副隊長さんはますます粛清しゅくせいしたい気持ちが目つきに出てしまう。


「邪悪の手先めが……いや、たしかに私はエルフの血も引いているが、祖父母の代からハーフエルフやクオーターばかりだ。毛をったところで容姿は純血種からほど遠い」


「むしろそれくらいのほうが親しみやすくて市場にどストライクですよ? 必要なのは『それらしさ』であって、古典伝統の妖精像なんて求められていませんから」


「我が始祖しそたる一族を愚弄ぐろうするか貴様!? 堕落だらくせし下賎げせんやからめ!?」


 副隊長さんも新兵くんに説教できるほど潜入任務に向いてない。


「いいですね~え♡ よく雰囲気が出ています♪ でも実際、美形でそれなりの気品と神秘性さえあれば、たれ目で丸顔で巨乳で小柄でも気にされませんから。日本人にほんじんなら特に」


「元世界でもとりわけ悪名高き部族『日本人ニフォンディン』の特化しすぎた異常性癖か……」


「いえあの、日本人ジャパニーズの特徴なんて、ただ好きなものを創ったり応援したりを仕事でもないのに命を捧げる勢いでのめりこむ人口割合が何倍もいるだけで……しっかり異常か……あの、では後はよろしくお願いします!」


 ミラさんは一部のスタッフだけを残し、早足で去ろうとする。


「待て。条件がある。私は化粧けしょうにうるさい。こちらの要望どおり対応しなければ……」


 変装がばれないように、なるべく他者には任せないで、せめて逃げやすくなる条件をつけておく必要があった。


「ぜんぶオッケー! この子をいくらでも好きに使って!」


 メイク道具のスーツケースを抱えていた蜥蜴人リザードマンの女性が肩をたたかれ、きょろきょろと困惑する。


「ミラ様? 急ぎとはいえ、このかたは身元調査もまだで……」


「それこそ時間の無駄でしょう? あなたも容姿を扱う職人なら、肉や内臓ないぞうの声は聞き取れるはず……」


 副隊長さんは何歩か離れていたはずの間合いから不意に首筋をなでられ、ミラさんにふところへへもぐりこまれていた。


「……この『カルタミラ』も伊達に長くは生きていません。見抜けないとでも思いましたか? このきたえられた肉体、声音こわね所作しょさ気骨きこつ……」


 副隊長さんはミラさんから敵意は感じられなかったので様子を見ていた。

 でもミラさんの目つきと手つきには、肉へ分け入り魂までのぞき触ることに慣れたようなおぞましさを感じて背筋がこわばる。


「……目指しているのは女優かダンサーかアイドルか……命がけで『演じる仕事』にとりくんでいるかたでしょう?」


 推測は肝心な部分ではずれていたけど、まさに変装潜入の任務中だった。


「……いずれにせよ、引き受けた責任からは決して逃げない気質の眼差まなざしです」



 ミラさんが去った後、副隊長さんはメイク担当さんから必要なことだけ聞きだし、あとはしばりあげておく。


「えっ!? アタクシを『好きに使う』ってこういうサービス込みというわけでは……うぐむぐうっ!?」


 猿轡さるぐつわもかませてクローゼットへ閉じ込めておいた。


「ミラ……カルタミラとも名乗ったか? 魔王軍の標的リスト上位には載っていない下級幹部のはず。しかしサタンダンにこの規模の指揮を任されるだけはある有望な新顔ということか?」 


 軍の関係者であれば獣人のような運動能力はよく見ることになるし、それに対抗した魔法による機動強化もよく使われている。

 それでも副隊長さんは不意を突かれた。

 実戦であれば首を裂かれていたかもしれない。


「吸血鬼のようだが、魔力もさほど隠しているようには感じなかった……つまり『技術』だ」


 懐へふわりとわき出たように感じられたけど、ミラさんの長い黒髪とスカートは真横になびいて軌道と速度を示していた。

 ふりかえる一瞬の動作に足先だけで、床から数ミリと離れない跳躍をしている。

 音や予備動作も含めて動きに無駄が少なすぎて錯覚さっかくする。

『動きはじめ』を意識できた時には『動き終わり』になっていた。


「老練な武術家さながらの変質者……しかし鋭いのか間が抜けているのか?」


 変装を解き、隠していた武装を確認する。


「いずれにせよ、勇者候補に有望な転移者が来ているならば奪還させてもらう! ……貴様はこの部屋で待機していろ!」


 副隊長さんと入れ替わりに新兵くんが残された。

 でもそこは婦人用の着替え室にしか見えなくて、ひそんでいると気まずい。



 そのころ郊外の街道では、元世界から転移していた学生服の女子がふたり、街へ向かって歩いていた。

 行く手の道端にはドレス姿の女の子がふたり、地図を広げて泣いている。


「あっ……もしかして日本語か中国語、わかりますか? 助けてください。わたしたち、映画のツアーバスに置いていかれたようで……」


 よりわざとらしい『吸血鬼みたいな扮装ふんそう』をしたミラさんとサナさんだった。

 ウソ泣きがうまい。やり口が汚い。




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