一話 顔合わせから喧嘩するな
如月康二はPC の前で今日も眉を顰めていた。如月康二、男子高校生、二年。彼の高校生生活は驚くくらいに周りと接点がない個人的な活動で埋まっていた。
それはゲーム制作だ。
ゲーム好きなら一度はゲーム制作者になりたいと願うであろう、それに高校生の頃から挑み続けている。慣れないプログラムを書いてはエラーに悩まされる毎日だ。
そんな如月康二に朗報がある。
「なんすか、部長。その変なナレーション」
俺は部長が構って欲しそうに独り言を言っていたので、それを遮った。
「いやぁ、康二君さ、集中すると目すら合わせてくれないからね。ちょっとからかった」
この人は俺の所属するPC部の部長だ。知識が豊富でマシンのことを色々教えてくれるのでそこらへんに疎かった俺は助かっている。それこそが俺のPC部に所属する理由でもあった。しかし、この部も特に実績があるわけでもなく、部長と俺の二人。いつ廃部になってもおかしくはなかった。
「そうですか。特に用がないなら話しかけないでください」
「つれないなぁ」
部長の悪ふざけは今に始まった事ではない。彼はここにきても何か特別な作業をしているわけではないく、PCで遊んでいたり、基盤をいじっては飽きたと投げたり自由奔放だ。
「んで、朗報ってなんすか」
遮ってしまったが、朗報は少し気になる。部長は悪ふざけはするが意味のない嘘はつかない。
「いいニュースと悪いニュース、どっちが聞きたい?」
部長がニヤニヤしながら指を二本立てた。どうせこういう場合は良いニュースから聞くと、悪いニュースでかき消されるパターンだ。どうせなら、悪い方から聞いておこう。
「悪いニュースで」
「相変わらず、康二君はわかりやすいなぁ」
部長はますます頬を緩ませる。全く、周りから無愛想と言われる俺の反応の何が面白いんだか。目線で早く言えと訴えると、部長は急に真剣な顔になった。
「では、発表します。PC部は廃部になります」
「そうですか」
「あれ、意外とドライ?」
「いつかは、とは思ってました」
二人しかおらず大した実績もない、また新入部員ゼロで部屋とPCを占拠していることを考えれば遅かれ早かれこうなっていたことだ。
「僕としては寂しいけどなぁ」
「元々、大して一緒に活動してないでしょ。それに」
俺はその後の言葉が続かなかった。たまたま同じ部活に居ただけで部長とは特に遊びに行く仲でもない。少し距離が近い他人であることには変わりないのだ。PC部の廃部は部長との別れそのものでもあった。
「そう落ち込まなくてもいいよ!」
「落ち込んでませんが」
「そんな康二くんに良いニュースです」
「話聞いてないですね」
部長は俺の意に介さず、話を続ける、今に始まった事ではないがかなりマイペースな人だ。
「イラスト部と合体します」
「は?」
「メディアアート部になります」
「は?」
意味がわからなかった。
「このままだとPC部もイラスト部も人数が少なくて共倒れなんだよねぇ。だから共同戦線ね?向こうも有望な二年の子抱えちゃってるから、せめて一年だけ続けたいらしくてね」
「名目上の合体ってことすか」
「そうそう」
つまり部長はPC部の存続のために同じく弱化しているイラスト部を引き込もうっていう魂胆だ。放課後、この高校では自習スペースにPCを持ち込むのは禁止されている。この部屋をPCの利用場所として残しておけるのは大きなメリットだ。
「どうせ、部屋も半分に分割して棲み分けするんでしょ?あくまでも共同のていで」
正直、今から他人と同じ部屋に入るとなるとかなり面倒くさい。どうせ最初だけ挨拶して後は距離をおいて各々自由にするに決まっている。俺も部長も騒ぐタイプではないので、向こうがうるさいかどうかだけが心配だ。
「それはどうかな?」
「いや、どういう意味すか」
「ま、実際は会ってからのお楽しみで」
これは部長が何か企んでいる時の顔だ。部長にはこの一年間振り回されっぱなしだ。嫌な予感しかしない。
「実はもう呼んでるんだけど」
「え?」
「入ってきて」
部長がそう呼びかけると、我らが部室の立て付けの悪い扉が軋みながら開いた。そこに現れたのは小柄で可憐な少女だ。優しい目をしており、立ち振る舞いからも優雅さが感じられる。
「どうもこんにちは。イラスト部部長、八重樫葉子です」
「八重樫さん、待ってたよ!ほら、そこにかけてもう一人の子も」
