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異世界だとばれないように魔王軍を総動員  作者: 平井星人
本編真章 第一章 千葉の田舎へ引越すことになった
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第13話 四月末 帰れたら遠足 4


 司令部広間にいるスーツの女悪魔はキーボードの乱打を続けたまま、ぽつりとサタンダンへ報告する。


「バスの運転手が、今日は特に落ちこんでいるかもしれません」


「ガキどもがはしゃぐ様子で、独身中年のさびしさもひとしおってか? いつもあんなじゃねえの?」


 巨大モニターに映された運転手の男は表情がうつろで、駐車場でもたもたとバスの掃除をしながらブツブツとつぶやいていた。

 女悪魔は黒縁くろぶちメガネを整えるが、片手では高速入力を続け、端末モニターからは目をそらさない。


「しかも今日は十七年前に逃げられた恋人の誕生日です」


「知るかよ!? ってか、よくそこまで調べたなオイ!? ヒマかよ!? ……だがあのくたびれたツラなら、ハルちゃんチカちゃんみてえに派手な魔法をぶっぱなしたりはできねえだろ?」


「まっすぐな信念や自由な発想力などは枯れきった表情ですね。そこへ残る『強い意志』は……」


「屈折やストレスで盛り上げる執念ってやつか。そのあたりは監視だけであぶりだすのも限界が……お? でも鼻歌ノリノリじゃねえか? まあ、拷問ごうもんの末期みてえなヤケかもしれねえから、警戒は厚くしておけ!」


 不測のトラブルは続出していたけど、サタンダンは楽しげなふてぶてしい笑顔をやめない。



 放牧場ではハルちゃんたちを出迎えるように柵のすぐそばに三頭の山羊やぎが座っていた。


「ほらガニちゃん! ヤギがいるよ! イキがってる感じの!」


 ハルちゃんの指したヤギ頭は悪魔デーモンが肩まで地面に埋まり、造りものの手足をくっつけていたらしい。


なんじらこそが飼われる側とも知らぬ哀れな生贄いけにえであるぞメヘヘヘ~エ!』


『そのやわこい指を何本か喰いちぎって思い知らせてくれようか!?』


 なんて舌なめずりしていた『心の声による通信』は魔王軍スタッフにしか聞こえていない。

 ミラさんはそっと細い指をのばし、ヤギの首筋を優しくなでた。


「驚かせるようなことをしたら、かまれるからね?」


 オレやハルちゃんからは見えない角度でミラさんの爪がのびて突き刺さり、頚動脈けいどうみゃくをつまんでコリコリ弾力ある感触をもてあそぶ。


『わへああ!? お待ちになって!? 貴女様の貯蔵食でしたならば、口をつけたりしませんから!? 爪ひっこめて!? 我らの汚水じみた血しぶきなど高貴なるその舌に合うはずもなく……そこはダメヘヘヘ~エ!?』


 命ごいの悲鳴も広間会場には実況中継され、爆笑で盛り上がる。


「そやつら冒涜的ぼうとくてきにキモいことこの上なし。なでなでするにあたいせず」


 ガニちゃんの無慈悲な宣告で、ニセ牧畜のスタッフは小学生女子たちに素通りされてしまった。


「なんかちょっと、ちがうかな……」


「ヤギさんはごきげんななめみたいだから、また今度ね!」


 チカとハルちゃんも残念そうに苦笑いする。

 司令部の悪魔王はバシバシと両ひざをたたいてどやす。


「ヘイヘ~イ!? 悪魔さんがだまし下手じゃ、お仕事にならねえだろうが!?」


 側に控えていたスーツの男悪魔は肩をふるわせて頭のヤギ角が伸び、体格も体毛も伸びかける。


「面目ありません! あの者らは小柄を見込んで機会をくれてやったというのに! サタンダン様の直属『六魔将』が一角たる私に恥をかかせるとは……かのごとき不心得ゆえに担当営業所も不振なのだ!」


