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異世界だとばれないように魔王軍を総動員  作者: 平井星人
第二章 四月 春 ともだちできるかな
21/21

第21話 始業式から第二週 2

 放課後になるとミラさんは飛ぶような勢いで病院へ向かった。


「元気だな……あれ? ミラさんはハルちゃんの家、わかるのかな?」


 ケータイもネットも復旧が遅れていて、待ち合わせはどうしようもなく不便だった。


「わたしが言わなくても住所も誕生日も血液型も知ってた!」


「それならだいじょうぶか……いやそれ、だいじょうぶなのか?」


 ラレカさんとランジさんも今日はそそくさと帰ってしまう。


「アタシら今日は叔父貴おじきの手伝いでさー?」


「親がわりで世話になっとる交換条件なー?」


 残念そうに手をふっていた。

 ハルちゃんやヒコさんと遊びたかったらしい。

 後で知ったことでは、ふたりはオレが思ったよりもまじめに急いでいた。



 ラレカさんたちの自宅は町の端で、山を通る国道のトンネルや海岸に近い。

 山の向こうでは騎竜に乗った蜥蜴人リザードマンの大部隊が巡回していたし、海中は騎鮫を操る魚人マーマンの大部隊が警戒している。

 山向こうの小さな砂浜では魔物の死骸が並べられていた。

 大蜘蛛ジャイアントスパイダーのほか、牛くらいに大きな巨大鼠ジャイアントラット巨大蛸ジャイアントオクトパス食人花ジョーズフラワーなどが数匹ずつ。

 リザードマンでも白衣の何人かは魔道情報端末に調査記録をつけ、それが終わった死骸はマーマンたちが海まで引きずりこんで騎鮫に食わせていた。

 ひとりだけ地元消防団の格好をした毛深い中年男は首をかしげる。


「やっぱこれ、外からの侵入じゃねーなー? 元世界人でもやたらと『活力をばらまく魔力』が強い小学生女子の影響か?」


 立ち会っていた若い婦警は死骸の口中までのぞいて細かく調べていた。


「まーねー? でけーのは学校とハルちゃんの自宅まわりに集中しとるし。でも町中でちらほらわいとるから、駆除しきれんのかこれ? ……つうかやっぱ、せっかちに育ってそうな歯だねー?」


