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077_永禄七年(1564年) 越前国

すみません、多忙のため予約投稿する暇が無く遅くなりました

「で、何故私まで越前に出向く羽目になるのですか」


 言いながら自身の後ろを歩く長政に、うんざりとした視線を向けるのは竹中半兵衛。

 しかし彼の視線の先では。


「見ろ八重、あちらでは舞を舞っているらしい。後で観に行こう」


「遊んでばかりでは姫様にお叱りを受けますよ」


「小夜への土産も選んでおかなくてはな。とびきりの土産を買っていこう」


「殿! あ、いや……若! あまり歩き回られると、目が届きませぬ!」


 長政と八重がまるで観光にでも来たかのようにあちこちを見て回り、その後ろを遠藤直経なおつねと数名の供が困り顔で追いかけまわしていた。


「……」


 余りに間の抜けた光景に半兵衛は唖然とする。

 何故一国の領主が少数の供だけ連れて、こうも気軽に街へ繰り出せるのかと。


 彼らが訪れたのは越前えちぜん一乗谷いちじょうだに城下。


 朝倉家の本城である一乗谷いちじょうだに城が築かれた一乗山のふもとに広がる城下町。そこへ彼らはやって来ていた。


 目的はもちろん、長政の良案とやらのためだ。

 朝倉と共に戦う、と言った長政は早速朝倉義景に連絡をして面会の手続きを済ませてしまった。


 長政の良いところなのか、それとも悪いところなのか。

 一度決断すると動きが速く、半兵衛は気付けばこの越前の地に立つこととなっていたのだった。


 そんな目の回るような速さで訪れる事になった越前一乗谷の城下は、彼らの騒がしさが掻き消されるような喧騒に満ちていて、まるで伝え聞く京の街並みそのものであった。


 別名、北の京。


 かつて京が戦火に焼かれて荒れた際、動乱を嫌って京から逃げ出してきた文化人達はこぞってこの越前を目指した。


 朝倉家当主の朝倉義景は文芸の才に秀でており、歌道や和歌に始まり連歌や絵画、そして茶道と言った文芸に一通り精通しており、文化人としての誉れも高い。


 また越前という土地は戦火も少なく、そして京から近いこともあって、京から逃れてきた文化人が集うにはこれ以上ない国であった。


 結果、政争に巻き込まれて荒廃していく京とは対照的に、この一乗谷は文化の華が開き、今では日本の文化の最先端として華やかな街並みが生まれていたのである。


 戦とはあまりに縁遠いこの賑わいの中にいると、まるで戦国の世が終わりを告げたかのような錯覚を覚えてしまう。


「……北の京、噂には聞いておりましたがよもやこれほどとは」


 文化人が集まったからこれだけの町並みが生まれたのか。それとも彼らが集まりたくなるような環境を整えたのからこれだけの町並みになったのか。


 どちらにせよ、これだけの繁栄を築いた朝倉義景という男は、存外政治の才覚があるらしい。


 もし斎藤龍興たつおきがもう少し利口だったなら、美濃もこれだけの賑わいを見せていただろうに……と思わずにはいられない半兵衛であった。


「見事なものだな半兵衛。折角だ、そなたも何か土産を買っていくと良い。ここになら珍しい書物もあるのではないか?」


 そこへ横から長政の声が割り込んでくる。その声に半兵衛はうんざりとした視線を向けた。

 ここにお前は何をしにきたのだ、とでも言いたげだ。


「越前の朝倉義景に書状を届けるだけならば、わざわざ浅井様が出向く必要もありますまいに。何故このような……」


「実はな、まだ一度も越前を訪れたことが無かったのだ。北陸の小京都とまで言われる町並み、一目見ておきたいと思ってな」


「だからと言って録に護衛も付けずに物見遊山とは、少々危険すぎるのでは?」


 八重を一瞥して半兵衛は告げる。

 よりによって連れてきたのが何故女なのだ、とでも言いたげだ。


「そうか、半兵衛は八重の腕を見た事がなかったな。まぁ、八重がいれば大丈夫だ」


 そう言って長政が八重に視線を向けると、「賊が多ければ私とて太刀打ちできません。ご自重くださるのが一番なのですが」と厳しい顔をされてしまう。


 それを見て長政は居心地悪そうに、しかしあっけらかんと「まぁ何とかなるだろう」と言い放つのだった。


「……湖北の鷹を亡き者にするには、戦で討ち取るよりも刺客を放った方が早いと覚えておきましょう」


「確かにその通りだ、はっはっはっ」


「新九郎様、笑い事ではありませんよ」


「はっはっはっはっ!」


