三話 絵が上手いのは認めるけどよ
キャラクターは一番わかりやすいファクターであり、一番観客から見えるものでもある。話の構成やゲームシステムはもちろん気になるが、どんなに良くてもキャラクターに魅力がなければパッケージすら触ってもらえないことだってある。
そんなこんなでメディアアート部。俺、如月康二は少し緊張気味な三島やよいを目の前にして、奴がどんなキャラを持ってきたかにだけ心を傾けていた。
「今更、緊張するか?そういうキャラじゃないだろ」
俺がそういうと、彼女は顔を真っ赤にして机をバンバン叩いた。
「私は絵には自信があるけど!キャラの性格とか!名前とか!考えてたを見せるって考えたら恥ずかしいの!頭の中まで見られてるみたいで嫌!」
確かに自分の想像や妄想を言語化したものを見られるのは一種の恥ずかしさのようなものを感じるが、それがどうした。俺は前の会議の時に自分の設定を話しているぞ。俺に失うものは何もない。
「おい、すすまねぇから早く見せろよ」
「やっぱ、考え直す」
「待てよ。自分が考えたキャラに自信がないのか?絵しか描けない凡才が、絵だけの力でスキルアップできると思うなよ」
「挑発しようとしたってそうはいかないわ!毎度その手に乗ると思ったら大間違い!」
ほう、さすがに学習したか。てか、載せられている自覚はあったのか。
「と言いつつ、もうすでに盗んであったり」
俺は近くにあった紙をヒラヒラさせた。もちろんハッタリだが、今の冷静でない彼女を騙すには十分だった。
「え、嘘!」
三島は自分の鞄を見て、その所在を確認する。本物はそこにあるはずなので、俺はその隙を見逃さず、それを颯爽と取り上げる
「あ!返して!」
ここは心を鬼にして。いや三島の有意に立てるだけでなんだか気持ちがいい。追いかけてくる三島を颯爽とかわしながら、俺はモノクロの紙を引っ張り出した。
「こ、これは」
俺が歩みを止めると、三島はがっくりと項垂れた。その隙にその中身を見てみる。そこに描かれたキャラは笑顔が素敵なセミロングの女子高校生だった。釣りめで愛らしいが、その横には目のハイライトがない、怪しそうな顔が描かれている。可憐な顔とは裏腹に不気味さと恐怖が介在している。ヘアピンが優しそうな時はピングだが、怪しそうな時は禍々しい感じになっているのがまた良い。
「いい感じじゃねぇか。これのどこが恥ずかし」
俺はその言葉を止めることになる。それはこの絵に描かれた可憐な少女の名を見たからだ。
表裏白黒。
いや、何て読むんだこれ。読み方にせよ、こんな怪しい名前って。
設定を見ると、『優しく可愛いが、たまに怖い』というなんとも短い設定が書かれていた。
「お前、デザインやラフはプロみたいなのに、設定にセンスがねぇな」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
俺が指摘したことをよっぽど気にしていたのか、三島は絶叫して悶えている。意外な弱点があったもんだ。
「あのな、遅かれ早かれぶち当たる問題だ。別に馬鹿にしたりしねぇから。続けよう」
「馬鹿にしないの?」
「センスはねぇけど、何回も描き直してんだろこれ」
絵はほとんど描き直しをしていないように見受けられるが、文字の方は何度も消しゴムで消した後がついていた。これは何回も考え抜いて書いた証拠だ。人の恥ずかしいものを勝手に見といて笑えるかって話でもある。
「そ、そうだけど。字が上手く描けなかっただけで」
「言い訳するな。向き合えよ」
三島はまるで叱られた子供のように目を潤ませながらスカートを掴み震えている。きっと、俺のような陰険な男に見破られて腹が立ってるのだろう。最悪、今日はこのまま解散もあり得る。
「より良い作品のために、だ。話すぞ」
俺は椅子に座り、三島にも座るように促した。作品のクオリティのためなら三島は納得できはずだ。そういう人間だ。
三島は納得のいかない様子を見せつつも、おとなしく座った。
「まず、名前だが、こんな風に奇を衒う作品も少なくない」
「衒う?」
「あれだ、奇抜にする。この方が目立つし、覚えてもらいやすい」
言実に絶対いないような名前や、明らかに作者のセンス系の名前もちらほら見受けられる。コメディだったり、バトル漫画は能力に関していたりさまざまだ。場合によってはこちらの方が有効になる場合もあるだろう。
「じゃあ、ひょうりはぐろでもいいよね?」
「そう読むのかよ……。いや、読み方は別問題として、平凡な名前、せめて現実にありそうな名前の方が好ましい」
「どうして?」
「今回の作風は普通そうに見える少女が怪しくみえるところがポイントだ。お前の書いたゲス顔のこのキャラとのギャップをつけたい」
キャラを覚えてもらいたい、自分だけの独特な名前をつけたいというのは痛いほどわかるが、名前はテキストにずっと表示されるわけで、今回はこのキャラだけしか出演しない。であれば、見る人には早く慣れてもらった方が良い馴染みやすい名前の方が良い。
「百歩譲って珍しい苗字や名前ならまだ許容できる」
「わかったわ。後で一緒に考えて」
珍しくおとなしい三島だった。普段の会議からこれくらい物分かりがいいと助かるのだが。
