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050_永禄六年(1563年) 天下一の律儀者

 明朝、観音寺城から出陣した反六角連合軍は、後詰として参加した浅井の一千も加えて、総勢一万の軍勢となって日野城へと押し寄せた。


 対する日野城には蒲生家と六角親子の他、六角に味方した国人衆が詰めていたがそれでも兵力は僅か一千余り。


 一般的に、城を落とす攻め手は守り手の三倍の兵が必要などと言われるが、今回は十倍にも及ぶ差だ。


 この事からもどれだけの六角家臣が離反したかが伺える。


 観音寺城から出立して数刻後、蒲生・六角親子の籠る日野城へ到達した連合軍は、日野城を包囲するために戦力を分散。


 浅井軍はそのうち平井定武、馬淵まぶち建綱たてつならの兵、合計二千八百と共に日野城の西に布陣する手筈となっていた。


 日野城はこの時代では一般的な、平城ひらじろと呼ばれる種類の城である。


 北に出雲いずも川、南に日野川が流れているこの地に、日野川を背にして建てられた日野城は、南側からの攻撃を日野川が阻害する形になっている。


 そうして空いた北と東西を空堀を掘って守る構造だ。


 この時代の城は、一般的に城と認識されている本丸を城壁や堀で囲み、その外側に二の丸、その二の丸を塀や堀で囲った外に三の丸、と二重三重に塀や堀を築くことで守りを固める。


