第16話 エイプリルフール始業式
オレを子供にもどれなくさせた会話がある。
「年齢よりも肝心な、大人と子供のちがいは?」
外見も中身も大人の高校生もいるし、中身が子供すぎる中年もいる。
「ヒント。みんなで暮らしていくための最低限のルールをやぶる……つまり犯罪をした場合にも、未成年はたいてい刑務所に入らなくていい」
「責任をとらなくていい……責任をとれない?」
「そういうこと。小学生だろうと、年下の子を守ろうとする責任感のぶんは大人なんだよ」
妹のめんどうをみてきたつもりだったオレにはうれしい言葉だった。
でもこのあとに聞いた言葉はオレを縛り続ける。
「だから、どれだけ年上でも……責任をとれないなら、子供を守ろうとしないやつらなんか、大人と思わなくていい」
オレは妹だけでなく、すべての年下へ対して『頼れる年上』みたいにかっこつけたくなっていた。
そうできないことを恥ずかしいとさえ思えない子供のままでいられたら、ずいぶん気楽だったのに。
そんな会話よりも少し前。
オレは中学二年になる直前の春休みに、両親や妹と千葉の田舎へ引っ越すことになった。
「あちこち区画整理していたらしいけど……」
おじいちゃんたちが生きていたころはよく遊びに来ていたのに、いろいろ新しくなっていたせいか、別の町へ来てしまったような感じがする。
その数日後が始業式だった。
すでに小学校までつぶれている過疎ぶりだったけど、今年から二十六人の生徒を受け入れるための学校が開設されたばかり。
式場の体育館へ入ると、異様な生徒たちが座っていた。
学ランは着ているけど顔の彫りが深すぎるマッチョたちとか、セーラー服は着ているけど顔や化粧が濃いのか人形じみた女子たちとか。
だらしなく制服を着くずしてギラギラと鋭い視線を向けてくる双子らしき兄妹もいた。
オレは妹のチカゲにかっこ悪い姿は見せたくないけど、からまれたらやばそうなので視線をそらしておく。
「ど田舎でもとっくに絶滅したはずの不良を保護区で養殖でもしてるのか?」
千葉の田舎のはずだった。この時はまだそう思っていた。
チカゲと同年代の女子もいて、こちらに気がつくと走ってくる。
「はじめまして! 何年? わたし五年! 波浜晴音!」
ハルちゃんは初対面からグイグイ来た。
「あの、同じ、五年……」
チカは内気なので、ハルちゃんみたいな子がいてよかった。
「オレは中二。風山真夜……と、こっちは妹の千影。よろしく」
さっきまでハルちゃんと話していた女子も近づいてくる。
「どうも。今年から高校生の岬椋です。近場の出身はわたしだけ? なにやら、やたら個性的な面々だけど……?」
そう言うムクさん自身はごく普通の女子に見えて、オレはとても落ち着く。
生徒は千葉県の出身が多いけど、東京、埼玉、茨城、神奈川のほかに海外からも来ているらしい。
オレとチカは千葉でも東京に近い端で、下手な二十三区内よりも都心へ早く出られる町に住んでいた。
ムクさんは逆に、東京と往復すれば半日つぶれる『千葉の最果て』に住んでいたという。
ハルちゃんは千葉あつかいされるような東京の端に住んでいたという。
「チカちゃんの家、すごい近いね!? 自転車で遊びに行ける!」
「うん……でも被害がひどくて、もう取り壊したけど」
「うちも全壊! こっちにおばあちゃんの暮らしていた空き家があったから引っ越してきたの! つぶれてたけど!」
よく似た状況だったけど、落ちこむチカと、自慢げに笑うハルちゃん。
「わたしも不幸自慢なら負けないぞ~。って、ほんと、いつ帰れるんだろね?」
ムクさんは口に出してしまったあとで、まずい発言だったと気がつく。
「いやごめん。年上のわたしが暗くさせてどうすんだ……前向きに考えよ?」
「前向き!」
ハルちゃんは復唱するまでもなく明るい。
ムクさんもほっとした様子でうなずく。
