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051_永禄六年(1563年) 次代の幕開け

 布陣から二日後。


 ある意味当然とでもいうように、降伏を拒否する書状が蒲生側から送られてきたため、ついに反六角連合軍は日野城への攻撃を開始した。


「かかれーっ!」


 浅井の陣のずっと先で、平井定武が兵の指揮を執る。


 三の丸を守る城門の前には、大きく深い空堀が掘られている。


 この堀を埋めるか、城内に繋がっている唯一の橋を渡って、城門を突破するかしなければ三の丸には到達できない。


 そのため平井定武の手勢は、まず正面の橋を渡って城門に取りつこうとしている様子。


 しかしそこには当然、防衛側の攻撃が集中的に降り注ぐ。


 城壁に開けられた穴から覗く銃口が、轟雷のような爆音を響かせる。

 その轟音が狙う先は、橋を進軍する平井隊。


 身を守る場所がどこにもない橋の上での集中砲火。瞬く間に平井定武の先発隊は壊滅したようだった。


「やはり守りの鉄砲は強いな」


 長政が呟けば、野村直隆が「いかにも」と答えた。


 この時代の鉄砲は、侵攻に使うには余りにも不便だ。


 何せライターやマッチと言った簡単に火を起こせる道具が存在しないため、火は火打石を使ってその場で起こすか、あらかじめ用意した、火のついた長い火縄を持ち運ぶしかない。


 前者は火をつけるための手間が、後者は火が消えないように管理する手間が大変だ。


 その上、弾や火薬も濡らさぬように、それでいて誘爆を防ぐために火元にも近づけないように保管する必要があり、それらも一度雨が降れば湿気にやられて使えなくなってしまうのだから面倒な事この上ない。


