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第6話

 


「では、まずドレスの案だけど……」

 

 そう言ってステファン殿下は、サクサクと幾つかのドレスのデザイン案を出して来た。

 明らかに事前に用意していたことが窺える。


「どうかな? リュシエンヌ嬢の希望はある?」

「え? 私の希望……ですか?」


(なぜ? 私の希望を聞くの?)


 不思議に思った私がきょとんとした顔をすると、殿下もつられたようにきょとんとした顔になった。

 しばし、私達は無言で見つめ合った。


「……」

「……」

「え? はこっちのセリフだよ。何でそんなに驚いた顔をするんだい? ドレスを着るのは僕じゃなくてリュシエンヌ嬢なんだよ?」

「そ、そうですよね……」


 促された私はドレスのデザイン案をチェックしていく。

 困ったことに好みのデザインばかりだった。


(驚いたわ)


 まさか私の意見も、ちゃんと取り入れてくれようとするなんて思わなかった。

 そんな当たり前の事に驚き、そして感動してしまう。


 漫画の中でのステファン殿下は意見なんて聞かずに適当にドレスを贈って来た。

 あのリュシエンヌに全く似合わなかったドレスは何だったの?

 そう思わずにはいられない。




 こうしてステファン殿下は終始そんな調子で、パーティーに向けての準備や必要な事をどんどん進めていく。

 そんな殿下の様子には私の知っている“バカ王子”の面影は微塵も無い。


(はっ! まさか、殿下も私と同じで頭でも打ったのかも!)


 それですっかり性格が変わってしまってまるで、別人のように──……

 あまりの変わりっぷりにそんな妄想もしたりしたけれど、こんなバカみたいな話がそうそうあるわけないか、と思い直した。


「リュシエンヌ嬢、どうしたの? なんだか心ここに在らずな様子だけど?」

「い、いえ! 何でもありません!」

「そう?」


(あなたの様子に驚いておりました…………なんて言えない!)


 私は恥ずかしくて下を向く。


「それじゃあ、もう少し説明を続けるよ」


 ステファン殿下はそう言って次に、パーティーの大まかな流れと段取りを説明してくれた。


「──とりあえず、今はこんな感じ。変更があれば都度、また説明するから」

「あ、ありがとう、ございます」


 お礼を言いながら、私の脳裏には漫画でのワンシーンが浮かぶ。


────……


『はんっ、貴様はパーティーの段取りも知らないのか! この俺が事前に説明してやっただろう? 頭の悪い女だな!』

『い、いえ、殿下。私は一切説明など受けてはいませ……』

『黙れ! 俺に口答えするのか!』


 パーティー当日。

 事前の説明などはなく、何をしたら良いのか分からずオロオロするばかりだったリュシエンヌ。困ったリュシエンヌが縋るように伸ばした手を振り払いながらステファンは怒鳴りつけていた。


────……

 

(あの傲慢なステファン王子は本当に何処へ行ってしまったの……?)


 どんどん私が想像していたパーティーと違う方向に向かっている……

 それだけは理解出来た。



 そして、次はダンスの練習。

 まずは私がどれくらい踊れるか試そうという事で軽く一曲踊ることになった。

 手を取って腰を抱かれて踊りながら殿下は私に言った。


「……本番で初めて踊る……というのもいいとは思うけど、やっぱり踊りにくいだろうしね」

「それは……まあ、そうですね」


 私は頷いた。

 もちろんダンスは基礎として学んでは来たけれど、正直に言えば、それ程得意ではない。なので練習の時間を貰えるのはかなり有難い。


「……」


 そして、再び私の脳裏に浮かぶのは───……


『おい、リュシエンヌ! 何だあの下手くそなダンスは! この俺に恥をかかせやがって!』


 …………以下略。


 そんな私の知っている漫画のステファン王子とは違い、殿下のダンスはさすがと言うか上手くてとても踊りやすかった。

 私が多少ステップを外したり乱れたりしても、うまくカバーしてくれる。


「と……とても、踊りやすいです……」

「そう? なら良かった。たくさん練習したかいがあったかな」

「練習……ですか?」


 意外な気がして驚いてしまう。

 でも、やはり王子ともなるとダンスをする機会は多いのでみっちり叩き込まれてきた……

 そういう話かなと思った。

 けれど、殿下はここでも意外な言葉を口にした。


「当たり前だろう? 一緒に踊る女性に恥をかかせるなんて以ての外だ!」

 

 殿下は真面目な顔できっぱりとそう言い切った。

 まさかのその言葉を聞いた私の胸がキュッと苦しくなる。


(何、この気持ち……)


 そして、繋がれている手まで熱くなってくる。

 このうまく言葉にできない気持ちは……なに?


