第20話 始業式から第二週 1
伯母夫婦はおじいちゃんと同じ町に住んでいて、家が大きいから正月には親戚の集合場所になっていた。
オレとチカゲはよく泊めてもらっていたから、他人の家のような違和感は少ない。
伯母さんたちには子供がいなかった。
『伯母さんたちは、急に転がりこんだオレたちを親同然に大事にしてくれている。だから親のように思わないと悪い』
オレとチカゲの『伯母さんたちを気づかう気持ち』『両親について忘れていたい気持ち』にそった誘導で、意識しないように操作されていた。
親を失ったことを忘れているなんて異常すぎるのに、そう自覚しにくい。
でも机の引き出しに隠した包装クッキーを見るたびに増えるメモ書きで、オレへの記憶操作は少しずつ薄れる。
オレのおじいちゃんたちが住んでいた町は田舎だったけど、都心から近い海水浴場だから別荘も多く建てられていた。
でも不況になってゼロ円でも売れない空き家が増えまくったらしい。
実際、通学路は人をほとんど見かけないから、チカゲをひとりで歩かせたくない。
国道ならスーパーとかコンビニとか、この町のめぼしい店もちらほらとあって少しは人目もあるけど、歩道が狭くて工事車両のトラックとかが通るので危ない。
ひとつ奥の道は畑だらけで、途中に神社があるほかは農家らしき家や廃屋ばかり。
畑仕事をしている姿を見かけても年寄りばかりで、あいさつしてもくぐもったうめきのような返事ばかりの人もいて心配になる。
「おはようございまーす」
「ンンンヴヴォ~ウ……」
小さいころにおじいちゃんの友だちから聞けた千葉の方言とは違う。絶対。
動きもギクシャクして鈍いし、気のせいか同じ服を何日も着ているようにも見える。
でもオレはまだ『入れ歯が合ってないのかな?』くらいに思っていた。
耕すついでに樹木をたたき折る腕力はすごかったし、気のせいか早朝から日暮れまで休みなしに働いているようにも見える。
後で知ったことだと、郵便の配達員がこまめに様子を見て防腐剤や消臭剤をかけなおしていたらしい。
ほかのクラスメイトとは通学路がほとんどかぶらない。
チカは残念そうに苦笑いする。
「ショウくんはヒコさんやガニちゃんと通学路で会えるんだって」
小学生はなるべく中高生といっしょに登下校することになっていた。
変質者の心配もあるけど、山ぞいに野犬や猪や四目鹿が増えていて、町中にも出てくるらしい。
「こっちの道もまあ、キジとかイタチには会えるけど」
オレは都市部だといない動物を見かけるとテンションが上がる。
前に住んでいた町は街路樹とか植木くらいしか緑がなかった。
「でも狂犬病とかエキノコックスていう寄生虫がヤバいから、イヌだけじゃなくてネコとかタヌキもさわるなよ?」
「うん……ん? あれ、ヘビ?」
チカがのぞいた森の茂みで落ち葉がうごめいていた。
「アオダイショウかヤマカガシなら心配ないけど……」
アオダイショウは日本の広い地域で最もよく見かけるヘビで、無毒だし臆病だから勝手に逃げてくれる。
ヤマカガシも同じくらい広い地域で有名だったくせに、ほんの何十年か前までは無毒と思われていた。
実際は毒の強さだけならハブやマムシより上らしいけど、無毒と誤解されるくらい臆病で、よほど追いつめないと咬まないらしい。
千葉県で見かけるヘビはほぼその二種類なので、ヘビならそれほど怖いと感じない。
スズメバチのほうがよほど怖い。勝手に死角から近づいて逆ギレしないでほしい。
「……まあ、いくら臆病なヘビでも手負いとかで気が立っている時もあるし」
だからそっと離れておいた。
気のせいかヘビにしてはかなり大きそうだったので、うずくまっている野犬とかイノシシだったら困る。
「ワニガメみたいに輸入されたヤバいペットが野生化していることもあるし」
「温暖化でマムシが引越してきているかも……」
チカゲも後ろ向きな情報に関してはなかなかの記憶力だった。
後で知ったことだと、もしオレが好奇心に負けていたら、イノシシくらいに大きな毒グモの第一発見者になれたらしい。
でも第一犠牲者にされた可能性も高いから、兄貴や上級生としての責任感が勝って助かった。
