ストーカーで何が悪いの?
ああたしはゆーたくんのストーカーである。
自覚しているのだ、自分がストーカーであることを。
断っておくが決して『追っかけ』ではない。
もっとこっそりと、陰湿である。
決して彼に話しかけたりなんかはしない。
プレゼントなんかもしない。逆に彼の使ったものをこっそり着服するほうだ。
これも断っておくが、あたしはゆーたくんに迷惑をかけたりもしない。
あたしはゆーたくんを一方的に恋人だと思ってるから、彼の嫌がることはしない。
親しき仲にも礼儀ありをわきまえているのだ、一方的にでも。
世のストーカーが嫌われ、犯罪者扱いされ、社会問題にまでなっているのは、ストーカーとしての自覚が足りないせいだと思っている。
考えてもみてほしい。女性から好かれて嬉しくない男性などいるものだろうか?
たとえとんでもないブスだったとしても、付き合うまでは出来ないにしても、女性から好意を持たれるというのは嬉しいことなはずだ。
それを嫌がられるまでなるというのは、つまり、あたしの同好の士達は、やりすぎなのだ。
そこまでやっちゃいけないというところまで、踏み込みすぎなのだ。
節度さえあれば、ストーカーは犯罪者にあたらない、とあたしは思っている。
女性に好かれて嬉しくない男性はいない、と、あたしは信じている。
特にあたしはバイト先のおばちゃん達から『浜辺美波ちゃんに似てるね』とよく言われるほど、顔の作りのよさには自信がある。
これで性格がじめじめしていなければ芸能人にもなれただろうと思えるほどだ。
あと喋り方が幽霊みたいにオドオドしてなければ。
今日もあたしはゆーたくんを尾行する。
彼は鈍いからまったく気づいてない。あたしがぴったり10m後ろをついて歩いてるのを。
くたびれた肩をして、グレーのスーツ姿のちっちゃい後ろ姿。髪の毛が風で簡単に乱れてる。
かわいい。お世話したい。あのアホ毛がいつも立ってる髪を優しくきっちりとセットしてあげたい。
でもあたしは妄想の中だけでそれを処理できる。毎晩寝る前にゆーたくんの髪をブラシでといて、整髪料をこの手でスプレーしてあげてる。
あたしは妄想で我慢ができる。ペット不可のアパートでペット動画を観て我慢してる人よりも我慢強い自信がある。
彼がアパートの部屋に入って行った。
あたしはアパートの前の歩道で立ち止まって、彼を見送る。
おやすみ、ゆーたくん。
あなたが毎日帰ってから2時間で就寝するのをあたしは知っている。
いつもならここでずっと見守ってるか、用事があれば仕方なく帰っていた。
でも、今日からは違う。
2時間と15分待って、あたしはアパートの階段を昇る。
ゆーたくんの部屋の前に立ち、バッグから鍵束を取り出す。
作りたての合鍵3つ。ピカピカにきらめいている。3つもいらなかったかもだが用心するに越したことはない。
そっとドアを開け、中に入ると、ゆーたくんのいびきが聞こえている。
あたしはそーっと足音を忍ばせて寝室に入ると、隠れる場所を探し、クローゼットの中へ入り込んだ。
寝顔は見なかった。見たら節度を越えてしまうと思ったから。
ゆーたくんの匂いがする。それだけで幸せ。
おやすみ、ゆーたくん。
朝までは一緒にいられるね。
翌朝、ゆーたくんが出社して行ってから、あたしはクローゼットから出て、自分の日常を始める。
ゴミ箱からゆーたくんが昨夜食べたコンビニ弁当の空容器を取り出し、舐める。
中に入っている割り箸を取り出し、ビニール袋に丁寧に入れて、バッグに回収した。
これは彼がいらないものとして捨てたものなのだから、着服しても窃盗にはあたらないはずだ。
あたしは決して、ひとつも、悪いことなどしていない。
住居不法侵入も見つからなければお咎めはないはずだ。
