第21話
「はっはっは! 朝から何を叫んでいるんだ? それに見てみろ、周囲のこの反応! 誰も貴殿の言葉なんて信じるはずがない…………ん?」
私への愛を叫んだステファン殿下のことを、ウォーレン殿下はそんな話は誰も信じないぞ? と、小馬鹿にしたように笑おうとした。
けれど、周囲の反応は彼が思ったものと違ったようだ。
ウォーレン殿下は怪訝そうな表情になる。
「ちょっと待て。その反応は何だ。何故、そんな微笑ましい者を見るかのような目で見ている!? おい! そこの女、どういうことだ」
「え?」
驚いたウォーレン殿下は野次馬の中の一人の令嬢に詰め寄った。
詰め寄られた令嬢は驚きながらも答える。
「……ス、ステファン殿下と婚約者のリュシエンヌ様の仲睦まじさは今に始まったことではありません、から……」
「は?」
「入学前から社交界でもお二人の噂は流れていましたし、それに何よりお二人は……」
詰め寄られていた令嬢はそこでキャッ! と照れ臭そうに頬を染めて言葉を濁す。
「おい! キャッ! ではないだろう!? しっかり最後まで言え!」
ウォーレン殿下の詰め寄り方には問題しかないけれど、確かに私も彼女の言葉の続きは気になるとは思った。
「……リュシエンヌ」
「どうしました? 今、気になる話をしている所……って!?」
私の名前を呼んだステファン殿下は、そっと後ろから私を抱きしめる。
(また!!)
いつだったか、アンネを前にした時も同じ体勢を取られた気がする。
この体勢はドキドキが止まらなくなるし、密着度も高くて落ち着かなくなるので困るのに。
(ステファン殿下はこの体勢が好きなのかしら?)
「殿下、近いです……」
私は無駄だと思いながらも殿下に訴える。
「知っている。でも、リュシエンヌに僕のことを意識してもらおうと思って。ついでに周囲の期待にも答えないと、ね」
「……意識って。それに、周囲の……期待、ですか?」
「そうだよ。周囲は僕らを相思相愛の心通わせた婚約者同士だと思っているから」
「相思相愛!?」
動揺する私に向かってほら、とステファン殿下はウォーレン殿下と令嬢の会話の続きを聞くように促す。
ちょうど、ウォーレン殿下に捕まった令嬢は頬を染めながら先程の続きの口を開いた。
「いつだって特に仲の良いお二人ですが、その、ステファン殿下がリュシエンヌ様の事を大好きなのはもはや誰でも知っています!」
「な、んだと!? 誰でも知っている!?」
「はい。お二人は放っておくとどんどん二人の世界に入ってしまわれますから」
「二人の世界!?」
ウォーレン殿下はその言葉が衝撃だったのかヨロヨロとふらついた。
「ですから私達はそんなお二人を温かく見守ると決めているのです!」
「は? ま、待て……意味が分からない」
(私も意味が分からない!)
ウォーレン殿下とは別の方向で私も衝撃を受けていた。
二人の世界って何? そんな覚えは全くないのに!?
「あ、あの……ステファン殿下」
ギュッ!
