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第22話

 


 ───アンネ!!


 現れたその声に驚きながら、チラッと横目で殿下の様子を窺う。

 するとステファン殿下はどこか感心したように小さな声で呟いた。


「……すごいな。早速自ら牢屋に入りに来たのかな」


(いや、違うと思うわ!)


 そんな人いないから!

 心の中でそうツッコミを入れると、殿下は軽くため息を吐いてアンネに向かって言った。


「君さ、ここまで来ると逆に感心するよ」

「え!」


 ステファン殿下のその言葉に何故か嬉しそうに頬を染めるアンネ。


(え!?)


 今の発言の何処に頬を染める要素があったの?

 ……私には分からない。


「嬉しい! えっと殿下、私」


 頬を染めたアンネが近付いて来ようとする。


「褒めていない! だから、僕に近付くな! いや、僕だけじゃない。リュシエンヌにもだ!」

「え?」


 アンネが足を止める。


「近付くな───既に学園からも言われているだろう?」

「え? それ、どうしてなんですか? そんなの、ひ、酷いです……納得がいきません……!」


 アンネは拒絶されると目に涙を浮かべてウルウルし始めた。

 ここで「どうして?」と聞き返す時点で何の反省もしていなかったことが分かる。

 殿下はアンネを見ながら冷たい一言を浴びせる。


「また、泣き真似か? それが僕に通用するとでも?」

「……」


 ステファン殿下のその言葉にアンネはパッと顔を俯ける。


(──今、チッて、舌打ちした音が聞こえた気がする)


 どうやら殿下の言う通りで、泣いたのは演技だったみたい。

 それを見抜ける殿下はさすがだと思う。


「……」

「忠告だ」

「……忠告、ですか?」


 アンネは怪訝そうに顔を上げる。

 その目にはもう涙はなかった。

 そんなアンネに対してステファン殿下は冷たく睨んだ。


「そうだ。この先の人生をまだまだ長生きしたかったら、僕とリュシエンヌには今後一切近付かないこと、だ」

「なっ!」

「さ、行こう、リュシエンヌ。この女とこれ以上話すのは無駄な時間だ」

「無駄!?」


 殿下は冷たい声でそれだけ言うと、私の手を引く。

 そして言葉を失ってワナワナ震えているアンネを無視したままそのまま歩き出した。

 ポツンとその場に残されたアンネからの視線を背中に感じてとても痛かった。




「殿下、ステファン殿下!」


 私は手を繋いだまま早足で歩く殿下に必死に呼び掛ける。

 何度目かの呼びかけでようやく足を止めてくれた。


「どうしたの?」

「アンネ……さん、あのまま放置でいいんですか? ……私が言うのもあれですけど」


 私の問いかけに殿下はうーんと顔を顰める。


「さっさと牢屋には入れたいけど、とりあえず関わりたくないという気持ちの方が強い」

「……その気持ちは分かりますけど」

「だろう?」

「ですが彼女、全然反省したように見えなかったです」


 目を伏せながら私がそう口にすると殿下も大きく頷いた。


「そうだね。謹慎の間も監視を付けさせて様子の報告はさせていたんだけど、確かに反省している様子は……」

「監視!?」


 そんなことをしていたの? と驚いた私は思わず殿下の言葉を遮ってしまった。

 慌てて謝る。


「あ、す、すみません。話の途中でした」

「構わない。そうか、言ってなかったっけ?」

「聞いてなかったです……」


 私がそう答えると、殿下の手がそっと私の頬に触れた。


「殿下……?」

「あの女の頭の中はイカれてると言ってもいい」

「……」


(すごい言葉。王子様とは思えない)


 改めて思う。殿下はどれだけアンネの事が嫌いなのだろうかと。


「そんな頭のイカれた女だ。謹慎中に抜け出して万が一にもリュシエンヌに接触なんてされたら冗談じゃないと思った」

「殿下……」

「反省はしなかったものの、引きこもっていただけの様子だったみたいだけどね」

「……」


 私のことをこんなにも心配してくれる殿下のその気持ちがたまらなく嬉しい。


「学園にももっと強く言わないとダメみたいだな」


 殿下はため息と共にそう言った。


「学園側も次に騒ぎを起こしたら退学処分だということは、あの女にも言ってあるはずなんだが……あの様子では全く懲りてなさそうだ」


(退学……か)


 漫画の中のヒドイン、アンネは、もちろんリュシエンヌにざまぁ返しされた後は退学になっていた。


(このまま現実のアンネも同じ道を辿るのかな……?)


