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第11話

 


 ───その日、夢を見た。


 えーん、えーん、と泣いている女の子の声がする。


『ここどこ……? おとーさま、おかーさま……ぐすん』


(迷子なのかしら?)


 そんな風に思っていると、どこからか別の声がする。

 こちらは男の子の声みたい。

 その男の子は泣いてる女の子に近付いて手を差し伸べた。


『おまえ、迷子か?』

『ちがうもん』

 

 男の子の問いかけに女の子は間髪入れずに否定した。

 意地でも自分が迷子だとは認めたくない様子が伝わって来た。


(自分が迷子だと認めたくないあるある、ね。その気持ちよく分かるわ~)


『……迷子のくせにそこはキッパリ言い切るのかよ』

『ちょっと知らない所にいるだけだもん』

『それが迷子だって言っているんだ、認めろよ』

『……むぅ』

『おまえ……』


 何やら助けに来た男の子と助けられているはずの女の子の言い合いが始まった。


『意地を張っていると助けてやらないぞ?』

『助けてなんて頼んでないもん』


 男の子のその言葉に女の子はプイッと顔を背ける。


『だ・か・ら! おまえは!』

『……! “おまえ”って呼ばないで! そう呼ばれるの嫌いなの!』

『は?』

『“おまえ”って、呼ばれるとなんだか背中がゾワゾワするの!』

『え……』


 女の子の言葉に男の子は戸惑う様子を見せる。


『そもそもあなた、何でそんなに偉そうなの? そういう人も怖い!』

『いや、だって実際に俺は偉いし』

『意味分かんない! 男の人はもっと紳士でなきゃダメよ』

『紳士?』


 男の子が怪訝そうに首を傾げる。


『そうよ! 紳士はね? もちろん“おまえ”なんて呼び方はしないの』

『は?』


 そこで、何故か女の子によるくどくどとした“紳士論”語りが始まる。

 ……迷子はどうした! いいの?

 と、夢の中なのについ心配してしまうけれど、相手の男の子は何故かそれを真剣に聞き入っていた。

 ……男の子、素直!


『そうかよ。じゃぁ、おまえ! ……じゃなかった……君の名前は何だ?』

『まだ少し偉そうね……そう言うあなたこそ誰なの? 私は()()()()よ?』

『リュシー。俺は──……』



────……



「……はぅ!?」


 また、変な夢を見て目が覚めた。最近はこんな事ばかりな気がする。

 でも、最近見ていた夢は前世で読んだこの世界の物語だったけど、今のは違う。


「今日の夢は漫画の話じゃない。むしろ……」


 朧気だけど、あれはリュシエンヌ(わたし)の過去の夢のような気がする。


「……うん、間違いない」


 確信する。あの迷子になっていたくせに強気で生意気な発言をしていた女の子は──私だ。


「偉そうだった……どこからどう見ても聞いても、男の子よりも私の方が偉そうだったわ!」


 私は両手で自分の顔を覆う。

 これは、顔から火が出そうなほど恥ずかしい!

 あれはどう考えても助けてくれようとした人に向かってする態度じゃない。

 あまりの恥ずかしさに悶絶した。


(ところで……)


 私が偉そうに紳士論を語ったあの男の子はどこの誰なの?

 肝心の名前を聞く段階で夢は途切れてしまった。

 そのまま今、記憶を探ろうにもモヤがかかったような感じで全く思い出せない。


(無理よ! ()()()()()()なんて、世の中にどれくらいいると?)


 いっそステファン殿下くらいの眩しい金髪だったなら、鮮やか過ぎてなかなか忘れることもないでしょうに……


「……って! 私ったら何を考えているの!」


 なぜ、ここで思い出すのがステファン殿下なのかが分からず、私の心は大きく戸惑った。





「リュシエンヌ? 今日は何処か心ここに在らずだね」

「……そう、ですか?」


 殿下にそっと顔を覗き込まれて胸がドキッ! と大きく跳ねた。

 どうやら腑抜けた様子を見抜かれてしまったらしい。


「うーん……僕の気のせいでないのなら、今日のリュシエンヌは“黒髪の男”ばかりに目を奪われている気がする」

「黒……!!」


 ドキッ!!