「こういう時、不甲斐ないのはリード出来ない男の方なのに、相手の女性の方が責められるなんて、どう考えてもおかしな話だからね」


(……あれ?)


「で、殿下……?」

「ん? あぁ、今のは一般論だよ。そうならないように僕は昔から努力する事にした、そういう話だ」

「そう、ですか……」


 頷きながらも私は考え込む。

 どうしてかしら?

 今、何かが私の胸に引っかかった気がした────




「よし! とりあえずこんな具合かな」

「……っ!」

「リュシエンヌ嬢、どうしたの?」


 ダンスを終えて言葉を失っている私の顔を不思議そうに覗き込む殿下。


「い、いえ……ちょっと疲れた……だけ……で、す」


 ハァハァと私は肩で息をしながら答える。

 ステファン殿下のダンス練習はかなりのスパルタだった。


(この人はバカ王子……ではなくて、スパルタ王子だわ!!)


 そうとしか思えない。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、殿下は苦笑しながら謝ってくる。


「ごめん、ごめん。つい熱が入ってしまった」

「ほ、本当……ですよ……ハァハァ」

「でもさ、()()()()()()リュシエンヌ嬢ならついて来てくれると思ったらつい……さ」

「……」


 殿下はそう言って謝るけれど、この顔は絶対に悪いなんて思っていない。

 なぜなら途中から、私が四苦八苦しているのを楽しんでいたのをずっと感じていたもの。

 私はムッとして殿下を軽く睨む。


(不敬? そんなの知らない!)


「ははは、リュシエンヌ嬢。そんな顔しないで? 可愛い顔が台無しじゃないか」

「……か!?」

「うん。君は……その、可愛いよ」


 殿下は少し頬を染めながらそんなとんでもない事を言う。


(か、かかか可愛……可愛いですって!? 今度は、何を言い出したの!!)


 カカッと私の顔も赤くなり熱を持っていく。

 私は頬を押さえながら訴えた。


「お、お願いですから、そ、そんな事を軽々しく口に……出さないで……下さい……!」

「え? あ、う、うん。ご、ごめん……」


 私達は互いに頬を染めながら見つめ合う。


「……」

「……」

 

(な、何なの? この空気)


「あ……の」


 変な空気になってしまったので、どうしようかと思った私が言葉を発しようとしたその時だった。


「失礼します。殿下、もうすぐ公務の時間ですがー……」


 この声は殿下の従者。ちょうどお迎えにやって来た。


「「!!」」


 私達は互いの顔を見つめ合ったままビクッと大きく肩を震わせた。

 その様子を見た殿下を呼びに来た従者もしまった! という顔になる。


「……あー、すみません。邪魔してしまいましたかね?」

「してない!」

「してません!」


 私達の声がピッタリ重なる。


「……あー、これは息がピッタリですね?」

「そんな事はない!」

「そんな事はありません!」


 またしても私達の声が重なった。

 この様子に耐えられなくなったのか、ブハッと迎えに来た殿下の従者が思いっ切り吹き出す。


「お二人共、せ、説得力が全くないですよー……ブハッ」

「「……っ!」」

「ほら! って、ははは、失礼しました! …………いやぁ、お似合いの二人ですねー」


 従者は明らかに笑いを堪えながら、最後に小さな声でそう言った。


(ちょっと聞こえてるわよ!!)


 私達が、お、お似合いですって!? 全くもう!

 そんな変な事を言わないで欲しいわ。

 だって私達は本当は不仲で──……


 駄目だ。

 どうしてこんな事になっているのかさっぱり分からない。


(本当に、調子が狂う……)


 知っていたはずのストーリー。

 なのに、どんどん話が思ってもみない方向に進んでいる気がして、私はますます落ち着かなくなった。


 

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