 挙句、ようやく戦場に辿り着けても鉄砲を使うためには発射の度に弾を込めて狙いを定めなければならず、常に移動が付きまとう侵攻戦では殆ど機能しないのだ。


 しかし、それはあくまでも侵攻時の話。これが防衛戦、特に籠城になると無類の強さを誇っていた。


 火種も火薬も弾薬も、城に保管しておけばいつでも使用できる。その上、雨が降っても屋根さえあれば一方的に攻撃ができるのだ。


 そして城壁は鉄砲隊に近づく敵を拒むため、敵は常に銃撃に晒されながら城門を破らなければならなくなる。


 その威力たるや、今まさに平井隊が蹴散らされたところからも推して知るべしと言うところ。


 大量の鉄砲による攻撃を得意とした信長は、野戦の際には砦や堀、馬防柵を大量に用意する事で平地に即席の城を築き上げ、その猛威を振るったという。


 きっと信長は、この鉄砲の強みをよく理解していたのだろう。


「堀を埋めろ! 下から取り付け!」


 一方、敵の反撃が激しい事を知るや否や、馬淵まぶち建綱たてつなは城門を突破するのではなく堀を埋める方へ作戦を変更した。


 城壁の前には深さ十一けん(約20m)、幅約五けん(約10m)ほどに見える巨大な空堀が掘られている。


 この堀が城門前の橋を避けて、他から侵入しようとする者を阻んでいる訳だが、逆に言えばこの堀を埋めてさえしまえば突破できるという事でもある。


 とは言えこれも簡単なことではない。敵も当然それを理解しているため、堀に近づくなり瞬く間に鉄砲の集中砲火を受ける事になるからだ。


 そもそも堀の深さも生半可ではなく、どこか一か所埋めるだけでも一苦労である。

 その作業を敵の銃撃の中で進めるのだから簡単ではない。


 中には直接掘に降りて城門に上がろうとする者も居たが、剥き出しの土と土塁で滑って落下し、上からの射撃によって息絶えている。


 橋も掘も突破できそうになく、どうやらこのまま持久戦に持ち込まれそうな雰囲気が漂っている。


「このままだと、兵糧攻めするよりありませんな……」


 ぼそりと野村直隆が呟いたため、長政は眉間にしわを寄せた。


 城攻めの方法には幾つか手段があるが、今回は力攻めと呼ばれる方法での攻略を行っている。


 力攻めはその名の通り、正面から数に物を言わせて攻め寄せる方法だ。


 当然、正面からぶつかる分消耗も激しく、力攻めを成功させるには城を守る兵の三倍の兵が必要とまで言われるが、武士たちはこの力攻めによる攻略こそ名誉としていた。


 そのためよほどの理由がない限り、この頃の城攻めは大抵この力攻めが採用される事になる。


 今回の敵味方の総数を比較すると、日野城にこもる一千の兵に対してこちらは一万にも上る。その差は約十倍だ。


 先ほどの三倍理論に基づくならば、城攻めの成功は間違いない……普通なら、だが。


「全く……さすがは蒲生の鉄砲隊。見事なものだな」


「敵ながらよく統率がとれています。兵数で勝っているとは言え、生半可な攻め方では落とせぬでしょうな」


 長政が呟くと、隣にいた藤堂虎高もそれに同調して蒲生を褒めた。


 しかし、この状況で何より厄介なのは、敵の練度の高さもさることながら味方の統率がとれていない事だった。


 元は六角義弼よしすけの専横に怒って集った者達であるため、どうしても国人衆の寄り合い所帯と言う雰囲気が拭えない。


 強敵に抗するために一時的に手を組んだ連合軍が、いざ強敵とぶつかるとどうなるか。歴史を振り返ればいくらでも例がある。


 項羽こうう軍三万に対して五十三万の兵を率いて戦ったが敗北した、劉邦りゅうほう率いるかん連合軍しかり。


 曹操そうそうに対抗するために手を組んだものの離間の計により敗走した馬超(ばちょう)韓遂(かんすい)関中(かんちゅう)連合軍しかり。


 そんな前例に漏れる事なく、目の前で戦う平井隊と馬淵隊ですら、お互いが被害を最小限に抑えようと振舞っているため積極的に攻撃を行わない始末。


 これでは倒せる敵も倒せはしない。


 彼らからすれば、ある程度攻め寄せて六角側に参ったと言わせればそれで良い戦だ。


 そのため本気で城攻めする必要は無く、ましてや強敵の蒲生と真正面からぶつかるのは勘弁したいというのが本音なのだろう。


 そんな温い考えこそが敵方の蒲生の付け入る隙となってしまうのだが、それを外野の長政が指摘したところで連合軍に不和をもたらすだけ。


 どうしたものかと唸る長政をあざ笑うかのように、結局その日はそれ以上の進展を見せる事なく、一日目の戦いは終わりを告げた。


 日没後に日野城を包囲する他の国人衆の報告を受けるも、どうやら北も東も同じような状況だったらしい。


「やれやれ、寄り合い所帯だと兵の数は勝っていてもこのザマか」


「むしろ数で勝っているからこそ、でしょうな。数に劣る敵は遮二無二戦いますが、数で有利なこちらは誰もが被害を少なく終わらせたいもの。その消極的な姿勢のせいで攻め手にかけているのでしょう」


