4話
「ソラ、あれ……」
「またか、キリがないな」
十メートルほど先の壁から、二体のスケルトンソルジャーが押し出されるようにして出てくる。
「俺は向かって右をやるから、あずさは左を頼む」
「わかった」
二体のスケルトンソルジャーは、関節をカチャカチャと言わせながら、重そうに剣を持ち上げた。
その剣が一番上まで上がった瞬間、俺は体を低くしたまま、素早く剣を振り上げた。
スケルトンソルジャーは頭を落とすと、ガクッと体を崩し、倒れた。
俺とあずさの攻撃は、ほぼ同時だった。おかげで二人とも、全くダメージを受けていない。
「やったな。あ、レベル4に上がった」
「私もだ」
「結構どんどん上がっていくな。ついさっきまでレベル1だったのに」
「まあ、ゲームとかでも最初はレベル上がりやすいし、そういうもんなんじゃない? それに私たちだけで全部倒してるし」
「それもそうだな」
スマホの時計を見ると、護衛の隊員たちが全滅してから二時間近くが経過していた。
あずさはすっかり泣き止み、俺も落ち着きを取り戻していた。
しかし、俺たちが異常事態の最中にいるということは、変わりなかった。
〜〜〜
「あずさ、ちょっと待て」
俺はあずさの肩を軽くつかみ、引き留める。
「わっ、急になによ」
「あれ見ろ」
通路の角を曲がった先に、数えきれないほどのスケルトンソルジャーがたむろしていた。
「な、なにあの数……私たち二人だけじゃ倒せるわけない……」
「くそっ……どうしたら……」
すると突然、別の通路からスケルトンソルジャーの大群に向かって、三つの影が斬りかかった。
「なにあれ……? よく見えないわ。モンスター同士が戦ってるの?」
「違う……よく見てみろ……」
それらは英語で声を掛け合い、モンスターと戦う人間だった。
「まさか……米軍?」
「なあ、あいつらどこか、戦い慣れてないか?」
「私もそう思う。でも、米軍のダンジョン探索参加は見送られたはずじゃ……」
「一体どうなってるんだ……」
三人の米兵らしき男たちは、大勢いたスケルトンソルジャーの集団を、あっという間に全滅させた。
彼ら何やら叫んだり、歓声をあげている。
「あの人たち、なんか喜んでるわよ」
「おい、左腕を見てみろ」
「なにこれ……クエスト達成。入り口は再び開かれた……? じゃあ、私たち帰れるってこと!?」
「喜ぶのはまだ早い。あいつらは本来、日本側に見つかってはまずい連中だ。だが、今の状況を考えると、俺たちの方が見つかるとまずい気が……」
そのとき、いきなり彼らの方から敵探知の魔法陣が広がり、俺たちは存在を気付かれてしまった。
「おい! あんたたち、日本人か?」
「「は、はい……」」
「そんなビビんなよ。別になんもしないって。敵はモンスターなんだから」
男たちのうちの一人はアジア系の顔つきで、日本語がやたら上手かった。おそらく、日系アメリカ人か何かなのだろう。
「日本の攻略隊? 二人だけ?」
「あの、俺たちマップの製図に来てたんですけど、俺たち以外みんな全滅して……。あの、皆さんは……」
俺たちも無許可で換装したことがばれるのはまずいので、微妙にごまかす。
日本語が話せる男は数回仲間と言葉を交わし、答えた。
「俺たちは横須賀から来た。在日アメリカ海軍所属の軍人だ」
「海軍?」
「ああ。俺たちは適性値が高いから特別に選抜されたんだ。こいつから順に84、82。んで俺は87」
俺はあずさと目を合わせたが、とりあえず自分たちの適性値は黙っていることにした。
今度は梓が口を開く。
「あの、こんなこと聞くのもなんですけど、どうして米軍の方がここに? 米軍の作戦参加は見送られたはずじゃ?」
こいつ、余計なことを……。
「表向きはな。日本がダンジョンを自分たちだけで確保したかったからだ。
ダンジョン内には未確認の土地があれば、そこには生物もいるし、資源が大量に埋蔵されてるっていう話もあるから、それはもっともだ。
でも、それが美味しい話なのはどこの国にとっても同じ。
それでアメリカ政府は米軍が東京を調査できるよう、日本政府にちょこーっと圧力をかけた。
その結果、少なくとも今のところは公表せず秘密裏にという約束で、俺たちが調査に来てるってわけだ。
このことは、そこら辺の連中にペラペラ喋らない方がいいぜ。最悪、家族もろとも軟禁。もっと悪けりゃ監禁。さらに悪けりゃ、消されてもおかしくはないからな」
「は、はあ……」
「でも、なんでそんな大事なことを簡単に教えてくれるんですか?」
「別に君たちに言ったくらいじゃ、大して状況は変わらない。聞かれたから答えただけさ」
「そ、そうですか…」
俺は思わず問いかけた。
「あの、さっき見てたんですけど、どうしてそんなに強いんですか?」
「俺たちはみんな、レベル20は超えてるからな。このぐらいの層なら余裕だよ」
「「に、にじゅう!?」」
「そんなに何回もここで戦ってたんですか?」
「いや、俺たちはネバダのダンジョンでも戦ってた」
「え!? ネバダ!? アメリカにもダンジョンがあるんですか!?」
「なあに、別にアメリカだけの話じゃない。
いいか? 今、世界にはダンジョンが五つある。
アメリカのネバダと、ロシアはチェルノブイリに、イギリスは南極のロゼラ基地だろ。あとは、すっごいちっさいのが台湾にもあるけど、中国が狙ってる。
ただし、全部で五つあるとは言っても、東京のは規模が他と段違いだ。
だから今、どの国も東京のダンジョンをなんとか我が物にしようと、必死なんだ。まあでも、そう簡単に他国の領土なんて奪えない。国としてのメンツもあるしな。
米軍の俺が言うのもなんだが、アメリカはむしろそれでいう、メンツを気にしない連中から日本を守ってるって立場だと思うぞ?
それもあって、日本政府も米軍がダンジョンを調査するのを、しぶしぶ許可したんだろうな」
やけにダンジョン慣れしている彼らと、意図せず知ってしまった機密事項に、俺とあずさはただただ呆然としていた。
「ま、これも何かの縁だ。せっかくだから、入り口の近くまで送ってやるよ」
「「あ、ありがとうございます……」」
「言い忘れてたな。俺はサムだ」
「ソラです」
「わたし、あずさ」
帰り道はとても心強かった。彼らのおかげで帰還が確実なものになり、一気に気持ちが楽になっていた。
サムたちとは、入り口から直接見渡せる道の直前で別れた。
俺もあずさも、ひたすらにダンジョンからの生還を喜んだ。
ダンジョンの外へ出ると、もう日暮れだった。
何時間もダンジョンにいた俺たちには、夕日がやたらとまぶしかった。