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第3話

 



「突然、訪ねてすまない。リュシエンヌ嬢。具合はどうだろうか?」

「……」


 そうして我が家に訪ねて来たステファン殿下は、とてもキラキラしていた。


(眩し……何でこんなに、キラキラしているの……)


 眩しさにも驚いているけれど、失礼ながら殿下の礼儀正しさにも私は驚いている。

 あの記憶の中にある、アンネを侍らかしてふんぞり返っていた偉そうな王子じゃない……


「リュシエンヌ嬢?」

「……あ、いえ。すみません、本当に殿下がいらっしゃったので驚いてしまって声が……」

「ははは、何それ」

「!?」


 殿下は(漫画の中で)見たことも無い笑顔を見せて笑った。


(嘘でしょう? ……記憶の中の殿下と全然違う!)


「でも、そんなに緊張しないでくれると嬉しい」

「!」


 内心で大いに戸惑っている私のことにも気付かず、殿下はそっと私の手を取って優しく握る。

 そして、ほんのり頬を赤く染めて言った。


「だって僕らは、婚約者になったんだから」

「!!」


(誰よこれーーーー!?!?)


 今、目の前でニコッと笑って微笑んでるこの人は、本当に本当に()()ステファン殿下なの?

 それからどうして、自分のこと僕とか言っているの? 偉そうな俺様王子はどこへ行ったの?


(そして、胸がドキドキするのは……リュシエンヌの記憶のせい?)


「ん? 顔が赤い? ごめん、やっぱりまだ具合が悪かったかな?」

「い、いえ、そうではなくて……」

「あ、でも、転んで頭を打ったんだっけ……? 顔が赤くなるのとは関係無いのか……な」

「っっ!!」


 間抜けな行為もばっちり知られているーー!!

 それはそれで気恥しい。

 そして殿下は更に心配そうな表情になって私に向かって手を伸ばす。


「打ち付けたのは頭のどの辺り? 腫れたりはしていない?」

「──だ、だ、だ、大丈夫です! 軽く、そう、軽~く頭を打っただけですから……」


 私はその手をさりげなく避けながら必死に答える。


「軽く?」

「そ、その、本当はお見舞いに来てもらう程の怪我などではなく……えっと……ただ、周りが大袈裟に騒いでしまっただけでして!」


 色々と混乱しすぎて自分でも何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

 そもそも、打ち付けた頭も本当に軽くだったかどうかも知らない。


「そう? まぁ、リュシエンヌ嬢は僕の婚約者に決定したばかりだから周りも大袈裟に騒いじゃったのかもしれないね」

「……」

「でも、僕としては無事で元気そうな君の顔が見れて良かったよ」


 ステファン殿下はまたしてもニコッと笑う。

 その笑みは私の記憶の中にあるあの歪んだ笑顔とは大きく違う。


「殿下……」

「夜会ではゆっくり話せなかったし。怪我のせいとはいえ、こうして話せる時間が取れて良かったよ」

「……」

「実は色々忙しくてね。お見舞いなら……ということで、どうにか会いに来れたんだ」


(あ……)


 そう言われて思い出す。

 漫画では婚約者に決定した後、殿下が多忙という理由でリュシエンヌとはまともに顔を合わせる機会がないまま日にちだけが過ぎていった。

 せっかく婚約者になれたのに……とリュシエンヌはかなり落ち込んでいたはずだ。

 そして実は、多忙というのはリュシエンヌと会いたくない殿下の真っ赤な嘘だったことも後で判明する……

 それなのに今、目の前の殿下は忙しいけれどお見舞いを口実に会いに来れたなどと言っている。


(おかしい……)


「わ、わざわざ私の為に、お忙しい中、あ、ありがとうございます」

「いや……僕がリュシエンヌに会いたくて勝手に来ただけだから」

「!」


 とりあえず、私がお礼を伝えると殿下はまた、少し照れながら嬉しそうに笑った。


(本当に調子が狂う……)


 私がその顔を直視出来なくて戸惑ってしまい、うまく顔をあげられずにいると、殿下は笑顔で訊ねてきた。


「ところで、リュシエンヌ嬢。君の好きな物は何だい?」

「好きな物……ですか?」

「そう。お見舞いにと思って色々用意しようと思ったんだけど、怪我人の負担になることは止めろと周りに言われてしまって」


 殿下はそう言ってやれやれと肩をすくめる。


「……」

「それなら、いっそのこと、もう直接聞いて次に来る時はリュシエンヌ嬢の好きな物を持って来たいなと思っ………………リュシエンヌ嬢?」


 私が驚いたまま固まってしまったせいなのか、ステファン殿下も戸惑いの表情を見せた。


「あ……もしかして、迷惑だった?」

「そ、んなことはありません! ただ、驚いただけです……それに、“次”って……」


 次があるのかと私は不思議に思って訊ねる。


「だってさ、僕にだって息抜きさせてもらってもいいと思わない?」

「息抜き……」

「そう。せっかく出来た婚約者に会いに来るくらいさせてもらっていいと思うんだ」

「……」

「そういうわけでリュシエンヌ嬢! 次に君を訪ねて来る時の手土産は何がいいかな?」


 そう言いながら、照れくさそうに微笑むけれど、どこか強引なステファン殿下。

 もはやあの漫画の中で婚約破棄宣言していた王子とは別人にしか思えなかった。



─────……



「別人、二重人格? いったい何が起きているの。あれは誰? 殿下の面の皮を被った偽者……?」


 殿下が帰られた後の部屋で、私は一人でそう呟く。

 あの記憶の中なにある断罪シーンの時までまだ日があるとはいえ、あの様子は完全におかしい。

 果たして人間の性格は、あそこまで変わるものだろうか?


「あれでは、普通に婚約者を大切にしようとする誠実な王子よ……冷遇どこ行ったの」


 私は頭を抱える。

 こんなの完全に調子が狂う。

 記憶通りに冷遇されている方がこの先の事を考えると、どう考えても楽だったのに。


「それともこの世界は私の思ってる世界とは違うとか? ……まさかね」

 

 自分の容姿もステファン殿下の容姿も寸分狂うことなく漫画で見た通りだ。

 そうなると、他に考えられるのは──


「私が間抜けにも転んだせい?」


 だから、本来のストーリーになかったお見舞いという話が発生してしまった?


「でも、それは王子の性格の改変の理由にはならないわね……」

 

 ならば……何故なのか。

 結局、私は答えが出せないまま、その日は眠れぬ夜を過ごした。


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