「魔法耐性のない自然環境でも、この程度で済むってことじゃねーの?」


「どうかね~? こんな育ちの速さなら、この何倍も数いねーとおかしいってばよ~?」


「見つかってねーのがたくさんいる?」


「それならまだしも、元世界人ちゃんたちが無意識に発生を抑えているとしたら、魔力の方向を変えた時が怖えーわ」


 婦警さんと消防団員はランジさんとラレカさんの姿に気がつく。

 ふたりは人目がないと自動車を追い越したり飛び越えたりして走っていた。


「うーす、叔父貴。オレらまで駆除に必要な感じかー?」


「おー。外周の人手は足りとるが、町中で自然にふるまえるくらいの元世界マニアは補充が遅れとる」


「そんならアタシらの『元世界ガイドブック』シリーズが売れるように販売促進キャンペーンかけよーやー?」


 ランジさんとラレカさんは婦警さんに後を任せて、叔父貴さんと消防団の詰所つめじょへ向かう。



 学校ではオレもチカゲやハルちゃんといっしょに教室を出たころだった。


「ヒコさんが来たら、オレから対戦していい? かなり強そうだから。それまではハルちゃんたちで」


「いいけどわたしもヒコさんにぶちのめされたい! ヤバいゲームガチ勢!」


 ハルちゃんはゲームのうまさはチカとそんなに変わらないのに、ハンデなしの負けも楽しめる性格だった。

 チカは勝ち目がない対戦を嫌がるけど、ハルちゃんはどれだけ食いつけるか、差がどれだけあるかの確認に熱中できる。

 ゲーム中毒者に向いてそうで楽しみだけど、心配でもある。

 そんなことを考えていると、となりのクラスの小学六年生がたかってきた。

 男子と女子が一匹ずつ。


「ようハルネ! オレらも遊びにまぜろや! ゲーム機のぶっこわしあいやろうぜ! ギハハハハハ!」


「チカゲみたいなグズなんてパチンコの的にしかできないけどね! アタシらに撃たれたかったら森へ来なよ! ギヒヒヒヒヒ!」


 まともに話が通じるやつらじゃないけど、小学生を相手にオレが強く言いすぎてもかっこつかないので、同学年のショウくんが出てきてくれると助かる。


「おまえら、ハルちゃんにボールぶつけたのまだあやまってないだろ!? オレの自転車にガムつけたのも、まだ許してないからな!?」


「誤解されたならおわびしまーす! 勝手に誤解してヘイトぶつけてんじゃねえバーカ!」


「うさばらしを続けることで責任をはたしまーす! 自助で身を守れないなら勝手にくたばれバーカ!」


 この二匹は学校より動物園のおりに入れたほうがいい。

 ヒコさんはまだ教室でハヤミ先生となにか話していたから、しかたなくオレが引き離そうと割って入った。

 いきなり二匹にうわばきを踏まれてキレそうになる。

 でも一組の副担任をしている天塚夢代あまづかゆめよさんが出てきてくれた。

 ゆったり女子のユメヨさんはいつも静かに笑っている。


「ブンゴくん、リンゴちゃん、ほどほどにね?」


 ふたりの肩をつかんで、先に下校するようにうながした。


「んだよ……わかったわかったわかったから放せってオイ!?」


「んぎいー!? ぎいいいー!?」


 ブンゴとリンゴはジタバタ騒いでいたけど、ふてくされながらも従った。

 ふたりの服は肩口で裂けていたけど、悪趣味な派手シャツだったのでそういうデザインかと思った。

 この時のオレはまだ、ユメヨさんの握力や腕力を知らなかった。



 ユメヨさんが教室へもどろうとすると、二組から低学年の男子が出てきて呼びとめる。


「すみません。今日もいいですか?」


 小学三年のケンちゃんこと研原順一けんばらじゅんいちくんは厚いメガネをかけていて、服装はよれよれだけど言葉づかいは大人ぶっている。

 ユメヨさんはゆっくりうなずいて「虫捕り?」と確認する。

 小学生が自宅や学校よりも離れた屋外で遊ぶ時は、大人か中学生以上の生徒につきそってもらうように先生から言われていた。


「はい。今日もあのふたりとです」


 小二女子のガニちゃんと小一男子のノキオくんも追ってきていた。

 ガニちゃんこと蟹平佐梨子かにひらさりこちゃんはケンちゃんと家が近いから登下校はいっしょで、虫とか植物とかの採集で趣味が合うらしい。


「今日こそザリガニと対峙せねば! ノキオくんも参戦する!」


 小一男子の五連比軒夫ごれんぴのきおくんはおとなしくて行儀のいい子で、ガニちゃんの弟分みたいについてまわる。

 二組の低学年は三人でよくいっしょに遊んでいたし、高学年のチカ、ハルちゃん、ショウくんとも仲はいい。


 でも中学生のオレとミラさんとユウトはわりとバラバラだった。

 ユウトは『なんでこんなやつらと』みたいな目つきで話しかけにくいし、ミラさんは……なれなれしいのかよそよそしいのか、よくわからなかった。

 オレも人づきあいは苦手なほうだけど。

 でも下駄箱にいたムクさんは意外な驚きかたをする。


「シンヤくん、ラレカさんたちだけでなくヒコさんとも仲いいんだ?」


「え? ムクさんもふつうに話してますよね?」


 二組の高校生は四人とも人見知りをしないから、一学年だけのちがいなんて無いも同然に思えた。


「まあ、そうなんだけど……わたし昔から、自分だけ話しすぎて嫌われること多いし」


 おしゃべりな気はしていた。でも高いコミュ力のほうがうらやましい。


「一組の子はもっと無理そうだし、ユメヨ先輩も意外と……なんだかみんな、わりと距離ありそうな?」


 言われてみると、ムクさんはヒコさん以外の高校生とはほとんど話してなかった気もする。


「高校生同士のほうが、大人っぽい距離感ができるとか?」


「そういうもんかねえ? まあ田舎の学校にありがちな仲間はずれってわけでもなさそうだけど。いちばん地元民に近い田舎者はわたしだし」


「少なくともオレにとっては、二組の高校生はみんな『話しやすい先輩』ですよ? チカゲなんて前は一学年でも上の女子にはビクついていたのに、ムクさんなら話しやすそうだし」