「うん。どうせ暮らすなら、復興まで長びいても楽しくなるように」
オレはふと『本当に帰れるのかな?』と思ったけど、もちろん言わないでおく。
みんなの地元をめちゃくちゃにした『大変な出来事』については難しいことや思い出したくないことがいろいろありすぎて、オレも長いこと頭を整理できないままだ。
壁ぎわには保護者といっしょに低学年らしき子たちがいた。
みんな心細い様子だったので、ハルちゃんをけしかけてみる。
「あっちの子たちとも話してみようか?」
オレも人づきあいは苦手なほうだ。
でもこの場では『かなり年上』になってしまうので、兄妹そろってハルちゃんを頼りにがんばってみる。
開会時間が近づくと、入口で受付をしていた高校生ぽい男子と女子がやってきた。
「そろそろ席に着いてね」
のんびり笑う高校生男子は壇上でもマイクの確認とかを手伝う。
入口にいた地味な高校生女子は静かに司会役も担当していた。
校長先生は背が低いけど太くて頑丈そうでヒゲが長くて、渋味を凝縮したような顔だちをしている。
定型文みたいな式辞を短く簡潔に切り上げた。
その次に紹介された気弱そうなおじさんは現市長らしいけど、小柄でやせていて、うつろな目に暗い薄笑いをひきつらせていた。
「ええまあ、市長選に通ったわけでもない代理の代理ですからね? ほら副市長さんまで、ねえ? ええ、まさか退職間近の部長職に、いきなりこんな役をまわされてもねえ? あー、それなりにやれることは努力してきたつもりですが……みなさんもなんというか、はい、ほどほどにといいますか……」
よくわからない祝辞はいつの間にか終わっていたけど、次の来賓で記憶をふっとばされる。
大物の資産家や暴力団が乗るような胴の長い高級車が体育館へ乗りこんで来た。
白い車体は下半分が黒いし『ごきげん千葉県警察』とも書かれている。
天井部には金ピカスーツの中年男が赤ランプを枕に寝そべっていた。
よく日焼けした巨体マッチョはむっくり起き上がるとボンネットへ立ち、警察手帳を開いて吠える。
「いよーう!? よく来たじゃねえかガキども!? オレ様がこの縄張で最大最強の暴力組織ポリ公サマを仕切っている親玉、佐丹段だぜえ!?」
たしか署長と紹介されていたし、それらしい胸章と金紐肩章もつけているけど、オールバックのいかついヒゲづらとふてぶてしい笑顔は凶悪犯にしか見えない。
背中から取り出した散弾銃を二丁持ちで乱射しはじめるし。
「姓は佐丹! 名は段! 愛称で『ダンディー』と呼んでくれてかまわねえ! よろしくしてくれやあああ!?」
みんな発砲音で度肝を抜かれていたけど、体育館いっぱいに紅白の紙吹雪がばらまかれると少しだけ安心した表情を見せる。
ムクさんは「なんだオモチャか」とつぶやいていた。
でもオレはゲームとかで軍事愛好家の雑学を少しかじっていたから『紙吹雪でも、この量と範囲にばらまけるなんて、実銃とガチ弾薬の火力では?』という疑問がわく。
とはいえまだ『千葉県も奥地の秘境になると公務員まで野生化するのかな?』くらいに考えていた。
「実力行使はオレらに任せて、学徒の諸君は勉学と青春に励むとしようぜえ!? 親御さんがたもどっぷり生涯勉学、生涯青春といこうやあ!? 以上! 愛してるぜ~え!? イエエエエ~イ!」
ボンネットに立ったまま、胴長パトカーを急バックさせて退場してしまう。
去りぎわには両手でくどい投げキッスまで飛ばす。
花火みたいな硝煙くささが充満しきった会場で、司会の女子高生はなにごともなかったかのように教員の紹介をはじめた。
みんなも反応に困っているのか、やけにおとなしい。
誰かにツッコミをいれてほしいけど、オレだって嫌だ。
担任は二つのクラスとも若い女性だったけど、先にあいさつした背の高い先生はずっと怒っているような顔をしていた。
