第4話
────……
「ステファン様」
「アンネ? どうした?」
「実はこれ……なのですが」
アンネはそう言って、ステファン王子にビリビリになった自分の教科書を見せる。
「なっ!! これは誰がやったんだ!?」
「分からないのです。でも……」
アンネは途中まで言いかけて口を噤む。
ステファンはその先を聞き出そうと優しく問いかける。
「でも? 何だい、アンネ。言ってみてくれ」
「ですが、これだと告げ口みたいになってしまいます……」
アンネは躊躇う様子を見せる。
そんないじらしさにステファンの胸は高鳴った。
「だが、これは放っておくことが出来ない話だ! 犯人に心当たりがあるなら教えてくれ」
「犯人かどうかは……分かりません。ですが、慌てて教室から出て行く人の姿は……見ました」
「……それは誰だ?」
厳しく目を光らせるステファンの問いかけに、アンネは躊躇いながらもついに口を開く。
「私が見たのは…………リュシエンヌ様、です」
「なん……だと!? リュシエンヌ! あの女……やはり性悪だったか!」
「ステファン様……」
ステファンはリュシエンヌへの怒りを募らせる。
こうしてステファン殿下と婚約者であるリュシエンヌ嬢の溝は、どんどん深まっていくことになる──
────……
「…………はぅあ!」
私はまたしても変な声を上げながら、目を覚ました。
どうやらまた、あの漫画の世界の夢を見ていた。
昨夜寝られなかったせいで、ついうたた寝をしてしまっていたみたいだった。
「……」
(やっぱり記憶の中のステファン殿下はあんな感じなのよね)
リュシエンヌの事がとにかく嫌いで、いつだって敵意むき出し。
確かあの後、リュシエンヌを呼び出して、くどくど責め立てていたはず。
それなのに!
「何であんな、フニャッとした人になってしまったのよ……」
私は頭を抱える。
考えても考えても結局その答えは出ないまま。
はぁ……と、大きなため息を一つ吐いたその時、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ?」
「お嬢様、失礼します!!」
「シシー?」
シシーが慌てた様子で入室して来る。
この様子は只事では無い。これは何かあった?
「お嬢様、急いで湯浴みとお着替えをお願いします!」
「……何故?」
今日は出かける予定などなかったはず。
私が不思議に思って首を傾げていると、シシーは真面目な顔つきで言った。
「連絡がありまして、ステファン殿下がこれから訪問されるのです! 失礼のないようにしなければなりません!」
「…………は?」
咄嗟にシシーの口にした言葉が理解出来なくて聞き返した。
「シシー? もう一度言ってくれる?」
「ですから、ステファン殿下がこれから我が家に訪問されます! お嬢様にはその為の準備を進め……」
「待って! どうして殿下が!?」
「お、お嬢様!?」
私は思わず叫びながらシシーに縋りついた。
縋りつかれたシシーも困惑している。
だって!
昨日の今日で再び訪ねて来るとはなにごとなの?
(まさか)
昨日のナヨナヨしたあの姿は私を油断させて騙す為のもの。
で……今日は真に受けた私を嘲笑う為にやって来る、とか?
「私に聞かれましても……私は旦那様からそう聞かされただけです」
「うぅっ……」
シシーに聞いても意味が無いと分かってはいたわ!
分かっていたけれど……聞かずにはいられなかったのよ!
私はガックリ肩を落とした。
「リュシエンヌ嬢! 突然ごめんね」
「い、え……殿下、ようこそいらっしゃいました」
そうして、内心でビクビク怯えながら出迎えたステファン殿下は、とても爽やかな笑顔と共に私の前に現れた。
(やっぱりキラキラ……眩しいわ)
とりあえず、私のことを嘲笑う様子は見受けられないのでホッと胸を撫で下ろす。
そんなステファン殿下は申し訳ないという表情を浮かべて言った。
「昨日の今日でまた訪ねるなんて迷惑なのは分かっていたんだけど」
「……」
「どうしても、これを早くリュシエンヌ嬢に渡したくて」
「え?」
はい、どうぞ。
そう言った殿下から渡された物は──……
(う、嘘でしょう!?)
「あの! こ、これって、まさか! 街でとても人気の焼き菓子……ですか?」
私の目が輝く。
これは、開店前から並ばないと絶対に買えないと言われるかなりの人気商品。
開店と同時に即完売することでも有名な街のお菓子だった。
「そうなんだ! 昨日、リュシエンヌ嬢が好きだと言っていたから、どうしても君にあげたいと思って!」
「……え!」
昨日の会話……
確かに好きな物を聞かれた時、確かにこの店の焼き菓子が好きだと答えた。
「ですが、それは次に訪ねて来る時の手土産……というお話では?」
「うん、だからこうして来た」
「……」
ステファン殿下はにっこり笑ってそう答える。
それは、確かにその通りだけどそうじゃない!!
私は頭を抱えた。
そんな私を見てステファン殿下は不安になったのか、微笑みが消えた。
「あれ? 好きだと言っていたのはもしかしてこれじゃ……なかった、かな?」
「い、いいえ! これです。これ、好き……です」
間違ってはいない。
今、私が手にしているこの焼き菓子は昨日、私が好きだと口にした物で間違いない──
「…………そっか、よかった!」
「っ!」
ステファン殿下は少し照れながら、ドキドキしちゃったよと嬉しそうに笑った。
(どうせ、使用人に買いに行かせたのでしょうけど!)
けれど、これは絶対に並ばないと買えない物。
わざわざ私の為に命令を……?
「それにしても知らなかったよ。お店ってあんなに朝から並ぶものだったんだね。人気店では当たり前の事なのかな?」
(……ん?)
この王子様、今なんて言ったかしら??
「並ぶ……ですか?」
「そう! 開店1時間前には、並んでいた方が良いと聞いてね。せっかくなので2時間前くらいから並んでみた」
殿下は興奮気味にそう言った。
「…………誰がでしょう?」
「え? もちろん、僕だよ?」
「……」
「……?」
───モチロン、ボクダヨ?
「で、で、殿下……」
今、聞こえた言葉が信じられず声が上ずる。
「うん?」
「私の耳がおかしくなったのでしょうか」
「ん? 耳?」
殿下は不思議そうに首を傾げている。
「今、私の耳にはこのお菓子を購入する為に“殿下が”並んだと聞こえ……ました」
「……」
少しの沈黙の後、ステファン殿下は盛大に笑いだした。
「ははは! だからさっきから言っているよ。僕が並んだとね」
(認めたーー!?)
「そ、そんなの、だって!」
「あぁ、もちろん、一人ではないよ? ちゃんと護衛はついて来てたから」
「そ、そういう、問題ではありません!」
私は声を荒げながらもチラッと、この部屋にも控えている殿下の護衛に視線を向ける。
私の視線に気付いた護衛は、静かにコクリと頷いた。
「!?」
嘘じゃない?
王子が? 好きでもない婚約者の為に、わざわざ並んだ?
(これは、どういうことなのよ~~!?)
またしても、私の頭の中は大混乱に陥った。