 チカはコクコクうなずいてムクさんに笑顔を見せようとする。がんばれ。


「うんうん、ありがと。ま、二組に入れただけでも大助かりなんだよな~?」


 そう。一組は殺伐さつばつとした連中が多いから、チカゲなんかが入れられたらすぐにも登校拒否になっていたと思う。

 でも後で知ったことだと、一組に多い自称『マホフ郡』の出身者たちはわざと二組の生徒から嫌われていた。

 二組の子供は、一組の生徒がうろついてそうな場所には近づかない。

 ブンゴとリンゴは町の端や魔物の気配がする地域をうろつくように指示されていたし、自分たちの行く先を二組の生徒へわざと聞かせていた。

 ランジさんとラレカさんも、オレが思っていたよりも複雑な立場で学校に通っている。



 消防団員は訓練などの予定もない日なのに、すでに詰所には数人が待っていた。

 みんな骨格が太くて肉づきもよくて、毛深い人が多い。

 見た目は中年以上が多いけど、ランジさんとラレカさんが入ってくると先に敬礼を見せた。


「子供まわりはオレとラレカでぶらつくから任せとけやー。大人の住民はわりと意識の『処理』が安定しとるけど、たくさんおるから手分けして見回り頼むわー」


 叔父貴さんは奥の大きな鏡の側に立ってみんなをにらみつける。


「今日は『巨人魔王』フベルコ様もリモート参加なされる。そそうのないようになー?」


 鏡の中が曇りはじめ、石造りの神殿に寝転ぶ巨人魔王が映しだされた。

 かぶとがないと重たげな長い髪が広がり、よろいがないと人くらいは押しつぶせそうな胸のふくらみも見える。

 でも筋骨たくましく手足もムキムキと太く、古風な戦士みたいに顔も表情も朴訥無骨で女性には見えにくい。

 巨人魔王が静かに視線をめぐらすだけでランジさんたちは背筋を正して緊張し、無言のうなずきで叔父貴さんの発言が許可される。


「おう、ランジ、ラレカ、それと消防団に潜っとるオメーら。元世界人となれあいすぎちゃいねーだろうな?」


 ランジさんはのっそりと無表情に首をかしげた。


「おもしれーやつらっすよ? でも獣人族やフベルコ様を裏切ってまで守るようなもんでもねー」


 ラレカさんもなにくわぬ顔でうなずく。


「アタシは本気で遊んでますけどねー? そのほうが探れる情報もあるんで」


 鏡の巨人魔王は時おり白い息を見せるだけだった。

 ランジさんとラレカさんはその凝視を受け、さらに言葉を続ける。


「オレらも仲良くしてーとは思いますがね? やつらが元世界へ帰る気も失せるくらいうまく飼えるなら、丸くおさまるだろうし」


「アタシら元世界の文化は好きでも、その世界をつぶしかけとる連中の肩までは持ちたくねーし」


 巨人魔王はようやく静かにうなずいた。



 ランジさんとラレカさんは集会が終わると叔父貴さんたちよりも先に詰所を出る。

 人目がなくなってから、気まずそうに視線を交わした。

 双子の間では、おたがいのついたウソがばれている。


「いいのかよ兄貴?」


「なんも変わらねーさ。オレらは獣人族の信義だけに従う」


 ふたりは無意識に伸びる牙と爪を隠すけど、眼光もギラギラと強まっている。


「それやっぱ、あの子らに期待しすぎじゃね?」


「期待してえだろが。ヤツら次第だけどな」


 ふたりはオレが思ったよりもまじめに急いでいた。


「オレらは元世界人の積み重ねてきた文化にれてここまで来たんだ」


「元世界人が元世界人らしくいられる暮らしだって、文化の一部だもんなあ?」


 通りかかった廃工場に巨大な毒グモの群れが潜んでいる気配をぎつける。

 アイコンタクトもためらいもなく、同時に踏みこんだ。

 素手で解体しつくして返り血まみれになる。

 それくらいなら退屈そうな無表情でこなせるくらい、みんなを守る覚悟はできていた。

 一族への信義も巨人魔王への忠義も通しながら、オレたちと真剣につきあおうとしていた。




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