 アンネと共に堕ちるはずだったステファン殿下はこんなにも違う道を歩んでいるのに。

 


*****



 その後は暫く平穏な日が続いていた。

 アンネも静かになり、ウォーレン殿下も何か言いたげな顔をしてチラチラとこっちを見ているものの突撃はされていない。


 そんなある日。

 そろそろ、期末なのでテストの日が近付いて来ていたこともあり、私は放課後に図書館で勉強してから帰る事にしていた。


(どうせならまた、首位を取りたいわ)


 アンネ……には、負ける気はしないけれど、せっかくならステファン殿下には次も勝ちたい。


(だって)


 勉強だけが全てではないけれど、少しでもステファン殿下が誇れるような婚約者でありたい。

 私を求めてくれる殿下の期待に応えたい。

 それに、あの笑顔で“リュシエンヌは凄いね”って言って欲しい。


「……」


 こんな風に思ってしまうことが既に私の中で答えが出ている証拠とも言えるのに、私はまだ殿下に何も言えずにいる。



「……リュシエンヌ、熱心だね」

「あ、すみません。もう、帰る時間ですか?」

「いや。まだ大丈夫」

 

 前は放課後は公務がある時は急いで一人で帰っていた殿下は、アンネの階段落下事件以来、絶対に私を屋敷に送ってから帰ることに決めたらしい。

 申し訳ないと思いながらも、守られている感じが伝わって来てどこか擽ったい気持ちにもなる。


(そう思うと、殿下と私は四六時中一緒にいるのよね)


 殿下が私の隣にいることが、どんどん当たり前になっていく。

 でも、やっぱり嫌じゃない。嫌だとは思わない。


「しかし、凄い鬼気迫る様子で勉強してるね」


 殿下は頬杖をつきながら感心したように言う。


「え!?」

「うーん、これは僕も負けていられないな」

「負けません!」


 そんな私の言葉に殿下は声を立てて笑った。


「ははは、この先リュシエンヌと競い合うのも楽しそうだね」

「!」


 それは、確かに楽しそうだわと私も思ってしまい、思わず頬が緩み顔が綻ぶ。


「はっ! そ、そろそろ時間ですよね? わ、私、本を片付けて来ますね!」

「え、あ、リュシエンヌ?」

「……」


 今、自分のしている表情を自覚して恥ずかしくなってしまった私は、赤くなった頬を見られたくなくて片付けを口実にして誤魔化す為に席を立った。

 そして、そのまま逃げるように書架に駆け込んだ。


「ふぅ……このすぐ赤くなってしまう顔、どうにかならないかしら?」


 分かっている。

 それだけステファン殿下を意識している……ということだと。

 本を棚に仕舞いながらそんな独り言を呟いていると後ろから声を掛けられた。

 

「……リュシエンヌ」

「!?」


(この声は! どうしてここに?)


 “その声”にドクリと私の心臓が嫌な音を立てた。

 振り向きたくない。


「返事もなし……とはな。本当に冷たく強情な女だ」

「……」

「いつからそんな性格の女になったんだ? これもステファン殿下のせいなのか? チッ……俺の嫁になんて事を……まあ、いい。リュシエンヌこっちに来い」

「……痛っ! さ、触らないで下さい!」


 突然、この場に現れたウォーレン殿下は、強引に私の腕を掴む。

 その瞬間、ゾワゾワと鳥肌が立った。


(───嫌!! 気持ち悪い……ステファン殿下……!)


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