私が体感したマンデラ効果
事実と異なる虚偽の記憶を複数の人間が真実として認識する現象を、俗に「マンデラ効果」と言いますね。
このマンデラ効果は二〇一〇年に広まったネットミームで、南アフリカ共和国の大統領を務められたネルソン・マンデラ氏に由来するそうです。
二〇一〇年時点におけるマンデラ氏は御健在だったにも関わらず、「マンデラ氏は一九八〇年代に獄中死した」という記憶を持つ人達が何人も名乗りを上げたんですね。
実際のマンデラ氏は二〇一三年まで御健在で、このネットミームが広まった二〇一〇年にしても、ワールドカップ南アフリカ大会の閉会式に出席されていました。
そのため、前述した死亡説は嘘八百という事になります。
仮にマンデラ氏が八十年代に亡くなられていたなら、二〇一〇年に開催されたワールドカップの閉会式への出席など出来ません。
ところがマンデラ氏の死亡説を唱えた人達は、追悼式の様子を始めとする様々な事象を詳細に語っていて、それらの証言に多くの共通点があったそうです。
単なる勘違いや偶然で片付けるには出来過ぎているため、このマンデラ効果を一種の超常現象と解釈する言説も色々とあるそうですね。
例えば、タイムトラベラーによる過去改変の結果とか、無意識のうちにパラレルワールドを移動していたとか、SF的に興味深い解釈もあって、なかなか面白いテーマと言えそうです。
そんなマンデラ効果ですが、実は私も体験した事があるんですよ。
もっとも私の場合、「事実と異なる記憶を誰かと共有した」と言うよりは、「事実と異なる記憶を共有し合う集団に出会った」と言った方が正しいですね。
後に「マンデラ効果」と呼ばれる現象に遭遇したのは、私がまだ十代後半だった頃の話でした。
当時の私は今と同様、読書や映画、それに漫画やアニメの好きな文化系の学生で、同様の趣味を持つ友人達と好きな作品について雑談するのを、学校での日課にしていました。
ある日の休み時間、友人の一人が九十年代の名作OVAである「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」の話題を振ったんですね。
この「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」は、横山光輝先生のロボット物である「ジャイアントロボ」のアニメ化作品なのですが、ロボットバトルよりも等身大の人間同士の格闘戦や超能力バトルの方が印象的な作品でした。
私もOVA版ジャイアントロボは大好きなのですが、語ると長くなりそうなので、作品への思い入れは別の機会にさせて頂きますね。
本題に戻りますが、いつしか話題は、OVA版ジャイアントロボの敵組織BF団の大幹部である「衝撃のアルベルト」というキャラクターにシフトしていったんです。
OVA版ジャイアントロボを御覧になった方には周知の事実ですが、衝撃のアルベルトは強烈なインパクトのあるキャラクターでした。
紳士服をビシッと着こなした渋い中年男性で、BF団の幹部集団である十傑集の一員。
そんな衝撃のアルベルトは二つ名の通り、衝撃波を自由自在に操る強力な能力者で、掌から衝撃波を放射して敵を攻撃するだけではなく、空中で急ターンしたり空を飛んだりと、とにかく縦横無尽に暴れまくる強キャラだったんです。
その活躍ぶりと強烈な個性から人気も高く、BF団側の主人公とも呼べる存在ですね。
そんな衝撃のアルベルトについて語っているうちに、友人の一人がこのような発言をしたんです。
「衝撃波を自在に操れるので、衝撃のアルベルトは指パッチンで衝撃波を起こせる。」
確かにOVA版ジャイアントロボには、指パッチンを武器にして戦う十傑集が登場していました。
指パッチンで真空波を発生させ、人間は勿論、飛行機や石塔などありとあらゆる物を真っ二つにするシーンは、インパクト抜群です。
しかし、それは衝撃のアルベルトではなく、素晴らしきヒィッツカラルドという別の幹部なのですね。
アルベルトもヒィッツカラルドも紳士服をビシッと決めたBF団幹部ですが、衝撃のアルベルトは片眼鏡と口髭が特徴の中年男性であるのに対して、素晴らしきヒィッツカラルドは蟹の脚みたいに後ろ髪の跳ねた赤毛と白目が特徴の男性で、ビジュアル面では明確に差別化されていました。
