第11話 四月末 帰れたら遠足 2
遠足バスはいくつかのトンネルを抜けた先で、どこまでも広がる花畑へ入る。
山々に囲まれた道路ぞいは色とりどりの明るさであふれ、チカたちに「うわあ~!」と歓声をあげさせた。
遠くで林立している背丈ほどのデルフィニウム畑には色とりどりの食人花が潜み隠れ、喰らいついた整備スタッフの豚鬼に「うわあ~!」と悲鳴をあげさせた。
同僚スタッフたちは引っぱり出そうとしながらも頭は低く下げさせ、バスからは惨状が見えないように気をつける。
「救援は!? 一個中隊の半数が襲われている!? まさかこんな広範囲に『急成長』や『凶暴化』の魔法をかけられたのか!? バスの視界へ入るスタッフは襲撃に備えろ! ……クソッ! 早く通過してくれ小学生ども!?」
ハルちゃんは低学年の生徒たちよりも興奮気味にあちこちを指さす。
「見て見てチカちゃん! あっちの白い花、ウサギの形に植えてる! あっちの紫はコウモリ……じゃなくて悪魔? あっちはクマ……すごい!」
チカは照れながらもコクコクうなずいて、うっとり見とれていた。
みんなのはしゃぐ声と笑顔は魔王軍大広間のモニターにも映されている。
現地の魔王軍スタッフが耳や襟元につけている音声通信用の魔道アクセサリーからも聞こえていた。
花畑の地下にはりめぐらされていたトンネルでは熊獣人や兎獣人の造園スタッフがハイタッチを交わす。
ミラさんはチカとハルちゃんの様子に目を細めながら、誰にともなくつぶやいた。
「でも地方のテーマパークが次々と閉園になっているご時世に、これほどの手入れをできるなんて……?」
ハルちゃんはなんの悪気もなく絶賛を続ける。
「すごすぎ! まるで『魔法の国』みたい!」
ミラさんは苦笑して、かすかに首をかしげた。
地下の造園スタッフは青ざめて静まりかえった。
悪魔王サタンダンはやれやれと首をふり、指をパチンと鳴らす。
「こまけーところに気がついちまうじゃねえかミラちゃんよう?」
そして迅速な処断をがなる。
「気合の入れすぎで再現度を下げちまうオチャメな手下どもに鞭打ち一回! ヤケ酒ボーナス一枚!」
地下トンネルにいた鼠獣人に見える小柄なスタッフが、突如として不似合いな野太い吠え声を轟かせた。
「グルルグルオオオオ!」
みるみる倍以上にふくらんで熊獣人よりも大きくなり、狼に近い顔つきと牙に変形し、コウモリの両翼と四本角を飛び出させる。
長く太い尾を四本に分けて鞭のようにふりまわし、突風のようにトンネルを駆けまわって数十名の監視対象へ打ちつけていく。
「キサマラオツカレサマデス!」
ミミズ腫れの痕には日給の数倍に相当する額の金貨もめりこんでいた。
そんな賞罰の光景までモニター中継され、大広間会場からの野次や声援を引き出し、現地スタッフ一同の背筋を正す。
サタンダンは手の平を握って見せて会場の静聴を要請し、ふてぶてしい笑顔のまま眉根を寄せた。
「めんどくせえけどなあ? 元世界の連中にとって不自然なもの……魔法が本当に存在するなんて、毛ほども思わせねえように仕向けねえとなあ? 魔法をろくに知らねえまま育った連中は、魔力の制御なんて意識したこともねえし、魔力に敏感すぎるからよう?」
解説口調に合わせて巨大モニターの画面が分割され、図解が表示される。
「魔法世界で生まれ育てば、良くも悪くも魔法には慣れちまう。魔法が暴走しにくい代わりに、数学で公式をあてはめるように! 呪文や魔法陣で意識を整えなけりゃ、魔力を操りにくい……」
物騒な書体の字幕で『テストに出るクソ設定!』と表示された。
「元世界の魔法童貞どもが無造作に垂れ流す『使われなかった魔力』は魔法世界へ流れこんでくる! だからこそオレたちゃ『魔法』をたっぷり使えているわけよう? ところが元世界育ちの連中には、歯止めがねえ……」
会場にうめきが広がる。
「元世界人どもが魔法世界で『魔力は操れる』なんて意識しはじめちまったら、オレらの魔力油田ちゃんも時限爆弾に早変わりだぜえ!? なんの悪気もねえガキどもでさえ、素質によっちゃ災害なみのめんどうごとを引き起こす! それを意識して使いはじめちまえば『勇者様』の誕生ってわけよう!?」
大広間に聞こえよがしなため息があふれた。
サタンダンは映画監督コスプレのハンチング帽とセーターを観衆へ投げ与え、マントを羽織りなおす。
折りたたみイスも客席へ蹴り飛ばされ、観衆は競って顔面で受けとめに群がった。
「かといって接待なんざクソめんどくせえ! 元世界で勝手に繁殖してくれてりゃいい! ところが元世界のおえらいさんときたら、政治を共喰いと勘ちがいしてやがるゾンビもどきのクズアホだらけだ! 自分らの世界を自分らで喰いつぶす三流未満の漫才なんぞを流行らせて勝手に絶滅しかけてやがる! オレらの魔力養殖場がズタボロだぜえ!?」
ブーイングが巻き起こり、サタンダンはオーバーな手ぶりと軽妙なステップでさらに挑発する。
まだかけていたサングラスも「ふんは!」と気合の眼光だけで爆砕してみせた。
