第15話 四月末 帰れたら遠足 6
オレの視線を読まれたらしくて、ミラさんはビクビクと目を泳がせた。
「あの……ね? シンヤくん……?」
イベント会場まで強引に連れて来た時のランジさんもだけど、なぜかおびえているように見える。
しかもなんで、さびしそうな表情をしているのか?
怪しすぎるのに、悪意があるようにも思えないからつらい。
でもオレはこの遠足で『ふたつの確信』を深めていた。
ひとつは規模。
自分が考えていた最悪の想定よりも、ずっと大きそうだった。
もしオレたちの『血』とか『肉体』が目的なら、来る途中か到着の直後が危ないと思っていた。
バス移動ならまとめてどうにかしやすいから、最悪では事故に見せかけて『家には帰れない、遠足のふりをした別イベント』という覚悟もしていたのに。
でも『不自然さ』は学校関係者だけではなく、このテーマパーク全体にも広がっている。
オレはそっと座りなおす。
「あれ……? え?」
「まだクマさん残っているから。すぐ出ていくのは失礼かなって……」
オレひとりで真相を警察や報道へばらそうとしても、たぶんつぶされるだけ。
「そ、そう! ね!? 括約筋がんばって!」
「別にトイレはがまんしてない」
もうひとつの確信は、そんなに大きい組織ならオレたちなんかいつでも好き勝手にできそうなのに『この状態の維持を望んでいる』ということ。
目的はわからないけど『監視をつけてだましながら手元に置き続ける』なんて必要性は、人質か臓器売買か実験体か……いつ、なにをされるかもわからない。
でもふたつの確信から考えると、今は抵抗しても無駄だし、知らないふりをしていたほうがいい。
オレの動きに感づかれてきた気もするから、もし命乞いが必要になった時でも『気づいていたけど協力していた安全な臆病者』とアピールできるかもしれない。
妹たちになにか起きた時にオレだけ家にいたらみじめすぎると思ったから探りに入る決心をしたけど、チカゲたちさえ帰れそうなら、今はそれだけでもいい。
結局、オレにできることはほんの少しだけ。
絶望ばかりだけど、あきらめるという選択肢はない。
チカゲがいるし、ハルちゃんやガニちゃんもいる。オレが守らないと。
みんなより年上だから。
次にやれることしか考えないようにする。
確信は持てないけど、ミラさんたちはオレたちを『守りたがっている』とも感じた。
その気持ちだって目的次第で、いつか無くなるかもしれないけど……その範囲だけでも利用できるかもしれない。
クマさんは退場前になぜかバク転に挑戦して失敗していた。痛々しい。
結局、クマさんの後頭部になぜかめりこんでいた金貨の説明もないままだった。
帰りのバスへ乗ると、すでに最後部席にはルセリ先生がどっしりと腕組みしていた。
「運転手は急病で入院した」
「えっ……ええっ?」
ハヤミ先生は突発事態にごく普通の反応を見せてくれる。
「代わりにボクが」
ハヤミ先生はヒコさんが見せた免許証の『特例事項』を確認して心配そうな顔になる。
「予定どおりに帰れるのは助かるけど……だいじょうぶ?」
「大型はひさしぶりですけど、まあ道はガラガラですし」
ヒコさんは去年までかなりきつい職場で働いていた。
政府の公募に志願したけど、体を壊して続けられなくなったらしい。
髪に隠れているけど、右耳の上半分が欠け、首筋にも大きな傷がある。
この時にもまだ魔王軍スタッフは清掃や補修がすべて間に合っていたわけではなくて、力技で表面だけ維持している場所ばかりで限界が近づいていた。
大破した花畑や生垣は残っている部分を魔法で強引に成長させて埋めている。
折れたヤシの木とかソテツは根元に妖精が埋まり、硬化魔法で接着部分を支えていた。
道路の陥没は埋められていたけど、ひしゃげたガードレール、交通標識、街灯とかはたたきなおすだけだと荒れが目立つ。
そのあたりは巨人や魔獣たちが引っこ抜いて運んで、遠くに設置されていた同じものと交換されている。
でもつぶれてしまった入場門は代わりが無い上に補修も難しくて、物真似妖魔の群れが組体操を駆使して再現していた。
そんな中でバスが出発するけど、ハルちゃんは窓にベッタリはりついたままになる。
「ぜんぜん時間たりなかった~。もう何日かあそこで暮らしたい~」
目をぎらつかせて牧場へもどりたがっていた。
魔王軍司令部ではサタンダンがその視線にひるむ仕草を見せる。
「うふぁ~うっ、ハルちゃんよう!? その熱視線のおかげ様で、オレ様の手下どもは休憩にも入れねえで追いつめられているぜえ!? イエエエ~イ!」
