第28話
どうして、ステファン様はそんなに気まずそうな表情をするの?
そう不思議に思った。
すると、ステファン様は躊躇いがちに口を開く。
「リュシー……軽蔑しないで聞いてくれる?」
「え? 軽蔑、ですか?」
「うん。リュシーに軽蔑されて嫌われてしまったら生きていける自信がない……」
(そ、そんなに……?)
思わぬ愛の大きさに驚きが隠せない。
「ステファン様? 私、先程も言いました!」
「え?」
「あなたが今、私を好きでいてくれるのなら、私が婚約者に選ばれた方法なんてどうでもいい、と」
その言葉にステファン様はハッとする。
「……そうだね。はは、うん、そうだった。リュシーはそういう人だった」
ステファン様は何かを噛み締めるようにそう口にすると、そっと私の頬に手を触れる。
そして安心したのかフニャッっと力無く微笑んだ。
「ふざけるな──どうでも良くないぞ!」
「そうよ、そうよ!」
それなのに外野がうるさい。
「うるさいです! 関係ないあなたたちは黙っていて下さい!」
「くっ!」
「なっ!」
ピーチクパーチク騒ごうとする外野二人に向かって、私は睨んだ。
そんな私の態度に二人が驚いて黙った所でようやくステファン様が言った。
その顔は少し寂しそう。
「僕、あの時、実は…………イカサマをしたんだよ」
「え?」
「僕は絶対にリュシーが欲しかった。絶対にリュシーを引き当てたかった。だから、イカサマをしたんだ」
「!」
何だと!? ふざけるなーー!
と、騒ぎ出したどこかの皇子を無視して、私はステファン様の目をじっと見つめる。
(イカサマ……)
だから、態度がおかしかったのね?
ようやく腑に落ちた。
そんなステファン様は顔を俯けながら語る。
「……あの頃のリュシーの話を信じていなかったわけじゃない。理由や状況が何であれ“婚約者を釣書の中から適当に選ぶ”という場面が本当にやって来たわけだから」
「ステファン様……」
「きっと、何もしなくてもリュシーが選ばれる。そんな気はした。でも、やっぱり僕はそれを確実にしたかったんだ。適当じゃない。僕はリュシーが欲しかったんだから」
「……」
「本当はこんな形ではなく、もっと早く堂々とリュシーに婚約を申し込めれば良かったのだけど、パヴィア公爵がね……」
そう語るステファン様はどこか遠い目をしていた。
公爵は自分の娘を婚約者にしたいが為に、他にも妨害行為をしていたのかもしれない。
だから、ステファン様が私に好意を抱いていることが公爵に知られたら……公爵が私を消そうとする可能性もあったのでは?
漠然とだけどそう思った。
(怖っ!)
「それに、婚約の申し込みもリュシーの語った“リュシエンヌがバカ王子の婚約者になる年齢”まで待った方がいいような気もしてね」
「……」
「何であれ、僕はリュシーの気持ちも考えずに勝手に裏でコソコソと……」
「───ステファン様!」
私はステファン様に向かって腕を伸ばすと、ギュッと胸に抱え込むようにして彼を抱き込む。
またしても外野二人が「おい!」「何しているのよ!」と、騒いで煩い。けれど、そのまま無視をした。
「リュ、リュ、リュシー?」
「ステファン様……聞こえますか? 私の心臓の音」
もう、さっきからずっと私の心臓はドキドキバクバクしていて大変だ。
こんなに凄いなら絶対に聞こえているはず!
「う、う、うん……」
「ドキドキ、しているでしょう?」
「う、う、うん……ついでに柔ら……」
「───大好きなのです」
「うん?」
私は更にギューッとステファン様を抱きしめながら言う。
「イカサマでも何でも、私だけを求めてくれようとしたその気持ちは嬉しいですし、そんなステファン様のことが私は大好きです」
「…………フグフグ」
「?」
何やら変な事を言っているので不思議に思ったら、どうやら私はステファン様をかなり強く押さえつけていたらしく、彼は胸の中で何やらモゴモゴ言っていた。
びっくりした私は慌ててステファン様を解放する。
「す、すみません……強く押さえすぎました!」
「い、いや……大丈夫……苦しいのに幸せ、なんて言う初めての体験をした」
「そ、そうですか?」
(苦しいのに幸せ?)
私が内心で首を傾げていると、ステファン様がじっと私を見つめる。
「リュシー……僕も好きだよ。大好きだ」
「あ……」
そのまま、ステファン様の顔が近付いてきて再び私達の唇が重なった。
「……あっ、ステ……」
「……」
さっきまでのキスはチュッという軽めのキスだったのに、今度はがっちり頭も支えられて全然離れてくれない。
息が苦しい……でも幸せ。
(そっか、苦しいのに幸せってこういうこと……かしら?)
甘いキスに頭の中がトロントロンに溶かされた私は、何とも見当違いな解答を導き出しながら、ステファン様との長くて幸せなキスに酔いしれた。
「…………ん」
「リュシー……」
どれくらい時間が経ったのか。
ずーっとチュッチュとしていて離れる気配のなかったステファン様がようやく一呼吸置いてくれたその時、ふと思った。
(煩かった外野の二人はどうしたのかしら?)
最初は「やめろー」「離れてー」とか騒いでいたはずなのに。
そう思って、キョロキョロと辺りを見回すと、
「俺のリュシエンヌぅぅーー」
「何で相手は私じゃないのよぉぉ」
なんと二人はその場で泣き崩れていた。
(えぇぇぇ! 何あれ?)
二人の様子に驚いている私に向かってステファン様は笑いながら言う。
「なるほど。こういう勘違いの塊みたいな人達には、見せつけるのが一番の薬で罰のようだね?」
「え、ステファン様……まさか、二人に見せつける為にわざと……?」
私はジトっとした目でステファン様を見つめる。
「まさか! 違うよ。可愛いリュシーを前にして我慢出来なかっただけだ」
「ほ、本当ですか……?」
「……リュシー? 僕は君に何年片想いして来たと思っているの?」
「う……!」
それを言われると私は何も言えない。
「そして、ようやく婚約者となってもらえ、近くにもいられる様になってからの悶々とした日々……」
(あ、何だか変な所に火をつけてしまった気がする)
「それが、これだけのキスで足りると? 足りるわけないよね? あそこで蹲っている二人なんてもうどうでも良いから、僕はただリュシーに触れたい。それしか考えていない!」
「あ……」
そう言ってステファン様は、私の顎を持ち上げる。
私を見つめる瞳が、まだまだ足りない───そう言っている。
私は照れながらそっと瞳を閉じた。
そうして、再び甘いチュッチュとしたキス攻撃を受けながら私は思った。
ステファン様が満足する頃には私の唇、腫れてしまうのでは? と。
───そして、ここが実は図書室の一角であった事を思い出したのは、何やら騒ぎ声がすると他の生徒から話を聞いた先生達が駆けつけて来た時だった。
「何の騒ぎだ!?」
慌てて駆け付けて来た先生達がその場で見た光景は、
抱き合いながら、チュッチュと甘いキスをしているこの国の王子のステファン様とその婚約者の私。
そして、その傍らで泣き崩れる、隣国の皇子、ウォーレン殿下と特待生のアンネ。
甘いのかしょっぱいのか分からないこのカオスな状況に先生たちは、大変困惑し、頭を抱えたという。




