074_永禄七年(1564年) 会合
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衰える事を知らない夏の陽射しが、今日も痛いほどに肌を焼く。
あとひと月かふた月もすれば本当に秋が訪れるのか、不安になるような暑さが続いている。
「すまない、待たせたな」
そんな灼熱の日々の中、長政はとある人物と会合するために片桐直貞に預けた刈安尾城を訪れていた。
「……いえ」
刈安尾城に申し訳程度に築かれた城の一角。評定のために作られた部屋に、その姿はあった。
そこで待っていたのは病的なまでに白い肌をした女。
――否、女のように華奢な男。
彼が訪れた事を書状で知らされた時、長政はすぐに小谷を発った。
謁見を求める書状だったが、それを無視して長政から出向いた形だ。
長政からすれば、好きに動かれる前に少しでも早くこの場を設けたかったのである。
「聞きたい事は色々あるが……何故ここに?」
「少々騒動があり、身の危険を感じまして。それに、世に名高い湖北の鷹。その為人を見ておきたいと、そう思いました」
多くは語らない彼の前に長政は座る。
暑苦しい真夏の部屋であるにも関わらず、その男の視線は凍えるような冷たさを感じさせた。
「あれを騒動で片付けるか。このような成りだが、如何か?」
袖を握って着物の柄を見せるようにして男に問うも、男はそれを鼻で笑って水を飲むだけ。
どうやら雑談をしに来た、と言うわけではなさそうだった。
「目的は?」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、と申しますれば」
そんな問答の横で、長政の護衛として付いてきていた八重が女中に代わり、長政の前に水を差し出す。
その少し離れたところでは、城主の片桐直貞が彼らの様子を静かに見守っていた。
しかしそれらを一瞥すらせずに、長政はじっと男の目を見続けている。
そうしてお互い、言葉の代わりに視線を交わす。
そこに一切の意思も動作もない。ただただ静かに、じっと。
そして全く動かない二人の様子に、片桐直貞がしびれを切らし始めた頃。
「燕雀どころか、どうやら鷹にもわからぬらしいな」
ふっと長政は、男から視線を外したのだった。
燕雀は燕や雀のような小鳥を。鴻鵠は鴻や鵠と言った大きな鳥を指す。
大きな鳥が志す事は、小さな鳥にはわからないと言う言葉は、転じて偉大な人間が考えることは凡人には理解が及ばないと言う意味を持つ。
自分の考えを話したところで、長政には理解が及ばない。そう言いたいのだろう。
長政を試すためか、それともただの嫌味なのか。
そんな事を言ってのけたその男に、長政は笑って答えたのだった。
「……そう言えば聞いたか、三好長慶のこと」
そうしてさして気にした風もなく、長政は出された水を飲み下して話を続けた。
先程までの沈黙が嘘のように、額の汗を拭い始めた長政。そんな彼を見て男も「……病に斃れたとか」と答えたのだった。
今、京を巡るのは三好長慶の最期について。
男の言うように、三好長慶がついに斃れたのだ。
一度は天下に手を伸ばしながらも、弟を失い、嫡子を失い、全てを失って絶望の中で死に絶えた。
その胸中はいかばかりか。
最早、近畿に三好の気運は無い。
将軍家、今に立つべし。
これまで三好長慶を家臣に据えて、融和政策を布いてきた第十三代征夷大将軍、足利義輝がついに動こうとしていた。
三好長慶の才覚によって抑えつけられていた近畿の動乱が、彼の死によって今再び巻き起ころうとしていたのだ。
「存外、喜んでおられぬのですね」
男に問われ、長政は首を傾げる。
「私がか?」
「春に三好と対陣したと伺っております。何でもお一人で六千の兵を足止めなされたとか。三好の動きが鈍れば丹波内藤の動きも鈍る。西近江の併呑も進みましょう。浅井にとっては都合が良いのでは?」
男の言葉に、長政は薄く笑みを浮かべた。
「ほう、よく存じておられる。流石は今孔明、竹中半兵衛殿と言ったところか」
その男の名は、竹中半兵衛重治。
かつて長政を窮地に陥れ、その後幾度も斎藤家と共に長政の前に立ちはだかった謀将が今、目の前に座していた。
稲葉山城の乗っ取りを行うも国人衆の反発が強く、結局半年ほどで城を明け渡した事は聞いていた。
その結果彼が自領に篭り、隠遁した事も。
しかしその張本人が、まさか長政の元に顔を出すとはだれが想像しただろうか。
この知らせを受けた時、長政の頭の中にはとにかく疑問符が浮かんだものだ。
しかし考えてみれば、史実の浅井家から裏切りが続出した原因の一つに竹中半兵衛の調略があったはずだ。
その調略の成功した理由が彼らと知り合いだったからだとすれば、史実でもこうして長政の元を訪れていたのかもしれない。
突拍子のない行動だが、彼なりに考えがあるのだろう。
それこそ、鷹にもわからない鴻鵠の考えとやらが。
「私如きが孔明とは……随分と過分な評価」
長政の言葉に半兵衛は薄く笑う。
今孔明とは、今に蘇る諸葛亮孔明を意味する。