 水晶モニターは勝手に『堕落契約だらくけいやくの成績グラフ』を表示した。

 さらに『煉獄蛆れんごくうじ』の『悪魔も泣き叫ぶ拷問ごうもん性能!』の図解も追加される。

 それが起動信号によって無能スタッフの足元で増殖しはじめた速報テロップも入った。

 ハルちゃんは急にさわがしくなった背後の牧畜もどきたちを心配する。


「おなかすいているのかな?」


「あれだけ泣き叫んでいるなら、すぐにたっぷりもらえそうね?」


 ミラさんもふりかえって静かに微笑していたけど、その眼は陰惨いんさんにギラつく。



 ウサギやモルモットにさわれるコーナーのほうがガニちゃんには好評だった。

 でもオレはモルモットに似た妖精が染毛されて魔力吸収魔法で発光も抑えられているなんて知らなかった。

 ウサギに似た暗殺魔獣はのどから毒針を射出できたけど、ミラさんが常にアゴを押さえこんでいた。

 ハルちゃんは一組班の生徒たちが来たことに気がつく。


「ユメヨさんたちだ……代わりますか!?」


 一組の副担任でもある天塚夢代あまづかゆめよさんはヒコさんと同じ埼玉出身の幼なじみだった。

 ヒコさん以上に地味でおとなしくて教員らしくない。


「うん。ありがと」


 いつも控えめにほほえんでいる。

 一組は怪しい生徒が多いけど、班分けも極端だった。

 中学生以上の七人が担任のルセリ先生に引率されて、それ以外の小学生五人をユメヨさんがひとりで引率している。

 小学生だとルセリ先生の移動速度についていけないとはいえ、勝手に動きまわりやすいぶん中高生より大変そうだった。

 それに一組の中学生以上は『暗くて無口すぎる生徒』が多かったけど、小学生は性格がひどいやつらばかりで、二組の子たちとは気が合わない。

 六年のふたりは下品すぎて意地悪いし、四年と三年のふたりは不気味すぎて意地悪いし、最年少の二年男子はユメヨさんにべったり甘えすぎている。


「困らせていたらボクが手伝うんで」


 ヒコさんはそれだけ言って、ユメヨさんも静かにうなずいて、小動物たちとのふれあいコーナーを交代した。

 チカとハルちゃんはコソコソと話し合う……オレもヒコさんとユメヨさんの仲は気になっていたけど、なんだか兄妹みたいで恋愛意識はなさそうにも見えた。



 屋内の牛舎では『牛さんの体調の都合で乳しぼりは中止します』という貼り紙が出ていて、ハルちゃんを残念がらせる。


「しぼりたての牛乳、飲みたかったな~。乳しぼりたかった~」


 頭以外は着ぐるみで接客に出ていた牛頭人ミノタウロスたちは内心『オスに無茶を言うな。牛タンならまだしも』などと思っていた。


 いっぽう地下トンネルでは『クロガネムカデ』すら丸呑みする巨大地虫ジャイアントワームまで襲来して阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図を激化させている。