「キャラの性格は、まあ、こんなものでもいいが、物語重視のものだとキャラの生い立ちや生活環境、趣味嗜好なども考えられると深掘りできるからゆめゆめ忘れぬように。今回は時間がないから割愛するけど!」
裏設定が後から公開されるパターンがあるが、プレイヤーから見えない側面を設定として作り込んでいるからこそ発掘されるのだ。それだけキャラを作り込んでるからこそ、行動に一貫性が生まれたり、キャラの心情が受け取りてにも共感されやすい。
「今まで、私って絵のことしか考えてなかった。この絵のキャラがどうだとか、これが何を表してるとか一度も考えたことなかったわ」
イラスト部では八重樫と二人きりで過ごしてきた上に八重樫も何かと忙しそうだったし、あまり他人と関わるきっかけが少なかったのだろう。いや、もしかしたら他人と関わりを立たなきゃいけない何かがあったのかもしれない。
「でもね!私はそれを知った!今の私はさっきまでの私より絵が上手くなっているはずだわ!」
相変わらずで、気落ちしているか心配して損したというか、安心したというか。
三島がいつもの調子を取り戻したようでよかった。
「そうだな。じゃあ、それを踏まえて書き直しするか?」
そう聞くと、三島は少しだけ静かになってから語り出した。
「どうせ書き直すだろうけど、立ち絵も見てもらおうかしら。どうせ、恥ずかしいもの見られちゃったし」
少しだけむすっとしていたが、今回は堂々と机の上に紙を出した。さっきのキャラのさまざまな表情が描かれている。無表情、笑顔などの差分も十種類ぐらいあり、どれもキャラの表情が活き活きとしている。
「だが!」
「何のだがよそれ」
「この絵がゲームになると思うか?」
「修正はするって、てかどういう意味よ?下手って言いたいの?」
「そうじゃなくてな。5分待て。スキャナーで読み込んで試しに表示する」
絵自体は非常にうまいと思うが、しかし。この絵には欠点がある。俺の伝達不足も原因だろうが見てもらった方が早い。
俺は予め作っていたデモ画面に三島の絵を表示してみた。
「見てくれ」
「我ながらいい絵」
「こうなる」
俺はテキストウィンドウと今日はという文字を表示させる。背景は暗い路地で表示している。
「……浮いてる?うますぎたが故の罪?」
「自信過剰か!まずキラキラなこのエフェクトはなんだ!」
差分にはそれぞれの表情に似合いそうなエフェクトや背景が描かれていた。一枚絵としては素晴らしいとすら思うが、立ち絵にはならない。
「可愛いじゃん」
「この背景と合うと思うか?」
「背景が悪い」
「設定は変えんぞ!」
こんなエフェクトに合わせた煌びやかな世界なら、緊張感が一切ないサイコポップになってしまう。それは今回の目指すところではない。
「後な、キャラの動きが大胆すぎる。これを見てくれ」
俺は差分の表情のキャラを切り替えていく。そうすると、キャラクターは表情を変えるが、手や足、腰の動きが激しすぎて忙しない。
「それはうまいことやってよ」
うまいことやるのが俺の役目ならこんな指摘はしない。
「あのな、絵が上手いのは認める。立ち絵っていうのはこんな感じでいいんだ」
俺はネットの画像やらデモに使っていた画像で立ち絵について説明した。
「最初からこれ見せてくれればいいのに!」
「だって、お前、自信満々だったろ。まさか知らないとは思ってなくてな」
報連相は共同制作において忘れてはならない。自分は大丈夫だろとは思っていたが、まさか意思疎通が通っていなかったとは思いもしなかった。
「ほんと、文句多いわね」
「文句じゃない。共同っていうのはこういうもんだろ」
元々、俺たちは気が合う仲ではない。こうやって作品を通してぶつかるしか、互いに理解する術を知らないのだ。
「フォローしとくとな、俺がこれだけいうのは、絵がどうしても一番ユーザが触れるからだ。ビジュアルがあるだけで、他の制作もイメージしやすくなる最初の作業だ。お前なら、改善するための意見を受け入れてくれる。そう思ったから、これだけ言うんだ」
三島やよいは妥協を知らない。そして、自分に絶対の自信を持つ。そんな彼女と向き合うためには、俺にも妥協を無くさなければならない。この前見た眼は本物だと思ったから、俺は彼女に自分の感覚を全てぶつける。きっと、俺の凝り固まった考えを砕く一手にもなりうるそんな気がするのだ。
三島は一瞬だけ目を伏せてから、いつものような自信ありげな顔に戻った。
「言われなくてもわかってるって!ゲームの文句、バンバン言ってやるんだから!」
「文句前提じゃねぇか、改善案を出せ、改善案を」
こうして、三島は意見を持ち帰り、翌日、素晴らしいデザインと想定通りの立ち絵を持ってきた。目にはクマが入っており、寝不足であろう顔をしていた。
素直に褒めると調子に乗るので、少しだけ皮肉を添えてやったら、案の定、怒り浸透だった。
俺もその情熱に応えねばなるまい。三島にもタスクはまだ残っているが、彼女なら問題なくこなすことができるだろう。次は俺の番だ。ノベゲのシナリオにアクションシステム。大きな課題ではあるが、今まで二の足を踏んでいたのがなぜか、少しだけ前に進もうとしている気がする。
これはきっと……。
まだはっきりするのはやめておこう。作品が完成したらきっと見えてくるはずだから。
俺はPCの電源ボタンを入りて、自分の頬を叩き、気合を入れた。