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第13話

 



「足を滑らせてしまったのです……」


 アンネは身体を震わせながらそう語り始めた。


「その……何故か妙に階段の滑りが良くて……驚いてるうちに落下していて。まさか、下に人がいるなんて思わなかったんです……」


(……)


 可愛らしい外見の彼女が顔を真っ青にしてプルプル震えているこの様子には、さぞかし庇護欲をそそられる事だろう。

 あんなに漫画の中では、アンネの事を可愛いと言って好きだった殿下だもの。

 今、ここで彼女に一目惚れしたっておかしくな……


 そう思いながら、チラッと殿下の方へと視線を向けた。


「……」

「……!」


(無! 無だわ……)


 なんということでしょう!

 殿下は全くの無表情! 何の感情も読み取れない。


(先程の物騒な発言もあるし、ひたすら怖い!)


「あの~……こんな時にもしかして、なんですけど」

「?」


 私が殿下の様子に驚いて恐怖すら覚えていると、アンネがおそるおそる訊ねて来る。


「わ、我が国の王子様……えっと、ステファン殿下とその婚約者様……ですか? いえ、ですよね?」

「え、ええ。私はステファン殿下の婚約者のリュシエンヌ・ルベーグですが?」

「では、私ったら殿下の婚約者様を……!?」


 そんな……! と、アンネはますます青くなり、大きなショックを受けている。


(この驚き方は演技じゃない……わよね?)


 私は眉根を寄せてじっとアンネの顔を見ながらそう考える。

 自分が前世の記憶を取り戻してしまったり、私を冷遇し、罵って虐げ続けるはずの殿下に大きな変化があったりしたせいで、私はだいぶ疑心暗鬼になっているのかもしれない。


(これで、もしもアンネまで前世の記憶があったりしたら間違いなく泥沼化してしまう!)


 私は膝の上で両拳を作りギュッと強く握る。

 それに……

 正直に言うと自分自身の気持ちの整理がついていない。

 漫画の通りの展開を望んでいるはずなのに、殿下がアンネと……と思うと何故か胸がおかしくなる。


「本当に申し訳ございませんでした……でも」

「でも?」


 アンネは私に向けて頭を下げて謝罪をした後、まっすぐ私の顔を見てこう言った。


「わざとではないので、私は悪くないですよね??」

「え?」


 ピシッ──一瞬、その場の空気が凍った気がした。


「クンツァさん? 何を言って……」


 先生の顔がピクピク引き攣る。

 アンネはそれでも引かなかった。


「だって、先生。私も怪我をしているんですよ?」

「……」

「故意にルベーグ伯爵令嬢様の上に落ちたわけではありません。なのに、私だけが謝らなくてはいけないのですか?」

「クンツァさん……」

「それとも、私が平民だからそんなことを言うんですか……!」


 酷いです、この学校はそう言って身分差別をするのですね……

 と、アンネがうるうると瞳を滲ませて泣き出した。


(えぇぇ?)


 突然の展開に私は困惑する。

 だけど、見間違いなのかもしれないけれど、アンネが泣き出した時、一瞬だけ彼女の口元の口角があがるのを見た気がした。


(……今、笑った? まさかね……?)


 医務室の中では、アンネのすすり泣く声だけが響いている。

 先生もどう慰めるべきか考えあぐねている様子。

 おかげで、すっかり医務室の中は完全に変な空気になってしまっていた。


「……話は分かった」

「え?」


 そんな中、沈黙を破ったのは、これまで怖いくらい無言を貫いていた殿下だった。


「……アンネ・クンツァと言ったか?」

「は、はい!」


 ステファン殿下に声をかけられたアンネは、目に涙を浮かべたままで頬はほんのり赤い。

 自分が男なら“守ってあげたい”そんな気持ちにさせられそうなくらい可愛い。

 

(やっぱり、殿下も……)


「とりあえず、その気味の悪い嘘泣きは止めろ」

「……え?」

「それから、泣きながらチラチラと僕の方を見るのも止めてくれ」

「え?」


(…………んんん?)