 しかもその全身に毒牙のアゴをたくさん持ち、斧をたたきこんでもみるみる傷口がふさがってしまう『地獄公地虫ネビロスワーム』という上位種だった。


「こんな大物、一匹だけでも我々では……退避! 退避ー!」


 地下深くから近づいてくる震動の追加もひとつやふたつではない。

 地上のヒコさんはブタの厩舎きゅうしゃへ入ったところで首をかしげた。


「ゆれている?」


 オレも言われてみると、かすかに地面が震えている気がした。


崖崩がけくずれとか?」


 時おりオレの自宅の近くでも崖崩れが起きていて、雷にも似た轟音や微震を起こしている。

 もしこの時すぐにオレがブタ厩舎を出ていたら、入口方向へバイクなみの速度で駆けていくルセリ先生の勇姿を目撃できたはずだった。

 ネビロスワームは駐車場に近い道路を破壊しながら次々と青黒い巨体をもたげている。

 ルセリ先生はわざわざその中心へ跳躍して誘いこんだ。


「機会も少なき校外学習の行程を乱す不届き者が……報いを受けよ!」


 スーツの背から輝く翼のような巨大なつぼみが次々と突き出され、開くと同時に雷光弓弾ライトニングアーチェリーの魔法を放ってはじけ飛ぶ。

 ばらまかれた閃光爆裂は巨大怪物の群れすらもひるませた。

 一射ずつが巨大地虫に負けないほどの大穴を道路へ穿うがつ。

 光の砲撃が直撃すれば胴の半分をふっとばせたけど、青黒い血の池でのたくりながらも傷はふさがりはじめた。再生能力が異常に強い。

 電車じみた巨体はシャベルでえぐったような『軽傷』くらいだと平気で襲いかかってくる。

 魔王軍の地下スタッフは退避しながら、牧場からは遠ざかる方向へ誘導していた。

 でも駐車場のあたりで追いつかれてしまい、マンホールから地上へ脱出する。


「急げ! ルセリ様が増援に来ている!」


「それ、オレたちがだいじょうぶなのか!?」


「まとめて灰にされる前に急げ~!」


 元世界人たちの位置はスタッフに把握されていて、まだ誰にも魔物は目撃されていない。

 それでも誰かが屋外に出れば視界へ入りかねない位置で騒動が起きていた。

 ルセリ先生はそれらの状況報告を頭で整理しながら、地面から輝くツタを数十本も呼び出して自身の半身から片腕へ巻きつかせていく。

 ツタから数百の細い花を次々と咲かせ、数千の花弁を吹き舞わせ、膨大な旋風の流れを収束させていく。

 退避中のスタッフは巨大魔法の発射に巻きこまれた。


「邪魔だ」


 それは真横に渦巻く竜巻。

 何十メートルも距離のあった大型バスまで片輪が浮き、ネビロスワームの群れでさえまともに動けなくて互いや地面とぶつかり合う。

 人からクマほどのサイズしかない地下スタッフたちはバスより遠くまではじき飛ばされて転がった。


「ほわあ!? 脱出協力に感謝し……あっぎゃ!? 腕折れたあ!?」


 巨大長虫の丸呑まるのみからは助けてもらえたけど、着陸時の負傷まではかまってもらえない。


「やかましい。迅速じんそくに離脱せよ」


 竜巻が散った後にはルセリ先生の目前だけにネビロスワームの群れが残され、すでに次の魔法も準備されていた。

 ルセリ先生の足元だけはアスファルトに赤、黄、桃色の花が次々と咲き群がって芳香の強い蜜をしたたらせる。

 それが革のロングブーツへれる前にルセリ先生は飛びのき、その先で踏みつけた道路面にも次々と蜜畑を広げていった。

 巨大長虫の群れは蜜へ殺到し、毒の唾液だえきをまき散らしながら追う。


「ふん? 砂長虫サンドワームと同じエサで釣れたか。これで生徒児童から騒音を引き離せそうだが……むう?」


 ルセリ先生は追いつかれそうになると両足へ花びらを渦巻かせ、小さな竜巻を起こした高い跳躍で距離をとれている。

 でも遠巻きに並走飛行する羽妖精スプライトたちの手ぶりを見て眉間のしわを深くした。


「一匹、誘導しそこねたか? いな……これらとは似て非なる気配! 運転手の元世界人に魔力暴走の懸念けねんあり! 確認を急げ!」


 そのころ駐車場に近い休憩所の入口では、運転手の帽子と服をまとった肉塊にくかいが地面にうずくまっていた。

 ネビロスワームをギリギリに目撃できてしまった位置でいずり、中年男だった顔からは毒牙が長く伸びはじめている。


「あぶぷああ!? なんだよ~、あのバケモノ~!? ああぶぐ!? なんだよ、これえ!? なんの、病気~!? びょうぎ、なんぶぐぷぐじゅしゅううう~!?」


 膨張ぼうちょうを続ける全身のあちこちにも毒牙のアゴが開きはじめていた。

 元世界人の魔力暴走でも最悪の症状が『魔物化』として知られている。




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