7話
「エマ、はいエマの分のお茶」
「ありがとう、あずさ。は!」
「な、何よ……」
「あずさ、もしかしてこれがオモテナシ?」
まーた、わけのわからん会話が始まる。
あずさは一瞬、なんのことかわからないというような顔で俺の方を見たが、すぐにひらめいたような顔をしてエマに振り返った。
「そうよ! これが日本のおもてなしってやつよ! これに関しては茶道とも言うわ。茶の道と書くのよ。エマもやってみる?」
「わお! ティーロードね! やってみたいわ!」
「じゃあ、ソラの分のお茶を入れてみましょう! まずはこうやって、湯呑みにお茶の粉末を入れたあとお湯を注ぐでしょ?」
あずさがなんか始めたが、嫌な予感しかしない。
「うんうん!」
「いい? ここがポイントよ。相手への尊敬の気持ちの分だけこのガリ、生姜の漬物を一緒に入れるの」
「わあ! じゃあ隊長のお茶にはいっぱい入れてあげるね! ジンジャーティーよ!」
「おい」
俺はすかさず突っ込み、あずさの頭にチョップをお見舞いする。
「いった! 何すんのよこのポンコツ!」
「ポンコツはお前だ、このやろ。日本の文化を侮辱するだけでなく、俺のお茶を酢で味付けするつもりか。しかもこいつらのことだから、本気にして人前でやりかねない……そしたら、俺が周りからなんて言われるか!」
「えー、ちがうのー」
エマが残念そうに、口をいじけたように曲げる。
「さすがに、わたしはわかってたわよ」
「ライリーはお母さんが日本人でしたね。私はちょっとだけ信じましたけど。ちょっとだけ……」
「いや、わかるでしょ……」
ライリーが若干引き気味に、ミアを見つめる。
「まーまー! ご愛嬌よご愛嬌! てへ!」
「てへ、じゃねーよ! お前がそんなこと言ったところで、なんのかわいさもないわ!」
「あー! 言ったわね! それなら言わせてもらうけど私、あんたが昨日私の洗濯の周りうろちょろしてたの、知ってるんだからね!」
おっと、これは急展開である。
「あ、ああああれは邪魔だったから、ど、どかどか、どかそうか迷ってただけだ!」
「ふ〜ん、その割にはやたらと下着だけ眺めてたように見えたけど?」
「ばっ、ばか! ななななな〜に言ってんだ、こいつは! ははは!」
俺は変な汗をかきながら弁明しようとする。
すると、ミアがあきれたような顔をして口を開いた。
「ソラは変態ですからね。先週、私が洗濯物を干してたら、手伝おうとしてきました」
「あ、そういえば私も言われたわ」
「私も〜」
まずい。まずいです。
「あ、あれはみんな疲れてるだろうと思って、あくまで親切心でだな! そ、そう! おもてなしだ!」
「バカ言ってんじゃないわよ、このエロガッパ!」
あずさが一層にらみ方を強める。俺は、目をそらすことしかできない。
「ほう、ソラのような人のことを、日本ではエロガッパというのですか。勉強になります」
「ぅお〜い!!」
俺は思わず、大声で突っ込みをいれてしまう。
「あの〜お客様……」
「あ」
呼ばれた方を向くと、店員さんがいた。
「店内ではもう少し、お静かにお願いいたします……」
「あ、すみません……」
ほんとすみません。
「あはは。怒られちゃった。さっ、なんか頼も〜。みんな何にする?」
エマが新しく話題を切りだしてくれる。ありがとう、エマ。
「私とりあえず、サーモン食べたい!」
「ライリーはサーモン好きねえ。私、まぐろお願い」
「俺、ツナ」
「あんたはかっぱ巻きで十分よ」
エマの優しさに比べて、こんの、あずさめ。俺はエロガッパだから、キュウリでも食ってろという意味か……!こいつぅぅ……!
「じゃあ、私もツナとやらを」
〜〜〜
「なんですかこれは」
ミアが皿を持ち上げて納得のいかない顔をしているので、答える。
「ツナだぞ」
「ツナっていうのはあの、あずさが食べているようなやつではないのですか!」
「ん〜? これはまぐろよ」
あずさが口を手でおさえながら、言う。
「待ってください。混乱してきました。ライリー、オーストラリアではあずさが食べている魚をなんと言いますか?」
「ツナよ」
「ではあずさ! 私が頼んだこの寿司にのっている魚は!」
「まぐろよ」
ミアは顎に手を当てて少し思案したのち、ニヤッと笑って言った。
「なるほど、わかりました。私たちは寿司を取り違えています!!」
「いや、ミアが頼んだのは俺と同じツナな」
「どっちですか!!」
〜〜〜
「夕食後に家でゆっくり飲むグリーンティーは最高ですね。お腹いっぱいです。ツナ、美味でした」
「美味しかったねえ」
家の構造上距離が近いので、湯船につかる俺のところまで、リビングでみんなが話しているのが聞こえてくる。
「私、お茶飲んでたら眠くなってきたわ。水瀬 あずさ! 入浴してきます!」
ん?
「あれ? そういえば、ソラはどこですか?」
「さあ〜、もう部屋で寝たんじゃないの?」
「お、おい! あずさ! 俺、今はいって……」
「きゃあああああああああああ!!!」
「うわあああああああああああ!!!」
<パァァァァン>
「いってぇぇぇぇぇぇ!!!」
俺は梓を止めようと、ドアの前に立ったところを鉢合わせし、平手打ちを食らった。
勢いよく扉が閉められ、梓が発狂する。
「変態よ! あいつ、やっぱり変態だわ! 私のことをお風呂場で、待ち構えてたわ! 最低! 最低の男よ!」
心身が傷ついた。