電柱にとまっていたカラスの背には監視役の小人が隠れていて、すでに魔法で緊急通報を発している。
森の奥から駆けつけていた処理班の姿はまるきりネコだったけど、低空を高速飛行するスパニエル犬に騎乗していたし、細い竹を投げ槍のようにかまえて技名を叫ぶ。
「グルングニャーウ!」
北欧神話に出てくる神槍グングニールとの関連は不明だけど、光りはじめた竹槍からは数本に分かれた枝が射出された。
何メートルか先に潜んでいた大蜘蛛を串刺しに仕留める。
その手際に飛行犬は翼がわりにしていた長いたれ耳でポフポフと拍手を送る。
いっぽうオレとチカゲは背後の森で意外に大きな物音がしたので少し足を速めていた。
「やっぱ野良犬だったか? 離れておいてよかった」
「ネコちゃんが驚いたのかな? 無事だといいけど」
カラスに乗った小人は電柱づたいにオレたちの監視を続けながら、司令部へ報告を送る。
「わいてくる魔物、だんだんでかくなってるかも? ボクらだともうきついよ?」
森の犬妖精は大蜘蛛の死骸を見張りながらつぶやく。
「ナンデ、イヌノセイ?」
そのつむじを猫妖精は舌で毛づくろいしてなだめる。
通学路の安全性はともかくも、オレはチカゲがいっしょに登校したくなるような友だちが増えて安心していた。
チカゲは友だちができにくい性格だし、引越しでその関係もぶったぎられている。
遠い田舎町に来て生徒数も少ない学校だったから、内気なチカがなじめるかは家族みんなの心配だった。
オレもわりと人見知りだったけど、二組は話しやすいクラスメイトが多くて居心地がいい。
女子や年の差のあるつきあいも新鮮だったし、ゲームについて製作部分まで話せる相手もはじめてだった。
「ハルちゃんのお兄さんが置いていったゲームをさわらせてもらったんですけど、古くても妙に中毒性あるのが多くて。たしか前にヒコさんからも聞いた……」
オレは持っているゲームソフトは少ないけど、アクション系とRPGを中心に幅広くリプレイ動画を見ているつもりだった。
でもヒコさんは乙女ゲーまで含めた全ジャンルに手を広げていて、古いソフトには特に詳しい。
「へえ……そのそろえかた、センスよさそうで気になるね?」
「やっぱりそう思います?」
「まあ、ボクは両親の影響で自分世代のゲームにうといけど。家にごちゃごちゃ残されていたやつは半分くらいクソゲーだったし……父さんがマゾくさい悪趣味なんだよな」
ヒコさんは三学年も上だし副担任も兼ねていたから、最初は話しにくかった。
でもゲームの話題からすぐ同族オタとして話しやすくなる。
クラス人数の少なさもあるけど、年齢差のあるつきあいをゴリゴリ広げまくってくれたのはハルちゃんでまちがいない。
「それならヒコさんもウチに来て! お母さんもヒコさんに会いたがってたし」
「うん? ハルちゃんはボクのこと、どう伝えているの?」
「シンヤにいちゃんよりヤバそうなゲームガチ勢!」
「最近はほとんどさわれてないってば。シンヤくらいのころはやりすぎて、リアル人間の頭上に体力メータが見えてたけど」
「ヤバい!」
思った以上にヤバそうな人だった。
なおさらゲームに復帰させてみたくなったので、ハルちゃんと予定を調整しておく。
ただ、オレの隣の席でもだえるミラさんがもっとヤバそうな様子だった。
「血に飢えた吸血鬼みたいな顔しているけどだいじょうぶ?」
「ひひゃげ!? そんなことはないのですよ!?」
「ミラさんともたまには遊べたらいいのだけど……」
「えっ、ええ。わたしもそうできたらうれしいけど、病院の予定が……」
「そう、残念」
同じ女子でもガサツなラレカさんや庶民くさいムクさんに比べるとミラさんは上品で美人すぎて、声かけも妙に気恥ずかしい。
だからさっさと切りあげたけど、なんか今度は心臓に杭でも打たれたような顔で見られている気がする……もしや、もうひと押しを待たれていた?
でも勘ちがいだったら恥ずかしいし、迷惑なしつこさにはなりたくない。
「シンヤくん……わたしも間に合ったら行きたいから。行くから。ね? ね?」
授業がはじまってからミラさんがたまりかねたようにささやいてきたので、何度もうなずいておく。
かみつかれそうな勢いだった。
八重歯が長くて歯ならびがいい。