部長が八重樫と呼ばれた少女を座るように促した。その後ろに八重樫よりも背が高いすらっとした少女が現れた。長い髪の毛は横で結ばれており、サイドテールとなっている。目つきが鋭く、少しだけ目があったがすぐにそらされてしまった。あまり、よく思われていないらしい。
「今日はメディアアート部の記念すべき顔合わせの日です」
部長がおどけて神妙な顔持ちでそう告げた。初対面の人たちでもそのノリでいけるのか。
「まずは自己紹介から。僕は元PC部の村坂陽太。趣味は機械いじり。三年生だからあまり顔出せないかもしれないけど、よろしくね」
部長が笑顔でイラスト部の二人に呼びかけると、八重樫は少し微笑んで返した。もう一人の少女は少し照れたように俯いた。意外な反応だ。
「年長者が続きましょうか。先ほども申しました、元イラスト部の部長の八重樫葉子です。絵や漫画を描いてます。村坂さんと同じく三年ですが、どうぞよろしく」
そう言いながら八重樫は俺と部長の目の前に薄いモノクロの本を置いた。イラスト部の部誌vol.35と書かれていた。ずいぶん歴史の長い部活だ。
「私の自己紹介はそれを見ればわかると思いますので、どうぞ」
部長は目を輝かせながら部誌をパラパラとめくっていく。別に今見なくてもいいのに。
「次は私がします。三島やよい。二年で絵描きです。絵に人生かけてます。よろしく」
何だか無愛想な挨拶だった。部長は相変わらずにやけているが、俺はこいつが一番めんどくさそうだと思った。プライドも高そうで何をしても、何をしなくてもこちらに突っかかってきそうなそんな雰囲気さえ感じる。
そして、挨拶は俺の番。軽く済ませておこう。
「元PC部の二年、如月康二。PCを触っている。まあ、その、よろしく」
特に何もいうことはなかった。別にこの二人とこれから深く関わるわけでもないし、変に俺が何かを話してもアレだろう。三島という少女は何だか俺の挨拶に不満そうな顔を見せたが、グッと堪えているみたいだった。早速、目をつけられてしまったかもしれない。
部長が咳払いをして何やら話し始めた。
「メディアアート部としてこれから過ごすわけだけど、目的は両方の部の存続だよね。そのためには活動をしなきゃいけない。ただし、僕と八重樫さんは三年生で受験も控えているからあまり尽力できない」
部長の言うことはごもっともだ。このままだと俺と三島の二人が実働員になる。部の存続には活動実績が必要でもある。
「そこで!二人に共同制作でゲームを作ってもらいたいんだ!」
「わー。ぱちぱちぱち」
部長の宣言にまるで最初から何が言われるかわかっていたかのように八重樫はカタコトで拍手をした。
「「は?」」
俺と三島の声が重なる。それも束の間、俺と三島はすぐに身を乗り出してそれぞれの先輩に声を荒げて抗議していた。
「八重樫先輩!何で私がこんな陰険なヤツと一緒に活動しなきゃいけないんですか?」
「部長、ありえないですよ。こいつ人の話聞かないタイプですって」
その瞬間、俺と三島はお互いを見合って睨み合った。初対面で文句を言ってくるその神経が気に入らない。その上、入ってきてからずっと機嫌悪そうなのも気に入らない。
俺たちが言い合いを始めるまで時間はそうかからなかった。
「人の話聞かないって決めつけんな!初対面の子によくそういうこと言えるわね!」
「お前こそ態度悪いだろうが。陰険って何だよ。馬鹿にしてんのか」
「まあ、お聞きなさい」
俺と三島が言い合っていると八重樫が手を前に出して俺たちを制した。三島は八重樫に弱いのか、不満そうな顔をしながら引き下がった。
「私は常々、三島さんの絵のうまさには感心させられてきました。しかし、自分の絵と技術に対する絶対的な自信から、あなた自身の可能性を狭めている可能性があります。私が部員を集められなかった責任でもあります」
「いえ、そんな、八重樫先輩が気にすることじゃないですよ」
三島が急にあたふたし出した。彼女にとって八重樫はそれだけ大切な先輩なのだろう。八重樫が自分を心配していることに対し、動揺を隠せていない。
「八重樫さんと相談して決めたんだ。もちろん強制力はない。別に二人はこの部屋を確保してるだけでも構わない。でもね、僕らは二人に新しい何かを掴んでほしいと思うんだ。芸術やエンタメをする以上、これから人との関わりは避けては通れない。僕それをあまり行えなかったからこそ、僕ら先輩から最後に何か残せたらと思ったんだ」