 その鋭さにますます私の胸が大きく跳ねた。


「僕という婚約者がいるのに浮気かな? リュシエンヌ」

「っっ! 違っ……」

「それはいけないな……」

「ひっ!?」


 ステファン殿下の手がそっと私の頬に触れたので、私の頭の中は大混乱に陥った。


 心臓が飛び出してしまいそうよーー!

 お願いだから、そんな間近で見つめないでーー! 直視出来ないからーー!!


 とにかく我慢出来ず、目をギュッと瞑って殿下のキラキラ攻撃に耐えようとしたら、


「はぁぁぁぁ……」

「……?」


 殿下が盛大なため息を吐きながら、スルッと私の頬から手を離す。

 私はビックリして殿下の顔を見つめた。

 すると、目が合った殿下は真面目な表情を浮かべて私に言った。


「リュシエンヌ。君に一つ忠告だ」

「え? あの?」

「男の前でそんな簡単に目を瞑ったらダメだ」

「?」


 私は果て? と首を傾げる。


「君のそういう所はとんでもなく可愛いと思っているけど、僕としては心臓が幾つあっても足りない」

「殿下?」

「だから次に僕の前で同じ事をしたら、何をされても文句は言えないよ?」

「何をされても?」


 私が聞き返すと殿下はニッコリ笑って言った。


(なんていい笑顔……)


 思わず見蕩れていたら、さらに殿下はとんでもない発言を投下した。


「そうだよ、僕が我慢出来なくて君の(ここ)に触れてしまう、とかあるかもしれないよ?」

「っっ!?!?」

「ははは! リュシエンヌ、可愛い。真っ赤だ」


 私が顔を真っ赤にして動揺した様子を見て殿下は楽しそうに笑う。

 これは───


(からかった? からかったのね!?)


「うん……リュシエンヌは、やっぱり可愛いね」

「っっ殿下!!」

「はっはっはっ」


 私は怒っているのに殿下はとにかく楽しそうだった。




 ──その日の放課後。


(本当に殿下は何を考えているのかしら!)


 私は今日の昼間のことを思い出してプリプリしながら、一人で迎えの馬車が来ている馬車止めの所まで校舎内を歩いていた。

 殿下は公務があるという理由で授業の終了と共に既に帰ってしまっている。


(相変わらず忙しそう……)


「本当になんなのよ!」

 

 あの漫画のバカ王子とは違い過ぎるし、なんなら私をからかうし……何がしたいの?

 それに、ここまででもう話が大きく変わってしまっている。

 殿下のあの態度のせいで、いまや社交界でも学園でも“ステファン殿下とその婚約者の中はとても仲睦まじい”という噂だ。

 不仲説の流れる余地がどこにもない。


(殿下とアンネがこの先、仲を深めれば仲睦まじかった婚約者を捨てて平民に入れ揚げたバカ王子……となれる可能性は残ってはいるけれど)


 そうなる為の最初のフラグがすでに折れてしまっている事を思うと、期待してもいいのかどうか……


『リュシエンヌ、お前もあの特待生の……アンネと言ったか? を見習ってもっと勉強したらどうなんだ? 俺の婚約者として情けないな』


 漫画のストーリー通りなら今頃、殿下にそんなお小言を言われて、リュシエンヌは特待生である平民アンネに複雑な気持ちを抱いていくことになるのに。

 今のステファン殿下の口からは、アンネのアの字も出たことがない。


(ここから軌道修正……とはならないものかしらね?)


 その為には、どうにかして殿下とアンネの接点を作らないといけない。

 でも、クラスも違うしどうすればいいの?

 心の中で盛大に嘆きながら階段を降りていた、その時だった。


「きゃぁぁぁーーーー!」

「え?」


 女性の悲鳴?

 そう思って後ろを振り返りながら上を見上げたら、まさに丁度、私の頭上から人が降って来る所だった。

 咄嗟に状況が理解出来ずに私は固まる。


(えぇええ!? 人が降って──って……あっ!?)


 何故かその全てがスローモーションのようにゆっくりに見えたせいなのか。

 私にはその人の姿がよく見えてしまった。

 だからすぐに分かった。


  (─────アンネ!!)


 理由は全くもって分からない。

 だけど、この世界のヒロイン……いえ、ヒドインとなるアンネ───が階段の上から私に向かって降って来た。


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