 何やら雲行きが怪しく感じる。

 ステファン殿下は大きなため息を吐いた。


「……あいにく、僕はこれまで立場上、色んな女性を見て来てね。女性の嘘泣きはだいたい分かる」

「……!」


 息を呑んだアンネの動きがピタリと止まる。


「君は“私ったら責められて可哀想”アピールをしたかったのかもしれないけど、それは無駄だ」

「無駄……」

「今回の件が本当に事故なら君も気の毒だとは思う、それだけだ」

「それだけ……」


 アンネは呆然としていた。

 先生も更に困り果てた顔をしている! (しっかりしてー!)


(……っ!)


 ここは私が何とかしないと!

 なんて謎の使命感が私の中に生まれる。


(だって、これ以上の気まずい空気はごめんだもの!)


 私は思いきって口を開いた。


「で、殿下! わ、私はもう謝罪とかいりませんから、その……」

「リュシエンヌ?」

「か、帰りたいです…………で、殿下と、い、一緒に!」


(と、とにかく今は殿下とアンネを引き離した方がいい気がする!)


 だって、このままだと二人が恋に落ちる気がしない。特に殿下!

 ものすごく悪い方向に行きそうな……そんな予感がする。


「え? ……一緒に? リュシエンヌが……僕と一緒に帰りたい?」

「は、はい。その、殿下に我が家まで送ってもらえたら…………嬉しいです」

「家まで僕が送る!?」


 私のその言葉に殿下は衝撃を受けたのか目を大きく見開き身体をプルプル震わせている。

 その反応には私の方が慄いた。

 

(なに、この反応……)


「……王宮に用がある時しか一緒に帰ってくれなかったリュシエンヌが……? ぼ、僕と一緒に帰りたい……?」


 そう口にする声までもがどこか震えている。


(あれれ? 何だか思っていた反応と全然違う!)


 もっと、スマートに

「分かった。今日の所は帰ろう」

 なんてサラッとした感じになるとばかり思っていたのに。


「……帰ろう! あぁ、すぐに帰ろう、リュシエンヌ!」

「で、殿下?」


 殿下は勢いよく立ち上がる。

 そして先生に勢いよく詰め寄る。


「先生、もういいですよね? そうだ! 早く帰ってリュシエンヌを休ませてやらねば!」

「は、はい……ど、どうぞ……」


 さぁ、さぁ、さぁ! と、詰め寄るステファン殿下の変わり様に、先生は完全に驚き……いや、ドン引きしていた。

 アンネも涙は引っ込みポカンとした間抜けな顔をこちらに向けている。

 そんな異様な空気の中、満面の笑みを浮かべる殿下。


「さ、リュシエンヌ、行こうか!」

「え? は、はい。って、えぇえーー?」

「よし!」


 急げと促されたと思ったら、なんとそのまま殿下は私を横抱きにする。


(これは、いわゆるお姫様抱っこーーー!!)


 動揺した私はカタコトになりながらも訴える。


「殿下、自分で歩けます! 足、動く、元気! 私」

「駄目」


 殿下は首を横に振る。


「何で……」

「駄目ったら駄目」

「うぅ……」


 即答で却下された。

 これは完全に付け入る隙がない。

 これ以上は何も言うことが出来ずに私はお姫様抱っこをされたまま、馬車まで運ばれる事になった。



✣✣✣✣✣✣



「えっと……先生、今のは……?」


 アンネは二人が出ていった扉を見ながら呆然とした様子で呟く。


「あぁ、クンツァさんは初めて見た? ステファン殿下が婚約者のルベーグ伯爵令嬢を溺愛しているのは有名な話だと思っていたけれど」


 先生は苦笑しながらそう言い放つ。

 アンネはそのことに驚いた。


「だって! まさか、あそこまでなんて」

「休み時間の度に二人の世界を作るので、授業の開始が遅れると教師達の中でも有名だそうで」

「はぁ? そ、そんなぁ……私、せっかく……」


 アンネはガックリと肩を落とした。

 呟こうとしていた言葉は最後まで言葉にならなかった。


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