 かつて甲斐武田で従軍の経験がある虎高は、連合軍の様子をそう称した。


 虎高の言う通り、今の連合軍の国人衆には油断が垣間見える。その証拠に今日一日、全く戦果が上がっていないというにも関わらず、どこも焦った様子がないのだ。


 冷静沈着と言えば聞こえは良いが、油断しているだけではないのかと眉を潜めたくなってしまう。


 今この戦に集っている諸将は、口にこそ出さないが心の中では自分達が戦わなくても誰かが戦ってくれる、と言う甘えにも似た考えがあるのだろう。


 こんな戦い方では勝てる戦にも勝てなくなると言うのに。


 そんな長政の不安を肯定するかのように、翌日もやはり城門を突破する事はかなわず、時間だけが刻々と過ぎて行った。


 そんな戦いが三日目に突入し、力攻めでは無理なのではないかという空気が漂い始めた頃、長政の陣に訪問者が現れた。


「遅くなり申した。和田山城にて政澄殿から殿がこちらにいらっしゃると伺い、慌てて参った次第にて」


「そう言えば伝言を忘れていたな、すまぬ。して、手筈はどうだ継潤けいじゅん


 長政の元に現れたのは浅井家家臣の宮部みやべ継潤けいじゅん。今は叡山えいざんとの交渉事を主に担当している元坊主の武士である。


 そんな彼は出家した頃からずっと丸め続けている頭を下げて、「はっ、こちらにございます」と懐から一枚の文を取り出して長政に差し出した。


 その文を開き、一通り目を通した長政はふっと口元に笑みを浮かべた。


「でかした。これさえあれば、後は日野城を落とすだけよ」


「それから、和田山城より後詰の兵一千と武器弾薬、そして兵糧をお持ちしております。政澄殿からはくれぐれも殿には戦の際、突出致しませぬように、との言伝ことづても」


 こんな時でも総大将の突出を気にするか、と政澄の周到さに思わず笑ってしまう。


「くくく、これだけ火薬を送って来ておきながら突出するなとは無理を言う」


 元々積極的には戦いに参加せず、物資の消費も最小限に抑えていた浅井軍は、宮部継潤が運送してきた物資によって戦うに十分な資材を揃える事ができた。


 これだけあれば、多少は全力で戦っても問題ないだろう。


「ところで殿、先日の約定の件ですが……」


「わかっている。全てが上手く行けば、約定通りそなたに城をやる。それも、武働きを望むそなたには最も理想的な場所にな」


 満足そうに頷いた継潤から視線を外した長政は、続けて言葉を発する。


「明日中に動きがないようであれば、明後日は我らも日野城攻めに参加するぞ。直経、平井殿へその旨を伝えよ」


「はっ!」


「虎高、直隆。せっかくの城攻めだ、これまで仕込んだ策を一度ここらで全て試してみようではないか。蒼鷹隊に城攻めの支度をさせよ」


「承知!」


「はあっ!」


「継潤、吉政。そなたらは私と共に本陣に残れ。これから、新たな時代の戦を見せてやる。その様をしかと目に刻んでおけ」


「ははっ!」


「わかりました!」


「さあ始めるぞ、浅井の戦を! 南近江の者達に、鷹の戦を存分に見せつけてやろう!」


『応っ!』


 結局、その翌日も日野城の城門が突破される事はなく、浅井家の家紋である三盛みつもり亀甲きっこう花菱はなびしの旗は、静かに夜風に揺らめくのだった。



◆――



「……? なんだあれは」


 その翌朝、日野城城内。三の丸に至る西の城門を守る守備兵達は、城外の不審な動きを察知した。


 戦いが始まって既に数日。そろそろ力攻めを諦めるかと思っていた矢先に、敵が掘の向こうでなにやら細長い束のような物を並べ始めたのだ。


 動きを見せているのは三盛みつもり亀甲きっこう花菱はなびしの家紋を掲げる浅井軍。六角家中の内紛に首を突っ込んできた、蒲生家からすれば面倒な存在だ。


 てっきりこのまま傍観を決め込み、日野城の戦いには介入しないものだと思っていたが……


「あれは一体なんだ?」


「竹……か?」


 浅井軍が並べるそれは、どうやらよく見ると十尺(約3m)ほどの長さに切りそろえた竹のようだった。それを何本も束ねたものをいくつも用意し、竹の壁にするように次々並べているのだ。


 何をしているのかさっぱりわからないが、少なくとも黙って見過ごせばこちらにとって不都合な事が起こるのは間違いないだろう。


「鉄砲隊、弾込め! 正面の浅井軍を蹴散らすぞ!」


 竹の束の後ろに隠れる浅井軍を打ち払うため、鉄砲隊に準備をさせる。


「放て!」


 そうして、弾込めが終わるとこれまでと同じように浅井軍目掛けて一斉に射撃を開始した。


 バラバラとまばらに鳴る銃声は、竹束に隠れて作業する浅井軍に一斉に襲い掛かる。鉛玉が当たってバキバキと竹が音を上げ始めるが、ここで蒲生の鉄砲兵達はおかしな光景を目撃することになる。


 いくら撃っても、竹束の壁が壊れる気配がないのである。


「……どういうことだ?」


 木でできた矢盾や鉄でできた鎧すらも砕く鉄砲が、たかが竹の束を砕けないはずがない。おかしいと思いながらもそれならば、と次なる指示を飛ばす。


「皆、一度同じ場所を狙うのだ!」


 指示を聞いた兵達は同じ竹束をめがけて再び一斉射撃を始める。

 先ほどとは比べものにならない程の銃弾を浴び、竹束はけたたましい唸り声を上げ始めた。


 流石にこの集中砲火には耐えられなかったのか、硝煙しょうえんの向こうでは竹が折れていくのがぼんやりと見て取れる。


 ここまで打ち込めば敵も退くだろう。そう考えていた蒲生兵達だったが、硝煙しょうえんが晴れた先には目を疑う光景が広がっていた。


「ど、どうなっている!?」


 なんと、折れていたのはほんの数本の竹だけで、集中砲火を行ったというのに竹束を貫通するには至っていなかったのだ。


 それどころか浅井兵は、まるで鉄砲など意に介さないかのように作業を続けている。


 これまで何度も鉄砲を扱い、その威力を十二分に知る蒲生兵からすれば、目の前の光景は全く信じられないものだった。


 鎧を砕き、骨を割り、肉をえぐる鉄砲が、たかだか竹束如きを貫通できないはずがない。しかし現に、鉄砲の弾は目の前の竹束に弾かれてしまっている。


「鉄砲が効かない……! そんな事が……!」


 ここに至ってようやく状況を理解し、動揺が走る。何せこの日野城は、鉄砲での銃撃で敵を掃討する事を前提に築かれた城だからだ。


 その鉄砲が全く効かないとなれば、防衛手段が一気に狭まる事になってしまう。


 かくなる上は打って出るしかないが、城主の蒲生賢秀かたひでには門を開けないよう硬く厳命されている。


 鉄砲がダメならば弓で、と何度か射かけてみるものの、こちらはある意味当然というように竹束によって阻まれる。


 火矢ならば、とも思うが、鉄砲の火薬があちこちに点在しているこの場で火を扱えば、どうなるかなど子供でもわかる。


 そうしているうちに作業を終えたらしい浅井軍は、竹束を抱えてそのままさがっていったのだが……

 竹束の向こうに、それ・・は現れた。


「なっ!?」


「石垣だ!」


「まさか、石垣を築いたのか!?」


 その光景を目撃した蒲生兵達に再び衝撃が走った。


 彼らが目撃したのは巨大な防壁。


 麻袋に土を詰めた土嚢どのうを幾つも積み上げて築かれた、高さ六尺(約2m)はあろうかと言う巨大な防壁がこの一瞬で姿を現したのである。

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