「魔法世界まで巻きぞえでオジャンさ!? ど派手な魔法を使えなくなるとか、クソ高価な魔道機材がガラクタになるとかはどうでもいい! 魔力で自重を支えている竜や巨人どもが息も吸えなくなったり、病気や毒への耐性も下がって絶滅する種族が爆増したり……一番の問題はそこじゃねえ! オレらは何者だ!?」
煽りに応えて「栄えある魔王軍!」と一斉に吠え返される。
「そう! ワイルドでセクシーなオレ様と、そのかわいい仲間どもだ! よそもの連中のいかれた都合にふりまわされて魔王軍なんざ名乗れねえ!」
ここぞとステージライトが集中し、バックバンドも即興演奏をかき鳴らす。
「ダンディでチャーミングなオレ様としては! 哀れな元世界人どもを超一流の舞台劇へご招待して! 骨の髄まで誑かしてやろうって魂胆だぜ~え!?」
巨大水晶モニターの周囲では岩小人が忙しく動きまわって編集用の魔道機材を操作し、里小人は卓上サイズの情報端末水晶で通信音声や中継動画を整理していた。
「魔王軍の全部隊から、ごきげんな精鋭どもを選りすぐってきた! 今日の職場もレア魔獣ひしめく『幻妖大魔丘』なら、やりがいしかねえだろうが!?」
サタンダンはさらなる檄を飛ばして拳を突き出す。
「絶対に譲れねえものなら暴力でぶんどれ! ぶっ殺されまくりな元世界人どもをオレらでぶっ生きのびさせて、魔力をしぼりだす家畜として飼いならす! 魔王軍総司令『悪魔王』サタンダン様の愛にあふれた『元世界人家畜化計画』の按配はどうよ~!?」
万雷の拍手と共に政策方針への評価として「セクシー!」「ダンディー!」「チャーミング!」などの絶賛が叫ばれる。
そんな大騒ぎなんか知るはずもないオレは同じ時刻に案内パンフレットをつまらなそうにめくり、掲載写真と周囲の山々を見比べて首をかしげていた。
「前に家族で来たことあるけど、あんなにギザギザしてなかったような……?」
別会場の悪魔王はモニターの中学生男子へ中指を立てる。
「クソこまけーこと気にしてんじゃねえぜボーイ!? あれでもギリギリまで穴埋めした成果だぜえ!? だが突貫工事をねぎらうタイミングの提供には感謝してやる!」
もっと急峻で奇抜だった地形が、うわべの工作で隠されていた。
バスから見える範囲だけ、急なくぼみや亀裂には屋台骨を組んで盛っている。
遠くの丘だと、ハリボテの中で現地スタッフが食事や治療をしている様子まで裏側から見えた。
道路も一部は石像巨兵が密集陣形で支えている。
山のあちこちに開いていた大小の横穴も、雑草をくくりつけた格子板を重ねてふさいでいた。
植林が間に合わなかった部分は樹人の群れで埋め、それでも足りない一部は巨竜や巨人を立たせて樹精をしがみつかせている。
「右手に見えますは『竜魔王』配下のデカブツどもがかじり削った山頂の数々! 左手に見えますは『巨人魔王』配下のマッチョどもがなぐり削った山頂の数々! 職人仕事による『クソつまんねーど田舎の山々』を讃えておくぜえ!」
大広間で巨竜部隊の中心に寝そべっていた特に大きな一頭は黄金と宝石のアクセサリーにまみれた首をもたげて「ソレヨリキュウリョウアゲロ!」と咆哮した。
巨人部隊の中心に座す特に大きな一体は大鐘のような鉄兜で重々しくうなずき、大剣サイズのアイスキャンディを貪る。ソーダ味。
悪魔王サタンダンは両腕を広げて哄笑した。
「ハッハーア!? 少ねえチャンスだ気張れやオイ!? オレら『四魔王』の中じゃ『妖精魔王』ちゃんがダントツで手柄を立てやすい配置だぜえ!?」
バスの最後部席でどっしりと身構える都森留世里先生は編んでいる金髪をほどけば腰より長そうで、耳の先が隠れるように巻きつけていた。
かなり若く見えるのに『一組担任』だけでなく『教頭』とも書かれた腕章をつけていて、いつでも厳格すぎる眼光を周囲へ走らせている。
「生徒一同、静粛に。貴様らは七分後に目標の牧場へ展開する。到着次第に迅速な班行動を開始すべく、各自の指揮系統と進行経路を再確認せよ。この野外探索にて、己が知見と連携技能をぬかることなく充足させるのだ!」
口調も独特だった。
重厚な気配を受け流すように、ミラさんはオレへ流し目を向けて微笑する。
「シンヤくんは成長したから、景色もちがって見えるのかもね?」
高校生の先輩たちも「アタシはこのへんも再開発工事しとるって聞いたなー?」とか「温暖化で育つ植物も変わっとるらしいから、そう見えるんかねー?」などと続ける。
吠崎蘭礼香さんと吠崎蘭次郎さんはヒコさんと同じ学年だけど、いつもだらしない格好と態度なのに。
オレはそういうみんなの『さりげないふりをしたごまかし』が気になって目を合わせにくいのに。
「まあ、そうなのかな?」
気にしていないふりを演じて返す。
なにも知らない子供のふりは、ずるい大人へ近づく第一歩かもしれない。
もう誰をどこまで信じていいのか、わからなくなっていた。
オレしかチカを守れないのに。
ひきこもって調べていてもわからないことだらけで、もう体当たりで探りをいれるしかなさそうだった。