部長がいつも以上に真剣な顔で語り出した。確かに部長とはやりたいことをやってきただけだ。俺もゲーム制作を続けている以上一人では限界を感じていた。それに部長がそこまで考えているとは思っていなくて、意外だった。
部長は俺と目が合うとこっそり耳打ちしてきた。
「僕からの贈り物だよ。君なら上手く使えるよね」
上手く使う。そうだ、俺はこいつを利用するだけだ。聞けば絵が上手いっぽいじゃないか。利用してやろう。こんな暴れ馬みたいな女だろうが俺なら御せるはずだ。
「わかってますよ」
「ちょろいなぁ」
「なんか言いました?」
「いや、何も」
部長がなんて言ったかは聞こえなかったが、悪巧みの一環だって言うのはわかる。仕方ない、今回だけは踊らされてやろう。
「三島やよいといったな」
「何」
相変わらず鋭い視線と怒ったような口調だ。手をあげられそうでおっかない。
「お前、怖気付いてるんじゃないか?紙の上では問題ないけど、ゲームにするとなると下手なのバレるもんなぁ。プレイヤーの視線がずっと絵に向くからな。データにされるのが怖いのか。そうか、そうか」
この手のタイプは挑発に弱い。すぐムキになって、突っかかってくるはずだ。八重樫の気遣いもあって少しは前向きになってるはずだ。簡単に協力してくれるに違いない。
「はっ。あんたスランプなんだってね。そんなやつに私の絵が活かせるとは思えないんだけど」
「何だと?」
「私の絵は完璧だっての。足引っ張んないように」
「さあ、足引っ張ることになるのはどっちだか」
「何ぃ?」
「だから、喧嘩売ってんのか?」
それから、少しだけ長く討論は続いた。宥める八重樫に笑う部長。
この二人がこの部屋に当分これなくなるのを寂しいと思う。制作の場にこの二人がいてくれたらとさえ思う。だが、部長はゲーム制作は趣味ではなく、八重樫が絵が描けたとしても出会うのは遅すぎた。
創作の時間は光の速さで失われていく。
そんな少しの時間の重なりを共有することができたなら、それこそ新しい何かを生むのではないだろうか。
「それと、如月だっけ?普段は話しかけないで。友達と思われたくないし」
「はぁ?」
新しい何かが生まれるのは当分先、あるいは永遠に来ないかもしれない。
「八重樫さん、今日はありがとう」
僕、村坂はこの場を持ってくれた級友にお礼を告げる。康二君とやよいさんがいなくなった静かな部屋で、夕日に照らされた彼女は小さく頷いた。
「こちらこそ、感謝です」
彼女はそれ以上語らない。語ってしまえば何かが溢れ出しそうだから。彼女もまた創作にかける熱はとてつもなく強かった。しかし、部の運営がうまくいかず頭を悩ませたり、自分よりも上手い後輩がやってきたりで何度も苦しんだに違いない。
「楽しみだなぁ、水と油が混ざるところ。どうなっちゃうのかな?」
僕は片付けの支度をしながら、いつもより元気そうに声を張り上げた。これで必死にもがいてきた少女の気が紛れるならそれでいい。何事にも情熱を注げなかった、ただの趣味人の僕とは違くて、彼女は繊細なのだ。
「陽太君」
その声は今にも消え入りそうな小さな声だった。彼女は基本的に人を名前で君をつけたりはしない。それは、彼女が今、何か大切なことを言う合図にも感じられた。
「もっと早く出会えていたら、私は」
その言葉は大きな風の音にかき消された。その先の言葉を、過ぎて行く時間が許さないかのように、彼女の心の灯火を消してしまったかのようにも見えた。
高校生活なんて一瞬の瞬きにすぎない。三年間の長い時間があるように見えて、その実は進路、勉学、家庭などの事情で押し潰されてしまう。彼女もまたそんな一人だ。こんなに時間が少ないとは思わなくて、自分の心を置き去りにしてしまったようだった。
「受験生でも、暇さえあれば、遊びにこれるでしょ!ほら、進学が決まれば遊べるし、別に大学行ってからでもいくらでも時間はあるさ!」
僕は道化を演じる。戻ってこない時間を悔やむ少女に。激動にまみれた二年間をイラスト部で過ごしたその少女に。僕は彼女に寄り添えない。だからこそ少しでも錯覚してくれればいいとすら思う。
「あなたは、調子がいいですね」
見破られているのか知らないが、じとっとした目を向けられた。
「いつもこんな感じだけど」
「まあいいでしょう。帰りますよ。村坂さん」
「はいはい」
村坂さん、か。
日は沈みもうすぐ夜が来る。あの二人には明日も変わらず朝日が昇るのだろう。
僕は八重樫葉子にも再び陽が昇ることをただただ願った。