転じて、かつて中国三国時代に蜀を支えた天才軍師、諸葛亮のような名軍師だと讃える言葉である。
この言葉は竹中半兵衛を称する言葉として知られているが、実は実際にこの言葉が出たのは彼が亡くなった後の話。
彼の子が半兵衛の逸話をまとめる中で用いられた言葉であるため、この時代に半兵衛を今孔明と称した者はいない。
そのため半兵衛からすれば、長政が自分の事を高く評価しているように見えた事だろう。
「しかし、私が孔明ならば、浅井殿は――今仲達、と言ったところかと」
半兵衛の答えに、長政は思わず笑う。
「それこそ過分な評価だな」
今孔明が諸葛亮を指すならば、今仲達は誰を指すか。
考えうる人物はたった一人。諸葛亮の前に幾度も立ちはだかったとされる魏の名将、司馬懿仲達の事を指すのだろう。
魏に仕え、諸葛亮との戦いを幾度も制したとされる司馬懿。諸葛亮と対に描かれる事の多い偉人である。
よく勘違いされるが、彼は生涯で一度もいわゆる軍師職を勤めた事はなく、軍師と言うよりは将軍と言う毛色の方が強い根っからの軍人である。
彼に天才軍師の印象が根付いたのは、諸葛亮と対にするために後世の創作家がそう見せたためだろう。
とは言え彼が戦上手だった事は間違いない。半兵衛は長政の事を、そんな司馬懿だと評したのだ。
しかしこれは単なる誉め言葉としての意味だけでなく、孔明に対する仲達、即ち半兵衛にとっての長政は宿敵であると言う宣戦布告にも等しい。
先ほどの嫌味と言い、少なくとも好かれてはいなさそうである。
「三好長慶が斃れた今、丹波も混乱しておりましょう。今仲達殿の力があれば、西近江も切り取れるのでは?」
今仲達、という言い回しが気に入ったのか、それともただの皮肉なのか、そんな事を半兵衛が口にする。
「どうだろうな。元々三好長慶が病に臥している間も六千の兵を挙げてきた。丹波は丹波で独立した支配体制を築いていると考えるのが妥当だろう」
「丹波は赤井や荻野の動きも怪しく、三好が落ち目の今、いつ内乱が起きてもおかしくない。となれば、彼らとてそちらに備えるのでは」
「まぁ、確かにな」
半兵衛の言葉になるほどと笑みを漏らす。
いや、正確には笑みを貼り付けた。
内心、竹中半兵衛という男の恐ろしさに冷や汗をかいていたのだ。この男、どこまで知っているのだ、と。
世間では長政を鷹の目だのと称し、何でも見通すと持ち上げているが、その殆どは本来この時代の人間が持ち得ない未来の知識によるところが大きい。
言ってみれば、答えを見ながら試験で満点を取っているようなものだ。長政からすれば当然という結果で、それで褒められてもいまいちピンと来ない。
しかしこの半兵衛と言う男は違う。この男は、長政のような異能も無しでこちらの情勢をよく見抜いている。
長政に言わせれば、この男の方がよほど鷹の目にふさわしい知恵者だ。
長政のように大名としての席を与えられた訳でもない半兵衛が、諜報技術が未発達のこの時代に、敵の情勢を知り尽くしている事があまりに異常。
なぜこんな男と戦っていたのかと恐怖さえ抱くほどに。
下手に取り繕えば、そこから切り崩されそうに思える。
ならば下手を打つ前に自分の考えを見せた方が早そうだ。
そう考えた長政は、ため息を一つついて口を開いた。
「確かに今なら、西近江を切り取れるかもしれん。だが、それをやってしまっては丹波内藤との対立は避けられぬ。三好も出てくるだろう。それだけ多くの兵が死ぬ」
その言葉にたっぷりと間を取って、半兵衛は水を口に含む。
そうしてその水を飲み込み、その上で首を傾げて答えた。
「……それの何の不都合が?」
そう、不都合などないのだ、本来は。
例え決戦に至ったとしても、浅井が全力を挙げれば今の内藤に勝ち目は無い。
何せ弱者や敗者は徹底的に食い尽くされるのがこの時代だ。
副王亡き三好に容赦する者など居はしない。
落ち目の三好を食らうため、虎視眈々と領国を狙う者達や、これまで三好に力ずくで抑えつけられていた反抗勢力達が、浅井の挙兵に合わせて一斉に牙を向くだろう。
そんな状況で丹波を開ければ、瞬く間に食い尽くされる。
浅井の被害は大きいだろうが、その分得るものも大きいのだ。
しかし、それを理解していてなお長政は続ける。
「内藤と浅井の決戦になれば、正面からのぶつかり合いになる。そうなれば落ち目の三好と言えども被害は甚大だろう。そうでなくとも、丹波で動乱が起きれば多くの民が飢える。民が飢えれば更なる乱が起き、多くの人が死ぬ」
「それこそ好都合。民が飢え、乱が起きれば、それだけ浅井が介入する口実も増えましょう。そうして西近江を併呑出来れば、減った兵も補えましょう。何の不都合があると言うのです」
「……兵を補う、か」
その言葉こそ、長政が決断できない一番の理由だった。
この時代に生きる者らしい、ある意味当然の考え方。
食糧よりも人の数の方が多く、一人の命が掃いて捨てるほどに軽いこの時代で、最も命の価値が低い百姓の事を気にする大名など居はしない。
だからこそ彼らは、百姓を数でしか見ていない。
百の兵が減ったなら、他の場所から百を補う。そうしてずっと戦い続けて来たのだから。