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異世界だとばれないように魔王軍を総動員  作者: 平井星人
本編真章 第一章 千葉の田舎へ引越すことになった
12/21

第12話 四月末 帰れたら遠足 3


 動物とふれあえる牧場テーマパークの入口に着く。

 パンフレットに掲載されていた写真と比べると、あちこち半端はんぱに新装されていた。

 どこか情景模型ジオラマくさい。

 分解したものを下手に組みなおしたような不自然さを感じる。

 ミラさんが日傘を差しながらそろそろとバスを降りてきた。

 先に降りたオレは日差しからの盾になれる位置へ立っておく。

 オレの背はやや低いほうで、ミラさんとほとんど同じ身長だけど。

 オレは周りへ目をそらしてスマホで撮っていたのに、ミラさんはわざとオレの影へ身をぴったりと納めてささやく。


「ありがと。シンヤくんはわたしといっしょね?」


 班分けなら妹のチカゲからも聞いていた。

 でも同学年女子からうれしそうに言われて悪い気はしない。


「シンヤくんもいるなら、今日は一日中でもチカちゃんと手をつないだままで問題ない……かな?」


 その発想に問題がある。


「あっ、もちろんジョーク。チカちゃんかわいいから、つい。ね? ……ね!?」


 そのうろたえぶりに問題がある。



 全校生徒の二十六人は小中高まで学年ごちゃまぜで二クラスに分けられていた。

 バスから降りると各クラスはさらに二班ずつに分かれる。

 ハルちゃんは班で一番年下の子を呼んだ。


「ガニちゃん、こっち! わたしやチカちゃんといっしょ!」


 小学二年の蟹平佐梨子かにひらさりこちゃんはあだ名がザリガニ子、さらに略してガニ子やガニちゃんと呼ばれている。本人も気に入っているらしい。


心得こころえておる。機は決した」


 この一ヶ月でだいぶ教頭先生の口調に影響を受けていた。

 オレたち二組の担任をしているほうのハヤミ先生は若い女性で、わりと普通だけど。


「上級生は下級生の子がどこでなにをしているか、気をつけてあげてくださいねー?」


 でも一組担任で教頭も兼ねるルセリ先生は同じくらいの年齢に見えるのに、独特すぎる。


「拠点に生還するまでは周囲への警戒をおこたるな! 年少なればこそ、用心は最大の武装と心得こころえよ!」


 でもガニちゃんはビシッと敬礼して「ガニ子、了解!」と返すくらいには好きらしい。

 ルセリ先生は革のロングブーツにスカートスーツだけど、どこか極地踏破きょくちとうはに向いてそうな格好にも見える。

 北欧系の整った顔だちにモデルスタイルの長身だから、かっこいいのはまちがいないけど……低学年女子から見て怖くないのか?


「む。小気味よい返事だ佐梨子。では……行動開始!」


 ルセリ先生は怒っているような顔以外はめったに見せないけど、小学生相手だと眉間みけんのしわがとれる瞬間もある。

 笑顔は卒業までに目撃できる気がしない。



 二組副担任のヒコさんが引率する班は小五のチカとハルちゃんが小二のガニちゃんを見守って、それを中二のオレとミラさんが見守る。

 ほか七人のクラスメイトはハヤミ先生が引率するけど、その班に三人いる高校生のうちふたりが吠崎蘭次郎ほえさきらんじろうさんと吠崎蘭礼香ほえさきらんれいかさんでは大変そうだった。