「本校の教頭、および一組の担任も兼ねる都森留世里である。直近まで国外に駐在していた身ゆえ、いささかの不慣れもあろう。しかし貴様らの性根を磨きぬくに尽力は惜しまぬ。覚悟せよ」
小学生もいるのにキツすぎだろ。
ルセリ先生は初対面から気合がおかしかった。二組の担任は普通。
その後にクラス分けされて教室へ向かうと、オレもチカもハルちゃんもムクさんもみんな二組だったので、ほっとしていた。
二組の先生も放心したような顔で入ってくる。
「いろいろ……いろいろ『個性的』ですよね。この学校……わたしも新卒なんで、もう少し手加減してほしかった……」
やや気の毒だった。
でも二組の教室には目立って『個性的』な生徒はほとんどいなかったので、先生もほっとした顔でメガネを整える。
「二組の担任になる早未章乃です」
それと始業式でも紹介されていたけど、のんびり笑顔の男子高校生は最後列よりさらに後ろの席に一人で座っていて、ハヤミ先生に呼ばれると教壇へ向かう。
「高校二年で、二組の副担任も兼ねる鈴林彦之です」
小中学生と同じ教室に高校生がいるだけでも妙なのに、生徒が教職員も兼ねている学校なんて、オレも少し前なら想像もできなかった。
どこも復興で大変そうだったから、テレビやネットでしつこく流されていた『今だけはみんなでがんばろう』みたいな言葉を真に受けていた。
だまされたままでいられたら気楽だったのに。
ヒコさんはおっとりしていて悪い人ではなさそうだったけど、教員までやれるような優等生にも見えなかった。
「今日はじめて顔を合わせた人たちも多いと思うけど、見てのとおり年の差がけっこうあるから、そんな違いも楽しめたらいいよね。じゃあ自己紹介を……」
ヒコさんの手ぶりで最後列のふたりがのっそりと立ち上がる。
「ランジとラレカは見た目より話しやすいから……でもその乱暴な胸元はもっとしまって」
「アタシもこの制服は気に入っとるけどなー? きっちり着すぎると苦しくね?」
中学生以上は学ランとセーラー服だったけど、ふたりとも胸を大きくはだけすぎていた。
ふたりは二組でも目だって『個性的』で、どちらも背が高くて肉づきがよくて爆乳や大胸筋が目立ちすぎている。
「みんなよろしくなー? 吠崎蘭礼香だけどラレカでええよー。こいつは双子の兄貴なー?」
「吠崎蘭次郎だー。ランジでかまわんぞー。オレらはヒコと同学年なー?」
口調はだらしないけど、威圧するような態度は見せなかった。
そしてラレカさんはオレのすぐ左隣で、つい胸元が気になってしまう。
続いて指名されたオレは無難に学年、名前、出身、それと前の学校での部活だけ言って、さらに気になる右隣の自己紹介を待った。
ヒコさん以外の座席は四席ずつ三列に並んでいる。
最後列の壁際に座っている女子はラレカさんとは対照的にほっそりとしていて、白すぎる肌を手袋やタートルネックで隠していた。
「中学二年の歌留多美羅です。肌が日差しに弱い体質で、病院通いの欠席も多くなりそうですが……どうぞ仲良くしてくださいね?」
同学年のミラさんはかなりの美人だったけど、なぜかオレは隣の席でもうれしいと感じなかった。
プリントの配布にまぎれて、そっとささやかれる。
「シンヤくん、よろしくね? この学校、どう?」
挑発的な微笑は名作映画に出てきそうな芸術品だったけど、見とれてしまう気持ちと同じくらい、なぜか『逃げたほうがいい』とも感じた。
そしてふと、ミラさんの口元についている汚れに気がついてしまう。
「そこ、血がついてる?」
「……えあっ!? ちょ待っ……!?」
病弱令嬢ぽさの完成度は高いのに、ややもろい。
あわただしく指をなめて、口元をぬぐって、その指をしゃぶるまでの動作も品性としてどうかと思う。
もっと怪しいのはすがるような表情と、かすかに聞こえてしまったつぶやき。
「わたしのごちそう……!」
肌の体質のほかにも、なにか深刻な病気を抱えてないか?




