第18話 始業式から第一週 2
始業式から数日の休み時間。
二組はハルちゃんが誰でもかまわず声をかけ、ランジさんとラレカさんも見た目よりはつきあいやすいから、わりと早くそれなりにまとまっていた。
でもハルちゃんも一組とはうまくいってない。
「なんかまた、ダメだった~。人数を合わせたほうがいろいろできるのに~」
サッカーやバスケの人数が足りないから。同年代の女子がいたから。運動できそうな先輩がいたから……いろんな理由で飛びこんでは追い返されていた。
女子は小学生でも高学年あたりからグループ間のもめごとが陰湿で巧妙になってくる。
明るく社交的に演じているだけの女子ならともかく、ハルちゃんみたいな天然の突撃魔はだんだんウザがられて追いつめられがちだ。
……なんてオレはわかったようなつもりになっていたけど、一組十三名の実態はもっと異常だった。
「タカラちゃんはそっけないし、ミタライちゃんはニコニコしているだけ。コノミさんは恥ずかしがり? ネルさんはなにか困らせているような……?」
小学三年の耳筑宝ちゃんはあいさつのほかに短く「うるさい」「知らない」「ほっとけ」と返してくれることもあるので、まだまともなほう。
小学四年の御手洗花子ちゃんは薄ら笑いで見つめてくるだけで、あとはたまに含み笑いとか。
中学二年の具浦口飲さんはオレも同学年だしミラさんとも友だちらしいから話しかけてみたことがある……あいさつを返してくれた直後、首をグリッと真横に向けられ、それきり無視された。
高校一年の花茨根流さんは同学年のムクさんが話してみたらしいけど「さあ?」「どうだろね?」「答えたくないかも?」みたいにニヤニヤとはぐらかされるだけだった。
「初対面からバカにされている感じがすごかったけどな~?」
ムクさんは思い出しただけでも顔をしかめて、オレも大きくうなずく。
「というかハルちゃんは、いい感じに受け取りすぎでは? あまり無理しないほうが」
一組で中学以上の男子五名は見た目だけで怖いのでオレでも話しかけたくない。
「でも竜二さんと勇吉さんもあいさつにはうなずき返してくれるし……まだ日本のノリに慣れてないだけ?」
一番やばそうな高校三年のマッチョ二人組へすでに話しかけていた。
ひとりは2メートルを軽く超えてそうだし、ふたりとも顔が濃すぎて学ランの違和感がすさまじい。
小学六年のショウくんはぶんぶん首をふって否定する。
「少なくとも小学生の五人は去年からいたから」
ショウくんは生徒でも唯一の地元出身だった。
一組の小学生五人とランジさんとラレカさん、それとヒコさんとミラさんは半年前から住んでいたらしい。
「一組のやつらは仲良くする気とかないって。……ですよね!?」
ショウくんから視線を向けられたラレカさんは苦笑いして、ランジさんのほうへ助けを求める。
「アタシと兄貴はマンガとかゲームから特別に日本が好きだったこともあるけど……なー?」
「古い世代だと、日本政府を嫌っとる日系人も多いからなー?」
ランジさんは退屈そうにつぶやいてから、めんどくさそうに苦笑いした。
「ま、元からの相性もあるだろ? 一組のやつらとなにかありそうなら、オレかヒコに言ってくれりゃ間に入るぞー?」
ヒコさんも困ったような笑顔でうなずいたけど、チカゲは一組の話題だけで表情が暗くなっていた。
いつのまにかチカゲの隣にいることが多いミラさんはそっと髪をなでて微笑む。
「チカちゃんを困らせる人がいたら、わたしが息の根を止めておくからね?」
じょうだんでも妹が怖がる言いかたはやめてほしい。
というか、じょうだんかどうかもわかりにくい目つきだ。
あと性格の悪いやつらはたいてい『しかる人』の見てない時にしかけてくる。
この日も高校生がまとめて呼び出されて、ミラさんが病院で早退したタイミングに一組でも最悪のふたりがやってきた。
「ようハルネ! 気が変わったぜ! 土下座しないでもドッジボールにつきあってやろうじゃねえか!? ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「アタシらが来てやったのに、チカゲやショウが逃げるなんてないよねえ!? ボールを顔面にぶつけあおうよ~お!? ギヒヒヒヒヒ!」
生まれつきの顔のことは悪く言いたくないけど、こいつらは表情から小学生ばなれしてオッサンじみていた。
小鬼木文吾と小鬼山林檎はショウくんと同じ六年生だけど、ショウくんとは最も仲が悪い。
というか誰からも嫌われる性格の悪さだ。
怖がりなチカゲが一組には寄りつかない一番の原因でもある。
オレは嫌な予感しかしなくて、つい口出しする。
「あんな風に言われてまで一組といっしょでなくてもよくない?」
「うっせーよシンヤ先輩、すっこんでもらえますう!? ハルネのほうからオレサマを誘ったんだからよう!?」
ブンゴがさっそくチンピラ中年みたいにすごんでくる。
ハルちゃん、なんでこんなやつらにまで声をかけた?