 そのため城攻めを行う際には、この二の丸、三の丸を始めとした各拠点をいかにして攻略するかがカギとなってくるのである。


 今回連合軍は、この三の丸を北、東、西の三方向から攻める事で包囲する手筈となっていた。


「……静かだな」


 長政らが進む日野城の城下町は、既に町民たちが戦になる事を知っているのか閑散としている。


 普段は鉄砲鍛冶の町として栄えている日野の姿を知る長政には、その光景はあまりにも不気味に映った。


「町民達は既に避難しておるのでしょう。行き先は日野城か、はたまた別の町か」


 長政の呟きに遠藤直経が答えた。


 こうして戦火に焼かれていく町が増えれば、ますます飢餓が蔓延はびこり、戦火が広がっていくのだろう。


「兵に厳命しろ。乱取らんどりは許さぬと」


「はっ」


 長政が告げれば、直経が返事をして各隊へ知らせを走らせた。


 乱取りとは、兵達が敵地で行う略奪行為の事だ。


 かつて浅井領の四木村で六角兵達が行っていたように、出兵時には敵地で略奪行為を行うのがこの時代の常である。


 敵の食料を減らして味方の食料を増やす。

 戦略的な目的もある乱取りは、その他にも徴兵された農兵たちにとっては臨時の収入となるため、それを目的として徴兵に従っている者も多くいた。


 彼ら百姓にとって敵地への侵攻は、略奪が許される唯一の機会だ。


 むしろ、彼らが大名の招集に応じるのはこの乱取りのためと言っても相違ないほど。


 しかし、そのせいで戦が起こった土地は、瞬く間に荒れ果てる。


 家を、畑を荒らされ、人がさらわれて物が盗まれる。こんな事が続けば、その地に住まう者達は生きていくことすら困難になる。


 やがてそんな苦しみに晒され続けた百姓達は、自分達を守ってくれない大名を見限り、敵へ寝返るのだ。


 戦国大名は常に他国へ攻め入らなければ領国経営ができなくなる、と言われる一番の理由がこれだ。


 武田信玄を始めとした戦国大名達は、自分の領地が荒らされるのを嫌うあまりに隣国へ常に攻め入っていた。


 一度守りに入れば周辺国から瞬く間に食い尽くされ、国人衆が離反し、百姓が逃げ出す。そうやって滅んだ家はいくつもある。


 浅井家もそうやって守りに入って滅亡した家の一つだ。


 しかし……いや、だからこそ。長政は兵達の乱取りを禁じた。


 もしここで乱取りを許せば、乱取りをされた側はそれをずっと覚えているだろう。


 そうして北近江へ攻め入ったときには、ここぞとばかりにやり返す。それこそ、根こそぎ全てを奪い尽くす勢いで。


 また攻められなかったとしても、後々の交渉事を行う際に弊害が出るのも容易に想像できる。


 誰でも自分の領地で乱暴狼藉を働いた者と仲良くやっていこう、などと思える訳がないのだから。


 そういった点では、兵を雇って足軽とする長政の近年の政策は正解だったと言って良いだろう。


 手柄を挙げなければ報酬が貰えない農兵と違い、彼らは浅井家に銭で雇われているため乱取りせずとも報酬が受け取れる。


 それどころか乱取りを行えばその収入を失う事になるのだから、誰も乱取りを行おう等と言う気は起こさない。


 乱取りを行わない事は結果として要らぬ恨みを買わない事に繋がり、それが無用な戦乱を一つ減らす事になるのだ。


「浅井殿の兵は練度が高うござるな。浅井兵が強兵と言われるのも納得と言う物」


 布陣予定地に到着後、藤堂虎高の指示でテキパキと陣を張る浅井兵を見て、平井定武がそう呟く。


「恥ずかしながら、自慢の兵にございます」


 蒼鷹隊を組織し始めてからはまともに手合わせした事ないはずの六角家にすら、蒼鷹隊の練度の高さは知られているらしい。

 それでこそ練兵に力を入れたかいがあったというものだ。


「それで……まずは降伏の使者を出して相手の出方を伺い、決裂次第攻撃を始める……でしたか」


 得意げな気持ちになりながらもそれをぐっと堪えて、これからの手筈を確認する。


 すると平井定武も「うむ」と頷いて続けた。


「とは言え蒲生殿は律儀なところがありますからな……まずこちらの要求は呑まぬでしょうな」


 平井定武はそう言って難しい顔をした。


 城を守る蒲生賢秀かたひでは、後に豊臣政権下で会津九十一万石を預かる事になる蒲生氏郷うじさとの父にあたる人物だ。


 野良田の戦いで六角方の先鋒を見事に勤め上げ、浅井方の先鋒だった百々隊、磯野隊の両隊を苦しめた事は記憶に新しい。


 史実で六角家が織田に敗北して事実上の滅亡を迎えた後は、蒲生家は織田家に仕えている。


 その後は信長包囲網が敷かれた際、かつての主家である六角に寝返りを促されるも頑として拒み、織田家の忠臣として働き続けることになる。


 だがその信長も本能寺の変で明智光秀に討たれると、光秀は蒲生を近江半国と引き換えに味方に引き込もうとしたと言う。


 しかし破格の条件を提示されたにも関わらず、信長に恩があるとこの申し出を蹴り、安土城にいた信長の一族を城内で庇ったという逸話がある律義者だ。


 これらの行動が蒲生家の信用に繋がり、後に九十一万石もの大領を預かる事になったのだろう。


「天下一の律義者との戦となると、骨が折れますな」


「はは、天下一の律義者とは。蒲生殿が聞けば喜びましょうな」


 そういえばこの頃はまだ、蒲生の名前は天下に知られていないのだったな、と迂闊うかつに口を滑らせたことに自嘲する。


 その日は結局、浅井、平井、馬淵の各隊が陣を布き、兵糧や武器弾薬を陣中に運び込んだ頃に一日が終わった。


 浅井隊は平井、馬淵隊のやや後方に布陣する形となり、あくまでも後詰という姿勢を見せる事で必要以上の介入を避けることにした。


「やれやれ……長くなりそうだな、この戦は」


「殿は城攻めは初でございましたな。城攻めで大切なのは緊張を切らさぬ事、そしていつでも戦えるよう備えておくことにござる。かがり火を絶やさず、夜中の警戒も厳重に行う事が肝要」


 布陣が終わり、ようやく一息ついたところで遠藤直経がそんな事を言い始めたため、たまらず長政は「わかったわかった」と手を振った。


「とりあえず今日は皆を休めよ」


「皆でございますか? 夜襲の危険があるのでは?」


 長政の言葉に虎高が首をひねるが、長政はつらつらと続けた。


「今日は初日だ、敵も味方も力が有り余っておる。となればわざわざそこに攻めてくる奴はおらぬだろうよ。それに攻めて来たとしても、平井殿や馬淵殿がおる。ならば我らは少しでも余力を残して、明日からの戦いに備える事が肝要、そうであろう直経?」


 水を向けられた直経は屁理屈としか思えない長政の意見に、しかし一理あるため言い返す事ができずに言いよどんだ。


「明日からは蒼鷹隊を二隊に分け、角鷹くまたか隊も含めた三隊で昼と夜に代わる代わる警邏させよ。残った一隊は休養だ。しばらくはそれで相手の出方を伺う。それから、和田山城に知らせを送れ。火薬と弾、兵糧を送るようにとな」


「承知。それがしの手の者を使わせましょう」


「こたびの戦はとにかく長くなる。少しでも力を残し、兵達が暇を持て余さぬように適度に訓練を行え。人間、暇になると碌な事をせんからな」


「はっ」


 長政の指示を聞いた直経、虎高、直隆の三名は陣を後にした。

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