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第5話

 


「そんなに驚く?」

「驚きますよ……」


 伯爵令嬢の私ですら自分では並んだりしない。

 シシーとか、他の使用人が並んでくれて……

 なのに、王子様が自ら並ぶとか……驚かないはずがない!


「そ、それに殿下はお忙しいのでは?」

「うん。その分、早く起きてやるべき仕事は片付けて来たよ」

「……!」


 そこまでして? と私は目を丸くして驚く。

 そんな先程から驚いてばかりの様子の私を見ながら殿下は言う。


「“大切な婚約者”の喜んだ顔がみたいのに、他人の力だけで用意しても意味なんて無いからね」

「殿下……?」

「手助けをしてもらう事丸投げする事は違う。まぁ“王子”として正しい行動かどうかは勿論、別問題だけど」

「……」


 護衛付きとは言え、王子がフラフラと街へ出歩く事を問題視している?

 それでも私の為に自らの手で買いに行こうと……この人は思った……?

 そう感じた。


「そういうことだから、リュシエンヌ嬢はただ、素直に『嬉しい』と言って笑ってくれればいいんだよ」

「!」


 そう言われて嬉しくないなんて言うほどバカじゃない。

 それに“嬉しい”という気持ちが、私の中に自然と湧き上がって来ていた。


「で、殿下、その……嬉しい……です。ありがとうございます」

「……っ!」


 その言葉につられて私が微笑むと、殿下は自分で笑ってお礼を言えと言ったのに、照れ臭そうに私から目を逸らした。

 


 殿下の用事は、本当にコレを渡すことだけだったようで、渡し終えた殿下は急いで王宮へと帰って行った。


(本当に忙しいんだわ……)


 それなのに私の為に時間を割いて……

 本当に本当に思う。

 あれは、ステファン殿下なのか、と。


(どうして漫画のようなバカ王子になってくれないの?)


 それとも、これから“何か”が起きて彼の性格が豹変するとか?

 もしくは、アンネが現れて二人が出会えば……


(でも、ステファン殿下とリュシエンヌの関係はアンネが現れる前から険悪だったはず……)


 そう思うとやっぱりおかしい。


「お嬢様」

「シシー?」


 考え事をしていたせいで、ぼんやりしている私にシシーが声をかける。


「お茶でも淹れましょうか?」

「え?」

「お嬢様がその大事に大事に抱えている殿下に頂いたお菓子。早く食べたいのでは?」

「うっ!」


 さすが、シシー。見透かされている。

 

「…………お、お願い」

「はい、承知しました」


 私が小さな声でそう口にすると、シシーはふふっと笑いながらお茶の準備をしてくれた。

 そして、待望のお菓子を口に運ぶ。


「…………美味しい!」


 やっぱりこの店の焼き菓子は美味しい。私の大好きな味。

 だけど……


「不思議……いつもよりも美味しい……気がする」


 無意識にそう呟いていた私に向かってシシーが、

「お嬢様は素直ではないですね~」

 なんて言うものだから、何だかとても照れ臭くなってしまった。


(今回、殿下がこういう事をしたのは私が“怪我”をしたからよ!)


 だから、たまたま漫画ではなかった出来事が起きてしまったに違いない。

 私は必死にそう思おうとした───……

 そう思わないと、私が迎えるはずの“ハッピーエンド”が揺らいでしまう気がしたから。



 だけど───……



「リュシエンヌ嬢! 来てくれてありがとう」

「よ、呼ばれましたので……」


 それから数日後。

 なんと、今日は私が王宮に呼び出された。


(王子に直々に呼ばれて断れるわけがないわ……)


「あー、その顔はやっぱり不満だよね……本当にごめん」

「え?」

 

 その言葉にドキッとする。

 内心は、何故……? と思っていたけれど、不貞腐れた顔をしたつもりはなかったのに……

 戸惑う私を見て殿下は、ははは、と笑った。


「リュシエンヌ嬢は分かりやすいよね、ほら、むか……あ、いや、何でもない」

「?」


 殿下は何かを言いかけて止めた。

 何を言いたかったのか気にはなったけれど、私としてはとりあえず、今日の呼び出しの理由の方が気になる。

 

「それで、今日私を王宮に呼び出したのは何故ですか?」

「あぁ、うん。ほら、リュシエンヌ嬢が婚約者に選ばれた先日の夜会でも話があったけど、正式な君のお披露目パーティーを近々開く事が決定している」

「あ……」


(そうだったわ!)


 確かにそういう話だった。

 そして、私は気付く。でも、そのパーティーって漫画では……


 ───ステファン殿下の婚約者として、正式にお披露目されるのよ~!

 なんて浮かれてウキウキしていたリュシエンヌに訪れる試練のパーティーだわ!


「その打ち合わせをしたいと思ってね。本当は僕がルベーグ伯爵家に行ければ良かったんだけど」


 忙しい殿下に合わせて私が出向く方が都合が良いというわけね。

 だって、私が忙しくなるのはこれからだ。

 このパーティーの後、正式に私のお妃教育が始まり、さらには殿下と共に王立学園に入学する。


(お妃教育は大変だけど、断罪後の隣国の皇子様の元に行く時に絶対に必要なスキル!)


 だから、絶対に手は抜けない。

 決して、ステファン殿下の妃となる為に頑張るわけでは…………ない!

 その為にも“試練のパーティー”をまずは乗り越えることが大事。

 これはリュシエンヌにとっての大きな試練。


 婚約者お披露目の場の筈なのに殿下に思いっ切り冷たくされる屈辱のパーティーなのよ。

 おざなりに贈られたドレス……おざなりなエスコート……おざなりのダンス……

 そんな扱いをステファン殿下から受けるリュシエンヌは当然だけど嘲笑の的。

 誰もが“この婚約は失敗だ”と悟る。


 ───はずなのだけど。


(今、打ち合わせと言った?)


 私はおそるおそるステファン殿下の顔を見る。

 殿下は私と目が合うと「うん?」と首を傾げた。


「まずは、僕と衣装の合わせをしないといけない」

「衣装合わせ……」


 ──おざなりのドレスは?


「リュシエンヌ嬢は、慣れない事ばかりで大変だろうから、段取りも頭に入れておいた方がいいと思うんだ」

「段取り……」


 ──おざなりのエスコートは?


「ダンスも披露しないといけない。僕と踊るのは初めてだから、ある程度の練習をしておいた方が良いよね」

「ダンス……」


 ──おざなりのダンスは?


「……」


(…………おかしい。このままでは、屈辱のパーティーにならない気がする)


 今後の予定を嬉しそうに話すステファン殿下の顔を見ながら私はそう思った。


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