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第17話

 

 

─────……


 断罪パーティーで、バカ王子とヒドインへの逆ざまぁが終了したリュシエンヌは

 “この先の自分は何を糧に生きて行けばいいのだろう”

 そんな虚無感に襲われる。

 パーティーまでの間、ずっと二人への復讐ばかり考えていたせいだ。


(婚約破棄された私に、今後まともな縁談があるとは思えない)


 ”彼”がリュシエンヌの目の前に現れたのはそう思った時だった。


『───見事な仕返しだったな』

『え? ……あ、あなたは!』


 そう言いながらリュシエンヌの前に現れたのは、隣国の皇子、ウォーレン・アドュルーク殿下。


『初対面なのに俺の顔を知っているのか?』

『……これでも、先程まで“ステファン王子の婚約者”という身分でしたので。近隣の王族方の顔は当然存じております』

『そうか』


 リュシエンヌは慌てて頭を下げながらウォーレン皇子にそう説明する。

 そして歯痒く思う。


(なんてこと。隣国の皇子様の前でこの国の王族の恥を見せてしまったわ……)


『……そなたも色々大変だったな』

『え?』


 そんな温かい言葉をかけられるとは思っておらずリュシエンヌは驚く。


『大変だっただろう? あの王子の話は我が国にまでも届いていたからな』

『…………お恥ずかしい話です』


 やはり噂は近隣諸国にまで……本当にろくな事をしない、とリュシエンヌは連行されて行ったバカ王子に毒づきたくなった。


『ところで、リュシエンヌ・ルベーグ伯爵令嬢』

『は、はい!』

『君はこの先どうしていくのかは決まっているのか?』

『い、いえ、何も……』


 リュシエンヌが目を伏せながらそう答えると、何故か目の前にスッと手が差し伸べられた。


(手?)


『──それなら、一緒に俺の国に来るといい』

『………………え?』


 リュシエンヌが目を瞬かせるとウォーレン皇子は言った。


『俺は君みたいな人を探していた』

『私みたいな? 探して……いた?』

『ああ。君みたいな人が俺の理想の人なんだ』


 どういう事かとリュシエンヌは困惑する。

 しかも、こんなおいしい話……何か裏でもあるのでは?

 そんな突然の話に戸惑うリュシエンヌをウォーレン殿下は長めの黒髪靡かせ、とても優しい目で見つめてくれていた────



─────……



(何度も漫画で見た顔と同じ……人だわ)


 私は、皆の前で挨拶をしている彼、ウォーレン・アドュルーク皇子殿下の姿を見つめる。

 やはり間違いではない。

 彼こそが漫画のヒーローとなるウォーレン皇子。

 可哀想なリュシエンヌはこの出会いを経て彼に助けられてハッピーエンドへと向かっていくことになる。

 だけど、分からない。


(何故、こんな時期に彼が留学生としてやって来るの?)


 リュシエンヌとの出会いは、断罪パーティーの日のはずなのに……

 大きく狂ってしまったらしいこの世界のシナリオは、こんな所も大きく改変されてしまった?


(今の私は“バカ王子”に虐げられている可哀想な婚約者ではないのよ)


 ウォーレン殿下とのフラグも折れているはずだから、彼が目の前に現れたからといって何かが変わるわけでもない。

 そう思うのに、分かっているのに。

 それでもどこか私の気持ちは落ち着かない……

 前世の記憶を思い出した時は、漫画の通りバカ王子にざまぁしてこの皇子様に助けられて隣国に行って幸せになるのだとばかり思っていた。

 でも、現実は違う。

 違った。


(ステファン殿下は、バカ王子になんてならずに私のことを大事にしてくれている)


 恋に落ちる相手──アンネが現れても靡かない(どころか嫌悪している)

 いつも私に向かって優しく微笑んで、優しく抱きしめてくれて……私はそんなステファン殿下といる毎日を楽しいと思っている──……

 “運命の相手”のはずの皇子様を見ても驚きの方が強くて、全く胸もときめかない。


(これが答えだわ)


 物語と現実は違うのだと改めて思わされた。

 それでもウォーレン皇子はこの先、私に関わって来ることになるのかしら?

 単なるクラスメートとして?

 それとも……


(どうしよう。胸がザワザワする)


 何だか不安な予感がして、私はギュッと自分の胸を押さえる。

 あまりにも苦しくて溌剌と挨拶の言葉を述べているウォーレン皇子の顔を真っ直ぐ見ることは出来なかった。


 ───こうして突然やって来た留学生のウォーレン殿下の姿を見て動揺していた私。

 実はこの時、私と同じ様にステファン殿下も顔色を悪くして大きく動揺していたことには全く気付けなかった。





「……リュシエンヌ」

「え!? ステファン殿下! そ、その顔は?」


(真っ青だわ!! なんて顔色なの……)


 留学生の挨拶と朝の連絡事項を伝える時間も終わり、ウォーレン皇子はクラスメートに囲まれて質問攻めにあっている。

 それを横目に最初の授業の準備をしていると、ステファン殿下が私のところにやって来た。

 その顔色があまりにも悪かったので焦って思わず訊ねる。


「……顔?」

「酷い顔色をしています! もしかして具合が悪かったのですか?」

「え? いや、そんなことは……ないよ?」

「……」


 殿下は笑顔で否定する。でも、その笑顔も元気がない。

 どうして自覚がないの?

