第1話
「リュシエンヌ! 貴様は、ここにいるアンネを平民だからと言う理由で不当に虐め陥れたと言うじゃないか! もう我慢ならん! 貴様とは婚約破棄だ! 俺は真実の愛を見つけた。そして、その相手は貴様ではない!!」
とあるパーティーの最中に、この国の王子であるステファンが突然声を張り上げて1人の令嬢を糾弾し始めた。
公衆の面前で名指しで婚約破棄を叫ばれたリュシエンヌは、ショックを受ける様子もなく淡々した様子で前に進み出て口を開いた。
「……お言葉ですが殿下。まず、私はそこのアンネさんを不当に虐めたなどという事実はございません」
その言葉にステファン王子が眉間に皺を寄せる。
「何だと!?」
「確かに、彼女が平民であるが故に貴族社会の事情に疎かった為、殿下の婚約者として何度か苦言を呈した事はあります。ですが、それはあくまでも常識の範囲で……の事です。決して虐めでも嫌がらせでもありません」
「何?」
「違います!! そんな事はありません。酷いです、リュシエンヌ様……私は本当にあなたから嫌がらせを受けたんです!」
「ほら見ろ! アンネがそう言ってるではないか!!」
えーんとステファン王子に泣きつく女こそ、リュシエンヌに虐められたと主張する平民のアンネ。
最近の王子とこのアンネの学園内での振る舞いは目に余る事が多かった。
嘘泣きで王子に泣きつくアンネとその泣き真似にすら気付けないステファン王子に、リュシエンヌは失望し、その心はますます冷えていく。
「……」
(嫌だわ。この二人ってバカなのかしら?)
「……殿下。婚約破棄は承ります。もともと私は伯爵令嬢であるにも関わらず殿下の婚約者に選ばれましたが、私はやはり何もかもあなた様には相応しくありません」
「ははは! なんだ分かっていたのか! そもそも貴様を婚約者に選んだのは俺ではない!」
ステファン王子は勝ち誇ったように笑う。
そう言えばきっとリュシエンヌがショックを受けると思ったのだろう。
……そんなことはないのに。
呆れたリュシエンヌはわざとらしく王子に問いかける。
「……まあ! ではどなたが?」
「ははは! リュシエンヌ、そもそもお前のような女が俺の婚約者に選ばれたのはー……」
─────……
「はうぁ!!」
私は今まで見ていた夢のせいで変な叫び声をあげながら飛び起きた。
「お、お嬢様!? お目覚めになられたのですか!?」
「え?」
飛び起きたと同時に心配そうな顔で駆け寄ってきたのは私付きの侍女シシーだった。
「目覚めた? どういう意味?」
「お嬢様……覚えていないのですか?」
シシーはとても深刻そうな顔をして訊ねる。
「だから、何を……?」
「お嬢様は、夜会から戻られた後、すっ転んで頭を打って寝込んでいたのですよ」
「え? すっ転んで頭を打った?」
……よく分からないけど、間抜けな感じがするのは何故なの。
だけど、そんな事を言われても頭の中にモヤがかかったみたいでうまく思い出せない。
「屋敷に戻るなり、ずっとお慕いしていたステファン殿下の婚約者に選ばれたのよ! さすが私! オーホッホッホ! って高笑いしながら浮かれてはしゃぎまくってすっ転んだではありませんか!!」
「え!」
やっぱり間抜けな理由だったーー!
と、内心ショックを受けつつも、
──ステファン殿下……!
そのずっと慕っていたはずの人の名前を耳にしたと同時に、様々な記憶が一気に私の頭の中になだれ込んで来た。
「……っ!」
あぁ、そうよ……そうだったんだわ。
ここは、“かつての私”が好んで読んでた漫画の世界……
さっきまで見ていた夢は漫画の中の話で、その中でも最も重要な──
(リュシエンヌが王子から婚約破棄されるシーン───……)
「……」
「お嬢様? 具合でも悪いのですか? 今、医師を呼んで参ります!」
「え? 違っ……そうではなくて……」
「待っててくださいね!」
黙り込んでしまった私を心配したシシーは、私の静止も聞かずに慌てて医師を呼びに行ってしまった。
「行っちゃった……」
仕方がないので残された私はこの状況をどうにか整理しようと必死に頭の中で考えを巡らす。
「……この世界があの漫画の世界で、私は……記憶を持って転生した?」
そこまでは分かる。
こんな事が本当にあるのか……という気持ちの方が強いけれど。
「転生したのは、リュシエンヌ・ルベーグ伯爵令嬢……とある理由いえ、方法で選ばれたステファン殿下の婚約者」
ブツブツと呟きながら取り戻した記憶のピースを埋めていく。
「だけど、ステファン殿下は、リュシエンヌとの仲をそこまで深める事も無く、ある日『真実の愛を見つけた』とかほざいて、平民のアンネを侍らせてリュシエンヌに婚約破棄を言い渡す……」
それが、先程見た夢のシーンだ。
「……!! なんてことなの! 私、婚約破棄されるあの悪役令嬢に転生したんだわ!!」
ようやく頭が回り、自分の立場を理解した。
そこで、私は自分の運命に嘆いて絶望─────……はしなかった。
何故ならば。
「……逆ざまぁに成功して、ハッピーエンドを迎える悪役令嬢リュシエンヌに!!」
──そう。
私が転生したこの世界は、悪役令嬢が断罪の場で婚約破棄なんて事を言い出したバカ王子とヒドインに逆ざまぁする、
“悪役令嬢が主人公”の世界だった。