「ランジはアキノちゃんの足ひっぱるなよ~?」


「ラレカに言われたくね~わ~。な~アキノちゃ~ん?」


 あのふたりも年下のめんどうは見るけど、年下といっしょに悪ふざけもする。

 双子の兄妹で、どちらも肉づきのいい長身で、胸元を大きく開けていた。

 行動も見た目も犬猫ぽくて、長めの犬歯が似合ってしまう。


「あの、まず『ハヤミ先生』か『アキノ先生』で呼んでくださいね?」


 クラスに同じ苗字が多いせいで名前呼びが中心になっていたけど、二組担任の早未章乃はやみあきの先生は『ハヤミ先生』と呼ぶ生徒のほうが多い。


「ランジさんもラレカちゃんも、ハヤミ先生はちゃんと先生あつかいしてあげないと、先生として育たなくなっちゃうでしょ!?」


 ハルちゃんが笑顔できっぱりしかると、ランジさんもラレカさんも「へ~い」とそれなりに反省する。

 でもハヤミ先生は苦笑いでいたたまれない様子だった。

 ハルちゃんに悪気はない。

 小学五年にしては子供っぽいから、誰かに言われた『大人あつかいしないと大人として育たない』みたいな言葉が頭に残っていたのかも。

 オレは逆に小学生のころから「すれてひねた性根が顔にまで出ている」なんて誰かによく言われていた気もする。



 気がつくとガニちゃんがさっそく駆け出していた。

 先に出発したルセリ先生たちの班行動みたいに、競歩のような勢いをまねしたくなったらしい。


「ガニちゃん待って~! わたしが先~!」


 ハルちゃんは止めるどころかいっしょにはしゃいで、追いつきかけたところでふたりともミラさんにぶつかる。


「ふふ。そっと近づかないと、動物も怖がるから。それに転んだら大変」


 ミラさんはつば広の帽子に大きな日傘もさしていて、それが長い黒髪と細身のセーラー服にも似合って見えた。

 いっぽうチカはおきざりにされて、ミラさんがいつの間にかオレたちの背後からハルちゃんたちの前にいたのでキョロキョロと不思議がっている。


「え……いつの間に?」


 オレも同じことに驚いていたけど、気づかないふりをしていた。

 なるべく妹は巻きこみたくない。


「ミラちゃんさすが! ちっちゃな子のことだとすばやい!」


「あの、ハルちゃん、わたしはただ心配で……ね? ね?」


 ハルちゃんに悪気はない。でもミラさんは勝手に深読みして手つきが不審になっていた。


「みんな待って……わった!?」


 チカもあわてて追いかけるけど、どんくさく転んでしまう。


「いった~……え?」


 小石にかれた自分のひざを見た直後には、ミラさんがおおいかぶさっていた。

 またも瞬間移動じみている。でもそれどころではなくて。


「こっ、これは大変……こんなにたっぷり……すごい……きれい……」


 日傘に隠れて傷口へすがりつき、息を荒げながら一滴も逃がさないように舌をいずらせて吸いつく。


「ミラさん……?」


 チカは吸引の音と感触にとまどっていた。

 駆けよったヒコさんは日傘をどけてのぞきこむ。


「だいじょうぶ?」


「ふっぎゃ!?」


 ミラさんは直射日光が顔面へ直撃してのけぞった。


「おっと、ごめん。でも傷口は洗ってから消毒ね? なめたらダメだよ?」


「あの、はい。でもその……チカちゃんが『きれいなスカート』を汚してしまいそうだったので、つい……」


 ミラさんはキョロキョロと目をそらしながら、こっそりと口元の血をぬぐった指まで口へ運んでしまう。

 オレはミラさんが隠してそうな秘密を以前から疑っていた。

 でもあまりにも怪しすぎるので、だます気とかはないただの変人なのかと悩むことも多くなっていた。

 どちらにせよ妹たちの身が心配だけど。

 チカゲはこんな時でも自分以外を先に心配する。


「でもミラさんのほうが……」


 長いスカートと黒タイツに土汚れがついていた。


「あの、つい夢中で……ね? わたしは体が弱いから、健康とかは人より気になりがちで。それで保健委員も……ね?」


 ミラさんは実際、それから消毒の用意をして絆創膏ばんそうこうを貼るまで、とても手際がよかった。


「ミラちゃん、ケガとか大好きだもんね!」


「そ……あいえ、傷の手当て、とかが、好きというか……ね?」


 ハルちゃんの笑顔に悪意はない。ミラさんのぎこちない苦笑が不穏だ。


「この傷なら、しっかり押さえてあまり動かさないようにしておけば、ふさがってしまうのも早そうだから」


 ミラさんはすました表情にもどるのも早い。


「絆創膏の交換はすぐに言ってね? 必ずわたしに任せてね? はがす前に言ってね? ね?」


 まだほおは赤くて早口になりがちだったけど。


「歩いてもだいじょうぶそう? じゃあ、ゆっくり行こうか」


 ヒコさんはのん気に笑っていたけど、ミラさんを野放しにしていいのかは少し考えてほしかった。


「連携技能を充足させるのだ!」


 ガニちゃんの口調はともかくも、チカを気づかって歩く速さを合わせてくれた。えらい……ルセリ先生の指導のおかげなのか?