 今すぐにでも倒れてしまいそうなくらい酷い顔色なのに!


「殿下! 医務室に行きましょう!」

「え? いや、大丈夫……」

「いいえ! 全然、大丈夫には見えません! 行きましょう!」

「リュシエンヌ……」


 私がキッパリとそう言い切って椅子から立ち上がり、躊躇うステファン殿下を支えながら歩き出す。

 クラスメートからの妙に生あたたかい視線を背中で感じながら、私は教室を出た。


 だけど、この時。

 殿下の事が心配で心配でたまらなかった私は、その中で一人だけ……

 そう、件の留学生のウォーレン皇子が他の人達とは違う意味深な視線を私たちに向けていたことに気付けなかった──……



─────



「リュシエンヌ……本当に大丈夫だから。教室に戻って?」

「駄目です。そんな顔色の殿下を放ってはおけません!」

「リュシエンヌ……」


 大丈夫だと言いながらも、足取りはフラフラじゃないの!

 こんなの放っておけるはずがない。

 漫画の中の彼とは違い、現実のステファン殿下は今までこのように弱った面を私に見せる事はなかった。

 照れて動揺する姿は何度も見たけれど、こんな風に具合が悪い姿なんて初めて見た。


(だからこそ、心配なのよ!)


「殿下、私では頼りにならないかもしれないですけど……」

「そんなことはない!」

「え!」


 ステファン殿下は間髪入れずにそう答える。

 思わず、顔を見るとその表情は顔色が悪いながらも真剣だった。


「お……僕はリュシエンヌがこうして側に居てくれるだけで……とても幸せで、心強いし助けられてばかりいる!」

「殿下……」

「だ、だからこそ、僕は……ずっと君と──」


(……え)


 ステファン殿下の真っ直ぐな瞳に見つめられて私の胸がドキドキする。


「で、殿下……あの」

「……」

「きゃっ!? 殿下!! しっかりして下さい、誰か! 誰か手を貸して下さい! 殿下がーー!!」


 殿下が無言になったと思ったら、そのまま倒れ込んで来た。

 どうやら気を失ってしまったみたい。

 さすがに気絶した男の人を運べるほどの力は私にはないので、駆け付けてきた先生たちにどうにか助けられながら、ステファン殿下を医務室へと運んだ。


 ───ずっと、君と……


 だから、ステファン殿下のその言葉の続きは聞けなかった。

 とてもとても大事な言葉が続くような気がしたのに。




「ルベーグ伯爵令嬢、殿下は大丈夫なので、教室に戻られたらどうですか?」

「……ここにいたいです。ダメでしょうか?」


 先生の言葉に私は首を横に振りながらそう答える。


「しかし、いつ目を覚ますか分かりませんよ?」

「それでも、殿下が……ステファン殿下が目を覚ました時に真っ先に私が側にいたいのです。だから……」

「ルベーグ伯爵令嬢……」

「それに殿下は私の手を握ったままなのです」


 殿下は倒れ込む直前、私の手を強く握った。

 それから意識が無いというのに殿下はそんな私の手を放そうとしない。

 だからこそ、彼が目覚めた時は一番側にいたいと強く思う。


「はぁ、本当にあなた達は……」


 先生が呆れたようなため息を吐く。


「この様子なら我が国の未来の()()()()()は仲睦まじいとますます噂されそうですね」

「……え?」


(王太子夫妻?)


「先生、ステファン殿下はまだ王太子では……」

「確かに今はそうですが、世間では彼が王太子になるだろうと専らの評判ですよ」

「……!」


 ステファン殿下が王太子になる?

 それまで一切考えた事のなかった“未来”の話に驚いた。

 でも、それは先生の言う通りで、漫画のようなバカ王子ではない今のステファン殿下なら当然、有り得る話だった。


(確かに今の殿下なら……)


 ステファン殿下は下に弟王子が二人いる。

 そして、この国の王位継承は長子優先ではない。

 漫画ではステファン殿下はリュシエンヌにざまぁ返しされた後、王族の身分を剥奪されている。

 王太子にはすぐ下の弟王子が選ばれていたはずだ。


 だけど今の世間での評判は……と、先生は言った。

 漫画の世界では誰一人としてステファン殿下が王太子になるだろうなんて欠片も思っていなかったのに。

 それは、おそらく本人でさえも。

 それが今はステファン殿下が一番王太子に近い位置にいるというの?


「本当に不思議……」


 私は静かに眠るステファン殿下の顔を見る。

 眠っているからか酷い顔色は落ち着いたけれど、心配なものは心配。

 アンネの階段落下に巻き込まれて意識を失っていた私を前にした時の殿下もこんな気持ちだったのかしら、と思う。


「確かに、心配すぎてこんなの心臓がいくつあっても足りないわね」


 眠るステファン殿下に向かって私はそう呟いた。



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