「チーム分けは?」
「ハルちゃん、なんでやる気になれるの……?」
二組は小学生の六人全員と、中学二年のオレ。
一組は小学生の五人全員と、中学一年男子ふたり。
オレは低学年の子とかチカゲを外野へ出した上で『年下にはワンバウンドさせてから当てないと無効』というルールまで約束させたけど……ぜんぶ無駄だった。
一組メンバーの運動力がやけにすごかったこともあるけど、ブンゴとリンゴはドッジボールをやるつもりなんか無かった。
「はい年下セーフ! まだ逃げられねえぞお!?」
わざとバウンドさせないで年下へ当てまくる。
「ストップ! ゲーム中止! ……保健室へ!」
オレがボールをひったくって止めた時にはチカゲをかばったハルちゃんが二度もぶつけられていた。
「ルールを守る気もない一組とはもうドッジボールをできないよ?」
オレは相手が小学生でもぶんなぐりたい気持ちをこらえて警告したのに、ブンゴとリンゴはオレを蹴りつけてきた。
まるで話が通じないと確認できたので、泣いているチカゲとケガをしているハルちゃんのほうを心配する。
オレはハルちゃんの無謀にあらためてあきれていたけど、意外なことにハルちゃんは泣くどころか、じっとブンゴをにらんでいた。
「まだ日本に来て半年しか経ってないから……ブンゴくんたちも、わたしたちのことが怖いのかと思ったの」
オレにはまるで予想外の発想だった。
「まだそんなに怖い?」
ハルちゃんが笑ってそう言った一瞬、一組のニヤニヤ連中がはじめて真顔を見せた。
驚いたのか、怒ったのか、怖がったのか……本音を隠す余裕を失っていた。
「そんな、わけねーだろがよ!? だれがっ、おめーみてーなクソガキ!?」
「はいはい。だったら今度はルールくらい守れる?」
ハルちゃんは顔のすり傷から血をにじませたまま、ニヤニヤしはじめる。
「ぐっ!? くお……てめこの、味なまねを!? いやっ、てめーなんかもう、誰が相手にするかよ!?」
ハルちゃんはチカゲを支え起こして保健室へ向かいながら、まだニヤニヤとつぶやいた。
「ちぇー。弱虫」
「グギキィーッ!? てめこのっ!? バーカバーカ!」
最悪すぎる出来事だったのに、オレは思わず笑ってしまった。
ハルちゃん強い。
保健室でチカゲがどうにか泣きやんで、ハルちゃんも手当てをしてもらう。
つきそっていたオレやショウくんたちも出た時に、なぜかすれちがいにブンゴとリンゴが運びこまれた。
「ふざけんなオイ!? あんなの二組のほうが反則だろがあ!?」
なんのことかはわからなかったけど、なぜかドッジボールは続けられていたらしい。
ランジさんとラレカさんが乱入したなら、小学生が相手でもおとなげないことやりそうかな……とか思ったけど、おびえているチカゲをブンゴたちから遠ざけたかったし、もうオレも話したくなかったので無視しておく。
下校の時になぜか校庭の一部が丸く変色していた理由も特には考えなかった。
考えたとしても『緊急モードに入った機械兵のビーム砲でえぐられたクレーターを埋めた跡』なんて正解はわかるわけがない。
二組で最年少の小学一年生『五連比 軒夫』くんはとても静かでおとなしい子だから、関わりなんか思いつかない。
あとブンゴとリンゴは保健の先生にも態度が最悪で、手当てではなく拷問を受けた。
「オラ早く手当てしろや!? 待たせたわびに全裸でご奉仕しろや!?」
この学校はなぜか養護教諭まで『背が高くてスタイルのいい若い女性』だった。
でもルセリ先生やハヤミ先生とは雰囲気がだいぶちがう。
いつもけだるそうにほほえんでいた。
「保健室では静かにお願いしますねー? オッサン♪」
両手でふたりの腹を一瞬に殴りつけ、寝ていたベッドの鉄パイプをゆがませる。
「ごぶっ!?」「ぶぐっ!?」
「おっと、リンゴさんのほうはオバサンか。でもさすがは最前線に出てくる精鋭だけあって、ザコ種族でもがんじょうねー? 一発じゃおなかに穴を空けられないか」
「おごっ……? ぐげ……てめ……負け犬の、くせに……!?」
「え~? なにそれ? 歴史認識がゆがんでない? 勇者部隊が負け犬なら、なんで最重要の実験場に堂々と参加できているの~?」
今度はふたりの頭へ手をかざすと、瞬時にふたりの目は焦点が合わなくなって「やめ……助け……許し……」みたいにうわごとみたいなうめきしか出せなくなる。
青ざめて震えるだけで身動きもできなくなった。
「立場をわきまえないで『わたしたちの勇者候補ちゃん』にケガを負わせたのはブンゴさんたちのほうですからね~? ルセリ先生あたりがこの魔力発動を嗅ぎつけて助けに来るまで、正気を残していられるかな~? いられるといいね~? わたしはどっちでもいいや~♪」
養護教諭の『巴厳邦枝』先生も美人なはずだけど、なぜかオレは会いたいと思えなかったし、チカゲもなんとなく苦手で怖かったらしい。
「たかが悪魔王ごときの手先なら、態度には気をつけてね♡」