 実に楽しそうに笑う長政の姿に、半兵衛はまた大きなため息をつくのだった。


「私は何故こんな男に負けたのだ……」



◆――



 それから一乗谷城下の町並みをひとしきり見終わったところで、長政は「そろそろか」と立ち止まり、辺りを見回し始めた。


 ようやく朝倉の元へ行くらしい。散々あちこち連れまわされた半兵衛は、うんざりしながら長政の後に続く。


 しかし、どういうことか長政は、一乗谷城とは正反対に歩き始めた。


「……浅井様? 一乗谷は反対ですが」


「いや、朝倉の遣いと落ち合うまでにはまだ時間がある。その前に行きたいところがあってな」


「行きたいところ?」


「ああ。大文字屋という商人のところだ」


 長政の言葉に直経が反応する。


「大文字屋と言うと、越前の大商人ですな。何でも加賀や近江にも手を広げているやり手とか」


 恐らく直経の手の者からの情報なのだろう。どうやら戦に関係のないところにも間者を張り巡らせているようだ。


「そんな商人に何の用が?」


 半兵衛が問えば、長政は「火薬だ」と答えた。


「加賀では一向宗が火薬の原料となる硝石しょうせきを作っていると聞く。加賀にも手を広げている商人ならば、伝手を辿って仕入れられないかと思ったのだ」


 この頃既に、加賀国かがのくにでは一向宗によって火薬の製造が行われていたと言われている。

 史実では越前方面へ侵攻を始めた織田との戦いで、この加賀産の火薬が大量に使用されて織田軍を苦しめたという話だ。


「火薬……鉄砲ですか」


「左様。鉄砲の数はだいぶ揃ってきたが、火薬の方が足らん。そろそろ火薬を大量に仕入れたいと思っていたところだ、丁度いいと思ってな」


「火薬と言えば堺ですが、堺は六角の領地である南近江を跨いだ先ですからな。仕入れるのにも一苦労。こちらから仕入れられるならそれに越したことはありませぬな」


 直経がそう告げると、長政は頷いた。


「その大文字屋とやらと懇意になれれば、ある程度の火薬の仕入れが見込めるからな。これからの戦いに向けて、浅井の力になる事は間違いないだろう」


 長政の言葉を聞いて、半兵衛は少しばかり感心する。

 どうやらただ遊びに来たわけではないらしい。ちゃんとこれからの事も考えているようだ。


 そうでなければ困る。今仲達とまで長政の事を評価した半面、彼がただの平和ボケした間抜けな当主であれば、自身が今まで負けた事はただのまぐれという事になってしまうからだ。


 まぐれで三度も敗北したとあっては、半兵衛の誇りに傷がつく。

 普段は間抜けに見えるが、浅井長政と言う男は深謀遠慮を湛えているはずなのだ。


 そして半兵衛は、その深謀遠慮がどこから来るものなのかを見定めなくてはならない。

 その知性を己の血肉とし、二度と敗北しないためにも。


 そうしてしばらく街中を進んだ後、ようやくその大文字屋の店とやらにたどり着く。

 この辺り一帯の中でも特に大きな店構えをしているその建物は、なるほど大商人のそれにふさわしい。


「すまない、店主は居るか?」


「これはこれはお武家様。一体何の御用でございましょうか」


 長政が店の中に入ると、すぐさま店主らしい男が進み出てくる。

 恰幅良く初老のその男は身なりも小ぎれいで、いかにも金を持っていそうな風体をしている。


「私は北近江浅井家が家臣、浅元新十郎と申す。実は浅井家のご当主、浅井備前守様より書状を賜ってここへ参った次第」


「浅元様! ええ、ええ。お噂はかねがね。まさかあの浅元様直々にいらっしゃるとはこの大文字屋甚兵衛じんべえ、誉れ高いと言うものにございます」


 嘘つけ、そんな奴いる訳ないだろう。半兵衛は心の中でそう呟いた。

 浅元新十郎なんて言う露骨な偽名、そんな人物が本当に居るのなら会ってみたいものだ。


 そんなことを思いながら白い目で大文字屋甚兵衛じんべえと名乗るその男を眺めていると、長政が手渡した書状に一通り目を通したところでふむ……と一つ頷いて長政に向き直った。


「なるほど、仔細は承知致しました。確かに手前の方でならご要望の品を手に入れられるでしょう」


「誠か。それは助か――」


「ただ、一つ問題が」


「――問題?」


 長政が首を傾げると、大文字屋は神妙な面持ちで語り始めた。


「えぇ。近頃、加賀の方で一向宗の動きが怪しいとの噂がありまして。あそこは百姓の国でしょう? 一向宗が動けば百姓が動く。しばらく商いの往来を止めようかと思っていたところにございます」


