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異世界だとばれないように魔王軍を総動員  作者: 平井星人
第二章 四月 春 ともだちできるかな
17/21

第17話 始業式から第一週 1


 始業式から数日。

 みんなも最初は小中学生から高校生までいっしょの授業にとまどっていた。

 でも個別学習塾の形式でひとりずつ対応してもらえるので、オレはむしろ英語や数学への苦手意識がだいぶ薄れる。

 妹のチカゲは「先生からの逃げ場がない」とかボヤいていたけど。

 それでも同学年にハルちゃんがいるから、いつもいっしょに教えてもらえるだけ運がいい。

 クラスの半分くらいの生徒は同学年がいなくて一人きりだし、オレは同学年のミラさんが勉強家すぎてつらい。


「民主主義の根幹となる個々の人権は自由な批判と議論によって支えられ、それをつなぐ報道、その元となる表現の自由も必須の前提となり、政治批判に限らない創作表現、娯楽表現、性表現、百合表現、GL表現なども憲法に定められた国民の責務にあたります!」


 あとミラさんは趣味の読書や映画鑑賞とかに関わることだと熱くなりすぎるのか、時々なにを言っているのかよくわからない。

 ハヤミ先生も『民主主義に必要なもの』を聞いただけなのでとまどっていた。


「えーと、性表現とかは関係……なくもないのかな……あの、とりあえず表現の自由はたしかに、大事なものですね?」


 無難そうなごまかしたかたで流すあたり、大人としての賢さなのかズルさなのか。

 ともかくも個別授業は先生のほうが大変そうだった。

 バラバラすぎる学年の全教科を無茶な少なさの人員で分担している。

 それでも二組は新卒のハヤミ先生に合わせて『指導しやすい生徒』が集められているらしい。


「一組の都森ともり先生は教えられる教科がとんでもなく広いから。わたしも資格はなるべく広くとっておいたけども……」


 ルセリ先生こと都森留世里ともりるせり先生は人材としてはすごいらしいけど、口調はかなりクセがある。


「貴様らは都度つど、所属国家や部族や実年齢をたださねばよしみつむげんのか? うわべでゆらぐ縁脈えんみゃくごときにどれほどの信義を宿せるつもりか!?」


 海外の血筋とか長い海外生活とかいうレベルの文化の差とは思えない時も多い。


「変わってますよね……?」


 オレは二組副担任のヒコさんへ遠まわしに『あの人が教師なんてだいじょうぶ?』と聞いたつもりだった。


「そうだね。あんなに全力で答えてくれる先生、珍しいかも」


 いつも以上にほんわかした笑顔を返される。

 ものは言いようだ。マゾかなヒコさん?



 ハヤミ先生は国語と社会科、ルセリ先生は数学と理科を中心に担当して、校長先生が手伝いに来る授業も多い。

 上級生も手が空くと下級生の授業を手伝う。

 あと遊び相手も少ないから、ものすごい年の差でからまれる。特にハルちゃん。


「シンヤにいちゃん、ドッジボールやろう! 本気で! 五回先取で勝ち!」


「年下女子を相手に本気を出せるわけないだろ。あとオレ、格闘技は嫌い。飛び道具を使った格闘技はもっと嫌い」


「えっ、じゃあ投げられてうれしい武器で……チカちゃん飛ばす?」


 ハルちゃんは素直で悪気はないし、そのひとつ上の男子も悪いやつじゃない。


「いやハルちゃん、シンヤさんをこまらせんなよ! 運動オンチを無理に誘っちゃだめなんだって! 弱虫でもできる遊びならチカちゃんも人間として参加できるだろ!?」


 小学六年の紋場翔六もんばしょうろくはどのクラスにもいそうな運動好きの元気なやつだった。

 ハルちゃんの勢いにもつきあえたし、こういう時におろおろするばかりのチカを気づかってくれる面倒見めんどうみのよさもある。

 オレの苦手なタイプだけど。

 ガンガン前に出る性格のまま中学高校と体格や態度がでかくなっていくやつとか、すげえ近寄りたくない。

 そのわりに、オレはショウくんをそれほどウザいとは感じていない自分自身が意外だった。


「おいショウくん『運動オンチ』だの『弱虫』じゃなくて『おとなしい』みたいに言えってコラ」


「さーせーん! ……紳士淑女しんししゅくじょとか?」


 このクラスだと自然に年下のめんどうを見ることも多いから、オレも少し大人になってきたのかと思う。

 あるいは、このクラスだと気をつかってくれる年上が多いから、オレも余裕を持てるだけか?