 ともかくも、班もクラスもわりとまとまっているほうだ。

 それはわかっている。だからオレは余計に気まずい。



 オレたちの班は出だしからもたついたけど、そのころ足元の地下では一瞬の遅れが生死に関わる地獄絵図が展開されていた。

 地下担当の魔王軍スタッフは総出で駆けずりまわり、坑道の床からわきでる虫型モンスターの退治に追われ、あるいは逆に喰われそうになっていた。


「地上から大型魔獣の気配が消えたぶん、地下から来やすいとは聞いていたが……予測より多すぎだろ!?」


 オケラに似た『穿孔蛄スクリューケット』と呼ばれるモンスター昆虫はこの魔境にも生息できるだけあって、ネコくらいの大きさしかなくても異様に速い。

 地中を魚のように泳ぎ、空間へ出ると矢のように跳ねる。

 高速掘削を可能にするシャベル状の爪は攻撃用途のドリルとしても高性能で、革鎧くらいは貫通して手足をえぐりとばせた。

 この地域では最弱レベルの魔物だけど、たぶん並の中学生がバットや工具を持ったくらいでは一方的に惨殺される。

 それがあちこちから襲ってきても防衛線を維持できた地下スタッフは一体ずつが一般人の数人分にあたる戦力らしい。


「いやこれ造園スタッフの仕事じゃねえよ!? 援軍は!?」


 リーダー格のクマ獣人とか、監視役の巨大ネズミの悪魔とかはスクリューケットの動きにも対応できて一撃で仕留めていたけど、もっと厄介やっかいな相手との連戦も強いられていた。

 スクリューケットを捕食できる『クロガネムカデ』はすばやい上に鉄鎧をいくつもつなげたような大きさと硬さで、山刀じみた牙は並の鉄鎧なら胴体ごと切断できる。

 その襲来もじわじわと増えはじめていた。


「ここまでの状態になるのは、早くても明日以降だったはずでは……司令部!?」


 司令部広間のステージに立つ悪魔王サタンダンの近くにはスーツ姿の悪魔の男女が控えている。

 黒縁眼鏡の女悪魔は魔道パソコンの高速入力を続け、片眼鏡モノクルの男悪魔は魔道スマホで各方面のスタッフと連絡をとりあって情報をまとめていた。


「魔物が地上まで出ないよう、開園準備中に出た死骸しがいでトンネル内へ誘引していたのですが……その焼却が不十分で、大量の血液が地中へ染みていたようです」


 男悪魔の報告でサタンダンはぴしゃりと自身のひたいをたたく。


「アーウチ! 誘いすぎかよ!? そりゃもう、どうしようもねえなあ!? 神様にでも祈っとけ! 悪魔王サマの清くせつない常日頃つねひごろに免じて、そろそろ勘弁してくれって……もちろんアテにすんな!」


「はっ」


 側近の男悪魔は主君の意向を察し、事態悪化に備えた増援を急ぐ。


「死骸といや、運びこんだほうの牧畜はどうよ?」


 男悪魔は手ぶりでモニター画面を『隠し厩舎きゅうしゃ』へ換えさせる。

 牛、馬、豚など数十頭が来客からは見えない屋内につながれ、そのうちの数頭は倒れて瀕死ひんしで、別の数頭は外見が異様だった。

 ゾウなみに大きなロバ、肉食獣のような牙だらけの羊、翼の生えた子牛……映している間にも一頭、普通の山羊ヤギから二本目の頭が伸びてくる様子を確認できた。


「人間以外の動物は魔法で保護しにくいぶん、変異の危険が高まっています。そうでなくても幻妖大魔丘げんようだいまきゅうは魔力が濃いのに、地下の戦闘で怨念おんねん瘴気しょうきまでばらまきすぎました」