 百姓の国。大文字屋の言うように、この頃の加賀は一向宗によって治められる百姓の持ちたる国だった。


 加賀国かがのくに。かつて富樫とがし氏によって治められていたその国は、一向一揆によって滅亡を迎えた。


 仏教徒となった百姓たちが一斉に守護の富樫とがし氏へ反旗を翻し、国中が敵となったのである。


 結果、守護大名が不在となった加賀国は現在、その一揆を先導した本願寺門徒の者たちによって実効支配されていた。


 越前と加賀は隣国であり、朝倉家と一向一揆衆はこれまで何度も戦いを繰り広げている。

 今回の一向宗の動きも、幾度目かわからない越前侵攻を目的とした物かもしれなかった。


「そうか、確かにそうなれば、火薬の仕入れは難しくなりそうだな」


 長政の言葉に大文字屋は「そうなのです」と眉を下げて答える。


「とは言え手前とて、せっかくの機会を不意にするつもりはございません。少々割高にはなりますが、本件引き受けさせて頂こうかと」


 しかし、表情を一転させた大文字屋は、任せなさいとばかりに笑顔になった。


「誠か。いくらほどになる?」


「少々危険が伴いますから……これで、如何でございましょう」


 そうして提示された額は――


「ばっ……! 元の、三倍ではないか!」


 今まで黙っていた遠藤直経が思わず声を上げたほど、馬鹿げた額をしていた。


「三倍……もう少し安くならないか?」


「これ以上はどうにも……手前とて、ええ、命を賭けておりますから」


 朗らかな笑顔を浮かべているが、こちらの足元を見ていることは明白だ。

 わざわざ越前まで足を運んでいるところから、こちらがこの交渉を何としても物にしたいと言う心理を逆手にとっての事だろう。


 確かに今の浅井の財力ならば、ぎりぎり払える額を提示してきている辺りも嫌らしい。


 商人は商売のために時勢に聡くなると聞く。浅井が火薬を喉から手が出るほど欲しがっている事を知った上で、ふっかけてきているのだろう。


 これが加賀、越前、近江の三国を股にかける大商人の実力ということか。


 半兵衛は人知れずほくそ笑む。

 さぁ、どうするつもりだ浅井備前守、と。


 しかし、長政は半兵衛の期待を大きく裏切る行動に出る。


「そうか、ならば仕方ない。今回は縁がなかったのだろう、邪魔をしたな。皆、帰るぞ」


 なんと、わざわざ越前まで出向いてきたと言うのに、まるで近所の店に欲しいものが無かったかのような気軽さで長政は店を後にしてしまったのだ。


 直経や八重が目の色を白黒させているが、長政は構わずにすたすたと店を出て行ってしまう。

 仕方ないので彼らも長政の後を追うが、本当にいいのか? と不思議そうに顔を見合わせていた。


 確かに、面倒で手間はかかるが今のままでも火薬を仕入れられないわけでは無い。

 長政のことだ、三倍の額を払うよりも他の手を使う方が良いと判断したのだろう。


 そんな風に考えて彼らが納得しようとしていたその時。


「あ、浅元様! お待ちくだされ!」


 先ほどまで余裕綽々の笑みを浮かべていた大文字屋が、慌てた様子で後ろを追いかけてきたのだ。


「どうした大将。まだ何かあったか?」


「に、二倍の額で如何でしょう! これ以上は手前としても……」


「話にならんな。元々払うつもりだった額自体が割高のはずだ。それ以上の額を、と言うならば話は終わりだ」


「しょ、承知致しました! ならばご提示の額で取引させて頂きます! ですから何卒!」


 先ほどまでの態度から一変、縋るように長政の言い分を呑んだかと思えば、すぐさま証文を用意するために店へ戻る始末。


 どう言う心境の変化なのだろうか。


「……これも浅井様――もとい、浅元様の想定通りで?」


 訳がわからないと言った風に半兵衛が長政に視線を向ければ、長政は「まあな」と得意げに答えた。


「どうやらあやつが今浜に店を構えたいらしいとの話を聞いてな。あの書状には火薬の売買についてと、今浜に店を構える旨について記しておいたのだが、それが効いたらしい」


 言いながら、長政は呆れた視線を店主へ向ける。


「奴め、欲をかいて足元を見てきおったゆえ見限るつもりだったが……流石にそこまで、阿呆では無いようだ」


「……商人相手に駆け引きですか」


「商人は我ら武家を、銭勘定の出来ぬ間抜けだと思っている節がある。始めに灸を据えてやらねば、これからどれだけ吸い上げられることかわかったものではない」


「武家のやることとは思えませんね」


「それで戦に勝てるなら何とでも言え。勝つ事が本にて候、だ。……さて、次は朝倉よ。商人を相手するよりは楽だといいのだがな」


 そんな事を言いながら、足早に戻ってくる大文字屋に視線を向けて、長政は軽く笑みを浮かべたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] "仏教徒となった百姓たち"→もともと仏教徒ではあったのでは……?一向門徒になった、なら分かります
[一言] 加賀で取れる火薬って本願寺系列が極秘に飛騨の某所で製造してるアレのことなのかな? 出所もだけれど、横流しはわからないけど量も含めてかなり機密扱いだったと思うが商人通して浅井に販売とかあり得る…
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