 あとは避難者が多かったから、支えあう意識は最初から強かったかも。

 ショウくんとハルちゃんだって、さらに年下の低学年三人のめんどうはよく見ている。チカはわりと腰がひけ気味だったけど。


 オレより一学年下の沙賀木裕斗さがきゆうとだけは少し浮き気味で、ハヤミ先生も心配している。

 二組の生徒ではひとりだけ、はっきりと進学校志望だった。

 ユウトは避難で中学受験がだめになった上、じゅくにも通えない状態でいつもピリピリしている。

 ネットまでつながらないのに、問題集さえろくに届かないままで気の毒だった。

 オレなんかは平均前後の高校へ進学できればいいと思っていたから、だいぶ気楽……このころはまだ、そんな風に思っていた。

 あちこちの復興は何ヶ月もしないで落ち着くだろうし、遅くても高校受験の前には元の町へ帰れる……そんなつもりでいた。



 変わった学校だったけど、オレは前の学校でも友達と呼びたいほど仲のいい同級生はいなかった。

 むしろ、からまれるとウザいめんどうなやつが多かった。

 ヒコさんやムクさんのほうが、年上でもよほど友達らしく話しやすい。


「シンヤもゲーム作ってたんだ? ボクはいろいろ半端な出来で投げちゃったけど」


「オレはヒコさんほどくわしくないし、無料でひろえるものを組み合わせようとしていたら、ネットが死んで終わりました」


「わたしのお父さんなら少しわかるかも? 学生時代の同人ギャルゲーシューティングやらされたことある」


「えっ、どんなの? ボクはシューティングというだけで製作かなり苦戦したし、それとギャルゲーからませて完成できるなんて、かなりのガチ勢かも?」


 たまに『同じ学年ならよかったのに』とも思ったけど、年上と仲良くなれてうれしい気もした。

 ランジさんとラレカさんはときどき、からみかたがウザいけど。


「おーシンヤ。エロ本とか持ってそうなやつ知らんかー? ネットつながらんし、紙しかねーだろ? どーしてんだよ?」


「あーそれアタシも気になっとるやつ。データ交換とかできるの? しとる?」


 それでもオレが前の学校ではわりと話していた連中くらいのめんどうさかも。

 あといろいろだらしないから、オレが年下ということまで忘れてそうな気楽さもある。


「いえあの、今は授業中なんで」


「やっぱ授業中なら先生に聞いたほうがいいかー? そんじゃ……」


「やめて」


 ランジさんはじょうだんみたいなことを本気で言ってそうな時が多くて怖い。

 オレは授業が終わったら貸すつもりだったマンガ本を渡しておとなしくさせた。

 ふたりとも前の学校では高校の授業単位をかなりとっていたらしくて、ルセリ先生が出す課題のほかは受ける授業が少ない。

 ラレカさんもずっと携帯ゲームばかりしていた。


「ねーねーシンヤ。これ、やったことある? どこまでいった? ……へー? ここはどーよ?」


 好意的というほどではないけど、わりとなれなれしく話しかけてくる。

 去年までクラスの女子と会話なんてできなかったオレは『話しかけてくれる上級生女子』の隣になれて、少し運がいい気もしてきた。

 ただどうしても胸元が気になってしまうし、本人にもばれている様子で恥ずかしい。


「んー? いっそ半日くらいガン見しとけば見飽きるんじゃね?」


 などと本人が平然と言って、その兄貴までぞんざいにうなずいて、いろいろと雑だろこの兄妹。


「いえ、たてまえだけでも守ったほうがよさそうなプライドもあるので」


 見かねたハヤミ先生が最後列へ来てしまう。


蘭礼香らんれいかさんも蘭次郎らんじろうくんも、授業中はせめて参考書かなにかを……」


「えー? これアタシらのレベルに合わせた一番の教材ですよー?」


 バカにするつもりはなくて、わりとまじめに言っているらしい。

 オレたち二組の生徒はほとんどが国内の避難者だったけど、ランジさんとラレカさんのほか、一組の生徒は国外の出身が多い。

 この町の姉妹都市がイタリア北部にあるマホフ郡の田舎町とかで、復興支援をきっかけに交流が深まったらしい。


「そこまでおおらかなのって、やっぱりイタリア気質なの?」


 オレは皮肉をこめたつもりだけど、ランジさんはマンガ本のカバー下にあるオマケ絵に目をこらしながらぼんやりと答える。


「オレらは日本人の多い区画で育ったし、むしろイタリア語のほうが片言だなー? あと地元づきあいからマホフ語で言い合うこともあるかー?」


 イタリア半島はローマ帝国の中心地として古くから多くの民族が混じり合い、マホフ郡は特に多様な少数民族も共生して独特の文化を残している地域らしい。

 それらのほとんどはマホフ郡こと魔王軍のでっちあげたウソ設定だなんて、このころのオレは少しも疑えなかった。

 うっかり誰かが『魔王軍』とか『魔法』とかを口にしてもごまかしやすくするためだけに『マホフ』なんて架空の地名を捏造ねつぞうするなんて……

 安直すぎる手口にまんまとだまされ、海外の風習を大まじめに考察していたオレの時間と純真な心を返してほしい。


「ネットもろくに使えん山奥からやっと出られたのによー? アタシもまさか、日本に来てまで同じような環境なんてなー?」


 ランジさんとラレカさんはすごくだらしないのに、ウソはうまかったかもしれない。

 オレは自分が持っていた少し古いマンガやゲームをいろいろと貸し続けていた。

 ふたりが熱中してくれる姿はなぜだか楽しかった。

 オレがそう感じてしまうような精鋭を魔王軍の全部隊から選りすぐって配置しておいた人でなしのクソ野郎は『悪魔王』と呼ばれている。




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