人物面にしても、部下であるオロシャのイワンや盟友である幻惑のセルバンテスといったBF団内での交友関係の確認出来る衝撃のアルベルトとは対照的に、素晴らしきヒィッツカラルドは私情を優先する悪癖と義理人情を欠いた冷血性で仲間からも疎まれ、基本的には単独行動をしていました。
こういう具合に、衝撃のアルベルトと素晴らしきヒィッツカラルドは劇中で明確に区別されていたのですが、私の友人は指パッチンを衝撃のアルベルトの能力と認識していたのですね。
そこで私は、「指パッチンを使うのは『素晴らしきヒィッツカラルド』という幹部で、『衝撃のアルベルト』は指パッチンを使わない。」と指摘したのですね。
ところが件の友人は、「指パッチンは衝撃波の産物だから。」と言う具合に、主張を曲げなかったのです。
これだけならまだ良いのですが、その場にいた他の友人達も「指パッチンは衝撃のアルベルトの能力だ。」と自信をもって主張したのですね。
要するに、素晴らしきヒィッツカラルドを主張しているのは私だけという状態でした。
−このまま「指パッチン=素晴らしきヒィッツカラルドの能力」と主張し続けても、友人グループの空気が悪くなるだけで誰も得しない。
そう判断した私は、「ジャイアントロボのOVAを見たのは随分前なので、うろ覚えだった。指パッチンは衝撃のアルベルトの能力だったかも知れない」という感じの事を言って、矛先を引っ込めたんですね。
他の友人達があまりにも自信満々で主張するので、「もしかして、自分の方が間違っているの?」と不安になったのも大きいですけど。
とはいえ釈然としなかったので、帰宅したら真っ先に、「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」についてネット検索しましたね。
それで指パッチンが素晴らしきヒィッツカラルドの能力である事を確認出来た時には、「自分の方が正しかったんだ!」とホッとした次第です。
そして次の日に友人達と教室で出会った所、「君の言っていたように、指パッチンは衝撃のアルベルトの武器じゃなかった」と間違いを認めてくれた事で、この一件は無事に解決したのでした。
どうやら友人達も私同様、帰宅後にネットで調べたようですね。
こうして指パッチン問題は解決したものの、自分の持つ知識や概念を誰も共有してくれないという状況に、当時の私は随分と戸惑いましたね。
−まさかとは思うけど、衝撃のアルベルトが指パッチンを使う世界線に来てしまったのか?
冗談交じりの発想ですが、ネット検索で確認する直前には、こんな考えが脳裏を過ぎったものでしたよ。
さて、以上が私の体感したマンデラ効果の思い出です。
マンデラ効果の解釈の中には、「無意識のうちにパラレルワールドを移動した。」というパラレルワールド説があるそうなので、当時の私の解釈も割と的外れではなさそうですね。
しかしながら、仮にパラレルワールドに移動したのだとしたら、もっと気の利いた世界に行きたいというのが正直な感想ですね。
と申しますのも、全7話のOVA「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」は、監督である今川泰宏氏の構想では、全26話のうちの一部という位置付けなのですね。
全7話のOVAは「地球静止作戦編」という章であって、「バベルの籠城編」という後日談や、「誕生編〜白昼の残月〜」や「ドミノ作戦編」といった前日譚も想定されていたんです。
せっかくパラレルワールドを移動するなら、十傑集の能力設定の違いなんていう些細な枝分かれをした世界ではなく、どうせならOVA版ジャイアントロボが全26話制作された世界に行きたいですね。
何しろ構想されている未映像化エピソードには、「少年探偵金田一正太郎登場編」とか「アイヌ・沖縄秘宝編」という具合にサブタイトルだけでも面白そうなエピソードが想定されているんですから。
もしもOVA版ジャイアントロボが全26話制作された世界線から転移されてきた方がいらっしゃったら、詳しいお話をお伺いしたいですね。