令嬢の口にした内容について訊ねようと思ったのに、ステファン殿下はさらに強く私のことを抱きしめてくる。
「嬉しいよね、温かく見守ってくれているんだってさ」
「いえ、それよりもですね?」
二人の世界とか……そういうことの説明を──
「リュシエンヌ……好きだよ」
「っっ!!」
ビクッと身体が震えた。
耳元でそんなセリフを囁くのは反則だと思う。
私は振り返ってキッと睨んでみる。
「……うん、そんな顔のリュシエンヌもやっぱり可愛いなぁ」
しかし、今にも蕩けそうな笑顔を向けられてしまった。どう見ても殿下はノーダメージ。
何をしても何を言ってもステファン殿下にかかれば、私は全て可愛いで丸め込まれてしまうような気がする。
「そんな可愛いリュシエンヌの曇った顔は見たくないから、そろそろ釘を刺しておこうか」
「え?」
「リュシエンヌはここで待っていて? 行ってくる」
ステファン殿下はそう言って私から離れると、未だにヨロヨロフラフラしているウォーレン殿下の元へと向かう。
そして、ウォーレン殿下に対してニッコリと笑うと小声で耳打ちする。
「ウォーレン殿下」
「……」
「これに懲りたら、僕のリュシエンヌに手を出そうなんて考えるのを止めてもらおうか」
「……っ」
「これ以上は外交問題に発展する事になる。さすがの君もそれくらいは分かるだろう?」
「…………っ」
ウォーレン殿下は、唇を噛みギリギリと悔しそうな表情を浮かべると、ステファン殿下を睨みつける。
そして大きな声で怒鳴った。
「だが! リュシエンヌは俺と……俺の国に来て俺の元で幸せになると決まっているんだ!」
「いいや、決まってなどいない!」
「っ!」
ステファン殿下の勢いと剣幕にウォーレン殿下は圧された。
「リュシエンヌの幸せはリュシエンヌが決めることだ。今のリュシエンヌは貴殿を望んでいない。そんなことも分からないのか?」
「……くっ」
「分かったら俺の邪魔はするな! ウォーレン殿下!!」
「……っっ」
怒鳴り返され睨まれたウォーレン殿下はそのまま言葉を失った。
ステファン殿下はそんなウォーレン殿下を一瞥すると、すぐにこちらへと戻って来て、私の手を取ると甘い笑顔を見せた。
「待たせてすまない、リュシエンヌ。もう行こう」
「え、ええ……」
私は思わずステファン殿下の目をじっと見つめる。
(気のせい? ──今、ステファン殿下、自分の事を“俺”と言ったような……)
なんなら言葉使いも荒れていたような……?
「リュシエンヌ! ど、どうかした!? えっと何だろう? 僕の顔に何かついている?」
そう思ったけれど、私に見つめられて顔を赤くしながら、慌てる殿下はいつもの殿下と変わらない。
(私の勘違い……かな?)
「い、いいえ。でも、そんなに赤くならないで下さい……その、私の方が……照れてしまいます」
私は自分の頬が熱くなっていることを自覚していた。
「……そ、そう? でも、リュシーのその可愛い顔に見つめられると、それはちょっと無理……だ」
「うぅ……そういう、は、恥ずかしいことも言わないで下さい……」
「イヤ、ムリ……」
私たちはお互い照れて顔を赤くしながら見つめ合う。
結果としてその場に放置する事になったウォーレン殿下からのチクチクした視線が痛い。
そんな視線をを感じながら、私たちはそのまま自然と手を繋いで教室へと向かった。
(……あの執拗さ。ウォーレン殿下はきっとそんな簡単に諦めない)
私の心の中にはそんな気持ちが渦巻いていた。
*****
それから、数日後。
その日の私は朝から落ち着かない気持ちでいた。
「はぁ……」
教室移動の最中に大きなため息を吐いてしまい、とうとうステファン殿下に心配されてしまう。
「リュシエンヌ? どうかした? ため息、今日は何回目?」
「……えっと」
「……」
私が上手く答えられずにいるとステファン殿下は、腰に手を回しグイッと私を抱き寄せた。
「!?」
「あれ? 身体が震えてるから、寒いのかと思ったんだけど違った?」
「ち! 違いますっ!」
(どういう解釈よ!!)
私が顔を真っ赤にして反論すると、殿下は楽しそうに笑う。
そして、私を抱きしめ直すと耳元で囁いた。
「リュシエンヌ。大丈夫だよ」
「!」
殿下は私がどうして落ち着かない気持ちになっているのかを分かっていて、こうしてくれているのだと気付いた。
(ずるい人……)
気付いてしまったから、私の胸がどんどん温かくなっていく。
───私のため息の理由は一つ。
今日、アンネの謹慎が解ける日だから。
つまり、学園に彼女が戻って来る──……
「あの女が次にリュシエンヌに指一本でも触れようものなら、牢屋送りにすると決めている」
「……え? 指一本でも、ですか?」
さすがにそれはとんでもない暴挙と言えるのでは?
「はは、当たり前だろう? 僕はこの間のことを許した覚えはない!」
「殿下……」
「階段落下に巻き込んでリュシエンヌに怪我をさせたのも絶対にわざとだし、嘘泣きもあの後の行動や言動も全て全て気持ち悪かった……」
ステファン殿下はそう言いながら憤る。
「ステファン殿下……」
「……リュシエンヌ」
私たちがそう互いの名前を呼んで見つめ合った時だった。
「───ああ! やっぱりまだ、殿下を洗脳して誘惑しているのね!? 許せないわ!!」
聞き覚えのある声……───アンネは再び私達の前に懲りずに現れた。