 同時刻、放牧されていた馬の一頭は鼻から炎を噴いて足元の牧草を焼いていた。

 併設されている乗馬体験コーナーにはハヤミ先生の班が来ていたけど、順番待ちをしていたランジさんが鼻をひくつかせる。


「こげくせえ……?」


 同じ動作をしていたラレカさんと目くばせして、ランジさんはそっと班を離れる。

 ラレカさんのほうは白馬に乗り、勢いよく駆けさせた。


「よーしっ、飛べえ! ……うわえ!?」


 自動車を何台も越えられそうな跳躍を見せてみんなを驚かせる。

 そのすきにランジさんは放牧場へ入りこみ、炎を噴く黒馬をかつぎ上げた。

 およそ数百キログラム。人間十体くらいの馬重を肩に、運動靴で牧草をえぐり飛ばして駆ける。


「ぐおおおっ、重いい……ぐぉうっ? ……やべっ、野生が……」


 ランジさんは歯と爪が急に伸びはじめたけど、あわててひっこめる。

 全身の体毛も伸びかけていたけど、少しずつもどった。

 厩舎の裏側までまわりこむと、隠し厩舎の出入口で馬を投げ渡す。


「外見で変異ないやつも混じっとるぞー?」


「うわっ、どうも!? あとあっちの白馬、本来は『飛べる』やつなんであまりあおらないで! くらに羽根を押しこまれてストレスためてるんで!」


 受けとめた厩務員きゅうむいんは3メートル近い巨体の牛頭人ミノタウロスだった。

 そのころラレカさんは鞍が妙に大きい白馬からあわてて降り、ハヤミ先生に怒られている。


「あんな走らせかたはラレカさんも馬もあぶないだろうから……というか、馬ってあんなに跳べるものなの?」


 生徒にも乗馬競技に詳しい人はいなかったので『馬の本気の能力』が誤解されて感心されていた。

 たぶん元世界の記録をぶっちぎっている。


「んははー。はりきってくれたねー? アタシもびびった~。あれくらいで満足しとけなー?」


 ラレカさんは白馬をなでていたけど、もう片方の腕では筋力だけで荒ぶる数百キロの馬重を押さえつけ、爪も鋭く伸びそうになっていた。


 司令部広間の魔王軍スタッフはそんな様子をひやひやとモニターごしに見守り、スーツの男悪魔も両腕を水平に出して『セーフ』の野球審判ポーズを悪魔王へ示す。


「しかし地下戦闘の長引きで変異は頻発ひんぱつしやすくなっています。接客も綱渡つなわたりになっていますので、魔力耐性の高い正規兵スタッフとの交代を増やさなくては……」


「まったくよう? 元世界あっちの連中にゃ魔法も魔物も見せらんねえってのに! だますための魔法をはりきるほど、魔物もわきやすくなっちまうのは難儀なんぎだよなあ!? イエーイ!」


 テーマパーク内の自動販売機や空調など、機械や電気設備に見えるものはほとんどが中身に小人や妖精が入って魔法で動作させていた。


「だがこうやって元世界の日常と変わらねえ、浮かれた息ぬきも再現できなけりゃ、家畜にした元世界人どもの体調がいかれちまう! この遠足は計画の成否を分ける実地試験ってワケよう!? 接客スキルをぶち上げていこうぜみなしゅう~!? オラアッ!?」


 サタンダンは大観衆の不意をついて一瞬だけ自分のズボンを下げ、派手なハート柄のブーメランパンツを公開し、中だるみを引きしめる。

 それで盛り上がる魔王軍のノリはともかく、会場モニターに映されている元世界人たちは実際、みんな楽しそうにしていた。


「うーはー!?」


 特にハルちゃんはヒツジの毛刈りも、アヒルの行進も、食い入るように見つめてパタパタ踊りだす。

 あの過疎集落に閉じこめられたままでいるよりはずっと、心身が健康に育てられているかもしれない。

 見せられているすべてがニセモノだとしても。


 でも『誰かの都合』に乗せられ続けた先が絶望しかないなら、どうにかするのは年上の役割だ。

 オレはチカゲやハルちゃんやガニちゃんよりも年上だから守らなきゃいけないのに、ずっとおびえていた。

 もっと年上の誰を頼ればいいのか、どう頼ればいいのか、わからないまま迷い続けている。

 でもただひきこもっていたわけではなく、探りかたも考えた上で登校復帰することにした。

 平凡な中学生ひとりには大きすぎる相手のような気はしていたけど、その大きさのためか、あちこちボロを隠しきれていない。

 そのどこかへつけこむために、大人のようにじっと耐えることにした。




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