バスがトンネルへ入ってようやくハルちゃんは窓から離れ、オレも風景を撮影していたスマホをしまう。
「あと十秒だけねばれー! 九、八、よし! だらけまくれ牧場スタッフどもー!」
テーマパークのあちこちで大きなため息が出て、入場門はぐにゃぐにゃと崩れ、ヤシの木はバッタリと倒れ、道路を支えていた巨大キノコ群も急にしぼんで陥没だらけになる。
来場者や通行人役のスタッフも特殊メイクをひきむしって深呼吸した。
「ご苦労なこったぜ選りすぐりの精鋭諸君!? だがオレ様の愛は現金で示される! しかも言葉と笑顔でも褒めちぎってやるぜえ!?」
悪魔王サタンダンはカメラ目線でくどいウインクを撃ち放し、手にした鞭を鋭く鳴らす。
「モロチン! ヘマしたカワイコちゃんにはお仕置きもどっぷりくれてやるから期待しなあ!?」
ステージモニターにはルセリ先生の不機嫌そうな顔が映された。
「もったいぶる意味もねー! つまんねーほどわかりきった最優秀賞様はルセリちゃんだ! 以上! 次!」
受賞者が「獣を飼いならすだけでは飽き足らず、それ自体を見世物にする多重構造の屈折は魔力認識なき文化圏ゆえの病理か……?」などとブツブツ考えこんでいる様子は放置される。
ルセリ先生もサタンダンのなげやりな祝辞は完全に無視していた。
「ほかの優秀賞はとりあえず竜魔王と巨人魔王に……政治都合の社交辞令だから、受賞理由は『ステキな統率』とかなんとかテキトーにでっちあげとけ!」
マイクで全軍へ聞かせなくてもよさそうな指示だけど、選考の経緯は透明化がすさまじかった。
「あとは……おっと、特別審査員どもがいるじゃねえか?」
サタンダンが指を鳴らすとモニターはバス全体にきりかわり、ガニちゃんの「ケモノくささを余すことなく体感した!」とか、ハルちゃんの「ぜんぶの乗り心地を知りたかった~」などの感想をひろう。
サタンダンは颯爽と上腕筋を誇示するポーズを決めた。
「ガニちゃんに嗅がれたやつらと、ハルちゃんに乗られたやつらに金一封!」
チカはハルちゃんの残念がる様子に苦笑している。
「わたしも楽しかったけど、動物の相手も、全校生徒で動くのも、なんだか気をつかっちゃうから今は少しほっとしているかも?」
別の生徒からは「前の家は近所にウシとかアヒルとか普通にいる田舎だったし」とか「どうせなら遊園地とかのほうが……」なんて感想も出る。
その流れでオレもつい「店もイベントもやたら休みで、地味さがひどくなっていたかもな?」なんてつぶやいたので、別会場では悪魔王に罵倒されていた。
「何様だ童貞野郎!? ゆったりした骨休めの貴重さもわからねーガキのくせしやがって!?」
同調する雄叫びやブーイングが盛り上がって、ノリでファンファーレまで演奏されていた。
ヒコさんはみんなの感想をぼんやりと笑顔で聞いていたけど、ハルちゃんのなにか言いたげな様子に気がつく。
「ハルちゃんは、そんなに牧場が気に入った?」
「ん~。次は遊園地とかも選べるなら、そっちもいいけど……ん~」
なにか悩むようなことでもあるのか、オレにはわからなかったし、ヒコさんも不思議そうだった。
「どのあたりが楽しかったのかな?」
「従業員さんも動物さんも、みんな必死というか……」
実際に死にかけたスタッフもたくさんいることはもちろん知らない。
ハルちゃんは不意に考えがまとまったようで、ぱっと明るい声を出す。
「いっしょに盛り上げたくなるところ!」
うれしそうな笑顔は魔王軍司令部のモニターでも大映しにされた。
悪魔王はふてぶてしい笑顔のまま「ふんぬ!」と気合だけで友好の鼻血を噴いてみせる。
「最優秀賞、特別追加枠! ハルちゃんこと波浜晴音嬢に栄光あれ!」
司令部会場はザワついたけど「あの人間が一番ノリよかったか?」「盛り上げてくれていたか」という声もあがった。
みるみる「ハルちゃん!」コールが増え、モニターの小五女子へ拍手が寄せられる。
悪魔王サタンダンはそんな様子へうなずき、側近にハンカチで鼻血をふかせながら吠えた。
「金一封……をたたきつけるわけにもいかねえから、ハルちゃん名義の口座も開設しておけ! というか賞与のめやすになる階級もねえから、名誉一等兵もつけちまえ!」
ハルちゃん自身は知らないところで魔王軍正規兵の階級と、給料の半年分を贈呈されてしまう。
いっぽうバスのオレはミラさんの横顔がやたら疲れているように見えたので心配になり、そっと声をかけておく。
「ミラさん……ミラさん? ミラさん!?」
ミラさんは口元を隠していたけど、チカのひざの絆創膏を食い入るように見つめてよだれをボタボタとスカートへ落としていた。