彼が帰って来た時に冷蔵庫を開けたら晩ごはんがあるようにしておこうかと思ったが、我慢する。それは節度を越えている。
そして自分の会社へ出勤する。
よかった、ゆーたくんの出勤があたしより1時間半も早くて。
自分の仕事はちゃんとやる。ゆーたくんに心奪われて計算ミスを連発するなんてことはしない。
ゆーたくんにとってあたしは面識がないも同然。部長について彼の会社に行った時、応対に出て来た彼にあたしが勝手に恋しただけ。
かわいくて、しっかり頼もしくて、何よりその歌うような綺麗な喋り方に一瞬で心を奪われた。
彼は部長とばかりお喋りしていた。ただ一言、あたしを見て言ってくれた「お茶のお代わり持って来させましょうか」に心臓が破裂しかけた。
なんてポッカーんとしているように見えて、なんて気がつく人なの! そのギャップがあたしをストーカーに変えた。
あたしは自分の仕事は手抜かりなくこなす。いつでもあたしのパソコンの画面には、小さく別窓でゆーたくんの今が映し出されてるから寂しくないのだ。
彼の仕事用ノートパソコンのカメラからどうやってあたしが一方的に覗くことが出来ているのか、そんな専門的なことはきっと語ってもわかる人は極少だと思うので詳しくは書かない。
とりあえずこれは『窃視罪』にはあたらない。『窃視罪』というのは『衣服をつけていない相手を一方的に覗き見る行為』だと聞いた。
一方的に覗き見ていても、相手が服さえ着ていれば、罪にならないのだ。
ああ……。いつでも口がポッカーんと開いてるのがかわいいなぁ……。
好きだよ、ゆーたくん。
その想いを胸に噛みしめるだけで、あたしは今日も幸せ。
べつに彼に気づいてほしいとは思っていない。
一方的に覗き見るだけであたしは幸せなのだ。
今夜もあたしは眠るゆーたくんの部屋へ忍び込む。
クローゼットへ直行し、彼のいびきを聞きながら、あたしもそこで眠る。
でも、このままでいいのだろうか。ふと、そんなことを考えはじめてしまう。
一生あたしはこのままでいいの?
ゆーたくんに自分のことを知ってもらうのは確かに怖いけど、でも、やっぱり、出来るなら、普通に恋人同士になりたいと思う。
偶然を装って、道端で彼にぶつかって、優しい彼に抱き起こされて、そこから恋が始まる展開にでも持って行けないものだろうか。
恥ずかしいけど、パワーがいるけれど、でも踏み出さなきゃ何も始まらない。
ストーカーにだって普通の恋をする資格はあるはずだ。ストーカーだった過去さえ知られなければ、愛してもらえる資格はあるはずなのだ。
よし、明日からストーカーはやめよう。
いや、ストーカーは続けながら、彼と普通の恋人同士になれるよう、努力を始めよう。
そんなことを考えながら、あたしはいつの間にか眠りについていた。
気がつくと、クローゼットの扉が開いていて、とても恐ろしいものでも見つけたような顔をして、ゆーたくんがわなわなと震えながら、あたしを見下ろしていた。
あれ?
見つかっちゃった……?
もしかしてあたし……いびきでも……
「何をしてるんだ!? 誰だ!?」
ゆーたくんがまるで住居不法侵入者にでも言うような声を、あたしに浴びせた。
「あっ……、あたし……」
「なんでここにいるんだ!? いつからいた!?」
そんなに質問を一気にされても答えらんないよ……。
ゆーたくんが声をひっくり返して脅して来る。
「けっ……、警察呼びますよ?」
あたしは窮鼠猫を噛むようにクローゼットから飛び出すと、ゆーたくんの首に腕を回して抱きついた。そのままキスで口を塞ぎ、ベッドまで歩くと、押し倒す。
唇を離すと、びくびく震えてる彼に囁いてあげた。
「好きなんです……。だめですか?」
ゆーたくんは子犬のようにかわいく震えて、首をゆっくりと横に振った。
誓ってフィクションです