「ん……? んんあへぁあ!? ちがっ!? ね!?」
オレは目をそらして見なかったふりをしながら、ティッシュだけ渡しておいた。
怪しすぎる。絶対になにかを隠している……みんなでなにかを演じている。
スマホには証拠となる記録がどっさりたまっている。
到着時にあった道路の白線が帰りには一部だけ消えていた。
ガードレールもかなり低くなっていたし、入場門の『入口』が『大口』になっていたり、生垣のツバキがツツジになっていたり。
オレたちはいろいろな『ニセモノ』に囲まれていた。
でもそう仕向けている相手に今のところ『だましておく』以上の意図は見えない。
とはいえ『隠さないといけないようなこと』のはずだけど。
守ろうとしている姿勢もぜんぶが見せかけだけとは思えない。
誰がどれくらい危険なのか、まるで把握できていない。
依然として、上級生や大人の誰を頼ればいいのかは確信を持てない。
真相を探るよりも前に、信頼できる味方を探すほうが重要になってきた。
証拠をさらす時には、その結果として起きる事態への対策も必要だから。
現段階でも、ミラさんに限っては『チカたちを守る』という意志だけは信頼できそうに思えた。
人命以外の安全はともかくも。
チカゲたちの『命だけは』守ってくれそうだから、今の関係を壊しかねない行動は避けておく。
これまでチカゲやハルちゃんへ対するミラさんの異様なこだわりは何度も見てきた。
あれだけは演技に思えない。
オレはミラさんのヘンタイぶりを信じる。
そんなものにオレと妹の安全をあずけるのはいやだけど、ぜいたくを言える状況でもない。
そんなオレの悩みをどこまで見透かしているのか、司令部のサタンダンは小馬鹿にしたニヤニヤ顔で首をかしげていた。
「まあこっちも? ヘマも多かった気はしねえでもねえが。優秀賞ってところか?」
司令部モニターにミラさんの平静をつくろったぎこちない表情が映される。
「魔法世界へ来てまだ数年の新参者にしちゃ、けなげにつくしてくれているじゃねえか!? 元世界で育った吸血鬼のくせによう!?」
広間の大観衆も拍手は送っていたけど、幹部格には不服そうな表情も多く混じっていた。
ミラさんは口元を隠して、声を出さないように司令部会場へ通信を送る。
『賞与は現金の代わりに……』
「またかよ!? チカちゃんは好みどストライクだもんなあ!? その兄貴までごひいきってわけかい!? まっ、はねっかえりのガキひとりくらい、姐さんが責任をとれるなら記憶操作は保留にしといてやるぜえ!?」
ミラさんは複雑な苦笑を見せたあと、安心したように目を閉じる。
このころのオレは、まだ自分がどれだけ多くの人に守られていたかも気がつけなかった。
まだまだ子供だった。
「実験結果も『それなりオーライ』ってことにしとこうやあ!? もっとガッツリ準備できりゃ、長期間の維持もできそうだしよう!? だが安定となるとまだまだ気の抜きようがねえ課題だらけだぜえ! ヒャッホーウ!」
サタンダンは踊りまわりながら、さらに賞罰の発表をしつこく続ける。
広間全体の照明演出もダンスホールと化し、だんだんと発表される名前より、バックミュージックの変化で歓声が大きくなってくる。
主だった評価発表を終えてからは、ダンス会場はそのままにステージ司令部のスタッフも休憩をとる姿が増えていた。
軽食にカフェオレと桜餅、あるいは野菜スムージーとフィッシュバーガー、もしくはハトやウシの丸かじりなど。
でもバスがオレたちの住んでいる町へ続く最後のトンネルへ入ると、サタンダンは大ジョッキ残り半分のコーラフロートを一気に流しこんで立ち上がった。
「オラアアアッ!? 次の担当班ども!? 準備は抜かりねえかあ!?」
サタンダンはモニターに映った日暮れの海岸集落を見回すと、ほんの数秒だけ真顔になって小さくつぶやく。
「この大芝居でだまし通すしかねえんだ……なにせもう、やつらの故郷は……」
このころのオレは、まだなにもわかってなかった。
悪魔王サタンダンがどれほどの規模でオレたちをだましきろうとしていたかも。
「街灯が遅れてんぞ!? 充電できた雷雲イノシシから生餌をたたきこめ! ってオイ、島の位置がずれてるじゃねえか!? 巨竜亀のジジイに屍鬼鮫けしかけて歩かせろ! あと北海道じゃあるめえしオーロラは消しとけ! ここは千葉県! そういう設定だ!」
オレはまだ、日本に住んでいるつもりでいた。
「そんじゃ夕方の場面で『千葉の田舎町』気張ってはじめんぞ!? スリー、トゥー、ワン、開幕!」
(第一章『千葉の田舎へ引越すことになった』おわり)




